第33話 新婚旅行みたいなアレらしいです

 



 ペリアたちは外に移動した。


 レスだけが屋敷に残り、コアの解析を続ける。


 ペルレスは、ペリアが倉庫から取り出したチャージストーンとミラーストーンを観察している。


 そしてラティナは直接ゴーレムを見ながら、ペリアから説明を受けていた。


 フィーネとエリスは屋敷外のベンチに並んで座り、そんなペリアの様子を眺める。




「落ち込んでんなあ、あいつ」


「うん、まだ詳細は不明だけど、モンスターと自分が関係してるって知ったら私だって落ち込む。いかなる手段を使ってでも励ましたい」




 見た限りでは平静を装っているが、ペリアのテンションは明らかに低い。


 ラティナや、彼女に付きそうラグネルも、おそらくわかっているだろう。




「今までのモンスターもそうだったのかねえ。ペリアは死体を調べてたはずだが」


「今回はわかりやすく“人形”に力が宿った。だから解析しやすい」


「そういうことか。しっかし、どういうことなんだか。何でペリアが作った技術がモンスターに転用されるんだよ。モンスターは100年前からいるんだぞ?」


「ペリアが可愛すぎて時空を超越した」


「あー、それはありえる」




 間違いなく“無い”のだが、しかし、ふざけでもしないと頭がどうにかなりそうだった。




「今日の夜はたくさんペリアを可愛がるしかない」


「だな。あたしも頑張って慰めるわ」


「……フィーネ」


「んー?」


「フィーネは私のこと、好き?」


「きゅ、きゅっ、急に何を言ってんだお前は!?」




 一瞬で赤く染まるフィーネの顔。


 もはや職人芸である。


 しかしエリスは至って真面目な顔をしていた。




「あー……そ、そりゃあ、好きに決まってんだろ。ペリアと同じぐらいな」


「私もそう。フィーネのこと、ペリアと同じぐらい好き」


「どうも」


「どういたしまして」


「で……それが何なんだよ」


「テラコッタとマローネを見てたら、思うところがあって」


「付き合ってるらしいな」


「うん、私たちもそろそろ付き合っていいんじゃないかと思う」




 エリスの声のトーンは、やはり真剣そのもので。


 いや――言われてみれば今更な話だ。


 元々、添い遂げるのが前提だったのだから。




「ゆくゆくは結婚したい」


「できるのか?」


「そういう関係になればいいだけのこと。ラティナたちみたいに」


「うーん……どう、変わるんだろうな。その、付き合ったとして」


「キスはすると思う」


「や、やっぱそうだよな……」


「私としては、ペリアともフィーネとも余裕でできる」


「うぇっ!?」


「何その反応。フィーネは嫌?」


「嫌じゃないが……お前、恥ずかしくないのかよ」


「別に、ぜんぜん。何ならもっとすごいこともできる」


「そういうことは外で言っちゃいけないんだぞ!」


「フィーネ、もうそういう年頃じゃない」


「年齢は関係ないやい!」




 顔を真っ赤にして強く主張するフィーネ。


 彼女のこういうところは、小さい頃から変わらない。


 幼いときからほぼ同じ環境で育ってきたというのに、こうも差が出るのは不思議なことである。




「フィーネはどう? 想像してみて、私やペリアとキスするところ」


「ふええぇっ!? な、何言ってんだよ、お前さあっ!」


「果物みたいに真っ赤」


「当たり前だろぉ!」


「最近はやっとべたべたするのにも慣れてきたと思ったのに」


「それとこれとは話が別なんだよぉ! 心臓破裂すんだよぉ!」


「へたれ」


「お前らがケロッとしすぎなんだ! あたしがまともなんだーっ!」




 フィーネはどんどん幼児退行していく。


 実際のところ、外見の上でもエリスよりフィーネのほうが幼く見える。


 もちろん一番はペリアなのだが、こういうときは彼女以上に子供っぽくなってしまうのがフィーネなのだ。


 三人の中で唯一、最も大人らしいのは胸ぐらいである。




「……あたしだってさ、ずっと一緒にいたいとは思ってるよ。たぶん、途中で誰かが男を作ったとかいって離れていったら、死ぬほど後悔して、泣くだろうなとは思ってる」


「私は間違いなく死ぬ」


「怖いなお前!? でもまあ……ありえないって、わかってるじゃんか、あたしたちの場合。だってペリアも、間違いなくあたしらのこと好きだろ」


「間違いない」


「キ、キスとか、余裕でしてきそうだろ。何なら友達のままでも」


「それも間違いない」


「だから……ゆくゆくはそうなるのかもしれないけど、今は別に、今のままでいいかなって」


「へたれ」


「お前は怖くねえのかよ! 関係が変わるの!」


「怖さより期待のほうが大きい」




 言い切るエリス。


 スキンシップが好きな彼女は欲望を隠さない。




「確かに……あたしはへたれなのかもな。結局んとこ、エリスより臆病なんだよ」


「まあ、いいと思う。そういうとこ含めてフィーネだから」


「褒められた気がしねえ」


「褒めてない」


「褒めろよぉ!」


「よしよし、かわいいぞフィーネ」


「それは恥ずかしんだよぉーっ!」




 頭を撫でられながら吠えるフィーネ。


 しかしその割に、彼女は抵抗しなかった。




 ◇◇◇




 ゴーレムの前に立ちながら、ラティナは呆れ顔で騒ぐエリスたちを見つめた。



「音量デカいわね、あいつら」


「あはは……仲いいんですからね、エリスちゃんとフィーネちゃん」




 ペリアも彼女たちを見ながら、嬉しそうに微笑む。




「聖王と剣王、か。世が世なら歴史に名を刻んでるわ」


「やっぱりそんなにすごいんですね、天上の玉座って」


「少なくとも人間の範疇で言えば最強よ。問題は、その人間の歴史が消えてなくなろうとしてることだけど」


「後世まで二人の名前を残すためにがんばらなきゃですねっ」


「まあ、一番大きく残るのはあんたでしょうけど」


「私、ですか……やっぱり悪い意味でですかね……」




 コアの件を思い出し、意気消沈するペリア。




「不確定なことでダメージを受けすぎよ」


「でも……今まで、私とモンスターって、何も関係が無かったじゃないですか。ただ、私のほうが恨んでるだけで。だけど、もしあちらにも私を狙う理由があるとしたら――」


「そういや、あなたの故郷、モンスターに潰されたそうね」


「っ……」




 容赦ないラティナの指摘に、ペリアは体を縮こまらせる。


 しかしラティナは決して責めるつもりなどなく、むしろ穏やかな声でこう続けた。




「Fランクの村なら、遅かれ早かれ襲われてたわよ。あなたが居なくても変わらないわ」


「……そう、でしょうか」


「というか、仮にあなたが狙いだとしたら、そのターゲットだけ逃してるんだから、無能もいいところじゃない」


「確かに……わかりました、忘れます!」




 ペリアはきっぱりとそう言い切った。


 あまりに鋭い気持ちの角度の切り替えに、ラティナは呆気にとられる。




「あっさりすぎない?」


「思考のリソースを余計なことに使いたくありません!」


「ふっ、研究者の鑑ね。確かに、何も考えずにやりたいことに没頭してるのが一番効率いいのよねえ、といっても、中々そういうわけにもいかないんだけど」


「上級魔術師になると、やっぱり悩みも増えるんです?」


「上級どうこうっていうか……モンスターって人類を滅ぼすわけじゃない」


「ですね」


「最終的に王都だけ残るかもしれないわ。ううん、そうなってる。そのための研究を日々続けてる。でもそれって、檻の中で飼われる家畜と変わらないじゃない。絶滅と等しいのよ。しかもそう遠くない未来。あの研究所にいれば、必要な成果さえ提出すればあとは好きにできるし、お金もあるし、楽しいのは確かなんだけど――将来のことを思うと、どうしても思考に余計なものが混ざっちゃうの」


「貴族なのに、ラティナ様はそれが嫌なんですか?」


「嫌よ。嫌に決まってるじゃない。あんな狭っ苦しい王都で人生を終えるなんて死んでも嫌だわ。ねえ、ラグネル」




 近くの日陰で見守っていたラグネルは微笑み、こくりと頷く。




「そういう人間じゃないし、だから私はラティナを愛しているのよ」


「ふふふっ、そう言ってくれるラグネルが誰よりも愛おしいわ」




 ラティナは彼女に歩み寄ると、抱き寄せて唇を重ねた。




「ふ、ふわあ……外でそんなことまで……っ」




 ペリアは両手で顔を覆いつつも、指の隙間から二人のキスをしっかり見ている。




「あら、結婚したのなら当然よ」




 どうやらそれは、ラティナにとっての日常らしい。


 先ほどはフィーネとエリスの仲の良さに呆れてみせたが、彼女のほうがよっぽどである。




「ラグネルはね、私が抱きしめている限りずっと近くにいてくれる。でも研究のほうはそうもいかなくて――やりたいことだけやると、なぜかなりたい自分から離れていくのよねぇ。そういう意味で、私はあなたとこのゴーレムに期待してるのよ。まあ、王都の連中からしてみれば、目の上のたんこぶでしょうけど」


「嫌がってる人もいるってことですか?」


「王都が特別なのは、あの場所がどこよりも安全だから。そのアドバンテージが無くなったんじゃ、貴族も平民も同じだわ。ふふっ、ざまあみろじゃない」


「ラティナ様も貴族ですよね?」


「ええ貴族よ。貴族としての権力を思う存分振りかざして、利用して生きてきたわ。けど、それと好き嫌いは別。上級魔術師としての責務がある以上、ある程度の命令には従うけど、基本的には連中が大っ嫌い! モンスターより先にぶっ潰してやりたいぐらいにね」


「はえぇ……破天荒な人だったんですね、ラティナ様って」


「上級魔術師がまともなわけないじゃない。死ぬほど身勝手よ、私」


「当人が言うと説得力あります……」




 それが通るのも、ラティナが上級魔術師になれるだけの実力を持っているからだろう。


 無論、本人だってそれはわかっている。




「そういうわけだから、早めに私の人形も作ってね? ガンガン乗り回してモンスターなぎ倒すから」


「まずはフィーネちゃんとエリスちゃんからなので、その後になりますがいいですか?」


「えー、貴族なんだから早めてくれない?」


「本当に権力を振りかざすんですね……ですがこれは譲れません」


「ちぇっ、仕方ないわねぇ。じゃあ、それまではモンスターの死体でも解析して時間を潰しますか」


「……あれ、王都には戻らないんですか?」


「言ってなかったかしら、しばらくは居座るつもりよ」


「いつまでです?」


「王都が平和になるまで、かしら」




 ほぼ無期限である。




「さっきは言わなかったけどね、ヴェインの一件、実は犯人の目星がついてるのよ」


「誰なんです!?」


「メトラ王子」


「えっ……あの人が!? 顔がよくて、頭がよくて、すっごく人気が高い人ですよね!」


「女性が群がってきゃーきゃー言うタイプね。あなたはどう? ああいう男」


「興味ないです」


「でしょうね、私もそうよ。でも貴族たちからは支持されている。少なくとも、今の平和主義者のアーサー王よりはね」




 ある人はアーサーのことを穏やかな人と呼び、またある人は腑抜けと呼んだ。


 メトラは後者である。


 貴族も平民も別け隔てなく、命は平等にあるべき――そう考えるアーサー王。


 対するメトラは、選ばれし血筋の人間は、より多くの利益を享受するべきだと考える。


 世間一般で言う“正しさ”はアーサーの方にあるだろう。


 だが彼の考えは、彼自身が恵まれた王家に生まれたからこそ至った答え。


 それにメトラの考えは“身勝手”と呼べるほど少数派ではなく、貴族には似た考えを持つ人間も多い。




「……王子が父親を手にかけると思ってるんですか?」


「元々、血統至上主義の王子と国王とじゃ反りが合わないって話はあったのよ。ただ、私もさすがにそこまで過激な手段は使わないだろうと思ってたところで――今回の一件が起きたわけ」


「結界消失……」


「あなたたちのおかげで事なきを得たけど、本当なら大事件よ? 何百人の犠牲者が出たことやら。あんなことやるんなら、父親ぐらい殺すわ、あの男」


「だったら王様に言うべきです!」


「息子に命を狙われてるって? あのお人好しの国王に? 言ってどうにかなると思う?」


「……ならない気もします」


「でしょう? 上級魔術師と言っても、王族と繋がりがあるのはごく一部だけ。私にできるのは、巻き込まれる前に、別の勢力に身を寄せることだけ」


「打算だったんですね」


「もちろん興味が第一よ。ゴーレムにモンスターに結界に……好奇心がくすぐられるわ。実益と趣味を兼ねられる行動なら、迷う必要も無いってワケ」




 要するに、体よく逃げてきたというわけだ。


 そのくせここまで不遜に振る舞えるのだから、ラティナはどこにいたって人生を楽しめるタイプの人間に違いない。




「そういうわけで、しばらくよろしくね。あの屋敷の部屋、空いてるんでしょう? 勝手に使うわよ」


「使用人なんていませんから、そこは気をつけてくださいね」


「ふふふっ、ラグネルとずっと二人きりなんて楽園みたいなものだわ。ねえ?」




 おどけた調子でそう尋ねるラティナ。




「……体がもたないかもしれないわ」




 ラグネルは頬を赤く染めて、もじもじと体を揺らした。



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