第32話 さらに新事実です……

 



「テラコッタ、マローネ、ちょっといいかー?」




 フィーネは二人に与えられた部屋まで来ていた。


 ペリアたちの部屋に入る時もそうしているように、彼女はノックだけすると、返事も聞かずに扉を開いた。




「やっ……テラコッタ、そんないきなり……あっ」


「マローネ。でもずっとこうしたくて……ん?」




 マローネを押し倒すテラコッタ。


 テラコッタに押し倒され、頬を赤らめるマローネ。




「あー……あー……すまん」




 二人と目が合い、即座に扉を閉めるフィーネ。


 彼女は頭を抱えた。




「そりゃそうだよな。そういう関係なら、そういうこともあるよな。しまった、あたしとしたことがそういうことを考えずに……」




 彼女は顔を真っ赤にしながらぶつくさつぶやく。


 すると勢いよく扉が開いた。


 顔を真っ赤にしたテラコッタが、見るからに焦った様子で言い訳を並べ立てる。




「あ、あの違うんです! 今のはですね、ちょっと僕が足を滑らせて転んでしまっただけでして! マローネはそれに巻き込まれたんですよ! ほらここ慣れない部屋ですから、カーペットとかね。あーっ! ほらあれ、見てくださいよ! カーペットのシワ! シワが寄っちゃってますよ! あれかぁー! あれに引っかかったのかぁー! なんてことだぁー!」


「いや、いいんだよ。そんな言い訳しなくて。そういうことだろ?」


「そ、それは……でもさすがに、部屋を頂いて初日に盛っているのは、こう、まずいかなって……」




 フィーネはテラコッタの肩に手をおいて、歯を見せて笑った。




「それじゃ止まらねえぐらい好きだったんだろ。仕方ねえよ」


「フィーネさん……」


「それとあたしのことはフィーネでいいぜ、ペリアと同じだ。エリスもきっとそう言うだろう。同い年だしな」


「……わかったよ、フィーネ」


「ところでテラコッタ、マローネ。二人に聞きたいんだが――」


「何?」


「何ですか?」


「そういうこと、したことあるのか?」




 フィーネは神妙に、しかし恥じらいもある表情でそう問いかけた。


 テラコッタとマローネの顔が、みるみる赤く染まっていく。




「そ、そ、そういうことって!?」


「そういうこと……? わ、わ、わからないですね、私には……」


「そっか、経験あるのか……」


「わーっ! わーっ! 何でそうなるの!? いや、そのっ、無いって言ったら嘘になるけども!」


「テラコッタ!」


「あっ、しまった……」


「いやいいんだよ、恋人ならいずれそうなるんだろうしな……そうだよなぁ……やっぱりそういうことだよなぁ……」




 顎に手を当て、考え込むフィーネ。


 どうも彼女は、ペリアやエリスについて考えているようだ。


 三人は幼なじみである。


 昔から親しすぎるほど親しく、知人にはふざけて『もう三人で結婚しちまえば?』と言われたほどだ。




(正直、友達とも違う感じはしてるんだよなぁ……)




 テラコッタとマローネを見ていると、改めて思う。


 自分たちの感情は。友人としてのそれよりも、二人のものに近いのではないかと。




「……フィーネはそれを聞くために、ここに来たの?」


「んあ? ああ、違うんだ、違う。ははは、すまんすまん、大事なことを伝えに来たんだよ」




 フィーネは肩を震わせ笑うと、気を取り直して部屋に入る。


 テーブルを挟んでテラコッタとマローネに向き合い座ると、頬をぺちっと叩き、真剣な表情を作って口を開いた。




「例のドッペルゲンガーのことだ。あれの中に入ってたコアなんだが、人の魂を使って作られたもんらしい」


「人の魂だって!?」


「なんてことを……」


「あいつが意思を持って動いてたのも、そこに込められた魂の影響だろう」


「……そういうことだったんですね。私はあれにテラコッタの代わりを求めました。あれは必死にテラコッタを演じようとして……でも、少しずつずれていってしまって……」


「おそらく“人間”ってことは覚えてたんだろうさ。だが人間であるがゆえに、自分が誰かの代用品として生きていくことに耐えられなかった」


「それで、本物のテラコッタを……やっぱり私、とんでもないことをして……っ!」


「マローネ、コアを埋め込んだのは君じゃないんだ。落ち込むこと無いよ」


「でもっ!」


「あたしも同意見だ。人形にコアを埋め込んだのは、おそらくあのピンク頭のガキだろう」




 少女はフィーネたちをドッペルゲンガーの元まで導き、そして戦いの最中にも姿を表した。




「あの様子じゃ、しばらくダジリールに住み着いてたはずだ。心当たりねえか?」


「僕はまったく……マローネはどうかな?」




 マローネは無言で首を横に振った。


 しかし途中で何かを思い出したのか、「あっ」と声をあげる。




「で、でも、私の部屋の窓――閉めたはずの鍵が開いていた日はありました。私が閉め忘れたと思っていたんですが」


「その日に侵入されたんだろうな。他には何かねえか?」


「手がかりらしいものは……何も……」


「そうだ、僕、気になってたことがあって!」




 テラコッタはふいに立ち上がり、部屋の机に駆け寄った。


 そして引き出しから木片のようなものを取り出すと、フィーネの前に置いた。




「これドッペルゲンガーの一部です」


「ああ、調査のために持って帰ったやつだな。何かあったのか?」


「大量の魔力が流れた痕跡がありました。それが人形魔術を使った後に似ているんです。人形魔術は、人形に魔力を通して動かしますから――操られた人形にも、そういう魔力痕跡が残るんですね」


「おう、そうなのか。でもこれって、マローネが人形魔術で操るために作ったもんなんだろ? その痕じゃねえのか?」


「私は操るまではしてません。作って、その……抱き枕にしていただけなので……」


「な、なるほど……じゃあ通ってるのは、コアから流れ込んだ魔力だけ。そこに使われてる技術が、人形魔術だった、ってことか?」


「僕はそう考えています」


「ゴーレムといい、すべての道は人形魔術に通ずるみたいになってんな」


「この欠片、ペリアさんが見たらもっと詳しくわかると思います。持っていってもらってもいいですか?」




 テラコッタから欠片を託され、フィーネは部屋から出た。


 今度はノックをしたあとは、ちゃんと返事を聞こうと心に決めて。




 ◇◇◇




 食堂では、なおもペリアと上級魔術師たちの話し合いが行われていた。


 予定では外に移動するはずだったのだが、コアの解析で事情が変わったのである。


 真剣な顔でコアをにらみつける、エリスを含めた五人。


 そこに、テラコッタたちに話を聞きに行ったフィーネが戻ってくる。




「フィーネちゃん、おかえり」


「おかえりー」




 ペリアとエリスが笑顔で彼女を迎える。


 フィーネも笑い返し、「ただいま」とひらひらと手を振ると、テーブルにテラコッタから預かった欠片を置いた。




「これは?」


「ドッペルゲンガーの破片だ。テラコッタが言うには、そこに人形魔術の痕跡が残ってるんだとよ」


「痕跡? 魔力痕跡のこと?」


「ああ、そんなこと言ってたな」


「そっちに手がかりがあったんだ……」




 欠片を受け取り、まじまじと見つめるペリア。


 レスも、コアからそちらに視線を移す。




「そ、そうか。依代に意思すら反映させたのは、人形魔術の応用……」


「そんなことできるの?」




 ラティナに聞かれると、レスは首を振った。




「できない。少なくとも私たちの技術力では」


「モンスターが彼らにより人工的に作られたものなら、あちらのほうが技術力が上なのは明らか」




 エリスの言葉に、ペルレスが鎧をかちゃりと鳴らしてわずかにうなずいた。


 一方でペリアは、渡された木片を見たまま固まっている。




「ペリア?」




 フィーネがそう尋ねるも、反応はない。




「おーい、ペリアー?」




 さらに手のひらを顔の前で振ってみても、何も言ってこない。


 ただただ一点を見つめたまま、止まっているだけだ。


 見かねたエリスが立ち上がり、背後から胸を押し付けるように抱きつくと、頬に手を当てた。




「ペリア」




 そしてむにゅーんと頬を引っ張り伸ばす。


 ペリアの頬はよほど柔らかいのか、餅のようによく伸びる。


 そのままぐるんぐるんと手を回しても、耳たぶを摘んでも反応がない。


 悩んだエリスは、フィーネとアイコンタクトを取り、頷く。


 耳元に口を近づけ、色っぽい声で囁いた。




「キスしていい?」


「うひゃぁううっ!?」




 ようやく届いたようだ。


 ペリアは顔を真っ赤にして、椅子の上で飛び上がる。




「にゃ、にゃ、にゃにを言ってるのエリスちゃんっ!?」


「フィーネから許可が出たから」


「あたしがうなずいたのはそういう意味じゃねえぞ!」




 フィーネの顔も真っ赤である。


 ラティナは三人のやり取りを見て、「仲いいわねー」と半ば呆れたように呟いた。




「で、結局何で固まってたんだよ、ペリアは」


「何か重要なことがわかった?」


「え、えっと……何て言えばいいのかな……」




 珍しく言葉を濁すペリア。




「まどろっこしいわね、はっきり言いなさいよ」




 ラティナが強めに言うと、彼女は躊躇いながらも、その事実を告げた。




「この欠片に残ってる魔力痕跡なんですが……傀儡魔術のものでした」


「傀儡? 人形じゃないのね?」


「それは、ペリアが生み出した魔術のはず」




 エリスの言葉に、ペリアは困惑気味に頷く。




「うん、そう……だから、私が作った魔術が、コアの技術に組み込まれてるの。たぶん偶然の一致じゃなくて……完全に、同じものなんだ」




 そんなの、誰だって困惑する。


 ペリアだって。


 それを聞いた他の面々だって。


 どうあがいても、どう辻褄を合わせようとしても、時系列の矛盾が出てしまうのだから。



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