第9話 新しい腕を作ります……




「しくしく……」




 ゴーレムから降りたペリアは、膝を抱えて泣いた。


 村人たちは、まさかあれば失敗だとは思わず、『いい見世物だった』と満足して宴会に戻っている。




「ゴーレムちゃん……腕がぁ……腕があぁ……ごめんねぇ……」


「よしよし、ペリアは悪くない」




 エリスはそんな彼女の背中を撫で慰める。


 一方でフィーネは、村の見張り塔に登り、結界の向こうを見て腕の行方を探していた。




「見えねえな……どこまで飛んでいったんだ」


「結界を貫通した上、見えないぐらい遠くまで飛んでいった。そのことは誇っていいと思う」


「うん……ゴーレムちゃんがすごすぎただけなんだよね……」


「ま、そういうこった。モンスターのコアを完全に使いこなすには、相応の素材が必要だな」




 フィーネは見張り塔から飛び降りると、ぽんぽんとペリアの頭を撫でた。


 彼女は涙を拭いて、ようやく笑顔を見せる。




「泣いてても仕方ないよね。回収しにいかないと!」


「……外にいくの?」


「元からそのつもりだったもん。初めての結界外の探索に、目的ができてちょうどいいと思わない?」


「そうか、そりゃそうなるよな。ってことはあたしたち、100年ぶりに外の世界に出る人間になる、ってことか?」


「歴史に名を刻みそう」


「ゴーレムちゃんの素材になりそうな鉱石とかも見つかるかも!」


「わくわくするな」


「うん、するするっ!」


「ただその前に――この腕を治さないといけない。モンスターと戦えるように」




 エリスは、地面に座るゴーレムの、千切れた右腕を見つめた。


 むき出しになった内部には、骨格となるミスリルフレームと、無数のワイヤーがむき出しになっていた。




「中身はああなってんだな。全部ミスリルなのには、何か理由があんのか?」


「えっと……大量に買うと安かったから……」


「……世知辛いな」


「個人制作の限界」


「で、でもほら、ミスリルって優秀だから! 魔力増幅率と、重さのバランスもいいし! 魔力を通せば硬度もかなりのものになるよ!」


「あたしでも、全力を魔力を注げばミスリルを硬度限界まで持っていくことはできる。あのコアの出力だと、アダマンタイトぐらいは使いたいところだよな」


「アダマンタイトにすると、重さが倍近くに跳ね上がっちゃうから……あと高いし」


「やっぱ世知辛いな」


「ミスリルでもモンスターに勝てるなら問題はない。それより、最大の問題は魔石をどうやって加工するか。装甲はともかく、フレームはかなり精密に作られているみたいだし、あのワイヤーに至っては魔石をどうやって糸状にしたのか理解不能」


「そりゃあ、あれだろ。王立魔術研究所の施設を使ってたんじゃねえの?」


「ううん、あそこにもそんな施設はないよ。ワイヤーもフレームも私が作ったの」


「魔術でってことか? 確かにお前の火力なら、魔石を溶かせるだろうが……」


「それだけじゃああはならない」


「そこは“ファクトリー”を使って――はい!」




 ペリアの手のひらが光ったかと思うと、そこにミスリル製のワイヤーが現れる。


 フィーネとエリスは、そこに視線を向けたまま固まった。




「私の魔術で一度でも加工したものは、こうやってファクトリーで量産できるんだ。素材は“倉庫ストックルーム”にあるものから使えばいし、ゴーレムちゃんも“格納庫ハンガー”に収納すれば持ち運びができるの」




 つらつらと説明をするペリア。


 しかしフィーネとエリスは、手のひらを見つめたまま微動だにせず――いや、よく見ると、わずかに首を傾げている。




「私はこの魔術をマリオネット・ファクトリーって呼んでる。宮廷魔術師をしてた間、ゴーレムちゃんを作ってるときに身に着けた魔術なの。さすがに研究所の施設を人形作りに使ったら、怒られちゃうから……」


「……ペリア」


「なに、エリスちゃん」


「それは、ひょっとすると、いわゆる、その……固有魔術と呼ばれるものでは?」


「たぶんそうだと思う」




 あっさりと答えるペリア。


 エリスはなぜか困ったような表情を浮かべる。


 フィーネに至っては時が止まったように、完全に固まっていた。




「こういうとき、大げさに驚くのはフィーネの役割。でも固まってるから、私が代わりに言う」


「ど、どうぞ」




 エリスは一拍置いて、ペリアの肩を掴むと、顔を近づけて言った。




「……何で?」




 おそらく色んな言葉が脳裏に浮かんだだろう。


 その全てをまとめて、要約した結果――出てきた言葉がこれだった。




「何でって言われましても、そ、その……私……」




 しかしその意図がわからないペリアは、なんだか怯えたような、落ち込んだような表情を見せる。


 エリスはそんな彼女に強めの口調で言った。




「怒ってるんじゃない。むしろ褒めてる。ペリアはすごい、やっぱりすごい」


「そ、そうなの?」


「魔術もすごい、見た目もかわいい、性格も最高。嫁にしたい」


「嫁!?」


「だからこそ、わからない。何で? 何でここまで優秀なペリアが、宮廷魔術師をクビになったの? いや、それ以前に上級魔術師になれなかったことが解せない。固有魔術は、ある分野の魔術を極めた人間だけが得ることのできる“偶然の産物”。研鑽を重ねた上で、運が良くなければ手に入らない。所有者が見つかれば色んな勢力が我先にと探しにくるはず」


「でも……人形魔術だよ? 人形遣いの技術を磨いて固有魔術を覚えましたって言っても、貴重な技術を無駄遣いするなって、どうせ怒られるだけだし……」




 過去のことを思い出してか、落ち込むペリア。


 エリスはヴェインに対する怒りを滾らせながらも、いつものように彼女を抱きしめる。




「あ……」


「忘れて、そんなもの。ヴェインとかいうやつの言葉は全て無意味。価値なんてない」


「……ありがとう、エリスちゃん」




 しかしペリアの表情は、なおも暗いまま。


 二年という月日が彼女に刻んだ傷跡は、なかなか深いようだ。




「どうしても忘れられないなら、私が上書きする」


「へっ?」




 エリスはペリアの耳元に口を近づけ、頭を撫でながら囁いた。




「ペリアは偉い。ペリアはすごい。ペリアがやってることは間違ってない。ペリアは誰よりもがんばり屋さんで誰よりも優しい。だから安心していい、みんなペリアのことが好きだから。フィーネも、私も、ペリアのことが大好き。好き。好き」


「は、はわわわわ……エリスちゃん、そ、それを、耳元で言うのはっ、ちょっと……」


「好き。大好き。どうして手放してしまったんだろう。もう二度と離さない。きっとみんながペリアの素晴らしさを知って、みんながペリアを欲しがるだろうけど、誰にも渡さない。ペリアは私たちのもの」


「エリスちゃーん、なんだか趣旨が変わってるよぉーっ!」




 顔を真っ赤にしながらじたばたするペリア。


 だが目が据わったエリスは、がっちりとその体を抱きしめ、さらには足も絡めて離そうとしない。


 耳元で甘い言葉を囁き、自身も悦に浸る。


 それはフィーネが正気に戻り、「抜け駆けすんじゃねーっ!」とチョップが突き刺さるまで続いた。




◇◇◇




 なにはともあれ、腕の修繕の算段はついた。


 ペリアは固有魔術を使って、着々とパーツを組み上げてくる。


 すると村人の喧騒から抜け出したおじいさんが、三人に近づいてきた。




「よう、お嬢ちゃんたち。宴会の途中だってんのに、忙しいもんだなあ」


「あ、ゴーレムちゃんを返してくれたおじいさん! ありがとうございましたっ!」




 ペリアがぶんっと勢いよく頭を下げると、おじいさんは「かっかっか」と上機嫌に笑い、瓶に入った飲み物で喉を潤した。




「酔ってるのか?」


「水で薄めた果汁だよ。体質でな、わしゃあ酒は飲めん」


「鉱夫なのに変わってる」


「鉱夫でもねえ。長年ここで鍛冶師やってる、ブリックっつうもんだ。鉱夫連中のツルハシなんかの面倒を見てる」




 腕の筋肉の付き具合から、エリスは鉱夫だと想像したようだが――確かに他の鉱夫たちよりも、圧倒的に高齢だ。


 というのも、鉱夫は基本的に早死である。


 大半が粉塵で肺をやられて死んでしまうのだ。




「幸か不幸か、足が不自由なおかげで長生きしてんだ。さすがに今回ばかりは年貢の納め時だと思ったが……悪運ってのはなかなか途切れないもんだなァ」


「覚悟を決めたときに限って死なねえもんだよ、人間ってのは」


「ケッ、小娘がわかったようなこと言いやがって」


「で、ブリックさんは私たちに絡みにきただけ?」


「違げえよ、そっちの嬢ちゃん――ペリアだったか? 腕がぶっ飛んじまったんだろ、鉱石が足りねえで困ってんじゃねえかと思ってな。村に備蓄してある分を好きに使いな」


「いえ、ある分でどうにか組み直してるところですから。お気持ちだけ受け取っておきます」


「こういうときは素直に受けるもんだ。アダマンタイトが足りねえんだろ?」


「うっ……」




 その道のプロの目はごまかせない。


 確かに、ペリアが再生した腕は形状だけ見れば完璧だ。


 フレームも、装甲も、ワイヤーも、ファクトリーによって完全に再現されている。


 ただ一つ、拳の部分を除いては。




「嬢ちゃんはマニングを救った英雄だぞ? そんぐらい頼ってくれねえと、こっちも恩返しのしようがねぇ」


「アダマンタイトの備蓄、あります……か?」


「ああ。本来はどっかに納入する予定だったんだろうが、それを取り仕切ってた貴族が逃げたからな。自由に使い放題ってわけだ。結構な量があるぞ。腕そのものをアダマンタイト製にできるぐらい、な」


「腕を……アダマンタイトに……! 両腕、いけますか!?」


「いけるんじゃねえのか。あの量だ、きっと偉い貴族の研究者様あたりが使う予定だったんだろうが――関係ねえ。元はといえば、村の男連中が採掘したものなんだ」




 もちろん、貴族が戻ってくれば問題にはなるだろう。


 だが――戻ってきたとして、彼の命が無事で済むのか。


 そうなることがわかりきっているのに、戻ってくるのか。


 はなはだ疑問である。


 すると、その話を聞いたフィーネが、腕を組んで低いトーンの声で言った。




「……貴族と言えば、村の若い娘が連れていかれたとか言ってたな」


「まあな。だが逆に言やあ、安全な場所に避難してるってことにもなる。それに関しちゃ悲観してねえよ」


「と言いながら、私たちがどうにかすると思ってそう」


「かっかっか! それはあるだろうなァ。なんたって、泣く子も黙る天上の玉座の王様どもだ。期待は背負い慣れてるだろ?」




 フィーネは「けっ」と悪態をついた。


 面倒事を押し付けられたのだ、愚痴の一つも言いたくなるというもの。




「仕方ねえな。後回しにするよりは、とっとと終わらせてくるか」


「フィーネちゃん、行っちゃうの?」


「あたしだってそりゃあペリアと話したいことは腐るほどあるけどよ、できれば心から楽しみたい。だから先に厄介事は終わらせる」


「……わかった。待ってるね」


「その言葉だけであたしのやる気は100倍ぐらいに跳ね上がったぞ」




 寂しげな表情を浮かべるペリアの頭を、フィーネはわしゃわしゃと撫でる。


 そんな二人の隣で、エリスもどことなく寂しそうな表情を浮かべていた。




「お風呂……お尻……」


「お前はいい加減にそこから離れろよ!」


「冗談。フィーネがいない分、私がたっぷりペリアを堪能しておくから」


「後であたしが独占できる時間も作れよ?」


「善処する」


「それやらねーやつだろ」




 軽口を叩きながら、フィーネはその場を離れようとする。


 するとブリックが彼女を引き止めた。




「おい待ちな。冗談半分のつもりだったが――本当にいいのか? 鉱石はあっても、雇える金はねえぞ」


「いらねえよ、金なんて。明日の朝には戻ってくる。連れていかれた女たちは遅れて戻ってくることになるが、それでいいか」


「あ、ああ……むしろそんな早くに終わることが驚きだよ」


「伊達に剣王は名乗ってねえよ。それに、逃げてからまだそんなに経ってねえだろ? 今からならすぐに追いつく。ま、その貴族が向かいそうな場所ぐらいは教えてもらうけどな」


「もちろん、喜んで情報提供するさ。ああ、嬢ちゃん、アダマンタイトは他の連中に持って来させるからここで待っててくれ」




 フィーネはブリックと一緒にその場を離れる。


 残されたペリアは、その背中を見送った。




「心配しなくても、フィーネに任せれば大丈夫」




 そう言って、ペリアを背後から抱きしめるエリス。




「うん……フィーネちゃんが強いのはわかってるんだけど、やっぱり寂しいな、と思って」


「あとで言ってあげるといい。きっと喜ぶ」




 フィーネとブリックは、どうやらギルドに向かうようだった。


 マニングにも冒険者ギルドは設置されている。


 各町のギルドには通信機が置かれており、他の場所にある通信機と連絡を取ることが可能だ。


 通信機はもちろん、他所と接続するための魔力導線も繋げなければならないため、設置にはかなりの大金が必要になる。


 ゆえに、追いてあるのは各地のギルドか、大手旅団のアジト、あるいは王都の施設ぐらいのものだ。




(連れて行かれた女性は複数いたはず。彼女たちも連れ帰るとなると……フィーネ、もしかしてアレ・・に連絡取るつもりかな。帰ってくる時、マニングまで付いてこないといいけど)




 エリスが心配事を胸に秘めていると、ペリアが顔を覗き込んできた。


 彼女がにこっと笑うと、そのかわいさに悩みは一瞬で吹き飛ぶ。




(まあ、ペリアがいればどうでもいいか)




 二人はゴーレムの修理に戻った。


 ほどなくして、村人たちが大量のアダマンタイトを運んできた。


 思わずよだれを垂らしそうなほど浮かれるペリア。


 彼女はそれを手に取ると、“ファクトリー”での加工を開始した。




◇◇◇




 結局、村人たちの飲み会が終わる前に、腕の装着は完了してしまった。


 夕日に照らされる、装備の変わったゴーレムを見て、満足げなペリア。


 こうなると、飛んでいった腕を回収する必要があるのか、という話になってくる。


 だが、ミスリルもそれなりに高価な鉱石だ。


 しかもゴーレムの腕サイズともなれば、本来なら個人で所有するのも難しいほどの額になる。


 お金のためにも、そして“外“に出る口実にするためにも、回収は必要なのだ。




 ペリアとエリスはその晩、村人たちにご馳走を振る舞われ、お腹いっぱいのまま騒いで、笑って――エリスと二人きりになったら、会えなかった間のことをたくさん話して。


 そして一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで眠りについた。




 お世辞にもよい布団とは言えなかったが、二人なら寒くない。


 何より、みんなが寝静まるのと同じ時間に眠れて――もう一人のベッドに寂しい思いをする必要もない。


 こんなに幸せなことあるだろうか。


 その幸福感は、眠るのがもったいないほどで、ふとペリアが閉じた目を開くと、エリスがこちらをじっと見ていた。


 寝顔でも観察するつもりだったのだろうか。


 ふいに目があってエリスは一瞬驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。


 ペリアはなんだか恥ずかしくて、はにかむ。


 羞恥心に体をよじると、つま先同士がかすかに触れた。


 そのまま二人は何度か指を触れ合わせる。


 冷たい足先に感じる、親友の体温の心地よさ。


 一度感じると、もう離れることはできなくて――やがてエリスとペリアは足を絡め、体も密着させて、互いの体を抱き枕にして眠りについた。




――――――――――


●名称

 ゴーレム


●搭乗者

 ペリア・アレークト


●装備

 主材質:ミスリル

 腕部材質:アダマンタイト

 装甲:ミスリル

 コア:オーガ


●スペック

 高さ:20.2

 重量:120→140

 装甲強度:1000→1200

 コア出力:250

 最高速度:200→180


●武装

 ・傀儡術式ゴーレム・ストライク

  近接攻撃

  威力300→400


●特殊能力

 リミッター解除:

  コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。

  コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。

  現在の解除限界は200%、稼働時間は1分。


――――――――――



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