第8話 素材回収の時間です!




ペリアがオーガを倒したあと、マニングの村はもうお祭り騒ぎだった。


昼間っから酒を取り出し、べろんべろんに酔った村人と兵士が腕を組みながら歌っている。


その騒ぎっぷりは、ペリアたちがこっそり喧騒から抜け出しても、誰も気づかないほどだった。




「さあ、それじゃあはじめよっか!」


「スライムのときは、死体を運ぶだけだったからな。自分で解体すんのは始めてだ」


「……正直、いいのかな? って感じはするんだけどね。貴重な検体だし」


「ペリア。今さら宮廷魔術師のことを考える必要はない」


「そうだそうだ。気にせずにバラしちまおうぜ。どうしても欲しいって言われたら、あたしらに必要ない部分だけ売ってやりゃいいんだよ」


「い、いいのかなぁ? まあとりあえず、お腹を開いちゃおっか!」




ペリアもわくわくを抑えきれない様子だ。


今まで、人類が倒したモンスターはたった二匹。


しかも20メートル級ははじめてだ。


その体が、一体、どれだけの強度を持ち、何の素材として使えるのか――ペリアたちにとっても未知数なのである。




「よぉっし、じゃあまずはあたしがこの皮を裂いて――」




フィーネが背中の剣をスライドさせるように抜き、刃を突き立てる。


ぐりぐりと鋭い先端を押し付けるが、皮に弾かれ進まない。




「……硬えなおい」


「その剣で切れないの? だとすると、相当な硬さ……いや、弾力?」


「フィーネちゃんの剣って、真ん中あたりがアダマンタイトで、刃のところがエーテライト製だよね」


「ああ、切れ味だけならエーテライト一択なんだが、重さもほしいからな」


「私が知る限り、現存するその手の剣では一番切れ味がいい。言うまでもなく、フィーネの剣士としての腕も一流」




アダマンタイトとエーテライトは、どちらも魔力増幅効果を持つ魔石である。


エーテライトは、非常に軽く、かつ魔力増幅率も現在発見されている魔石の中では最も大きいと言われる。


ただしかなり高価だ。


取れる量が極端に少なく、貴族が宝石がわりに所有することもあるほどだ。


一方で、アダマンタイトは非常に重く、魔力増幅率もエーテライトよりは低い。


それでも高級鉱石であることに違いはないが、コスト面では断然優れているし、フィーネのように“重さ”を求めている場合は適した素材であろう。




「ふんッ! そいッ! せいやッ!」


「ぼよんぼよん弾かれちゃってるねぇ」


「ありえねえ……どんだけ硬いんだよこいつ。生身じゃ敵わないわけだ」




フィーネの太刀は、彼女の注いだ魔力によって青白い光を放つ。


総じてどの魔石にも言えることだが、魔力を通している間は、その量に応じて硬度が上昇する特性を持っている。




「温度で強度が変わらないか試してみるね」




そう言って、ペリアはオーガの腹に手をかざした。


オレンジ色の球体――小型太陽が赤い肌に押し付けられる。




「相変わらずの器用さ。うらやましい」


「平然と色んな属性の魔法を使いこなすよな」


「器用貧乏だよぉ。ゴーレムを作るのに必要だから覚えたものだし」


「魔石加工できる温度まで上げられる時点で一流。もっと誇るべき」


「つか複数属性を習得する時点でな」


「んふふー、二人が褒めてくれれば私は十分かな。はいフィーネちゃん、ここお願い」


「おうっ……って、見た目全然変わってねえぞ」


「エーテライトを溶かせる温度ぐらいまでは上げたんだけどね。ぜんぜん燃えないの」


「この感じだと――はあぁッ!」




ぼよん、と刃は弾かれる。


その後、ペリアは冷やしてみたり、熱したあとに冷やして、冷やしたあとに熱して――と色んなパターンを試してみたが、刃が通ることはなかった。


最終的に、『力ずくで突破するしかない』という結論に達し――




「剣鬼術式――バーサーク・ペネトレイションッ!」




フィーネは魔力を纏った全力の“刺突”を、オーガの肌に突き立てた。




「おらおらおらおらァッ!」




しかも何度も連続して。


刃は魔力に反応して赤く光る。


ゴオオォッ! と周囲に風が吹き荒れ、ペリアとエリスの髪が揺れる。


彼女が剣王と呼ばれる所以――それは、その圧倒的火力にあった。


刃を振れば山が切れ、叩きつければ大地は割れ、突き出せば海が裂ける――とまあ、いくらか誇張こそ含まれているものの、その程度の威力は出せる。


それだけの超人でもなお、全力の一撃で、オーガの肌にわずかに刺さるのが限界だった。


フィーネは柄から手を離すと、突き刺さったままの状態を維持する剣を見てため息をついた。




「あー……こっからどうする?」


「ペリアの拳で叩いたら?」


「壊れないかな」


「そんなヤワじゃねえよ。一回、全力でケツを叩いてもらったいいか?」


「……けつ」


「はわぁっ!? お、お前っ! 何で急に尻触ってんだよ!」


「叩けって言うから」


「そこじゃねえよ! つか外でするんじゃねえ!」


「中ならいいらしいよ、ペリア」




ペリアは祈るように両手を重ねると、上目遣いでフィーネを見つめた。




「フィーネちゃん……今夜、空いてる?」




とくん――フィーネの胸は高鳴った。


みるみるうちに顔が真っ赤になっていく――




「い、い、色気出すなっつうの! つかお前がやると可愛いから洒落にならねえんだよ!」


「わかる」




エリスは腕を組んで深くうなずいた。




「いいから早く剣の底・・・を叩いてくれ!」


「はーい」




今度こそ、真面目にやる気になったペリア。


彼女は剣の底に何度か拳を当て、その感触を確かめてから、魔術を発動させた。




「傀儡術式――マリオネット・ストライク」




ドスンッ、と鈍い音が鳴り、オーガの死体が震える。


同時に刃は皮を引き裂いて、わずかだが沈みこんだ。


そのまま何度か、釘を撃ち込むように底を叩くと、刃の半分まで中に沈む。


ペリアは試しに柄を握って上下させると、わずかに皮と肉が避け、中からどろりと血が溢れ出した。




「フィーネちゃん、行けそう!」


「よっしゃあ。じゃあ協力して一気に行くか!」




ペリアが柄を持ち、フィーネはみねの上に手を乗せると、二人は『せーの!』の掛け声と同時に、力を込めた。


ずずず……と刃が滑り、オーガの腹を引き裂いていく。


下腹部付近まで到達し、傷が開くと、中に血に汚れて輝く球体が見えた。




「あったー!」




ペリアは目をキラキラと輝かせ、大きな声を出す。


そして躊躇なくオーガの腹にずぼっ! と腕を突っ込むと、直径1メートルはあるその球体をかきだそうとする。




「うっはぁ……よく突っ込めるなあいつ」


「あのあたり、研究者って感じ」


「こりゃ解体が終わったら風呂だな」


「久々に三人で入る。尻を触る」


「そっから離れろよぉ!」




フィーネが情けない声をあげているうちに、ペリアは目的の物の摘出に成功していた。


彼女はすぐに魔術で出した水で血を洗い流すと、鈍く光るそれを見て「おおぉ……」と感嘆の声を漏らす。




「ペリア。それ、モンスター・コアってやつだよな」


「私たちが戦ったスライムが持っていたものと、大きさや形状はほぼ一緒」


「うん、そうだよ。といっても――私も本物を見るのは二回目なんだけどね。入ってるとしたらお腹なんじゃないかと思ってたんだ!」


「それって要するに、モンスターの心臓だろ? 何で腹にあると思ったんだ」


「心臓じゃないよ。これはあくまでモンスターに力を与えているものにすぎないの。巨大化した体を維持するために、心臓とは別にこの器官が必要なんじゃないかな」


「つまり、コアを破壊しなくても、心臓を潰せば死ぬ?」


「うん、エリスちゃんの言う通り。というか、体の他の部分に関して言えば、“魔獣としてのオーガ”と同じだと思う」




 この世界に存在する魔獣という生き物は、大きく二種類に分類される。


 元々いる動物が魔力を得たものと、大気中に魔力がある場所ならどこにもで湧き出すものだ。


 前者は家畜として人に手懐けられることもあるが、後者は生殖を行わずに増え、ほぼ無条件に人を襲う。


 オーガやスライムもそのうちの一種でる。


 もっとも、“魔獣”として現れるオーガは大きいもので3メートル、スライムに至っては1メートルに至る個体すら少ないほどの大きさで、ある程度の冒険者なら簡単に討伐可能。


 Sランク最上位のフィーネが皮すら切れない時点で、もはや別物なのだが。




「ってことは、モンスターってのは……コアを得た魔獣とも言えるんじゃねえの」


「うーん、そう決めつけるには、まだ証拠が足りないの。ただ一つ言えることは、このコアってパーツは、膨大な魔力を生み出してるってこと」




 そう言うと、再び目を輝かせるペリア。


 すっかりスイッチが入った彼女は、猛烈なマシンガントークを開始する。




「今のゴーレムちゃんの動力源はモンスター・レプリカント・コア。つまりこのコアを魔石を使って強引に再現したもの。実をいうと、何で魔石を繋ぎ合わせただけのあれが魔力を生み出すのか私にもわかってないんだけど、本物ともなればレプリカよりさらに大量の魔力を生み出すのは間違いないはず! 20メートル級だからコアのサイズが倍になる可能性もあったけど、幸いなことにサイズは据え置き。つまり出力だけが倍になった単純な上位互換! これは今すぐにでもゴーレムちゃんに搭載して、そのハイスペックっぷりを披露してその素晴らしさをみんなの目に焼き付けてほしいなと思ってる。大丈夫、形は一緒だからちょっとコアを入れ替わるだけでそのまま使えるはずだから! 確かに排熱面での問題は出るかもしれないけど、稼働時間が減るだけで動かないことはない。そう、だから今すぐにでも搭載すべきなんだよ! ゴーレムちゃんだってそう思ってるはず! そういうことで、二人ともどうかな!?」




 その勢いに圧されたフィーネは、目をぐるぐると回していた。




「お、おう……エリス、翻訳たのむ」


「別に難しいことは言ってない。私のゴーレムはすごいという話だけ」


「親バカだな。確かにすげえけど」


「というわけで二人とも、今からゴーレムちゃんにこのコアを搭載します!」


「……マジか。大丈夫なのか? ゴーレムがモンスターになって、ひとりでに動き出したりしないか?」


「大丈夫だよ。言ったでしょ、コアは心臓じゃなくて、ただの魔力供給源だって。私のゴーレムちゃんを信じて!」




◇◇◇




 ペリア、フィーネ、エリスの三人は、協力してコアをゴーレムのところまで運んだ。


 ペリアは装甲を開き、レプリカント・コアを摘出する。


 そして、ぽっかりと開いたその空間にオーガ・コアを入れ込むと、魔石・ミスティブロンズで出来た魔力導線を接続した。




「よしっ! フィーネちゃんとエリスちゃんはどうする? 中に乗る? それとも外から見る?」


「今回は外から見たい」


「中からとは、また違った姿に見えるだろうからな」


「わかった。じゃあそこから、ゴーレムちゃんの勇姿をしっかり見ててね!」




 操縦席に飛び乗るペリア。


 内側に外の景色が映し出され、上から垂れてきた糸が指に絡まる。


 その指をわずかに動かすと、視界の右側にずらっと数字が並んだ。




「コア出力値……すごい、250! レプリカント・コアの2.5倍!」




 コア出力値とは、ペリアが独自に設定した名称である。


 要するに、コアが生成できる魔力の大きさを示した数値で、基準はレプリカント・コアの100である。




「熱量は1.5倍ぐらいかぁ、通常運転には問題ないけど、リミッター解除したらすぐに持たなくなっちゃうな。出力を冷却に回してもいいかも」




 それでも、通常時でレプリカント・コアのリミッター解除状態を越えている。


 さらに上回るとなれば、短時間でも莫大な効果を発揮するだろう。




「生成される魔力のノイズはほぼゼロ。自然に生成されるコアだから歪みを心配してたけど、術式変更の必要は必要なさそう。むしろ余計なものを減らせるかも。うーん、綺麗すぎるのも不自然でもやっとするけど、今は喜んでおこう……」




 モンスターが自然発生した生物だとするのなら、このコアという物体はいささか整いすぎている。


 とはいえ、自然イコール歪んでいる、というのは人間の勝手なイメージにすぎないのだが。


 ペリアも、そういうものが生まれる可能性はある――ということは理解していた。




「まずは立ち上がって……と、うわっ!?」




 ただ立ち上がるだけで、明らかに馬力が違う。


 思った以上に勢いが付いたので、思わずバランスを崩しそうになる。




「危ない危ない。こんなに反応が鋭くなってるなんて、転んだら大変だよ。操縦の反応を少し落として……っと、よし、こんなものかな」




 糸を操作し、感度のパラメータを調整。


 画面上に表示された数値も変動する。




「さて、それじゃあゴーレムちゃんの新たな実力、みんなに見せちゃおう! モンスター――いや、オーガ・コア、リミッター解除。出力値250……400……500まで到達。冷却システムフル稼働、稼働制限カウントダウン開始」




 前方に1分の制限時間が表示される。


 ゴーレムは腰を落とし、右腕を振り上げた。


 コアより供給される魔力が腕に集中する。


 さらにペリアは糸を経由して傀儡魔術を使用、ゴーレムの拳の動きをより素早く、より鋭いものへと研ぎ澄ます。




「何だ何だ、また何か見せてくれんのかぁ?」


「いいぞー! もっとやれーっ!」


「巨人のかっこいいとこ、もっと見せてくださーい!」




 さすがにここまで来ると、村の人たちも気づく。


 アルコールの入った彼らは、それを催し物のように楽しみ、大騒ぎした。


 フィーネとエリスは、その喧騒から少し距離を取り、肩が触れ合う近さで並んで立っている。


 特に意識して近いというわけではなく、いつも二人はそんな感じだった。




「しかし……ペリアが作ったコアより、オーガのコアのほうが強いってんなら、何でパワー勝ちできたんだろうな?」


「肉体が違う。オーガの体の大半は筋肉だけど、ゴーレムは全身が、魔力増幅率に優れたミスリルで作られてる」


「ああ、この色はやっぱそうだったのか。ミスティアイアンじゃ強度が足りねえもんな」




 ミスリルは、エーテライトやアダマンタイトには性能で劣るものの、コストパフォーマンスで優れる魔石だ。


 もちろん、理想はエーテライトで全身を作ることだが、宮廷魔術師の給料で作ると考えたとき、現実的にそうせざるを得なかったのだろう。


 ちなみに、メインウェポンである拳には、少し奮発してアダマンタイトが使ったようだ。




「魔力を使うために生まれたゴーレムと、生物として生み出されたオーガ、その違いってことだな。しかし、ミスリルであのパワー――恐ろしいな、まだまだ伸びしろがあるってことじゃねえか」


「ペリアがその先を目指すのなら、私たちは全力でそれを手伝う」


「当たり前だ。もう疑わねえよ、一生な」




 フィーネはそう言って微笑んだ。


 エリスも「うん」と小さく相槌をうって、口元に笑みを浮かべる。


 そんな二人の視線の先では、ゴーレムが今まさに拳を突き出そうと動きはじめていた。




「傀儡術式ッ、ゴーレム・ストライク!」




 ヒュゴッ、と空気が圧縮される音が聞こえた。


 つまり次の瞬間、それは一気に解放されて――ゴオオォウッ! と村全体に吹き荒れる。


 ゴーレムの後ろ・・でそれほどの衝撃だ。


 前方にいたら、人など軽く吹き飛ばされていただろう。


 事実、その風圧だけで、村を覆う結界に波紋が生じ揺らいでいる。


 だが、ゴーレムの拳はそれだけでは止まらなかった。


 肘関節からミシッと嫌な音がしたかと思うと、前腕と上腕をつなぐ糸状の物質がぶちぶちっと千切れていく。


 さらには内部のミスリルフレームも耐えきれなくなり、前腕だけが、パンチの勢いそのままに射出され、結界に突き刺さった。




「すげえ、コアを変えたことで遠距離攻撃までできるようになったのか!?」


「……たぶん違うと思う」




 飛び立った腕は、簡単に結界を貫いて、速度も高度も落とすことなく、荒れ地の彼方へ消えてゆく。


 エリスの言った通り、それは決して狙って飛ばしたわけではない。


 オーガ・コアのパワーが高すぎて、機体が耐えきれなかったのである。


 それを見たペリアは――




「ま、待って、ゴーレムちゃんの腕えぇぇぇっ!」




 涙目になりながら、必死に叫んでいた。




――――――――――


●名称

ゴーレム


●搭乗者

ペリア・アレークト


●装備

主材質:ミスリル

装甲:ミスリル

コア:レプリカント→オーガ


●スペック

 高さ:20.2

 重量:120

 装甲強度:1000(ミスリルの硬度限界に達しているため変化なし)

 コア出力:100→250

 最高速度:100→200


●武装

・傀儡術式ゴーレム・ストライク

 近接攻撃

 威力300(通常のパンチを100とした場合)

 ※ただし右腕を喪失したため現在は左腕でのみ使用可能


●特殊能力

リミッター解除:

 コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。

 コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。

 現在の解除限界は200%、稼働時間は1分。


――――――――――



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