第2話 お金がありません……




 ペリアが都の正門から出ると、すぐに巨大な扉は閉ざされた。


 都は、王国の中でも特に強固な結界に包まれた空間。


 モンスターに襲われる可能性がもっとも低い、中心部に位置する。


 ゆえに地位の高い貴族しか住むことが許されていないのだ。


 本来ならペリアが通ることは許されない門――もう二度と、彼女のために開かれることはないだろう。


 彼女はすでに宮廷魔術師ではないため、専用のローブの着用も許可されない。


 現在はトップスの上からケープを羽織り、下はスカート――という、彼女が持つ数少ない普段着を纏っている。


 


「はぁ……寒い」




 都から出た途端、結界による温度調整が消えたためか、急に温度が下がる。


 秋が過ぎ、冬が近づく――場所によっては雪も降るような季節だ。


 しかもそろそろ空は暗くなり、夜がやってくる。


 ペリアは明らかに薄着だった。


 となれば、馬車でも使って移動したいところだが――


 


「ううぅ……ゴーレムちゃんを捨てられた挙げ句、その処分費用まで取られるなんてぇ……」




 ぐすっと涙ぐむペリア。


 ぐしぐしと手の甲で目をこするが、すぐにまた視界は潤んだ。


 あのあと、処分業者がペリアの元にやってきて、ほとんどのお金を持っていかれてしまった。


 元々、ゴーレム開発につぎ込んでいたので、あまり残っていなかった所に、まさかの追い打ち。


 馬車はおろか、最寄りの町に徒歩でたどり着いても、宿代があるかも怪しい。




「お先真っ暗だよぉ……」




 ペリアの未来を暗示するように、街道は夜の闇に覆われていく。


 一定間隔で設置された街灯だけが、寂しげに道を照らしていた。




◇◇◇




 都の南にある町、プローブ。“町ランク”はC。


 ペリアがそこに到着したのは深夜だった。


 彼女が目指すのは、依頼さえ達成してくれるのなら、来る者拒まずの仕事斡旋所――冒険者ギルド。


 だが当然、深夜に開いているはずもない。


 手元にお金が無い彼女は、朝になってギルドが開くまで、入り口の前でしゃがみこんで待った。


 日が上りだすと、次第に人の通りも増えてくる。


 気づけば、まだギルドは開いていないのに、ペリアの周囲には屈強な男たちが集まっていた。


 みな、よりよい依頼を受けるために、朝早くから来ているらしい。


 そしてついにギルドが開く。


 もちろん、最初に入れるのは先頭で並んでいたペリア――などというルールは、ならず者が集まるギルドにあるはずもない。




「あわわわ……通してくださいぃーっ!」




 男たちにもみくちゃにされながら、なんとか中に入る。


 ペリアはすぐにカウンターに向かい、だるそうにこちらを見る受付嬢に言った。




「初めて依頼を受けるんですが、冒険者証を発行してもらえますか?」




 冒険者とは、ギルドで依頼を受けて生計を立てる者のこと。


 依頼内容は、荷物運びや護衛、薬草採取、鉱石採掘、魔獣退治などなど、多岐にわたる。


 必ずしも全ての依頼を受ける必要はなく、中には薬草採取だけで生きる者もいれば、魔獣退治を専門にする命知らずだっている――つまり一口に“冒険者”と言っても、いろんな人種がいるのである。


 ペリアは友人に冒険者がいるため、そういう冒険者にまつわる知識や、冒険者証の存在を知っていた。


 だが受付嬢は、頬杖をついてだるそうに黙るだけで、なかなか申請書類を出してくれない。




「あのお、冒険者証を……」


「よう嬢ちゃん、あんた新米冒険者かい?」


「ひえっ!?」




 背後から、大男がポンッと肩に手を置いた。


 思わず声をあげるペリア。




「その服装、見たところ魔術師らしいが、一人で冒険者になるなんて危ねえなあ。よほど自信があると見た。どんな魔術を使うんだい?」


「人形魔術ですけど……」


「はっ……おいおい、聞いたかよ今の! 人形魔術だってよぉ! 子供をあやすぐらいしかできねえじゃねえか、あはははははっ!」




 男が笑うと、受付嬢も一緒に意地悪く肩を震わせた。




「やめとけやめとけ、そんな子供騙しで冒険者になんてなれやしねえよ!」


「なれないと困るんです。お金がないので」


「だったらいい店を紹介してやろうか? 嬢ちゃん、見た目は幼いが、体つきはなかなかだからな。結構な稼ぎになると思うぜ?」


「いえ、冒険者になりたいんです」


「いいから従えよ」


「お、お断りします……あの受付嬢さん、はやく冒険者証をっ! 他の方でもいいので!」




 とっくにペリアだって気づいていた。


 男と受付嬢がグルだということぐらい。


 だから他のカウンターにいるギルド職員に声をかけてみたが、反応はない。


 異様な空気に、歯を食いしばって恐怖に耐えるペリア――すると男は、彼女の肩に置いた手に力を込めた。




「どうしても冒険者になりたいって言うんなら、試験・・を受けなきゃなあ。俺と戦って勝つっていう試験をな」


「……それに受かれば、冒険者証を発行してくれるんですか?」


「ああ、もちろんだ。ただし――負けた場合、身の安全は保証できねえけどな」


「わ、わかりました、受けます」




 ペリアは首を縦に振る。


 すると受付嬢がはじめて、彼女に言葉を向けた。




「やめときなさい。彼が誰だかわかってないんでしょう?」


「知りません。でもそうするしかないのなら――」


「Aランク冒険者、ルヴェロス。この町プロープを根城にしてる旅団、血の鬣犬ハイエナの一員よ。新人潰しが趣味で、そのせいで門番だなんて言われてるわ」


「その二つ名まで言う必要あるか? 俺にとっちゃただの悪口だぜ」


「あんたの悪趣味さを教えとかないと、また身の程知らずが鬣犬に食い散らされるだけじゃない」


「まあ確かに、ここで身を引く奴を追いかけるほど、俺も残酷じゃねえ。いくら無知な嬢ちゃんでも、Aランク冒険者って名前の重さぐらい知ってるはずだ。どうする、それでも受けるか?」




 断れ、と言わんばかりに圧をかけるルヴェロス。


 それは彼なりの優しさなのだろうが――




「それでも……受けます。だって、それ以外に、方法はないんですよね」




 なおもペリアは意思を変えない。


 受付嬢は戸惑い、ルヴェロスは露骨に機嫌を悪くする。




「嬢ちゃん、俺は加減しねえぞ」


「っ……お、お手柔らかにお願いします……」




 そして、ただでさえ小さな体を縮こませたペリアは、ルヴェロスとともに外に出た。




◇◇◇




 ギルドの前で、ペリアとルヴェロスは向かい合う。


 建物の中にいた冒険者はもちろん、朝っぱらから何の騒ぎだ――と野次馬たちがわらわらと集まってくる。




「おいおい、またルヴェロスの新人潰しかよ」


「相手は女の子じゃねえか、まさか全力でやるつもりか?」


「ルヴェロスの顔を見てみなって、あれマジのやつだよ」




 好き勝手に話す観客には目もくれず、ルヴェロスは腰に下げたロングソードを抜いた。




「お前、武器は? 人形使いなら人形でも出したらどうだ」


「いえ――素手です」


「……はっ、どこまでも舐めた女だ。後悔しても知らねえぞ!」




 彼はその場で剣を振り下ろす。


 剣士が使う魔術は、身体能力を向上させるもの、斬撃の威力を高めるもの、そして斬撃を遠距離に飛ばすもの――そのどれかだ。


 ルヴェロスもその例にもれず、三日月の剣気がペリアに向かって放たれる。


 着弾まで0.1秒。それを彼女は、体を傾けひょいっと避けた。




「さすがにこの程度は避けるか。だったら次は連続で行くぞ!」




 宣言通り、ルヴェロスは目にも留まらぬ速度で剣を振り回す。


 


(スピードに長けた剣士……なのかな)




 Aランク冒険者とは、どれだけの使い手なのか――今後のためにペリアは見極めておきたかった。


 彼女は横に飛ぶと、転がって斬撃を回避。


 もちろんルヴェロスは彼女を追って、剣気を飛ばす。


 少女は怒涛の攻撃を、飛んで跳ねて回って転がり、まるで踊るように避け続けた。




「こいつ……ッ! 人形使いとか言っておきながら、使う魔術は身体能力強化か!」


「いや、まだ何もしてな――」


「だったらこっちもギアを上げる! うおぉぉおぉおおおおッ!」




 言葉通りに早まる斬撃。


 確かに速度は向上したが、狙いはその分だけ甘くなる。


 回避の難度は高まるどころか、むしろ簡単になった気すらした。


 それを続けること数秒――斬撃の雑さゆえに、わずかにその動きが歪み、狙いがペリアから逸れた。


 ルヴェロスもすぐに気づき『やっべ』と口を動かす。


 剣気はペリアではなく、野次馬に向かって飛んでいき――




「危ない――づぅっ!」




 それを、ギリギリで彼女は受け止めた。


 腕の痛みに、顔をしかめるペリア。


 野次馬は無傷。


 いや、それどころか、自分に剣気が迫っていたことすらわかっていないようで、




「やっと当たったぞ!」


「あの嬢ちゃんもなかなかやるが、ルヴェロスには敵わねえなあ!」




 能天気にそんなことを話している。


 一方、当事者であるルヴェロスは――笑っていた。


 悪意に満ちた顔で、『いい攻略法を見つけた』とでも言わんばかりに。




「まさか――そんな馬鹿なことやめてくださいッ!」




 ペリアの声も届かず、ルヴェロスは今度こそ、自らの意思で野次馬に刃を向けた。


 少女は割り込み、攻撃を受け止める。




「やっぱ俺の剣術にはついてこれねえみたいだなあ! ほらほら、もっと頑張らねえと。負けたら鬣犬の奴隷だぜ!」


「うぅっ……冒険者は、人々を守る職業なのに……」


「ははははっ! 笑わせんなよ! 冒険者なんてもんはなぁ、金のためなら何でもする人間の集まりだ!」


「そんなこと、ないもん……! だって、だって、私の友達は――」


「夢を見てんじゃねえよ、お嬢ちゃん! 現実逃避するってんなら、そのまま俺のサンドバッグになって死んじまいな! それが嫌なら避けろ! 冒険者らしく、無関係の他人を犠牲にしてでも食らいついてみせろよォ!」




 ルヴェロスの攻勢は続く。


 ペリアはうつむくと、強く唇を噛んだ。


 斬撃は幾度となくペリアに命中し、彼女を追い詰めているように見えていた――が。


 野次馬たちも、何よりルヴェロス自身も、少しずつ疑問に思い始めていた。




(俺の斬撃は、腕ぐらいなら軽く切り飛ばせるはず。いくら魔術で防御してても、無傷でいられるもんなのか……?)




 前髪の隙間からわずかに見える、紅の瞳。


 こちらを睨みつけるその眼差しに、底知れぬ不気味さを感じ、ルヴェロスは剣を握る手に汗をにじませる。


 一方でペリアの視界には、自分の指から彼に向かって伸びる“糸”が映っていた。



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