第3話 幼なじみと再会しました!




 ペリアとルヴェロスの戦闘中、たまたまギルドの前を通りがかった女冒険者が、困った様子で頭を掻いていた。




「何の騒ぎだよ、ギルドに入れないじゃねえか」




 そうぼやいたのは、異様に長い剣を背負った、オレンジ色の髪の少女だった。




「……困った」




 その隣に立つ白いローブを纏った少女は、眠そうな顔で紫の長い髪をいじくった。




「ハイエナどもに依頼を取られる前に、と思って早めに来たが、どーするよエリス」


「どうもこうも、待つしかない。それともフィーネが全部けちらす?」


「それもありかもな……おいそこのおっさん、ちょっといいか?」




 フィーネと呼ばれた少女は、野次馬の男の肩を突いた。


 「なんだよ」と不機嫌そうに振り向いた男は、真後ろに立つその姿を見て驚愕した。




「な……け、剣王フィーネ!?」


「知ってんのかあたしのこと」


「じゃあ隣にいるのは、聖王エリス! す、すげえ、天上の玉座の実物、初めて見た……サイン貰えませんか!」


「すまん、書くものがない」


「なら肌に直接刻んで貰えませんか!?」


「握手でいいか?」


「お願いしますぅ!」




 ならず者っぽい風貌をした男は、フィーネとエリスの手を握って感激し、涙ぐむ。


 天上の玉座とは――この国に存在する“最強の旅団”である。


 Sランク冒険者の中でも、特に秀でた者のみが参加を許され、メンバーそれぞれに“王”の二つ名が与えられる。


 彼らは主にギルドからの依頼を受けて動く。


 そして各地で、他の冒険者では手出しできないような、凶暴な魔獣を狩って去っていくのだ。


 彼らは全ての冒険者の憧れであり、王国民のヒーローであった。


 そのメンバーというだけで大騒ぎなのに――フィーネとエリスは、一年前、17歳という若さ、そして女性の身で旅団に加わったという、異例の経歴を持つ有名人であった。


 男が騒ぐと、周囲の人々もその存在に気づく。


 ペリアとルヴェロスの戦いに夢中になっていた彼らの興味は、一斉に天上の玉座のメンバーに移った。


 次々と握手を求められ、流れ作業でそれをこなしながら、二人はぼやく。




「……まずいな、想像以上の騒ぎになっちまった」


「ちょうどいい、聞こうよ。何があったのか」


「そうだな。なああんた、これは何の騒ぎなんだ?」


「は、はひっ!」




 声をかけられた野次馬は、裏返った声で返事をした。




「落ち着け、話を聞きたいだけだ」


「ひゃ、ひゃいっ! あのっ、血の鬣犬はご存知ですか?」


「ああ、知ってる」


「そこのルヴェロスってやつが、冒険者志望の素人とやりあってるんですよ」


「鬣犬のメンバーならランクも高いんだろ? それが何で素人と戦ってんだ」


「通称、“門番”って呼ばれてて。新人潰しで有名なやつなんです」


「悪趣味が過ぎる。あんまりいい見世物じゃない」


「だなぁ。おいあんたら、ちょっと道を開けてもらっていいか? あたしが止める」




 フィーネの一声は人混みを割り、道を開く。


 その先にある姿を見て、彼女の動きが止まった。


 「フィーネ?」と首をかしげるエリスだったが、彼女もまた、同じようにペリアを見て静止する。




「……どうして、ここにペリアがいるの?」


「宮廷魔術師になったはずだよなぁ」


「出張中?」


「だとしたら、あのローブ着てるだろ。合格してたときも、あたしらに自慢してたし」


「ほんとだ、普段着」


「あと、全然反撃しねえ理由もわかんねえ」


「ペリア、人を殴るのとか苦手だから」


「あー……そういやそうだったな」




 そんな会話を繰り広げる二人に、先ほど会話をした野次馬がおずおずと尋ねる。




「あのぉ、女の子、知り合いなんですか?」


「幼なじみだ」


「だったら止めたほういいですよ! ルヴェロスは危険だ、キレたら怪我だけじゃ済まない!」


「確かに、危ないから止めたほうがいい。そろそろペリアも我慢の限界」


「だな。マジでやったら大怪我するだろ、ルヴェロスってやつ」


「へ?」




 予想外の反応に、ぽかんと口を開く男。


 するとフィーネは得意げに言った。




「おっさん、忠告はありがたいが――あのペリアって子、あたしらより強いんだわ」




◇◇◇




 一方的に剣を振るっていたルヴェロスの動きが、ぴたりと止まる。




「んあ? 何だこりゃ……くっ、おい、体が、動かねえ……!」




 剣を振り上げた体勢のまま、どれだけ力を入れてもびくともしない。




「傀儡術式、マリオネット・バインド」


「は? てめえがやったのか!?」


「私の糸が見えないの?」




 ペリアの明らかに怒りを孕んだ口調に、ルヴェロスは強い威圧感を感じた。


 先ほどまで対峙していた、情けない少女とは思えない。




「何を……糸なんてねえだろ、どこにも!」




 どうやら、それが見えているのはペリアだけのようだ。


 王子やヴェインに使ったときだってそうだった。


 幼なじみたちは、ちゃんと見えていたはずなのだが――




「傀儡術式は、人形魔術を拡張し、対象を人間にまで広げたもの。他人だろうと自分だろうと、糸を使って操ることができる」




 彼女は軽く腰を落として、武道家のような構えを取った。


 左手を前に出し、右手は腰のあたりで拳を握る。




「そうか、その魔術を使って身体能力の強化をしてやがったんだな!」


「何を言ってるの? 私はまだ、一度だって傀儡魔術は使ってないよ。普通に避けてただけだし、糸は防御にしか使ってない」


「つまり……今から、それを使うってことか?」




 ペリアはうなずく。


 ルヴェロスの頬がひきつる。




「あまり人は傷つけたくないけど、相応の報いだよね」




 ペリアの腕に模様が浮かび上がる。


 それは彼女の肉体を操る、魔力の糸。


 その糸を使って、自分で自分を・・・・・・操るのだ。




「や、やめろ……人質を取って、調子に乗ったことは謝る。だからっ!」




 元より低くはない身体能力は、魔術によってさらに高まる。


 ルヴェロスとて素人ではない。


 魔糸は見えずとも、そこにどれだけの力が込められているのかぐらいはわかる。




「せめて、防御ぐらいはさせてくれえぇぇええ!」

 

「傀儡術式――マリオネット・ストライク」




 ルヴェロスの目の前から、ペリアの姿が消えた。


 そう思った次の瞬間、すでのその拳は腹部に当てられていた。


 めり込む。ねじれる。全身がすり潰される。




「ご、がぁっ!」




 ガクンッ、と一瞬で意識が揺さぶられて、その体は一直線に観客に向かって飛んでいった。


 もちろんペリアは無関係の人間を巻き込んだりはしない。


 そこにいるのが、同じ血の鬣犬ハイエナのメンバーだとわかった上でそうした。


 ルヴェルトの体は仲間を巻き込みながら、それでも速度は落ちず。


 最終的に、奥にある広場――その中央にある噴水に突っ込んで、ようやく止まった。


 うるさかった野次はピタリと止まり、ペリアに視線が集中したまま沈黙が流れる。


 そんな中、彼女は自らの拳を見て、ため息交じりにつぶやいた。




「……殴っちゃった」




 勝者だが、あまり嬉しそうではない。


 もちろん死なないように加減はしたつもりだが――


 すると、ペリアの前に男たちが立ちはだかる。


 無事だった血の鬣犬のメンバーだ。


 彼らはペリアよりも遥かに大きな図体で、見下ろしながら睨みつけた。




「やってくれやがったな、ガキが。人形魔術だか何だか知らねえが、卑怯な手を使いやがって!」


「へっ? いや、勝負を仕掛けてきたのはあちら側で――」


「うるせえ、俺らにもメンツってもんがあるんだよおぉぉぉッ!」




 問答無用で剣を振り下ろす男。


 すると瞬時に人影が割り込み――その刃を、指でつまんで止め、さらに粉々に砕いた。




「やめとけよ」


「なっ……安物じゃねえんだぞ? それを指でぶっ壊しただと!?」


「あ、フィーネちゃんだーっ!」




 ペリアは昔なじみの顔を見て、飛び跳ねながら喜んだ。




「よう、ペリア。久しぶりだな」


「私もいる」


「エリスちゃーんっ!」




 とてとてとエリスに駆け寄ったペリアは、胸に飛び込むように抱きつく。


 無表情なエリスも、これには顔がにやけるのを抑えきれない。


 わずかに微笑みながら抱き返す。




「フィーネにエリスだと……ま、まさか、あの娘も天上の玉座……!」


「あたしらの仲間ではあるな。実力差はわかったろ? 怪我したくなきゃとっとと失せな」


「く……さすがに相手が悪すぎる。ちくしょう、お前ら撤退だ! ルヴェロスたちも回収しとけ!」




 尻尾を巻いて逃げ出す血の鬣犬たち。


 フィーネは彼らを小馬鹿にするように、ひらひらと手を降った。


 その姿が見えなくなると、ペリアのほうを振り向き――




「フィーネちゃーんっ!」




 彼女に抱きつかれる。




「おっ、お、お前っ! そういうのやめろって、人前だぞ!?」




 フィーネは顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。




「相変わらずフィーネちゃんは照れ屋さんだなぁ」




 そんな彼女の頬をつんつんと突くペリア。




「ちげえよ! あたしは、そういうのは人のいないとこでやれって、正論を言ってるだけでな!」


「人前じゃなくても真っ赤」


「だよねー?」


「仕方ねえだろ、恥ずかしいんだから! とにかく離れろって!」




 引き剥がされるペリアは、再びエリスにぴたりとくっついた。


 天上の玉座のメンバーが二人に、彼女たちに『自分より強い』と言わしめるペリアという少女――血の鬣犬が撤退してもなお、野次馬たちの騒ぎは止まらない。


 ここでは落ち着いて話もできないから、とひとまず三人はギルドの中に移動した。



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