手柄を横取りされてクビになった宮廷魔術師、趣味の人形遣いを極めて最強になる ~仕事が回らないから今さら戻れと言われても、幼なじみと未開の地を開拓したほうが楽しいので……~

kiki

第1話 研究所をクビになりました

 



「クビだ! ペリア・アレークト、命令に従わないお前はこの研究室に必要ないッ!」




 その日、上級魔術師であるヴェインは、部下であるペリアに向かってそう声を荒らげた。


 クビ――その言葉に、彼女は赤い瞳を丸くして、首をかしげ、長い銀色の髪を揺らした。




 王立魔術研究所――最も優秀な魔術師が集うこの施設で働く者のことを、俗に宮廷魔術師と呼ぶ。


 上級魔術師は、その中でも特に抜きん出た能力を持つ者だ。


 貴族の家の出であるヴェインは、上級魔術士という称号も相まって、逆らえる者は誰もいない存在である。


 つまり、ただの魔術師であり、かつ平民の出であるペリアとは、足元どころか足裏にも届くか微妙なほどの身分の差があった。




「あ、あの、さすがにクビはないんじゃ……」


「この期に及んで僕に逆らうのか? いい度胸をしているな。いいか、お前は僕の命令に従っていればよかったんだ。それが何だ、今日中に間に合わない? 仕事が多すぎて眠れない? ふざけたことを言うなッ! それをやってみせるのが宮廷魔術師だろう!」


「でも、他の方やヴェイン様は定時あがり――」


「口ごたえをするなァッ!」




 ヴェインは思いっきり机を蹴った。


 響き渡るガタンッ! という音に、ペリアは体を震わせる。




「僕は知っているぞ、お前、趣味で人形なんぞ作っているそうだな? 人形劇ぐらいしか娯楽のない平民らしい、下賤な趣味だ。そんなものを作る暇があるのに、仕事に時間は割けないと?」


「あ、あれは、早く帰れた日に、少しずつ……」


「黙れ、無能が言い訳をするな! あれほど人形魔術などという子供遊びはやめろと言ったはずだろう!」


「で、でも、私はそれが得意で、ここに入れてもらってっ」


「先日の王子の狩りに同行したときもそうだ。人形魔術でサポートする? できると思っているのか? まさかお前、王子の調子がよかったのを自分のおかげとでも思ってるんじゃないだろうな!」


「実際、それは……私が王子やヴェイン様の体をあやつ――いや、強化したから……」


「思っていたのか!? はははは、これは滑稽だ! ついに記憶の改ざんまで始めるとは、救いようもない! 王子は失望していたぞ? あんな役立たずの、荷物持ちすらできない平民がこの研究所に名を連ねていることをなァ!」


「え、あの……ヴェイン様、あれ、気づいてなかった……?」


「いいかペリア、お前はいつまでも現実を見ずに言い訳ばかりを続けるクズだ。“モンスター”を倒すという夢だってそうだ」




 この世には二種類の“人類の敵”がいる。


 一つは魔獣。


 “魔力を持つ動物”のことであり、魔力の影響で凶暴化し、人を襲うことも少なくない。


 だが、そのサイズは小さいもので数十センチ、大きいものでも5メートルほどで、魔術師ならば討伐可能な相手である。


 一方でモンスターは、小さいもので10メートル、大きいものだと数百メートルに達する。


 保有する魔力も膨大で、大軍を率いても、一流の魔術師が立ち向かっても、太刀打ちできない。


 人間はその脅威から逃れるため、人類は現在、狭い“結界”の中だけで暮らしていた。




「宮廷魔術師になれたからって調子に乗ってるんじゃないか。上級魔術師ですらない人間が、ましてや平民が、モンスターを倒す? ははははっ――笑わせるなァッ! そんな夢を見る前に、お前に説教してやってる・・・・僕に真っ先に言うべき言葉があるだろう!?」


「……ご、ごめんなさい」


「ありがとうございますだろうがッ!」




 机に二発目の蹴りが入った。


 怯えるペリアを見て、同じ研究室で働く同僚たちはニヤニヤと笑った。




「もういい、話にならんッ! とにかく出ていけ! 二度と僕の前に顔を見せるんじゃないぞ!」




 そのままヴェインは研究室から出ていき――部屋は静寂に包まれた。


 扉が閉まってしばらくすると、同室にいた同僚たちがわざとらしく演技をしながらペリアに声をかける。




「ペリア、今までありがとうな」


「え?」


「ヴェイン様にああ言われたんじゃ仕方ないよね」


「えっと、私、本当に……?」




 そしてとどめと言わんばかりに、室長が告げた。




「我々としても非常に、心の底から残念だが、ペリア君と一緒に仕事ができるのも今日までのようだ」


「そ、そんなぁ……」




 がっくりと肩を落とすペリア。


 しかし彼らの言う通り、ヴェインは絶対的な存在。


 クビを言い渡されたからには、従うしかないのだった。




 ◇◇◇




 ペリア・フィオクルは、銀色の長い髪と赤い瞳がチャームポイントの、18歳の少女である。


 彼女は、貧しい田舎町の生まれだ。


 幼い頃に見た人形劇――巨人がモンスターを倒し、人々を救うという物語に憧れ、宮廷魔術師を目指した。


 有名な魔術師に弟子入りし、猛勉強と猛特訓を経て、平民では絶対に不可能と言われる試験を突破。


 貴族たちから冷たい視線を向けられながらも、夢を叶えたのだ。


 しかし――彼女に待っていたのは、厳しい現実だった。




 王立魔術研究所に入って二年、ヴェインの部下となったペリアには、膨大な量の仕事が押し付けられた。


 街を覆う結界の強化案、流行病に対処するための治癒魔術の改良、魔獣の生態及び弱点の解析、より威力の高い攻撃魔術の開発――果ては王家の安眠のための魔道具開発まで、その内容は多岐にわたる。


 この量、そしてこの種類を新人に押し付けるなんてありえない。


 平民に対する嫌がらせあることは明らかである。


 だが、同僚たちはヴェインに睨まれたくないのか、まともに手伝ってくれないので、自ずと残業だけが増えていく。


 ペリアは、とにかく必死で仕事をこなした。




『やっと夢が叶ったんだもん。もっと頑張らなきゃ、たくさん頑張らなきゃ、限界なんてまだ限界じゃない!』




 自分にそう言い聞かせ、毎日のように何時間も残業して、時には寝る間も惜しんで――もちろん、趣味の人形作りの時間も削って。


 そしていつも、ギリギリで仕事を終えて――




『いつもお前は遅いんだよ! これだから平民は使えない!』




 ヴェインに怒鳴られる。


 そんな毎日だった。


 当然、ペリアの評価は上がらなかったし、給料だって据え置きだった。


 対するヴェインは、ペリアから見てもわかるぐらいに評価が上がっていて、給料も上がっているらしかった。


 一度、『せめて残業分ぐらいは上げてください』とヴェインに頼んだことがあったが、ものすごい剣幕で怒鳴られた末に、余計に残業を増やされた。


 一方でヴェインは、依頼品の納入の早さと、その質を評価されて、王家にも気に入られていた。


 どうして誰も私を褒めてくれないんだろう。


 それでも、それでも、それでも――何度、心が折れそうになる自分をそう説得したことか。


 だが結局、待っていた結果は、クビ。


 何もかもは、無駄な努力だったわけだ。




 ◇◇◇




 ペリアは荷物を両手に抱えて、背中に拍手を受けながら研究室を後にした。


 そしてとぼとぼと、施設の出口へ向かって歩く。


 歩きなれた廊下を進むほどに、寂しさが胸に去来する。




「せっかく叶えた夢も、こんな形で終わるなんて……」




 両親はペリアの夢を応援してくれていた。


 友人は全力で手伝ってくれた。


 村の人たちも、必ずペリアなら宮廷魔術師になれる、と背中を押してくれた。


 いつかもっと偉くなったら、王都にみんなを呼ぼう――そう思っていたのに。




「……どんな顔をして会えばいいんだろう」




 考えても考えても、その全てが彼女の気持ちを暗くする。


 そうしてたどり着いた自宅前。


 彼女の家は、王都の端っこにある倉庫という珍しい場所だった。


 それもこれも、趣味の人形作りのためである。




「ああ、ゴーレムちゃんに触って早く癒やされたい……」




 ゴーレムとは、作った人形に彼女が付けた名前だ。


 もちろん、由来は子供の頃に見た人形劇、そこに登場した巨人である。




 人形とは――“魔石”と呼ばれる、魔力を通したり、増幅したりする鉱石を使って作られた体のことだ。


 形は人型だったり、動物型だったり、あるいは生物ではなく、車の形だったりと様々である。


 そして、それを操る“人形魔術”を行使する者のことを“人形遣い“と呼ぶ。


 一般的に、人形魔術は人形劇ぐらいしか使いみちがないため、宮廷魔術師のような高い地位の魔術師には、馬鹿にされやすい。


 特に貴族であり、何よりも魔術師の“品位”を重んじるヴェインのような人間には、たとえ趣味であっても軽蔑の対象なのだろう。


 しかし、ペリアにとってみれば、それはまさにロマンの塊。


 鈍色のボディ、騎士の兜を思わせる一本角の頭部、魔力を通すと光る赤い瞳、山すら砕く豪腕に、大地を揺らす屈強な脚部――と、想像するだけでよだれが垂れそうだ。




「はえ……? な、なに、これ……」




 だからこそ・・・・・、その光景を見たペリアの衝撃は相当なものだった。


 おそらくそんなリアクションを期待して、ヴェインもそう・・したのだろう。




「な、何でっ? 何で私のゴーレムちゃんがなくなってるのおぉぉぉぉっ!」




 空っぽになった倉庫を前に、ペリアは思わず叫んだ。


 そこにあるはずの、彼女が給料をつぎ込んでコツコツと作ってきた巨大な人形が、影も形もないのだ。


 するとペリアの声に気づいた、倉庫の管理人が彼女に歩み寄り、言った。




「ああ、あれならヴェイン様から処分の命令が下ったからね。業者に頼んで運んでもらったよ」


「あれは私の個人的な持ち物です!」


「そうは言われても、ヴェイン様の命令には逆らえないからねえ」


「どこにありますか? まだ業者さんを止めたら間に合いますよね!?」


「もう何時間も前のことだから、とっくに王都から出てるんじゃないかなあ。人形なんて、どうせ大きいだけで大した価値のないガラクタだろう? 諦めるんだね」




 彼がどことなく冷たいのは、平民であるペリアを内心で見下しているからだ。


 他の人々だってそう。


 王都は例外なく貴族だけが暮らす地域――例外であるペリアの味方は誰もいない。


 だからこそ、ゴーレムは心の支えだった。


 なのに。




「私……何で……」




 ペリアは膝をつく。




「二年も……頑張ってきたのに……何だったの……?」




 胸に絶望を満たして。


 今まで直視してこなかった現実からも、目を背けられなくなって。




「宮廷魔術師って、こんなもの?」




 それは同時に、ペリアの幼い頃からの夢を否定することでもあり――




「私の夢って……何だったの? う……うぅ……うわあぁぁああああんっ!」




 心がぽっきりと折れ、せき止めるものが無くなると、ぼろぼろと涙があふれだす。


 空っぽになった倉庫の前で、彼女はそのまま、日が暮れるまで泣き続けた。



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