談笑部
水嶋 穂太郎
第1話 バイク! バイカー!? バイケスト!!?
「なんなのだこれはっ!!」
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないっ! これを見るのだ!」
「またタブレット? …………へえバイクか。これかっこいいねえ」
「! やはりお前とはセンスが合うな」
「僕は合いたくないけどねえ」
私立四街道学園高校には《談笑部》という、一風変わった部活がある。単にだらだらしゃべるだけでもなく、かと言って本格的にお笑いをするわけでもない。あくまでも日常からはみ出さない程度の会話で笑いあうことを目的とした部なのだ。
そんな部に所属しているのは5人。1人は海外の姉妹校に短期交換留学に行ってしまっているため、現在は4人だ。
なお、全員が二年生。
声を荒げたのはもっともボケ率の高い、甘城遙香。黙っていれば端正な顔立ちとスレンダーな体格の美人なのに、すべてを台無しにしている男勝りな女の子である。
律儀にも突っ込んだのはもっとも気弱な気質の、本間忠克。平均身長に届かないことでひそかに悩んでいる青年である。
遙香が会話を続ける。
「照れるなって。なにやらバイクが流行りそうだったから調べてみたのだが、なんなのだこのあたまのネジがぶっ飛んだ費用はっ!」
「現実とフィクションの区別くらいつけなよ……、どうせ《ばくおん》でしょ?」
「なにを言うのだ! もはや世界の主人公と言ってしまっても過言ではない、《ソードアートオンライン》の『キリトさん』だってバイクを乗り回しているではないかっ!」
「かっこいいキャラにかっこいいモノを組み合わせると最強に見えてくるよね」
「事実、やつは最強だろうからな。たしかキリトさんがバイクの後ろに乗せたのはひとりだけだったはず――」
「描写がないだけでいろんな仲間を乗せてるはずだからねっ!?」
「やはりメインヒロインしか乗れないのだろうな」
と、そこに。
「つまり『シノン』ってこったな」
3人目の部員が意見を述べた。
西之宮和明。高身長でイケメンで勉強もできて割となんでも超人なのだが、どうしても遙香に同調ぎみになってしまう残念な一面がある。場を荒らそうとする発言だったが、忠克も憎むに憎みきれないなんとも不思議な感覚に陥るのが常であった。
「きみも変なところから同調しないでっ!?」
忠克は和明を収めようとするも。
「俺はシノンに異存などないのだが……、欠点がひとつだけあるのではと考えている」
「奇遇だな。俺っちもシノンには欠点がひとつだけあると思うんよ」
さらに話題に乗ってきた遙香を、和明ともども静めるすべなど持ち合わせていない。
「…………」
「声が合っていない」「声優に違和感がある」
「よし、貴様らオレがいまから徹底的に叩きのめしてやるから正座しろ」
無言で聞くしかなかった忠克も、譲れないものはある。
推しの声優さんを小馬鹿にされたような気分になり、キレた。人格が変わったように攻撃的な姿となる。
「俺から奪ったタブレットを天に掲げるのはやめてもらおうか」
「正論を述べただけでこんなんだから、声優厨は嫌われんじゃねえの」
遙香と和明は面白がっている。
こんな忠克の姿を見られるからこそ、からかいがいがあるし、部活にも精が出るのだから。
傍観していた最後のひとり、立派なメロンを胸にお持ちの九条伸恵も加わる。彼女は忍者かサムライのどちらかに憧れており、口調が残念なことになっていた。
「まあまあいつものことではござらんか。皆の衆、落ち着くでござる」
そう、これがいつものことなのだ。
こんなことをやっているのが談笑部なのである。顧問もいるし、同好会ではなく立派な部活なのだが、全員が全員とも暗黙の了解として話題に出すことはしない……。
「ふしゅぅ――ふしゅぅ――」
忠克は呼吸を荒くし、目は血走り、やや背を丸めた姿勢で静止している。が、明らかに暴走していた。『エヴァンゲリオン』を彷彿とさせる仕草で怖いと感じたのは、その場の全員だ。
「こりゃビーストモードだぞ、どうすんだおい?」
「俺に任せておけ」
和明が恐る恐る言ったところ、どーんと構えた遙香が相変わらずの男口調で答える。
「ぶじゅぅ――ぶじゅぅ――――っ!」
「おいそこの獣を模した豚よ、よく聞くのだ」
「がるるぉぉろろろぉぉぉ!」
「たしかにバイクの後ろに乗せるのは特別な存在なのかもしれない。だが、現実のとある儀式において隣に並ぶことを許されるのは、この国ではひとりしかありえないのだ!」
「!」
……忠克の怒気が……消えた? と錯覚する和明。
慎重に。
「バイクの後ろに乗せたくらいで騒ぐなってこっちゃな」
「!?」
「正気に戻ったようでござるな」
「まったく世話のかかるやつだ」
やれやれとばかりに遙香が腕を上下させた。
「おめえが言っても説得力ねーけどな」
「あ?」
わざと聞こえるように和明が言って、遙香が睨みを利かせたのだった。
* * *
本題は、和明の言葉から再開された。
「で、バイクがどうしたっつーんだおい?」
「二度目だが、高校生が乗り回す代物なのだから俺も乗ってみたいと思って調べたのだ」
「ありゃ高級嗜好品だぞ。一般学生は普通にチャリだ」
「なんなのだ、あのあたまがいかれているとしか思えない費用はっ!」
「……ちなみにどのくらいで買えると思ってたんだ?」
「5万くらい?」
「その10倍が現実だしっかり見ろっ!」
相手が女性ということも関係なく、和明は遙香の襟を掴んでたぐり寄せた。男勝りで男口調だが、女性特有のいい匂いが和明を誘惑しなくもない……。その様子を忠克と伸恵は、じっと見ていた。この部に恋愛禁止の条例はないが、いずれあるんじゃないかと、人間関係の変化に不安を覚える。
「バイクの極意とは自転車と同様で体重移動にあるというではないか?」
「お、おう?」
強引に引き寄せられた状態でも遙香は余裕の笑みで語りかける。
和明は自分のしてしまったことと状況をまずいと思ったのか手を離した。
ふたりの間に微妙な距離ができる。
「せっかく、両手を離して直線を走ったりカーブを曲がる技能まで習得しているというのに、もったいないではないか」
「おまわりに見つかったら即輔導されっぞ!」
「こんなくそ田舎の限界集落に着任している警察官が、そんなに熱心なわけがないだろう」
「もうとりあえずおめーは謝っとけ」
遙香の暴言に、ぷいっとそっぽを向いて吐き捨てる和明。
気まずそうな空気を感じ取った忠克が間に入る。
「僕らの他に聞かれてたり、録音されてたりするとまずいよね」
「後者は誰がどう見てもプライバシーの侵害でござるが」
伸恵がどうでもよさそうに言った。
それでも遙香は止まらない。
「だから俺はバイクに乗りたい」
「キャッチコピーみたいな台詞だね……」
「馬鹿につける薬はない【だから俺はバイクに乗りたい】。こうすると説得力が増すぞ」
「一理あるでござるな」
「お前ら俺がそんなに馬鹿に見えるというのかごるあああっ!」
「おう」「はい」「ぞい」
総スカンを食らって遙香は激おこな様子。
「くっ、ぐぬうぅぅ……!」
「安心しろ、今すぐにでもバイクに乗れる手段があるだろう」
「なんだとっ!?」
「学校おわったら、帰りに集まってマリカー(※マリオカートの略称)すればいい」
「ガチ勢は引っ込んでろ!」
「どうしてもと言うのであれば、方法は無きにしも非ずでござるが」
「あるというのかっ!?」
「そもそも道路交通法が適応されてしまうのは『公道』だからでござる」
「なるほどわからん!」
「つまり、限界集落民ならではの手段、小生宅が所有する広大な敷地内であればいくらバイクを転がそうとも警察官は手出しできないのでござる」
「ああ、その手があったなブルジョア限界集落民めがっ」
「ぬっふっふぅ……」
伸恵が勝ち誇ったように、他人が聞いたら引きそうな笑い声で応えた。
「お前らで納得しちゃってるけれど、俺はバイクに乗れるのだな!?」
「やめておいたほうがいい」
「なぜだ?」
「むしろ可能性を閉ざす行為だからだ……」
「意味がわからんっ!」
「…………気づかないのでござるか?」
「うおっ、お前も急にどうしたのだ!」
伸恵がいきなり足下に出現して、遙香は困惑したようだ。まるで忍者か悪魔のような出現に、忠克と和明もギョッとした。
「きみの命が転がろうとしてるのですぞ?」
「……――は、謀ったなっ!?」
「俺っちは大佐っぽく警告してやったろうが」
「馬鹿は命知らずであるべきですぞ」
「『風になる』って『天に召される』と同義語なのかもしれないね……」
遠い目をする忠克。
釣られて遙香も。
「ああ……、せめて俺にも来夢せんぱいみたいな人がいれば……」
「似たような属性だとは思うけど、なんだか黒雪姫せんぱいと同じような響きはやめよう?」
『ばくおん!』の来夢せんぱいと、『アクセルワールド』の黒雪姫せんぱいは同属性ではない気がする忠克である。
ぎゃあぎゃあうるさい遙香に、和明も思うところがあったのか続く。
「どちらも謎の多い隠者ではないか!」
「混ぜるな危険ってのはこいつのためにあるような言葉だな」
「むっ、来夢せんぱいと黒雪姫せんぱいを混ぜては危険だということか?」
「おめーのことだ気づけや!」
「今日も混沌でござるな」
「あっ、みんな、下校アナウンスだよ」
「ちっ帰るか……ああ、バイクがほしい……」
「相変わらずネタだけでオチのない日だったな」
「寄贈品に文句を言ってはいかんでござるよ」
「お前らはなにを言っているのだ?」
「なんでもねーよ」
「でもこのバイクはほんとにかっこいいねえ」
「その後、小生らはバイク愛好会の設立に動くこととなるのだが、また別の機会であった」
「だからなにを言っているのだ?」
《おわり》
談笑部 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro
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