第100話 【SS】『地下特殊構造体攻略班』北原進曹長
「松田。お互いやっと転属が認められたな」
「ああ北原。憧れの斑鳩二尉の下で活動できるとか。相当ラッキーだよな」
俺と松田は佐世保の陸上総隊の水陸機動団で活動をしていた。
日本版海兵隊とも言われるこの部隊は、体を鍛える事が生き甲斐になっていた俺達には恵まれた環境ではあったけどなにしろ女っけが無い。
それに…… 大きな声では言えないかもしれないけど、実戦なんてあり得ないから物足りない。
そんな時に訪れた転機が、東京代々木に現れていた地下特殊構造体のスタンピード問題だった。
各国で別名ダンジョンと呼ばれるこの場所は、内部に敵対的生命体が発生していることを知られていたが、当初日本では内部に侵入しない限り被害が無い場所であると認定し、組織としての『地下特殊構造体対策部隊』は創設されたが、指令の上田二佐の他は、六名体制の二班があるだけで主要任務は、内部進入者に対しての警戒及び警告と言う、何だかよく解らない任務であった。
一応内部の確認という名目で、ある程度の探索は行われている様ではあったけど。
ただ当初の任務が決して厳しい物では無かったのと、マスコミ関係への露出がそれなりにあったので、女性自衛官も四名程配属されており、第二班においては斑鳩二尉と言う、俺達と同じ年齢のキャリア自衛官が班長を務めていた。
俺や松田は高卒の叩き上げで、それなりに頑張って来て今年曹長までは昇進したけど、このまま自衛隊に残ったとしても、定年が見えるくらいの年齢になってやっと尉官に上がれる事が出来るかもしれない? って言う程度だ。
女性自衛官で既に二尉まで昇進している彩ちゃんは、雲の上の存在だった。
「松田。あのダンジョンで起こったスタンピードってあれで終わりだと思うか?」
「今回はスライムだけだったとかで、撃退は出来たけどそれでも周辺の建物なんかは、立ち入り禁止とかになってるらしいな。俺もそれなりにラノベとか読むから、こんなんで終わる筈はないと思うぞ」
「だよな。今度現れた三層ではウルフまで現れてるそうだし、武器を持たない人間だと簡単に殺されるよな」
「それを北原が言い出すって事は、今回の転属希望に応募するのか?」
「ああ。今までの対策部隊でなく本格的な攻略部隊だって言うから、実践で戦えるのも俺には魅力だし、何より斑鳩二尉が俺のドストライクだからな」
「お前。そんな不純な動機で転属の希望を出すとか見下げた奴だな」
「お前は残るのか?」
「当然、転属希望を出すに決まってるだろ。お前に斑鳩二尉は譲らん」
「同じじゃねえかよ!」
東京の防衛省の本庁舎で行われた選考面接で、初めて会った実物の斑鳩二尉は、写真で見た以上に素敵な女性だった。
ただ……
胸のボリュームだけが、女性自衛官っぽくは無かったのだが……
一月後に俺と松田は揃って転属希望は承認された。
追加配属となった三十六名は全員がレンジャー過程を終了した実戦においてはエリートと言ってもよいメンバーだ。
「斑鳩二尉たちも俺達の能力の高さと筋肉にきっと惚れてくれるぜ」
「北原の筋肉より俺の筋肉の方がセクシーだし、彩ちゃんが惚れるのは俺の筈だ」
実家に近い東京の官舎に引っ越して、対魔物の基本的なレクチャーを二週間に渡って受けた。
◇◆◇◆
間に二日あった休日の時に実家に戻った。
久しぶりに実家に戻ると、妹の穂南に「買い物に連れて行って」と、せがまれたので、お袋の車を借りて出かけた。
東京だと地方都市と違って駐車場完備のショップは少ないから、コインパーキングに停める事になるが、まじで東京の駐車料金って高いよな……
カジュアルブティックやファミレスで過して、駐車場に戻ると偶然にも斑鳩二尉と他の女性隊員たちの姿を見かけた。
「斑鳩二尉。こんな所でどうされたんですか?」
「あら。北原曹長。デート? 未成年の女の子じゃ無いの? 問題行動は駄目よ」
「いや。違いますよ妹です」
「そうなんだ。可愛い妹さんね。私達も今日は非番だったから買い物中よ。でもね、ほら……」
斑鳩二尉に指し示された場所には段ボールに入った、赤ちゃん猫が居た。
真っ黒で可愛い。
生後2週間くらいかな? まだ目もよく見えないみたいで「ミーミー」とか細く泣いてる。
「捨て猫ですか?」
「情況的にどう見てもそうだね。こんな場所だとカラスに襲われて死んじゃいそうだから、どうしようか相談してたの。私達はみんな官舎だし飼えないからね」
「そうですよね」
折角訪れた仕事以外での斑鳩二尉や女性隊員達との会話機会。
これは、ぜひ親密度を高めるために利用しなきゃ。
そう素早く頭の中で計算した。
「穂南。この子うちで飼えないかな?」
「ええ。お兄ちゃん全然家に戻ってこないし、結局世話するの私とお母さんじゃん」
「この子の面倒見てくれたら、毎月買い物連れて行ってやるぞ?」
「ちゃんと服とか買ってくれる?」
「一枚だけならな」
「よし! 約束だからね。OKだよ」
その言葉を受けて斑鳩二尉たちに伝えた。
「この子。俺の実家で面倒見ます。ご安心下さい」
「本当。助かるわ。北原曹長行動が男前ね」
その言葉が聞けただけで、俺にはご褒美です。
口には出さなかったけどね!
「北原曹長。この子の名前とかどうするの?」
「斑鳩二尉につけて頂けませんか?」
「え? いいの? 私が付けても」
「穂南も良いよな?」
「え? もしかしてお兄ちゃんの狙ってる人なの? この綺麗な人」
「ば、バカ。斑鳩二尉は俺の上司に当たる人だ。失礼な事を言うんじゃない」
空気を呼んでくれた穂南もニマニマしながらだったが、斑鳩二尉がこの猫の名前を付ける事に賛成してくれた。
「斑鳩さん。お願いします。この子の名前決めて上げて下さい」
「うん。解ったわ。【TB】ってどうかな?」
「意味はあるんですか?」
「なんとなく?」
「いい名前だと思います」
俺は斑鳩二尉のつけてくれる名前に、異を唱える選択は無かった。
正直ちょっと微妙だと思ったのは内緒だが……
◇◆◇◆
『地下特殊構造体攻略班』の訓練は、はっきり言って今まで受けて来たレンジャーの訓練などに比べれば、全然楽だと思っていた。
しかし…… 先任隊員達十二名の動きを見て認識を改める事になる。
「なぁ松田。斑鳩二尉たちの攻撃を目で追えたか?」
「いや…… 見えなかった」
「やはり噂は本当のようだな」
「ああ。発表はされてないが、ダンジョンにおいて身体能力のアップは確実にあるな」
「それよりだ。五層のベースにある女性自衛官用のテント見たか?」
「ああ。禁断の花園だな。内部でカンデラ照らした時に揺れる影に胸がときめくぜ」
「お前…… 俺の予想の上を行く変態だな」
「フ…… 北原程ではないさ」
事件は俺の部隊での実践初参加となった当日に起こった。
その日からはそれまでの二層での訓練では無く、最前線の五層での作戦行動だった。
二層ではM4カービンでの銃撃でも、ほぼ命中さえすればスライムもゴブリンも倒す事は出来た。
しかしこの五層では、ウルフやアルミラージなど狙撃で命中しても一撃で倒せない場合も多い。
ポイズンマウスと言う毒攻撃を仕掛ける敵も居る。
新規配属のメンバーは、先任隊員達のパフォーマンスに圧倒されていた。
「どうですか? 北原曹長。私達も意外にやるでしょ? レンジャー出身のあなた達には大したことないかな?」
斑鳩二尉はそう言いながら、ちょっと意地悪な笑みを見せた。
俺はちょっと緊張して返事をした。
「とんでもございません。二尉たちの動きに感動いたしました。本官たちも精進して部隊の役に立てるよう頑張りましゅ」
あ…… 噛んだ……
その時だった。
ウルフとゴブリンが五層のベースにしていた場所へ湧き出した様で、ベースにしていたテントや簡易トイレをなぎ倒した。
素早くウルフとゴブリンたちを処理した斑鳩二尉が俺達に命じた。
「みんなよく見なさい。ダンジョンの中では安全な場所など無いのです。一瞬の気のゆるみが、今のベーステントのような惨状を引き起こします。本日の実践はべースキャンプの後片付けを終えて終了とします」
その号令と共に、俺達はベースキャンプの片付けに向かった。
俺はその時に確認した。
散乱した荷物の中にあった斑鳩二尉のバッグから飛び出していたブラジャーを素早くポケットに押し込めた松田の姿を。
あれは…… 間違いない。
着替えた後の匂い付きだ……
クソッやられた。
しかし松田…… それは犯罪だぞ? 絶対そのうちタイミング見計らってチクってやる。
松田の顔が少し締まりがない。
撤収が終わり上層へと向かった。
三層まで登って来たその時だった。
ウルフに対峙している女性の姿を確認した。
どう見ても二十歳そこそこの女の子がウルフになんか敵う訳は無い。
そう判断した俺は、反射的にM4カービンで女性にとびかかったウルフを狙撃した。
狙撃は命中したが、ウルフは俺に飛びかかって来た。
そして次に意識が戻った時……
俺は自分の葬式を上空から眺めていた。
松田…… せめて彩ちゃんのブラジャー俺の棺に入れるくらい気を利かせろよな。
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