第64話 結構忙しいかも

 AEのアシュラフさんの宮殿でステイをしている咲達は、到着の翌日にこの国の三次ダンジョンへと潜入した。

 それぞれの装備品は練習用としてTBから受け取っていたために、手元にミスリル製の武器は残っていたことは僥倖であった。


 流石に洋子の母『幸子』は、ゲストルームで留守番をしていたが、齢七十五歳を迎える『北原修三』は「わしとて自衛官として鍛え上げた体はまだまだ役に立てる。洋子の話を聞けば肉体自体が若返る様な効果もあるそうでは無いか。一緒に行く」と言い出して同行する事になったので、咲、穂南、洋子、修三の四人でのパーティである。


「お祖父ちゃんは得意な武器とかあるの?」

「穂南、わしを甘く見るでないぞ? こう見えてもお祖父ちゃんは、剣道四段、空手二段、自衛隊では棒術の教官もしておったんじゃ。狙撃も優秀じゃったぞ」


「そうなの? お祖父ちゃん凄いじゃん」

「穂南が物心ついた時には、とっくに定年で退官していたからねぇ。まだ五十代の半ばだったよね? 今は甘々のお祖父ちゃんだけど、私が子供のころは凄く厳しい人だったんだよ」


「わしは一尉で定年を迎えたから五十四歳だったな。穂南が生まれた時には、既に定年退官していた」

「自衛隊ってそんなに定年早いんだ?」


「そうだな。それからは穂南も知ってると思うけど警備会社の仕事をしていた。穂南。わしに槍を貸してくれ」

「うんいいよ。お祖父ちゃん」


「それでは、今日は二層と三層でまず魔物との戦いに慣れて行ってもらおうと思います。ステータスが上昇してくると、洋子さんの様に自分自身の全盛期の身体に向かって変化が起こるようです」

「咲さん。それは単純に若返るとは違うのか?」


「私や穂南ちゃんは、恐らくまだ成長途上である様で、洋子さんの様な変化は無いので恐らく今私が言った様な表現が適切だと思います」

「なる程のぉ。それでは張りきって体力を取り戻すぞ」


 実際日本や諸外国では、現状体力気力の充実した現役世代しかダンジョン内での活動はしていなかったので、この知識は一般的な意見としては出ていないが、ここで活動をする事で起こった、洋子と修三の親子の影響で、今後ダンジョンを利用したアンチエイジングが、世界中で大流行をするのはまだもう少し先の話である。


「当面は修三さんのExpが100を超えて来るまでは、三層での狩りを中心とします。その後は成長に応じて少しずつ階層を下げますけど、一番大事な事は怪我をしない事ですからね?」

「解った。指示に従おう」


 その日の狩りを終えてゲストルームに戻ると、彩さんとの連絡用に作った捨てアドに連絡があった。


「ええ? マジなの? 日本思い切ったねぇ。穂南ちゃん。洋子さん。結構大変な事になってますよ」

「どんな事?」


「あら? あの人は進の上司だった人だよね? 二尉って言ってたのに、新しくできた国の直属のダンジョン攻略軍の責任者で大佐とか凄いわね」

「ですよねー。TBって言うか進さんと同じ歳って言ってましたから」


「自衛隊とは全く別の部隊なのかしら?」

「人員は自衛隊や特殊警察から選抜するってなっていますけど、内閣直属の機関で司令官は彩さんだそうです」


「国も本気で危機感を感じているんだろうな。咲さん達は斑鳩大佐に協力するの?」

「現状は、単純に戦闘力だけで言えばそこまで隔絶した実力がある訳でもないので、自衛隊のスキルホルダー達を指名できるなら私は必要なさそうですね。TBは別問題ですけど」


「TBと言うか、進は何故そんな凄い存在なんじゃ?」

「スキルと言う能力をたくさん持っていて、ポーションや魔法金属を合成したりできるんです」


「それは? 他に出来る者がおらぬのか?」

「現状ではそうですね」


「何処に行っておるんじゃろうな?」

「恐らく転移の罠とかそう言う感じの物だったと思うので、まだ出現していない階層に飛ばされちゃったとか、そう言う感じだと思います」


「そうか、進に負けん程度には鍛えておかないとな」

「うん。お祖父ちゃん頑張ろうね!」



 ◇◆◇◆ 



「松田准尉、会う約束してたのに守れなくてごめんね」

「斑鳩大佐。あの状況ではしょうがないですよ」


「松田君はこれからどうしたいとか希望はあるの?」

「そうですね。自分はこのまま【DFT】(ダンジョンフェアトレード社)でお世話になろうと思います。上田二佐と斑鳩二尉……あっすいません。大佐の居ない攻略班に戻る気持ちも無いので退官を申し入れます」


「そうなのね……【NDF】(日本ダンジョンフォース)に参加をする選択肢は無いの?」

「それも考えましたが、この先を考えた場合ダンジョンフォースと言う限られた人数での攻略を考えるより、多くの一般市民をサポートして戦える日本人を増やしていく活動の方が重要だと思いますので、その為のサポートが出来る【DFT】を選びたいと思います」


「解りました。その選択を尊重します。それでどうなの実際? 【JDA】と【DFT】の利用者の推移は?」

「それはもう、一般の探索者シーカーはほぼ全てが、うちを利用してくれてますよ。代々木の【JDA】には鑑定スキルを使える人員も居ないですし、今までの精度の低い方法でのアイテム取引は信用できませんからね。あ、大佐の所にはTBとの連絡は取れていたりするんでしょうか?」


「現状では取れていないわね。ただしパーティメンバーの麻宮さんと、ご家族の方の安否は確認が取れていますし、そこからの情報でTBの生存は確認が取れていますから心配はしてないです」

「その情報は相川社長に伝えても問題無い内容ですか?」


「ええ。大丈夫です」

「解りました」



 昨日の首相官邸での任命から一夜明けて、今日はこの後午前十時から全国民に向けたテレビ放送で首相と島長官と一緒に、テレビ出演を要請されている。


「斑鳩大佐。不本意な部分もあるかも知れませんが、こういう状況に陥った時に国民が求めるのは、スーパーヒーローの出現なのです。斑鳩大佐には国民の心の拠り所として広告塔の役目も果たして貰う事になります」

「はい。了解しました」


 釈然としない部分が全くないのかと問われれば、それはある。

 でも、今の日本に必要なのは蔓延して来た絶望感を払拭し、頑張ればなんとか未来を作り上げる事が出来ると言う希望なのだ。

 それも理解できる。


 こんな時に居なくなっちゃうとか、進の奴帰って来たら絶対いじめてやるんだからね!


 そうだ!


 黒猫TBがどれだけ凄い存在なのかを吹聴して、勝手にスーパーヒーローに仕立て上げてやろう。

 私だけがやるより言葉の解る猫とかの存在の方が、よっぽどミステリアスでこんな状況でもひっくり返せると思わせるのに適してるよね?


 とりあえずは人員の確保が優先だよね。

 ぶっちゃけ私より年上とか元の階級で上位にいる人たちなんて、扱いにくいだけだから、まずは今日のテレビ会見で、自分から進んで来たいという人間を募ろう。


 その人数次第で選抜して行く方が、絶対にこの組織はうまくいくわ。

 後は松田准尉も言ってたけど、民間のやる気のある人間を魔物と戦うつもりにさせる事だよね。

 民間の場合で一番重要なのは……


 収入だよね。


 魔物から得る事の出来るドロップアイテムで十分に生活が成り立つと認識できなければ人数の確保も出来ないからね。

 ドロップの大多数を占める魔石の活用方法が発見されれば、収入安定にもつながるし島長官に頼んでこの分野での研究を急いでもらおう。

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