第57話 斑鳩二尉

 ハリーとジョンが去った後に、一時間ほどして彩が訪れたが相変わらず俺一人なので中庭から玄関へと顔をのぞかせた。


「TB久しぶりだね」と言いながら片手でひょいと抱え上げて抱っこしてくれる。


 公務中なので防衛相のビシッとした感じの制服姿である。

 迷彩服じゃ無いよ?


 相変わらずクッションは薄めだ。

 頑張れ。


「ねぇTB? 何かあったここで?」

 俺は顔を斜め上に向けて、誤魔化した。

「まぁいっか」


 いいんだ……


「TB達はいつから福岡来てくれるの?」

『俺達は三日後からかな?』


「そっか、私は一応明日からは福岡入りするから連絡はメールで入れるね」

『アプデしたら、ダンジョン内でも使えるから安心だな』


「そうだね。それは助かるよ。早速お願いしていいかな?」

『OK』


 そして俺は、彩のスマホを最新のVer3.0にアップデートした。


「このスマホの次の段階ってどうなるのかな?」

『どうなんだろうね? そろそろスマホの機能としては行きつくところまで来た感じもするけど』


「異次元BOXかぁその能力が他にも出回ればもっとポーションなんかも安く出回って救える命も増えるのにね」

『俺が一人で頑張っても、それを取り巻く環境がお金儲けにしか使わないから現状だと意味がないからね』


「うん。それは解っているんだけどね。進もそうだけど結構な数の同僚と別れを体験してるから、最近ちょっと色々考えちゃうんだよね」

『彩は自衛隊員である事が大事なの?』


「うーん。どうだろ? 結局はこのダンジョンの出現によって大きく変わった世界をどうにかするには、その選択が一番なのかな? と思っているんだけど、進たちとか見てると組織に居る事の堅苦しさばかりを最近感じててね。ちょっと迷ってる」

『彩、迷いがあるならダンジョンに入る事をすすめないよ。必ず怪我をする。下手すりゃ俺みたいに二階級特進だ』


「そうだね。気合を入れて頑張るよ」

『俺に任せてもいいんだぞ? ダンジョンは』


「進、随分セリフが格好いいね。子猫のくせに」

『それ言うなよ』


「じゃぁ行くね」


 これが俺と彩の『自衛隊地下特殊構造体攻略班』斑鳩二尉としての最後の対面となった。


 ◇◆◇◆ 


「社長、ただいまー。午後二時には相川さんが訪ねて来るそうだよー」

『お帰り。咲、麗奈』


「あれ? TB。聖夜とエミはこっちに来てないの?」

『ああ、なんか警護任務はもう終わりなんだって』


「へーそうなんだぁ。見張が無いとちょっとだけほっとするね」

『そうだね咲』


「ん? なんかちょっと暗くない?」

『そんな事無いよ』


 そういいながら俺は斜め上を向いた。


「ほら。TBが嘘つくとき必ずそのポーズするんだから。なんかあったの?」

『別に……』


 俺はエリカ様張りに、その一言で流した。


『さっき彩が来てスマホのアプデして行ったよ。明日から福岡行くんだって』

「そうなんだ。今度はどんな中ボスが現れるんだろうね」


『明日と明後日は、代々木の八層で蝙蝠を中心に倒して少しでもステータス伸ばしたいんだよね』

「私の飛斬の練習には丁度いいかもね」


『あれって属性はあるの?』

「STR依存の威力だから無いと思うよ」


『そうなんだ。発勁とかそう言う系統の技なのかな?』

「そうだと思う」


 時間も十四時前になり相川さんが訪ねて来た。


「お久しぶりです。田中さん。麻宮さん。TBさん」

 俺も「久しぶり」って言ったけど、「ニャッ」としか聞こえなかったぜ。


「USでは随分大きな取引を続けざまに行われていたそうですね」

「大統領とか直接会って一緒に食事したりして断れると思いますか?」


「それは無理ですね」

「でしょー」


「今日のお話はシーカーの税金と言う観点がメインで良かったですか?」

「USで七十七億円にも及ぶ取引をしてきて、それはちゃんと領収書も発行した取引なのですけど、まともに税金払うとヤバい事になるでしょ?」


「当然そうですね。田中さんの様にお給料と言うか、インセンティブでお支払いされる手当の場合は、これは避けようがありません。雇用関係にあると認められてしまいますし、金額が物凄いですから当然年末調整なんかの範囲を超えて青色申告の対象になりますね。ここに掛かる税金を抑えるには、経費としてたくさんお金を使う以外に手段はありません」

「やっぱりそうかぁ」


「ただし、田中さんがご自分で狩をされて、ドロップをした商品の販売額と言う事なら、今後は一律同じ税率になる予定です。勿論TBさんと麻宮さんも」

「それはどういう事ですか?」


「現在この国に限らず、この世界はスタンピードと言う恐怖と戦わなければなりません。これを少しでも効率的に乗り切るには、国民総探索者として魔物を討伐して行くのが一番です」

「まぁそうでしょうね」


「その為には国は積極的にダンジョンアイテムを買い取り探索者シーカーを育てる必要があります」

「うん」


「先日のJDAの明らかに不手際のある対応で田中さん達も困惑されたでしょうが、これは一社独占だったから起こった横暴な取引だったと言えます」

「そうですね」


「ですから、国はある程度の基準を決めて、届け出を出した業者に対して、買い取り業務を許可するように制度変更を行う様になります。現在『厚生労働省』『警察庁』『経済産業省』『農林水産省』『防衛省』『国税庁』この六つの省庁が協議し、内閣の閣議によって新たな省庁『ダンジョン省』が立ち上げられる予定となっています」

「随分話が急展開ですね」


「いろいろな問題が起こりましたから、国としては税金を取ること以外の商業活動には直接関与しない方が良いと言う事ですね。許認可以外は民間の責任にして、一切の責任は取りたくないのが実情です」

「うーん。それでどうなるんですか?」


「現在は、JDA日本ダンジョン協会と私の立ち上げたDFTダンジョンフェアトレード社が認可を受けて、それぞれ自由競争価格でダンジョンアイテムの取引を行えます。二社あるからどちらも国際的な相場を気にして、大差が無いように慎重に値付けを行い、シーカーが損をしない様になりました。これだけでも私がDFTを起こした意味があったと考えます」

「凄いですね」


「これからは資本主義社会の中での競争です。顧客はこの場合シーカーですね。その方々が得だと思って頂ける買取価格の提案と、よりスター性の高い麻宮さん達のようなパーティの抱え込みなどで、他社より魅力的な会社だと思って頂けるように競争し、勝ち残って行く事になるでしょう。当然人気のあるパーティに対して独占契約なども提示させて頂きます。武器や防具などのメーカーのブランド化なども必要でしょう」

「あの……税金の話から随分離れて来ていますけど」


「あ、失礼いたしました。税金はダンジョン省に認可された業者に納品される時点で、所得税、住民税、それに買い取り業者の手数料を一律で差し引かれた物をお渡しする事によって、シーカーの方が煩わしい税金の事を考えなくていいようになります」

「手取りを全部使っても大丈夫と言う事ですか?」


「そうです。国内での活動に関しては一律そうなります。海外での活動に関しては別枠ですが」

「それは……海外で税金を取られても国内に持ち込むと、二重で課税されると言う事ですか?」


「そうですね。優秀な国内のシーカーの海外への流出を防ぐ意味合いでも、海外での活動には利点が少ないと周知させるための手段ですね」

「なる程ねー、解りました。私達は感情的にも今後JDAとの取引を優先しようとは思わないので、当面はDFTとの取引をさせていただきたいと思います。よろしくお願いしますね」


「一つ伺っても良いでしょうか?」

「なんでしょう?」


「ジャッジホンと言われる魔導具ですが、ステータスカードを必要としないタイプの物は製造できないでしょうか?」

「社長? どうなの」


『やった事無いから出来るとも出来ないとも言えません』

「もし完成したら、教えていただけますか? それなりの対価を提示させて頂きます」


『出来たらですけどね』

「期待してます」


「そう言えば掲示板だとJDAに提出したサンプルに対しての買取価格の提示とか、ダンジョン進入禁止処分に関しての謝罪とか話題出てたけど、何も言ってこないよね?」

「それはですね……実際現時点でのJDAに支払いの余力が無いので謝罪をするのに支払い待ってくれと言いにくいのが遅れの原因ですね。ですがJDAがきちんとその部分の支払いをして、今後二度と同じ過ちを起こさない事を発表しない限りは、誰もJDAに納品などしないでしょうね」


「そりゃぁそうですよね。所で私達ってダンジョンには入れるんですよね?」

「ダンジョンの入退場管理はJDAの業務から引き離されて、ダンジョン省の管轄になりましたから、現在は防衛相が担当していますので大丈夫なはずです」


「そっか。それならよかったね」

「でも、巨額な資金や天下り関係の利権などが深くかかわった業界ですので油断は禁物です。くれぐれも隙を見せない様に行動をして下さいね」


「解りました。ありがとうございます」


 まぁ普通にダンジョンで狩が出来るなら、別にいいんだけどね。

 でも日本面倒臭いかなぁ? って少し考えちゃったよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る