3) 僕と彼女の時間

 春が来て夏が来て冬が来て……気がつけば、僕は中学生最後の秋を過ごしていた。

 隣の家は今はお年寄りの夫婦が住んでいる。

 家の見た目はそのままだけど、もうチャイムは鳴らない。

 そんなレンのいない生活にも、わりとあっという間に慣れてしまった。

 春からは新しい生活が待っている。試験に合格すれば、だけど。


 そして、今日が、その面接の日。


 パイプ椅子に腰かけて、部屋の中で面接官の人が来るのをじっと待つ。

 部屋はそんなに大きくない。

 窓には鉄格子が嵌まっているし、なんかこう、取調室を思い出させる。

 いや、取調室なんて入ったことないけど。


 ややあって、扉が開いて2人の男女が部屋に入ってきた。

 1人はまだ若い女の人。

 もう1人は中年の男の人。僕の父さんよりも少し年上かなっていう感じで、よれよれの焦げ茶色のスーツが少しだらしない感じ。

 だらしないけど、みっともないということはなくて、ドラマに出てくる刑事みたいな印象を受けた。


「ええと、神崎君?」

「はい。今日はよろしくお願いします」


 僕は予め、担任に教えられてたようにピシッと立ち上がってキリリっと頭を下げた。面接用のお辞儀で、いつもはこんなお辞儀は絶対にしない。


「はい、よろしく。それじゃあ面接を始めましょうか」


 なんかすごくフランクな感じだった。

 2人が妙に息の合った感じで、僕を見て顔を見合わせる。


「それじゃあ、さっそくですけど、志望の動機、教えてくれる?」

「はい。僕には実は幼なじみがいまして――」


 僕はぴしっと膝を揃えて、背筋を伸ばしたまま、今日のために作ってきた志望動機を説明した。事前に作文でも同じ事を書かされているので、なんていうか僕としては今さら感が結構すごい。

 けど、担任の先生が言うにはそこが落とし穴なんだそうで。

 要するに書いてることと言ってることが食い違ってたり、質問されて矛盾したことを言っていたり、そういうのがチェックされる。

 だから、どっちもとってつけたような返事は×。


 僕の回答を最後まで聞き終えた面接官のおじさんは、うんうんとうなずきながらペンをクルクルと回していた。

 あまり真面目に聞かれてる気がしない。

 次に口を開いたのは女の人だった。


「神崎君。正直に言いますと、カリキュラムについていくのは大変ですよ? 大丈夫ですか? 1度、進路が決まってしまうとやり直しは難しいです。とくに君ぐらいの年齢だと」


 こちらはいかにもという感じのやんわりした脅しの言葉。

 まあ、それぐらいの覚悟は僕にもある。


「自信があるとは言えないですけど……」


 などなどと、問われたことに答えていく。

 正直、悩んだり詰まったりすることは1つも無かった。なにしろ、散々、悩んで決めたことだし。

 そういったやりとりをしているうちに、僕はふと妙な感覚を首筋に覚えた。

 なんていうか、じっとりと纏わり付く変な感じ。

 もぞもぞしているのがわかってしまったのか、ピタリとおじさんの手の中で踊っていたペンが動きを止める。


「神崎君?」

「は、はい!」


 思わず声が裏返る。

 やばっと思ったが、後の祭りだった。


「どうしたの? 正直に答えて下さいね」


 ……しまった。ミスった。

 面接でやってはいけないこと、ナンバー1の挙動不審を思いっきりやってしまった……

 こういう時はヘンに取り繕うよりは、素直に言ってしまった方が良いんだろうか。

 それとも、ごまかした方が……


「神崎君?」

「………………その、少し変な雰囲気を感じて」


 ああ、言ってしまった……

 これはもう……ダメかもしれない。


「へんな感じ、というと?」

「その、誰かに見られてるというか、その……」

「触られてる、とか?」


 あう。

 バレてる。


 おじさんは隣の女の人と顔を見合わせると、うんとうなずき合った。


「12分30秒です」

「まあまあかな」

「まあまあですね」


 ?


「あー、神崎君。面接はこれで終了です。お疲れ様でした」


 ……終わった。

 まさかの面接打ち切り。


「はい。ちょっと時間かかったけど、まあ合格です」


 え? 今、合格って言った?

 思わず、ガタンと立ち上がる僕をおじさんは真面目な顔でじっと見つめた。


「合格、ですか?」

「そ。合格です。手続きと最後の意思確認はまた後日だけどね。適性検査はこれで、終わり。おめでとう――最後にもう1度確認するけど、本当に後悔しないね? 行ったが最後、神崎君、君の体質だと、もう戻ってこれないよ?」


 トントンと書類を整理しながら、おじさんが僕に尋ねる。

 もちろん、後悔はない。


「それじゃ、面会の人が待ってるから」


 2人と入れ替わるように、見慣れない衣服を身に纏った少女が僕の前に姿を現した。紫色の髪。紫色の瞳。少し明るい。


 じっと彼女が――レンが僕を見つめている。


「来ちゃった」

「バカ」


 まあ、そんなわけで春から僕も異世界人です。







 


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幼なじみが異世界に引っ越したので、ちょっと追いかけます。 長靴を嗅いだ猫 @nemurineko

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