2) 僕と彼女と別離の夕暮れ

 そうして、レンが僕に話した内容っていうのは……一言で言うと、別れの言葉だった。


「和也……その、話のことなんだが」


 キコキコとブランコを揺らしながら、レンが重たい口を開く。

 この季節の公園は冷え込みが厳しいので、子供はもちろん誰もいない。僕らみたいな万年金欠でファストフード店にも行けない中学生が、込み入った話をするのにはもってこいだった。


「さっきの超能力のこと?」


 レンがここまで言いづらそうにする、っていうだけで僕は真面目モードで話を聞くと決めていた。いつもなら、ここで一発イヤミの一つでもぶっ放して彼女の瞳の色を楽しむんだけど。

 さすがに僕も空気は読む。


「まあ、そうだと言えばそうだな。どちらかというと魔法に近いらしいんだが。母はそう言っていた」


 あ、そっちか。

 ちなみにレンはお父さんが地球人で、お母さんが異世界人。なんでもお父さんは異世界では勇者の仲間扱いなんだとか。

 めっちゃ格好良い。

 絶対、自分はなりたくないけど。

 めっちゃ恥ずかしいし。


「それで、だな。その、わたしにはこの能力は発現しない……と父も母も思っていたそうだ。母も魔法は使えないからな。だから、父の故郷に移住することが出来たわけなんだが……」


 え?

 ちょっと待って?


 僕の不安をよそにレンはポツポツと雨だれのように言葉を続ける。


「魔法使いは地球での居住許可が下りない。危険だから……な。母の世界では対抗手段が確立しているそうだが、地球では無理なんだそうだ」


 いや。

 だから、さ。

 その流れは


「ダメだ!」


 思わず、大きな声が出た。

 ビックリしたような顔でレンがブランコに立ったまま、僕を見つめている。


「……大きな声を出すな。驚くじゃないか」


 ちょっとはにかんだ困り顔。瞳の色は暗く沈んだ紫色。


「ゴメン。けど……レン。僕はその……イヤだよ」


 ようするに彼女は……一条レンは地球にはいられない。

 異世界へ行くしかない。

 そういうことだろ?


「わたしだって嫌だ」


 けど、どうしようもない。

 世界のルールには逆らえない。

 つまり、彼女のドヤ顔は……レンと地球の別離を意味していたということだった。

 何だよって思う。

 なんでだよって思う。


「それで……いつ?」

「今日だ」

「今日!?」

「夕方、日本を発つ。そのまま、転移門まで飛行機を乗り継いで……それっきりだ」

 

 むちゃくちゃだよ!


「学校とかどうすんだよ!」

「国が手続きするそうだ。それにもう、私には関係無い」

「関係無いって……」


 そりゃあ、異世界に行っちゃえば学校なんか関係ないだろうけどさ。

 けど、そんな言い方って……

 と言いかけた僕は口をつぐんだ。

 レンの瞳の色が明るく輝いていたから。

 レンが一番、一番、怒ってるんだから、そんなの当たり前だ。こんな時まで優等生はやってられない。


「和也。ところで今日の昼ご飯なんだが……」

「作るよ。任せて」

「そうか。嬉しいな」


 そう言った彼女の表情を僕はとうとう、見ることが出来なかった。


 そして、いつものようにお昼までだべって、僕の渾身の昼食を食べて、後片付けをしていると……レンの両親が僕の家に彼女を迎えにやって来た。

 空港へのタクシーの中で、聞いた話だと、あまりに急な話なのでまずはレンとお母さんだけが先に異世界に行くらしい。

 お父さんは仕事の都合があるので、少し時間をおいて異世界で国連だかなんだかに関連した仕事につくんだとか。

 正直、あまり興味は無かったのでちゃんと聞いてなかった。


 僕とレンは二人して並んで座りながら、ぼんやりとしていた。

 運転席の後ろが僕で真ん中がレン。助手席の後ろがお母さん。助手席にはお父さん。

 ちょっとタクシーは狭かったけど、それぐらいでちょうど良かった。

 レンとこんなにくっついて座るのは、よくよく考えてみたら、ものすごく久しぶりだ。子供の頃はいつもコロコロくっついていたんだけど、いつの間にかそういうのはなくなっていた。


 そして、あっさりと空港に着いてしまう。

 空港のロビーを通り抜けて、まるで大統領とかそういう人が使うみたいな、とにかく特別な感じのする場所に案内される。

 

 なんというか、ものすごく物々しい。

 警備っていうよりも、自衛隊とか、そんな感じの人がずらずらなんで、じっとレンを見張っているのがわかった。

 まるで得体の知れないエイリアンでも見るような目つきだ。

 気に入らない。

 気に入らないから、僕はことさらレンにくっついて一緒にならんで歩いていた。

 恥ずかしいとは不思議と思わなかった。


「お見送りは、ここまででお願いします」


 鎧みたいに折り目のついた制服姿の女の人が、そう言った。

 分厚いガラスで区切られた、そこから先は関係者しか通れない。つまり、僕はここまでだ。お父さんも今日はここまでらしい。


 レンにお父さんが、来月にはそちらに行くとか言っている。

 その言葉はあっさりしていた。

 まあ、今だけのお別れだしね……僕とは違う。


 そして、僕とレンが向き合う。

 まるで、レンと僕しか世界にいないみたいに、周りのことが気にならなくなる。


「和也。楽しかった」


 差し出された手を僕は握り返す。

 マンガや映画みたいにぎゅっと抱きつく……なんてのは僕とレンには似合わないから、握手だけ。

 きゅっと彼女の掌を握る。

 細くて暖かくて指先だけがちょっと冷たい。

 爪の色は桜色で、なんだ、僕はこんなことも忘れてたんだと思った。


「レン」

「うん」


 言葉はそれっきりだった。

 僕もレンも涙声でお互いに何を言ってるのか、よくわからない。

 すっごく格好悪い。


 それが僕とレンの別離の夕方だった。

 


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