幼なじみが異世界に引っ越したので、ちょっと追いかけます。

長靴を嗅いだ猫

1) 僕と彼女と冬の朝

 一言で言うと、生まれた時からずーっと隣に住んでる彼女は異世界人だった。


 もう少し丁寧に説明すると、僕らが生まれる前に突然、地球と異世界が繋がって異世界ブームっていうのが起こったんだけどね。

 隣の彼女っていうのが、そのブームの時に大量に発生した異世界人と地球人のカップルの子供だったというわけ。


 だから、正確には異世界ハーフだね。


 というわけで、彼女の容姿はものすごく目立つ。

 まず、髪が紫。

 染めたんじゃないって一目でわかる、自然な紫。


 次に瞳の色も紫。

 これはあんまり目立たない。ほとんど黒に近いからね。

 ただ、怒ると目立つ。

 目の色が濃い紫から明るい紫に変わるから、もうかなりヤバイ。

 そんなわけで、彼女は普段は色のついたメガネをしている。メガネっ娘だ。


 ぴんぽーん。


 と、まあこんな感じで毎朝、僕を迎えに来る。

 なぜか学校が休みの日も来る。来て、僕の部屋でだべって、僕に昼ご飯を作らせて食べて帰る。

 なんだそれ。


 ぴーんぽーん♪


 あ、ちょっとイラついてきたな。音に力がこもってる。

 だが、僕は起きない。布団が恋しい。この季節は彼女よりも布団が大切。何が幸せって、彼女の怒った瞳の色を想像しながらスルーするのが最高に幸せだ。

 ぬくぬく。いらいら。これが良い。

 

 ぴんぽーんぴんぽぴんぽぴんぽぴんぴんぴんぽんぽーんっ!


 ふっふっふ。もう目がランランと輝いてるね。間違いない。

 だが、あえてスルーだ。だって布団が恋しいんだもん。それに今日は休校日だし。お昼ならあとで作るから。カップ麺。


 と僕が布団にくるまっていると、いきなり窓がガラリと音をたてて開け放たれた。

 寒風が押し寄せてきて、僕をいじめる。ひどい。


 いや、ちょっとマテ。

 ここは2階だ。なんで、その僕の部屋の窓が勝手に開く?


 そっと布団から顔を出すと、そこに紫色のショートヘアを木枯らしに揺らした彼女がいた。今、まさに僕の部屋に入ろうとして。スカートのまま、片膝で。

 見えそうで見えない絶妙のアングル。


「レン?」

「来ちゃった💢」


 ちがう。

 その言葉はそんな低い声でそんなに怒りに瞳を輝かせていう言葉じゃない。


 ぴんぽーん。


 またもや、チャイム。

 あれ? 誰が鳴らしてんだ?


 僕が首をかしげているあいだにも、彼女――一条レンはどっこいしょと窓枠を跨いで僕の部屋へと降り立った。靴のままで。


「和也、ちょっと話がある。とっとと着替えて顔をかしたまえ」


 そして、開口一番ドスを効かせてこう言った。

 どんな幼なじみだよ。もっと可愛い声で言ってくれ。全国の女子中学生に申し訳無いとか思わないんですか。イメージが崩れるよ。


「いや。休みの日にいきなり窓から来て、そんなこと言われても困るんだけど」


 僕が布団の中でぐずっていると、彼女は盛大にため息をついた。

 見た目は可愛いのに、仕草も言葉もおっさんなのがすごく残念だ。どうしてこうなった。もちろん原因はわかっている。子供の頃に時代劇の主人公に憧れて真似をしたら、抜けなくなっただけだ。

 すごく、残念だ。


「いいから、早くしたまえ。和也、駄々をこねていたら……襲うぞ♥」

「イ・ヤ・ダ。僕は今日は断固として布団から出ない! 悔しかったらレンが布団の中に入ってきたらいいだろ」


 僕にだってこれぐらいは言えるのだよ。

 実際、入ってこられたらコンマ五秒で飛び出すけど。

 もちろん、レンはそんなはしたない真似はしなかった。そういう冗談はしないんだよね。他のクラスの女の子と違って。

 だから、僕も安心してこんな風に茶化せるんだけど。


 代わりにレンはぐいっと手を前に突き出すと、虚空を掴むようなポーズをしてみせた。

 ? 邪気眼? 今度は何に嵌まった?


「よし。襲っちゃうからな★」


 だから、黒い記号を語尾につけるのはヤメテ。


 と思う間もなく、いきなり僕の身体から布団が引き剥がされた。

 え? と思う間もなく、僕の断熱バリアが部屋の天井付近で冷めていく。いや、今日マジで寒いって!

 続けて、見えざる手がプチプチと僕のパジャマのボタンをはずしにかかる。

 え? え? 透明人間?


 ばさーっとアンダーシャツ一枚になった僕を見下ろして、レンがふんすっと腰に手をあてて見下ろしていた。


「今の、もしかして、レン?」

「そうだ。わたしだ」


 軽く指を伸ばして、宙を押す。すると玄関のチャイムがぴんぽーんと鳴り響いた。


 ……念動力?


 ぽかーんとする僕の顔を見て、レンが複雑な笑顔を見せる。

 こんなドヤ顔みたことない。凄いだろうっていうのと、どうしようっていうのと、困ったというのと、そういうのがごちゃ混ぜの、なんだか悲しいドヤ顔だった。


「話があるんだ。和也。大事な話なんだ」


 そして、ぽつりとそう言ったんだ。

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