第4話 魔法
夜になり、木屋でアモルの5歳の誕生日を祝っていたときだった。
「北の深林に行ったの!? アモルッ!?」
若い女性エルフの声が家の中に響いた。その声色には戸惑いと怒りが混ざっている。
暖炉の温かみある明るい火の光に満ちた木屋内で、母であるエルフの手料理を頬張っていたアモルの表情が曇る。常日頃から北の深林に遊びに行ってはいけないと言われていたのだ。つい、口がすべってしまった。
一緒に仲良くご馳走を食べていた3匹の魔物達、グリフォンのグリちゃん、ビッグフッドのヒヒちゃん、フェンネルのフェンちゃんも緊張した様子で、アモルと母であるエルフを見つめている。
パチ、パチと、薪の燃える音が、張り詰めた空気に嫌に響く。
「どうして約束を守らなかったのッ」
「うっ!?」
母の問い詰める声音に、アモルの口が強張る。ダメだとは分かっていた。でも、今日は特別な日だから。
「北の森林は危ないところなのよッ! どうして誕生日のときに、そんなところへーーー」
「か、母ちゃんにも喜んでほしかったんだ!」
「えっ!?」
エルフは目を見開き、アモルを見つめる。アモルの大きな瞳には涙が滲んでいた。
エルフはハッとした。胸の奥からなんとも言えない切なさが込み上げる。
アモルの誕生日に、叱るだなんて………。
「ア、アモル」
母の心配気な声音に、アモルの張り詰めた心が弾けた。
「ううっ、お、大きな魚を、つ、釣って、か、母ちゃんに喜んでほしくて。そ、それで、今日は俺の誕生日だから、みんなと一緒にた、食べ………」
アモルの瞳から涙が溢れる。その後は言葉が続かなかった。ごめんなさい、そんな気持ちでいっぱいだった。
「ああっ、アモルっ!」
エルフは席を立ち、アモルの側まで行き、抱き寄せた。優しい母の温もりに、アモルは身を委ねた。とても安心するいつもの幸せな気持ち。
しばらくして、
「アモル」
「ん、なに?」
「ごめんねっ、せっかくの誕生日なのに、怒ったりして………」
「ううん………、母ちゃん、ごめん。約束を守らなくて」
「うん、良いの。でも、今日だけにしてねっ。明日からはもう北の深林にいっちゃダメよ」
「うんっ、約束する。もう行かない」
エルフは微笑み、そっとアモルの頭を優しく撫でる。アモルは嬉しそうに目を細めた。とても愛らしい、無邪気な子供だ。
ぱち、ぱち。
暖炉の温かみのある火が心地いい。グリフォンのグリちゃん、ビッグフッドのヒヒちゃん、フェンネルのフェンちゃんも一安心して、暖かい視線でアモルと母であるエルフを見つめていた。
しばらくして、エルフの口がそっと開いた。
「ねぇ、アモル」
「うん? なに?」
「今からケーキを食べよっか」
「わあっ! やったー!!」
アモルの瞳が大きく見開く。口元はだらしなく緩んでいた。
「ふふっ、今持ってくるわね」
エルフはアモルから離れ、調理器具や釜戸などがあるところへ向かう。その付近にある戸棚の戸を引くと、小ぶりのホールケーキがあった。そっと取り出し、アモルが待っているテーブルへ。
「うわぁー! すげぇ! 美味しそう!!」
「ふふっ、取り分けるわねっ」
テーブルに置かれたケーキを、エルフがナイフで切り分けていく。
「ケーキ♪ ケーキ♪」
アモルが楽しそうにつぶやく。エルフは頬を緩める。とても、この時間が幸せ。アモルとこれからも一緒にいれたら………。
ささやかな願いなのに、とても重い。その理由………。
北の深林………、なにもなければいいのだけど。今まで何者も来なかったのだ。余計な心配はしなくても………、つっ!?
「あっ! 母ちゃん!」
ナイフがテーブルの上に落ちる。刃先には、赤い血が付いていた。
アモルが心配そうに母であるエルフを見つめる。
「指から血が出てる!」
「少し先を切っちゃっただけだから大丈夫よ」
そう言って、エルフは切った指先に、反対の手のひらをかざした。
「すぐ治るからねっ」
エルフの手のひらが、かすかにグリーン色の光を浴びる。その時だった。
「あっ! 待って! 母ちゃん!」
「えっ?」
突然アモルが母の手のひらを下ろした。その代わりに、自分の小さな両手を、切り傷のあるエルフの指先にかざした。
「へへっ、ちょっと待っててねっ。むーん」
アモルが念ずると、小さな両手が、淡いグリーン色の光に包まれた。エルフの指先の切り傷が治っていく。エルフの目が見開く。
「アモル!? これって」
「うん! 母ちゃんと同じ回復魔法! 俺も使えるようになったんだ! へへっ、すごいでしょー」
得意気に笑むアモル。母であるエルフも嬉しそうに頬を緩める。
「知らなかったわ。隠してたのねっ」
「えへへっ、うん! びっくりした?」
「ふふっ、びっくり。でもアモル、ありがとう。お母さん嬉しい。ほんと、嬉しい」
そっと、アモルを抱きしめる。アモルは楽し気に言った。
「俺、もっと回復魔法使えるようになりたい。母ちゃんみたいに怪我をすぐ治せるようになりいんだ。グリちゃんやヒヒちゃん、フェンちゃんを治したときみたいに」
昔、アモルがもっと幼い頃、怪我をしていたグリフォンのグリちゃん、ビッグフッドのヒヒちゃん、フェンネルのフェンちゃんをエルフが治してあげた。その恩もあり、3匹の魔物と仲良くなれたのだ。
母であるエルフは、小さく囁いた。
「アモル………、うん。これから、お母さんが
いっぱい教えてあげるねっ」
「うん!」
ぱちぱちと、暖炉の火がエルフとアモルを温かい光で照らす。
グリフォンのグリちゃん、ビッグフッドのヒヒちゃん、フェンネルのフェンちゃんも嬉し気な瞳で、アモルと母であるエルフを見つめていた。
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