第3話 少年アモルと愛しき母親エルフ

 とある森の奥に開けた場所があった。円状に開けたその場所には明るい陽光が差し込み、周囲には草花が広がっている。

 中央には簡素な作りの平屋があった。嵐がくれば簡単に壊されそうな木造。だが、背の高い木々が、開けた草原地帯を円状に取り囲むようにそびえ立っているので、そんな心配をする必要はなさそうだ。

 平屋のすぐ側には、簡易的な物干しがあり、たった今洗濯されたばかりのシーツや衣服などが、暖かく穏やかな風にゆすられている。


「今日もいい天気。洗濯物が良く乾きそうね」


 洗濯物の側で、1人の若い女性エルフが嬉しそうに呟いた。


「ワゥ~」

「ん? ふふっ、フェンちゃんもそう思う?」


 彼女の近くで穏やかで小さな鳴き声が響いた。黒く艶やかな体毛。ふさふさの尻尾が嬉しそうに揺れている。まるでオオカミのような出で立ち。フェンネルと言われる凶暴な魔物であった。だが、女性エルフに優しく頭を撫でられ、とても嬉しそうに目を細めている。

 すると、フェンネルが何かに気づいた。大きな口を開けて元気に吠える。彼女の顔がほころぶ。

 フェンネルが森の北側に視線を向けると、その先で小さく草木が擦れる音がする。次第に大きくなり、そこから巨大な魔物の猿が飛び出してきた。ビッグフッドである。その背には、明るい緑色の肌をした少年が乗っていた。


「たっだいま~!」

「ワウッ! ワウッ!!」


 少年のはつらつとした声に、フェンネルが元気に吠え出迎える。女性エルフとフェンネルの近くまで来ると、少年はビッグフッドの背から降りた。


「ありがとな! ヒヒちゃん! およ?」


 フェンネルが駆け寄ってきたので少年は頭を撫でてやる。


「ありがとな~! 留守番!」

「ワウ! ワウ!」

「ふふ」


 少年は鈴音のような優しい声を耳にし、表情が緩む。視線の先にいる女性エルフが、慈愛に満ちた表情でこちらを見ている。

 少年は駆け出し、彼女の腰より少し上にしがみついた。


「ただいま! 母ちゃん!」

「おかえり、アモル」


 女性エルフが少年アモルを優しく抱きしめる。アモルの鼻が愛らしく揺れた。綺麗な花のように甘い香り、そして、お日様に干した布団からするような温かな香り。このまま昼寝でもしたいくらいの心地よさだった。


「あら? アモル、すごく良い匂いがするねっ」

「えっ?」


 アモルは母から少し離れると、自分の衣服を嗅いだ。微かに焼き魚の匂いがする。


「キュエ! キュエ!」


 そのとき、頭上から怪鳥の鳴き声が響いた。グリフォンという魔物である。グリフォンが女性エルフとアモルの側に降り立った。背には大きな釣り竿と、魚の切り身がロープで縛り付けてあった。

 女性エルフの瞳が大きく見開く。と同時に、アモルは嬉しそうに声を上げた。


「母ちゃん! おみやげ! 俺さ、めちゃくちゃでかい魚釣ったんだ!! グリちゃん、ありがとな! 運んでくれて!」

「キュエ、キュエ」


 グリフォンの陽気な声を耳にしながら、アモルはなおも話続ける。


「どう! どう! すごいでしょ!!」

「まあ~! ふふっ、すごいわ、アモル」

「えっへっへっ~」


 アモルは母に頭を撫でられ、すごく上機嫌だった。満面の笑みを押えられない。


「このお魚で、とびっきり美味しいパイ包み焼きを作るわねっ」


 少年アモルがパアッっと表情明るくし、声を上げた。


「やったー!! 俺、すっごい好き!!」

「ふふっ、まだそれだけじゃないわよ。ケーキも作るわ、果物たっぷりの」

「ほんと!!」

 

 アモルの瞳が嬉しそうに見開く。母であるエルフは優しく口を開いた。


「ほんと。だって、今日は特別な日だもの」


 そう言ってエルフは、アモルの頭を愛おしく撫でながら、少し早いお祝いの言葉を告げた。


「5歳の誕生日おめでとう、アモル」

「うん! 母ちゃん」


 エルフとアモルが互いに嬉しそうに抱き合う。その様子を、フェンネル、グリフォン、ビッグフッドが穏やかな瞳で見つめていた。

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混血のゴブリン @myosisann

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