第13話 誠司の久々の帰郷

後輩の弥生の特技は、相手に対する、鋭い分析力と状況判断で、直ぐに仲良くなれると言うものらしかった。その証拠に、特攻行為とも思われた麗佳への接近は、その後も順調で、相手を忌避している誠司に有力な情報をもたらしてくれていた。そして、その延長上とも思われる行為に弥生は突入していた。

「先輩、春休みを利用して、鎌倉に遊びに行って来ようと思ってるんですが、先輩も行きませんか。里帰りのついでに?」と弥生は、誠司に断られる事を前提に声を掛けていた。

「ほー、久しぶりに、帰るかな。幸子の事も心配だし。」と意外な返事に、弥生が少し戸惑ってから

「じゃー、切符手配しますね。」と言ってから携帯を持って出て行った。

幸子は、3カ月程前から、母の看病のため、鎌倉に帰っていた。母親が子宮がんのため手術するとの事で、子供がいる、姉の代わりに、里帰りしていたが、メールの内容だと、経過は順調そうだった。

誠司は、健司に帰省の旨を伝えると、自分は鎌倉に戻るが、梢は、保健師の国家試験のために、行けないとの内容の返信があった。健司も卒業後の、つかの間の休暇らしく、6月からは、海外研修がほぼ1年間有るとのことで、社会人1年生は夫々に忙しい季節でもあった。そんな中、大学に残る誠司と学部生の弥生だから、のほほんとした気分でいるのだなぁと誠司は思っていた。

「そういえば、しおりはどうなってるんだろう。」あれ以来、連絡を取っていない事を少し後悔しながら、

「まー。行けば会えるから・・・」と考えていたが、

「弥生との関係は家族たちにどう説明するか・・・幸子との関係は・・・」等々、考えだすと面倒になっていたが、その直後に、弥生が返ってきて

「先輩、手配ができましたよ。」との声で、

「まあ、如何にかなるだろう。」と諦めた。

 二日後、実験内容等を教授と打ち合わせし、データ解析用のPCを準備してから、新幹線に乗り込んだ。弥生は、何だかウキウキしている様子で、

「先輩と旅行が出来るとは思っていませんでしたよ。」と言ってから、定番の車内販売の珈琲とスナックを食べ始めていた。

幸子の母は再び検査入院しているとの事で、二人は病院がある横浜で降りて、お見舞いに向かったが、幸子も幸子の母も元気そうで、

「もう、大丈夫なのよ。今後の治療の為に、検査してるだけだから。」と幸子が説明してから、二人が挨拶すると、すでに、幸子から二人の素性は聞かされていたのか

「わざわざすみませんね。」と明るい笑顔で応答した。

「先輩、幸子さん、先輩の事どう説明してるんですか。本妻の立場からですかね?」

「さあー、どうにか成っているから、それで良いじゃないか。」と言うと

「先輩、また頭の中、しおりさんの事で一杯なんでしょう?」とカマを掛けてきた。

病院の近くのレストランで昼食を取っている時、幸子が

「ご不便をお掛けして申し訳ありません。」と正妻的な発言をすると

「大丈夫ですよ。愛人1.5号がお世話させて頂いておりますから。」と言うと、幸子がにこりと笑い

「主人の事を宜しくお願いしますね。」と返してから、二人で笑っていた。

「俺の事を、魚にして、寸劇をしてるんじゃないよ。」と誠司が突っ込みを入れてから、

「お前たち、そんなに仲が良くなっていたのか?」

「ええ、私、弥生さんが愛人なら、許しちゃいます。」と幸子が言ったので

「二人を食わせられる様になってからな。」と誠司が〆た。

 久々に、鎌倉の東堂家に戻った、誠司だが、まずは弥生をどう紹介するかと思案している中、つかつかと近寄ってきたしおりは誠司を通り越して、弥生を見つけると、抱きついて行った。

「いらっしゃい!」と言って、親密そうに弥生に抱きついたしおりは、次に成司の胸の中にすっぽり入り

「会いたかったんだからね。」と甘えながら言うと、直前の事態に戸惑いながらも、

「あれから、連絡もしないで悪かったな。何だかバツが悪くてさ。」と言いながらしおりを優しくだいた。その情景を見ていた弥生が

「はあーぁ」と言いながら、

「何だかオーラが違いますね。深い愛で結ばれたカップルわ。」と言いながら

「愛人1.5号としては、頑張らなくちゃ。」と誠司の背中に寄り添った。戸惑っている誠司が、打開策の様に

「しおりと弥生ちゃんは・・・もう、知り合いだったの?」と聞くと、しおりは、

「弥生ちゃんは、私の妹ですから。」と再び弥生とじゃれる様に抱き合っていた。

「まー、玄関先だから、中に入ろうぜ。」と誠司が促したので、三人は、居間に進むと

「へーえ、素敵なお宅ですね。京都に居るみたい。」と弥生が言うと

「鎌倉も、古都だったから、それなりに趣がある家もあるのよ。海も近いし。」

「えー、海も見えるんですか?」と弥生が驚いたように言うと

「その通りを超えて、一寸小高い丘に登れば、由比ガ浜が見えるのよ。後で言ってみましょうか。」としおりが言った。

「ぜひ、お願いします。しおりお姉様。」との弥生の言葉に、誠司が

「状況が、理解できないのだが・・・・」

「私達、麗佳おねい様の信徒なんです。」と弥生が言い出すと、しおりが

「実は、二カ月程前に、着物のモデルの撮影のために京都の麗佳さんの所に行ってたのよ、そこで弥生ちゃんに出会って、変態兄の被害者同盟を結んだのよ。」

「被害者同盟て、俺は、弥生ちゃんには変な事してないぞ。」と誠司が反論したが

「先輩は、私のアプローチを悉く無視しました。その事で乙女の心がどれだけ傷着いたか分かりますか?わかりませんよね。今はその訳が分かりましたから、許していますが。」と弥生が言った後から、

「私に対しての罪状は、言うまでもないわよね。十分被害者の会を設立できる状況でしょう?」としおりが、ダメ押し的に言った。

そんな、三人の状況が落ち着いたのをみはからってから、義母(雪乃)が珈琲を入れて来てくれたので、誠司が

「ああ、こちらは後輩の芳山弥生ちゃん・・・」と紹介すると

「ええ、しおりから聞いています。昔、京香先生には、お世話になったのよ。」と義母の言葉に

「ええー、母を御存じなんですか?」と弥生が

「そう、私が京都で舞妓をしている時分に、芸の嗜みの一つとして、歌(和歌)を教わっていたのよ。その先生が京香先生でね。そう言えば、何人か女の子が居たのよね。」

「それ、私の姉達です。」と弥生が話始めると、義母は懐かしそうに、昔の話に花を咲かせた。弥生とそんな話を暫くしていると、健司が、のそっと帰ってきた。

「ただいま・・・」と言いながら、弥生をみてから、誠司に小声で

「誰だ、あのしおりのミニチュア版みたいな女子は?」と聞いてきた。誠司がめんどくさそうに答えようとしていると、義母が

「昔、私がお世話になった、和歌の先生の娘さんで、誠司さんの後輩さんですよ。・・・そう言われれば、しおりの小さい頃に似てるわね。」と説明して台所に戻って行くと、しおりが

「お帰り、お兄ちゃん。」と言いながら、健司に抱きつくと、健司がビックリした顔をして、

「そ、それもう一回行ってくれ。」

「おかえり・・・」そっちじゃなくて

「お兄ちゃん?」

「そ、そう、それ、俺初めてだぞ、そう呼ばれたの?」と感動する健司に

弥生が、誠司に、小声で、「双子の、お兄さんですか?」誠司がうなずくと、

「本当に、二人とも変態なんですね。」と言いながら

「お兄ちゃん。」と耳元で囁いたので、誠司は

「ああー、何か今、電気が走ったぞ!」と言ってから、しおりと健司を見ると

「健司、私と会う時ぐらい、女の匂いを消して来なさい。」と怒られていた。

「あんた、梢を抱いて来たでしょう。」と図星のしおりの突っ込みに、

「ええー、だって、鎌倉に帰ると言ったら・・・どうせしおりを抱きに行くんでしょといって・・・」

「ええ、それで梢を抱いたの。行きがけの駄賃みたいに!」

「さもないと、家に帰さないと・・・・」

「ふーん、梢らしいやり口だわね・・・、まあー良いけど、兎も角、シャワーでも浴びてきて、それと、鏡で自分の首筋を見てみなさいよ、キスマークが一杯ついてるから。」

しおりの容赦の無い指摘に健司がタジタジになっていく様を、弥生が目を丸くして見ていた。

 健司が、風呂場に消えたのを見計らって、誠司が、弥生に状況を説明しだしたが、しおりが

「ああ、あんまり心配しないで頂戴。何時もの事だから。健司の彼女、梢とは高校時代からの親友でね。ある意味恋敵みたいな関係でね、相手もそれを意識しているのか、あんな挑発をして、私に嫌がらせをして来るのよ。べつに、それほどの悪意は無いのだけどね。」

「男女の機微は、深くて怖いものなんですね。」と弥生が解説をしたが、誠司が、小声で

「明日は、我が身かと思うと・・・」と弥生に言うと

「先輩、ここにキスマークが!」とふざけて見せた事で、しおりの怒りが収まったのか、

「ああ、あほくさい。」と言ったので、三人が笑いだしていた。

 その夜は、久々の東堂家族と弥生が加わって、すき焼きを食べていた。弥生が誠司に

「お父様て、四条の叔父様に良く似てますね。」と聞いて来たので

「ああ、双子だからね。東堂家は、双子が生まれる確率が高いみたいで。」と誠司が説明すると納得した様に頷いて、牛肉を頬張っていた。

 食後のお茶の時間も過ぎ、しおりと弥生が風呂に入ったのを見計らって、健司が、PCでデーター整理をしている誠司の所にきて、

「なー、一寸頼みがあるんだが。」と切り出すと

「おれ、この6月から海外研修に入るんだが、ほぼ一年帰れないんだ。それで、梢が一人に成るわけなんだが、梢の赴任先はたぶん鎌倉の自分の母校だろうから、実家暮らしとなると思うけど、それとなく彼奴の様子を見守って欲しいんだ。」

「はー、何言ってんだ。俺は京都に帰るんだぞ。」

「ああ、分かってる。だから、しおりにそれを頼みたいんだが。」

「そんなの、自分でしおりに頼めば良いだろう。」

「ああ、もちろん、頼むさ。でも、梢の状況を適宜知りたいんだ。」

「フム?」

「だから、出来ちゃってるかもしれないからな。」

「はあー。でもそんな状況、俺には伝わらないかもしれないぞ。」

「ああ、だから、あの弥生ちゃんだっけか、彼女はしおりと仲が良さそうだから・・・」

「ああ、そう言う事か。俺に伝わってくる情報は、そっちに流すが、何処まで流れてくるかわ・・・それより、梢さんと早く結婚してしまえば良いだろう。式はともかく、入籍だけでもしておけば、トラブルは避けられると思うが。」と言って誠司は、ああ明日は我が身だなと思いながら

「その件は、近々、けりを付ける予定だ。」との健司の言葉に少し驚いてから

「えー、じゃあー、結婚するのか?」

「取り合えず、入籍だけでもするつもりだ。向こうの両親とも話は着いているんで。」

「なら、心配ないだろう。」

「だから、そうなると、しおりとの事だ。」

「結婚してしまったら、しおりとの事はアウトだぞ。」

「ああ、分かっている。だから、お前が、嫁さんにしてもいいぞ。あいつの気持ち次第だし、とてつもなく面倒だけどな。」

「はあー・・・」此処に来て、しおり奪取競争から健司がリタイアする事に、内心驚きを感じつつも、湧き上がる喜びを抑えながら、

「0・5人分を放棄するんだな。」と誠司は健司にきっぱりと言った。

「なんだその0.5人てのは?」

「しおりの所有権みたいなもんだ。」

「初めから、どっちかが諦めていれば、しおりもあんなに悩まなくて済んだのにな。」と健司が言った。

「ああ、万難を排して、しおりを俺の正妻いや嫁さんにするから。もう文句は言わせないぞ。」

「ああ、分かった。それで何だその正妻て?」

「いやあ、言葉の綾だ。」と誠司は、誇らしげに健司に言った。

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