第27話 行ったり来たり2

 大浴場にてリニュの体臭を洗い落とした千司は、その足で食堂へと向かった。


 数日ぶりに顔を合わせる勇者たちに声を掛けつつ、千司は一部の勇者にのみ後で食堂に残るように伝え、その後はいつも通りせつなや文香に囲まれながら食事を摂る。


 そうして食後に残ったのは、先ほど声を掛けた面々。


 リニュに訓練を付けてもらっている猫屋敷、二階堂、斎藤、辻本、村雨に加え、せつなや文香、松原の三人である。残ってもらった理由は単純、外での出来事を伝えるため。


 先んじて猫屋敷に伝えたものと同じ事を語ると、返ってきたのは凡そ想定通りの反応だった。


 一部女子たちは千司でも怪我をしたという部分に恐れを見せ、しかし一方で辻本や村雨、そして運動大好き少女である斎藤に関しては、生唾を飲み込み拳を握って見せていた。


 三者三様の様子を睥睨していると、不意に心配そうな表情を浮かべた文香が顔を覗き込んでくる。


「千司くん、怪我はもう大丈夫なの?」

「あぁ、この通り問題ない」


 笑みを浮かべて返すと安堵した様子で胸をなでおろす文香。


「それならよかった。あんまり無茶しないでね」

「分かっている。……だが、文香たちを守るためなら、これぐらいなんてことないさ」

「……もう、そんなこと言われたら責められないじゃん」


 僅かに頬を染め、不満そうに唇を尖らせる文香。


 すると、これまで顎に手を当てて考え込んでいた村雨が徐に手を上げ注目を集めた。


「イチャイチャしているところ悪いが……奈倉よ。今後はどうするんだ?」

「そうだな。……兎に角、もう少し情報が欲しい。今日遭遇したユニコーン然り、昨日のゴブリン然り、やはり実践は危険が多い。もちろん知らないことを経験して強くなる、と言う理屈もあるが、命の危険がある以上極力避けるべきだ。過保護だと言われるかもしれないが、俺はもう少し調査を続行しようと思う」

「わかった。なら、その間に俺たちはさらに力を伸ばしておけばいいか?」

「そうなるな。……頼めるか?」

「もちろん。俺たちのリーダーは奈倉だからな。指示には従うさ」


 肩をすくめて飄々と語る村雨。


「それじゃあ頼む。訓練の予定やその他諸々はリニュと猫屋敷に後で伝えておくから、都度彼女たちに聞いてくれ」

「了解」

「……なんか、勝手に仕事を割り振られたんだけど」

「それだけ信頼してるってことだ」

「……」


 ジトっとした目で睨んでくる猫屋敷。

 そんな彼女に声を掛けたのは、すっかり調子を取り戻したござる系男子、辻本である。


「猫屋敷殿、どこまで力になれるかはわかりませんが、拙者も全力で手を貸すでござるよ」

「……ふっ、ありがとね。辻本くん」

「い、いやぁ~はははっ」


 照れくさそうに頭を掻く辻本と、優しい笑みを浮かべる猫屋敷。


 千司はそんな二人を生温かい目で見つめる。

 周りにいる他のメンツにも伝わるように。


 外堀から埋める算段である。埋めて、甘い空気感を形成して、甘ったるくて生温い、このくだらないラブコメを増長させるのだ。


(辻本は……確実に猫屋敷を意識し始めているな。猫屋敷の方は……まだわからんが)


 猫屋敷の気持ちはどうでもいい。

 千司は内心あくびを噛み殺し、話し合いをお開きにするのだった。



  §



 夜、自室のベッドで横になりながら『やっぱり宿より王宮の方が寝心地は良いなぁ~』などと考えていると、不意に扉がコンコンとノックされる。


 誰だと思いつつ扉を開けると、そこには意外な人物がいた。


 短い金髪を揺らし、寝間着を身に纏った彼女は千司を上目遣いに見つめて口を開く。


「千ちゃん、今時間ある?」

「あぁ、大丈夫だ」

「やった~」


 そう言って嬉しそうににぱーっと笑みを浮かべるのは、千司の幼馴染にして、一方的に好意を寄せてくる少女——松原七瀬であった。


「立ち話もなんだ。入れ」

「う、うん!」


 部屋に招き入れようとすると、途端に緊張した面持ちになる松原。おずおずと室内に入るときょろきょろ見回し、千司をちらりと眺めては「えへへ」と笑ってそわそわ。


 そんな初心な反応を見て、千司は意外だと思った。


 千司以外と接している時の彼女なら分からないでもないが、千司と二人きりになると松原は愛を伝えることを躊躇しない。現状の様に部屋で二人きりともなれば押し倒されてもおかしくはないと思っていたが……どうやら違ったらしい。


 落ち着かない様子の松原を観察しつつ、千司はベッドに腰掛け松原に備え付けの椅子を明け渡す。


「それで、どうかしたのか?」


 極力優しい声色を心掛けて尋ねると、彼女は膝の上に手を置き、もじもじと指を動かした後、かすかに頬を染めながら口を開いた。


「そ、その、千ちゃんと、お話がしたいな、って」

「話し? 何かあったのか?」

「そ、そうじゃなくて……その……もっと、普通のやつ」


 言い淀む彼女を見て千司は察する。

 どうやら彼女は何でもないただの雑談がしたくて、同所を訪れたのだと。


「……前までは我慢できたんだけど、この間、千ちゃんが『もう気を使わなくていい』って言ってくれて……それで、その、欲が出ちゃって……」


 それは上級勇者たちと決別した夜のことだろう。


 千司は松原を引き入れるために、彼女との関係を公然の物とした。結果として、千司は表向きせつな、文香、松原の三股クソ野郎と化したのだ。


(実際は、新色やリニュも居るが)


 要はそうして認められたことで、これまでは抑えられていた感情が溢れ出したと。つまりはそういう事なのだろう。


(まぁ、関係を明かしたからと言って、特別扱いしていた訳でもないしな)


 少なくとも千司はせつなや文香に接するのと同じようには松原に接していなかった。


 自ら話しかけに行くこともないし、食事に誘うこともない。むしろここ数日に関しては松原より猫屋敷や二階堂、斎藤たちと絡んでいることの方が多かったほどだ。


 理由は単純、松原の好感度を上げる必要がないからである。


 彼女の好感度は他の女子と異なり、常にオーバーフロー状態。千司としては特別なことは何もしていない為、不可解極まりないが、だからと言って好感度が高い事には変わりはない。


 無駄なことに時間を割くことはないと、他の女子や下級勇者の好感度を上げていた次第である。


(むしろ、ここまでよく耐えたと言うべきか)


「なるほど、そういうことだったか」

「ご、ごめんね。迷惑だった? もし迷惑ならやっぱり今日は帰——」

「いや、嬉しいよ。俺も松原と話したい」


 言葉を遮るように優しい声で囁くと、彼女は一瞬驚いたように目を見開き、声を弾ませて告げた。


「ほ、ほんと!? やったーっ、ありがと♡」


 そう言って、にこにこにぱーっ( ˶ᐢᗜᐢ˶)といつも通りの笑みを浮かべて喜ぶ松原。


 千司はライカに飲み物を持ってこさせつつ雑談に興じる。途中、それとなく『千司の留守中にライザが接触しなかったか』と尋ねてみたが、松原は首を横に振った。


 そうして何気ない言葉を交わすことしばらく、日付が変わる前に満足した松原を部屋へと見送ると、千司は小さく息を吐く。


 ベッドは綺麗なまま。

 健全な夜はゆっくりと更けていく。



  §



 翌朝、リニュとの早朝訓練を終え、朝食も済ました千司は訓練場にて斎藤とボールを蹴っていた。


「もう出発するの~?」

「あぁ、訓練に参加しない奴がいても集中を削ぐだけだろ?」

「あははっ、確かにねー。……あれ? じゃあ今何待ち?」

「セレン団長を待っている。王女様から呼び出されたみたいでな」

「なるほど……ねっ、と」


 頷きながらボールを蹴り返す斎藤。

 少々強めだが勇者のステータスをもってすれば追いつくのは容易である。


「そう言えば、リニュとの訓練はどうだ?」

「個人的にはだいぶ慣れてきたかな。攻撃も当たるようになってきたと思うし。……まぁ、手を抜かれてるだけかもしれないけど」


 などと語りながらも、千司が蹴り返したボールを曲芸染みた動きで裁く斎藤。


「そんなことはないだろう。前見た斎藤の動きは素晴らしかった」

「そう? ありがーとっ」


 感謝と共に飛んできたボールを胸で受け、千司は続ける。


「本心だ。それに戦闘面に関してだけではない。斎藤は周りもよく見ている」

「……」

「以前、篠宮たちが王宮を出て行ってクラスメイト達の空気が沈んでいた時、斎藤は缶蹴りをして空気を変えようとした。そして、実際に変わった。……周りを見て、考えて、明るくなるように動く。俺は斎藤のそういう面を素晴らしいと思う。尊敬と取ってもらっても構わない」


 そう言って千司が蹴ったボールは、まっすぐに斎藤の下へ。

 しかし彼女はその場から動かず……ボールは地面をバウンド。


「どうかしたか?」

「いや、別に~?」

「……照れているのか?」

「い、いや、別にぃ~?」


 近付くと、口元を手で隠しながら視線を逸らす斎藤。

 その姿を見て、千司は内心で口端を持ち上げた。


(やはりと言うか何と言うか、斎藤は褒められ慣れていないな)


 彼女は優秀な人間である。容姿、運動神経、そして周りを見て行動できる思考力に至るまで、充分以上の能力を有している。


 しかし、その言動は少々突飛なことが多い。

 缶蹴りを提案したのがいい例だろう。


 そんな彼女を友人の猫屋敷はこう評した。

『多分何も考えてない子』だと。


 悪意あっての発言ではないだろうが、それだけで斎藤が周りからどう思われていたのか容易に想像が付く。無邪気で、無意識のうちに周りを笑顔にする少女だと。


 実際にそういう人間も居るが、斎藤に限っては違う。

 彼女は考えて行動しているのだ。分かり辛いだけで。


 だから褒められ慣れていない。

 千司はその隙を突いたのだ。


 揶揄うような笑みを浮かべていると、いよいよ恥ずかしさの限界に達したのか、斎藤はコホンと咳払いを一つしてから大きく話題を変えた。


「そ、そう言えば! 外での実践訓練って、私もやるの?」

「いきなりだな。だが……あぁ、一応はそのつもりだ。少なくともリニュと訓練している面々なら問題ないと考えている。あとは松原か。……せつなや文香はまだ不安があるな」

「そっか」


 短く返し、転がっていたボールを蹴り上げリフティングを始める斎藤。


「何か気になることでも?」

「別にー。私はそこまで外を怖いとも思ってないし、何なら今から着いて行ってもいいかなとも思う。……でも、景が行かないなら行かない。奈倉の調査ってやつが終わっても、絶対に」


 先ほどまでの表情から一点、真剣な顔で千司を見つめる斎藤。

 千司は逡巡した後、ここは真面目に受けるべきと判断。


「わかった。ならその時は斎藤のことも全力で守るとしよう」


 真剣に見つめ返し、視線が交差すること数秒。

 斎藤は小さく笑みを浮かべて、視線を逸らした。


「あーあ、そうやって適当言ってるとそのうち刺されるかもねー。後ろからグサッと」

「それは困るが……本心だから仕方がない」


 そうして笑い合っていると、徐に背後から声を掛けられる。


「ほう、そうかそうか。それは良き心がけだな、貴公」

「……待ちくたびれましたよ、セレン団長」


 振り返ると、そこに立っていたのは紺色の髪を揺らす女騎士。その服装は王宮に戻ってきた時同様、一般市民のそれである。彼女の隣には同じような服装のライカの姿もあった。


「……ふんっ、女にばかりいい恰好をするものだな」

「偶然ですよ偶然」

「どうだか。……おい、斎藤夏木。貴公も気を付けるといい。これは顔が良ければ手あたり次第に声を掛ける不純の塊のような男なのだからな」


 不機嫌そうに語るセレンに、斎藤は数度瞬きした後、千司を見つめて問うた。


「奈倉ってセレン団長と付き合ってるのー? これって絶対嫉妬じゃん!」

「な、なんだと貴公! そんな訳ないだろう! わ、私が奈倉千司となど……想像しただけで気分が悪くなる!」

「それは少し酷過ぎるのではないでしょうか?」


 あんまりな物言いに千司が苦言を呈するが、セレンは鋭い視線で返す。


「ならば……っ、自らの行いを少しは省みろ!」

「うーん、これはセレン団長に分があるねー」

「斎藤まで……いやまぁ、最低なことをしてる自覚はあるが……」


 そうこうしている内に、訓練場に近付いてくる勇者たちの声が耳朶を叩いた。もうそろそろ訓練が始まるのだろう。参加しない千司たちが居ても邪魔になるだけなので、ここは早々に去るべきである。


「っと、それじゃセレン団長たちも来たことだし、俺はそろそろ行くよ」

「りょーかい。いってらー」

「ま、待て! 私はまだ……くそっ、いいか貴公! 絶対に騙されるなよ! 絶対だからな!」


 斎藤に対してそんな捨て台詞を残すセレンと、今日も今日とて顔のいいライカを連れて、千司は王宮を出発し、王都リースの宿屋を目指すのだった。



  §



 宿を目指す道すがら、千司はセレンに問いかけた。


「そう言えば、王女様の話は何だったんですか?」

「ふむ……それが良く分からんのだ。以前出発する際に聞かされたことと同じことをおっしゃっていた。貴公に手を出させるな、と」


 困惑した様子のセレンは、やはり嘘を吐いているようには見えない。


(何を考えているのか……)


 ライザの思惑を推測しつつ歩くこと約一時間。

 千司たちは荷物を置いていた宿に戻ってきた。


 いつ王宮を出発できるか分からなかった都合、念のため本日の冒険はお休みと言う形を取ったが、この調子なら次回以降休みを設ける必要はないだろう。


 とかなんとか考えながら、千司はこの後の予定について考える。今から冒険者ギルドに向かってセレンと千司の二人で依頼を受注してもいいが、他の面々に見つかれば面倒になる。


 数秒悩んだ後、千司はベッドにちょこんと腰掛ける愛しのライカに問いかけた。


「今日はライカに一般常識的な物を教わりたいんだが、構わないか?」

「私は大丈夫ですよ」

「私も構わない。と言うか、むしろ私も同席させてもらって構わないだろうか?」

「というと?」

「ここ数日で気付いたと思うが、訳あって私は市井に関する常識をほとんど有していない。これまでは気にしたこともなかったが、貴公らと行動を共にして、改める機会だと思ってな」


 その言葉に笑顔で返すのはライカ。


「もちろん大丈夫ですよ、セレン様」

「ありがとう、ライカ」


 二人のやり取りを眺めつつ、千司は思う。


(ここ最近はセレンを馬鹿な駒として運用する方向で考えていたが、これを機会に多少マシになれば、別の運用方法も出てくるか。……まぁ、そう上手くいくとは思えないが、どちらにせよ使い道はある。——まずは、セレンを裏切らせることを目指すとしよう)


 そうしてその日一日はライカの授業で過ぎていき——翌日より本格的な冒険者活動を再開した。



  §



 冒険者活動を再開してから一週間が経過した。

 

 その間、千司はセレン、エリィ、ロイアー、アイリーンの四人と共に着々と依頼を熟し、冒険者のランクは銅級から銀級へと上がっていた。依頼達成率はユニコーンの乱入で逃したブラックウルフを除き百パーセント。ギルド内でも期待の新生と話題に上がることもしばしば。


 と言っても、その矛先のほとんどはセレンやエリィ、アイリーンの女性陣の容姿であるが。中には数日前に現れたくすんだ紺色の髪の少女が一番かわいかったと語る冒険者もいた。十中八九ライカのことだなと、千司は心の中で同意を示していた。


 ここ一週間で王宮に戻ったのは一度だけ。

 前回の帰省で、帰った翌日でも問題なく冒険者活動ができるのが判明したので、2度目は休むことなく、都合七日連続の活動状況である。


 疲れてないか、とパーティーメンバーに問うても、全員首を横に振るだけ。

 セレンはともかく、他三人もそれなりに体力があるらしい。


 そんなわけで本日も依頼を受けようとギルドを訪れた千司たちは、依頼の張り出された掲示板の前で相談を交わす。


「今日はどうするか……」

「俺ぁ、この間エリィの嬢ちゃんから教えてもらった遺跡ってのに行ってみてぇな」

「もし行くなら泊りの準備が必要」

「うふふ、皆さんでお泊り。楽しそうですね。少しワクワクします」

「貴公、旅行に行くのではないのだぞ」


 千司のつぶやきに、ロイアー、エリィ、アイリーン、セレンが各々意見を出し、言葉を交わす。ここ数日でパーティーの雰囲気もまとまりを帯びてきていた。


「んー、遺跡かー」


 ちらりとセレンに視線を向けると、彼女は淡々と答える。


「私は貴公の判断に任せる」

「……それなら、遺跡を目指してみるか。と言っても遠出になるから今日すぐにとはいかないだろう。そうだな、三日後にでも出発という事でどうだろうか? それまでは簡単な依頼を熟しつつ準備という事で」

「仕方ねぇなぁ。にしても楽しみだなぁ、遺跡ってぇのは廃墟なんだろ? 俺ぁ廃墟が好きでなぁ、あの雰囲気が男心をくすぐるんだよ」

「モンスターが住み着いているから注意は必要」

「わぁってるよぉ~」


 エリィに釘を刺され苦笑を浮かべながら答えるロイアー。

 そんな訳で三日後の遺跡遠征が決まり、本日の依頼を草原にて増殖中のスライム退治に決めてギルドを後にする千司たち。


 ギルドを出て少し進んだところで、ふと後方から覚えのある声が聞こえた。


「なぁ、異世界人はあんなレベルの階層で足踏みしてたってマジなの?」

「余裕だったよなぁ!」

「二人とも。それは俺たちが勇者で、特別な力を与えられたからだ。下駄をはかせてもらっていることを忘れてはいけない」

「ったく、篠宮は真面目だな」


 千司は人混みに紛れるように姿を隠しつつ、声の方を振り返ると——そこには大賀と五十嵐、そして彼らをたしなめる篠宮の姿が。他の上級勇者たちの姿もあり、会話の内容から察するに潜っていたダンジョンから帰ってきたところなのだろう。


 顔を合わせると千司とセレンが勇者と騎士であることがバレる可能性があったため、まさに間一髪である。


(冒険者登録以降ギルドには来ていないと聞いていたから、そう簡単に鉢合わせすることもないと思っていたが……危なかったな。運がいいのか悪いのか)


 見ていて見つかると本末転倒な為、早々にスライム狩りに向かおうとして——ふとすぐ横を歩いていたエリィが立ち止まっているのに気付く。


 彼女の視線が向かう先は千司と同じ。

 エリィは物凄い形相で勇者たちを睨みつけていた。


(目立つのはまずい)


「エリィ、どうかしたのか?」

「……っ」


 肩に手を置いて彼女の注意を引くと、エリィは下唇を噛みしめながら、小さく吐き捨てた。


「別に、何でもない」

「あれは勇者みたいだが……何かあるのか?」

「何でもない……っ、ただ……私にとって勇者は敵ってだけ」


 その言葉に千司は納得する。何しろ彼女の幼馴染を殺害したとされるデッド・オーガは、騎士団が勇者と戦わせて成長させるために準備した代物。


 それを語ったメアリー・スーが国から指名手配されていることで、エリィはメアリーにも疑念を向けているが、だからと言って一度抱いた憎悪が消えるわけではない。


 再度歩き出したエリィをゆっくりと見つめ、千司は少女の苦悩を嘲笑するのだった。

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