第26話 行ったり来たり

「それじゃ、今日のところは解散ってことで」

「あー、少しいいかぁ?」


 ギルドに報告も終え、セレンを連れて同所を後にしようとしたところ、ロイアーに声を掛けられる。振り返ると彼は快活な笑みを浮かべて告げた。


「せっかくなんだ。みんなで飯でも食いに行こうじゃあねぇか」


 その言葉に千司とセレンはたがいに視線を合わせた後、特に断る理由もないので首肯。


「俺たちは構わないが……他はどうだ?」


 千司の視線を受け、エリィもこくりと頷く。


「私も、大丈夫」

「当然私も問題ありません。もとより本日は依頼で一日出ずっぱりの予定でしたし」

「それもそうだな」


 満場一致となったため、千司たち五人は少し遅めの昼食へと向かうのだった。



  §



 千司たちが訪れたのはいたって平凡な定食屋。


 千司とセレンはライカに案内されない限り碌に店を知らないし、ロイアーは王都に来たばかり。アイリーンも普段は屋台等で購入することがほとんどだそうで——結果、同店はエリィのおすすめの店という事になる。


 小綺麗な店内には昼過ぎの半端な時間にも関わらずまばらに客が入っており、おいしそうな香りが鼻腔を擽った。


 店員に案内された丸テーブルを五人で囲むように腰掛ける。千司から時計回りにエリィ、ロイアー、アイリーン、セレンの並びだ。


「よく来るのか?」

「……前はね。最近はギルドで食事することが多い」


 思い起こせば数日前、王都に情報収集として訪れた際もギルドの酒場で投機のコップを破壊していた。


「なるほど。んで、エリィのおすすめはどれなんだ?」

「自分で好きなの頼んだらいい。どれも美味しいから」

「せっかく案内してくれたんだ。エリィが一番好きな物を食べたいじゃないか」

「……」


 さらりと言ってのける千司に、エリィはジトっとした視線を向けてくる。口元はキュッと横に結び、警戒した様子で僅かばかり椅子を離した。


「……セレンに言いつけた方がいい?」

「それはちょっと酷くないか?」

「冗談。……これ、このお肉の香草焼きが美味しかった」


 かすかに口元に笑みを浮かべ、椅子を戻しつつメニューに記された料理名を指さすエリィ。写真こそないが、その料理名には覚えがある。以前王宮にて出されたことのある料理だ。


「それならこれにするか」

「うん」


 小さく頷くエリィと談笑していると、反対側から低い声が投げかけられた。


「ならば、私も貴公らと同じものにするとしよう」

「そうですか」

「あぁ、そうだとも。……随分と親し気だなぁ?」

「同じパーティーを組んでいるのですから当然ですよ」

「……ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすセレン。

 そんな彼女を横目に、残る二人も注文を決めていく。


「俺は酒だ。肉と酒さえありゃあ生きていけるぜぇ~」

「では私はお魚の香草焼きにいたします。先日少しばかり海辺の街に赴くことがあったのですが、その際魚介類にハマってしまいまして」


 ニコニコと語る二人の言葉を受け、千司は店員を呼んで注文。

 談笑して待つこと数分、頼んだ料理がテーブルの上に並ぶ。

 その香りは同店に入った際、鼻腔を擽ったものと同じ。


「それじゃ、いただきます」


 腹もすいていたのでさっそく一口。

 やはり以前王宮で食ったことのある味である。美味しいと言えば美味しいが、王宮で出てきた一品の方が味は上。しかし千司は驚いたように目を見開き、感嘆を零す。

 

「……美味いな」

「……そっか。よかった」


 千司のつぶやきに、エリィはかすかに頬を緩める。


 反対側からセレンの鋭い視線が向けられるが気にしない。それよりも今は眼前の魔女っ娘。会話を交わし、好みを共有し、楽しい記憶を共感して距離を縮める。


「いい店を教えてくれてありがとう」

「……うん」


 そうして遅めの昼食を口にする仲——若干二名、同じ卓を囲む女性陣から意味ありげな視線が向けられているのに、千司は気付いていた。


 セレンは静かに千司を睥睨し、不満そうに口を歪めつつも肉をパクり。美味しかったのか二口目、三口目と肉を口に運ぶ。


 そしてもう一人、アイリーンはその口元に平時と変わらぬ笑みを湛えつつ、艶やかな茶髪の隙間から千司とエリィの二人をじっと見つめ、見つめ、見つめ——千司が視線を向けると、にこりと再度笑ってから料理に手を付ける。


「……」


 残る一人、酒を注文したロイアーはと言うと。


「……あっ! お、俺のお酒がどこか行っちゃったぁ~! 店員ちゃーん、お酒お代わりぃ~!」


 暢気に店員の少女へ酒の注文を行っていた。



  §



 それは昼食を終えた会計時のこと。酔っぱらったロイアーの介抱をセレンとアイリーンに任せ、千司とエリィがまとめて支払いを済ませていると——店員の少女の目が青い魔女っ娘へ。


 彼女はエリィを見つめると、徐に口を開いた。


「あれ、エリィさんじゃないですか~」

「……っ」

「いやぁ、本日は大人数だったので気付きませんでした。いつもお二人でしたからねぇ~っと、こちらお釣りになります」


 エリィへとにこやかに語りかけながら清算を済ませる店員。対するエリィは顔を伏せ、こぶしを握り締めている。


「? どうかしましたか?」

「……いや、なんでもないよ。美味しかった」


 小首を傾げる店員に対し、言葉を返したのは千司。


「ほんとですか? よかったです! それじゃ、またのご来店をお待ちしておりますね~」


 適当に彼女をあしらうと、無言のエリィを連れて千司は同所を後にした。

 店外に出ると酒の飲み過ぎでふらふらのロイアーとそれを介抱するセレンとアイリーンの姿が。そんな彼らを横目に、千司はエリィを睥睨する。


(さっきの店員の言葉から推測するに……イルくんと通っていた店か)


 目深にかぶった帽子の下。

 ぎゅっと唇を噛みしめて苦悶の表情を浮かべるエリィに、千司は内心ほっこり。心が安らぐのを感じる。泣き叫んで発狂しようものなら大爆笑間違いなし。


 しかしそれを表に出すわけにもいかず、素っ気ない態度で——されど寄り添うように語りかけた。


「……大丈夫か?」

「……うん」

「そうか、ならいい」

「……うん」


 踏み込むのはまだ早い。千司からすればエリィとはそれなりの付き合いであるが、彼女からすればつい数日前に出会ったばかりの男なのだから。


(まぁ、それでも聞き出す方法は多分にあるが)


 心を追い詰めればいい。


 状況を整え、感情を昂らせ、精神的余裕を奪った中で感情を吐き出させる。今はまだどれも足りない。それに、もう少し苦しむエリィを見て居たいという欲求がちらりと鎌首をもたげる。


 千司はエリィから視線を外すと、ぐでぐでのロイアーに声を掛けた。


「それで、ロイアーの方は大丈夫なのか?」

「おぉう! 問題ねぇぜぇ?」

「本当に大丈夫なのか?」


 介抱していたアイリーンに問いかけると、彼女は苦笑を浮かべる。


「強かに酔われているように思いますが……まぁ、日中帯ですし、夜にならない限り危険もないでしょう」

「おぉい、放置して帰るのかよぉ~」

「はい。私には心に決めた殿方がおりますので。貴方と共に居てあらぬ噂が流れると大変困ってしまいます」

「……ふーむ、そりゃあ確かにいけねぇなぁ。わぁった、んじゃここで解散ってことで!」


 否定の声は上がらない。

 ふと、服の裾をちょいちょいと引っ張られ、視線を向けるとエリィの青い瞳と交差した。


「明日はどうするの? またギルド集合?」


 千司は逡巡した後、首を横に振る。


「いや、少し用事がある。明後日の朝にまた集合でも構わないか?」

「いいよ」


 首肯するエリィ。彼女以外からも反対意見は出ない。

 千司の護衛であるセレンは当然として、アイリーンも、泥酔状態のロイアーからも特に不満は出てこない。


 冒険者としてパーティーを組み、最初の依頼すら達成せずに休日を設けたというのに文句のひとつも口にしない。


「それじゃ、またな」


 千司は特に何を言及するわけでもなく三人に別れを告げると、セレンを伴ってライカの待つ宿へと戻るのだった。



  §



 宿に戻って来ると、丁度情報収集を終えたと思しきライカと部屋の入り口で合流した。


「お帰りなさいませ、お二人とも。本日は早かったのですね」

「あぁ、獲物が見つから無くてなぁ」


 適当に返しつつセレンを伴い入室。宿の一室に三人が揃い、他者の目がなくなったのを確認してから、千司は二人に切り出した。


「今日は王宮に戻ろうと思う」

「何か用事でもあるのですか?」

「用事と言うか、他の勇者の様子を見にな。数日で大きく変わることはないだろうが、状況は把握しておきたい。それに……上級勇者たちが出て行った時のことを考慮すれば、曲がりなりにも下級勇者のリーダーだなんだと言われてる俺まで、アイツらを見捨てたと思われるのは愚策以外の何ものでもないからな。もとから定期的に王宮には顔を出すつもりだったんだ」

「そうでしたか」


 顎に手を当て納得するライカ。


 しかし千司の言葉は事実でこそあるが、真実ではない。


 様子を見に行く目的は、ライザの介入を防ぐため。

 千司が居なくなった下級勇者に接触し、千司の求心力を削ぐ可能性を憂慮しての判断だ。


(王女から怪しまれてるのは間違いない。にもかかわらず無理くり処刑を敢行しないのは、下級勇者の中で地盤を固めたからだろう)


 故に、その地盤を崩されるのは避けたい。


 思考を巡らせる千司に、セレンが小首を傾げる。


「貴公、それは流石に心配のし過ぎではなかろうか?」

「確かに。ですが、し過ぎて悪いこともないでしょう。これ以上みんなの心がバラバラになるのは絶対に避けねばならない事ですし」

「それは……いや、そうだな。わかった、荷物はどうする?」

「一泊して軽く顔を見せたらすぐに戻ってくるつもりですので、宿に放置で構わないでしょう」

「そうか。なら日が暮れる前に出発するか」

「はい」


 そうして千司たちは宿を後にし、王宮へと戻るのだった。



  §



 王宮に到着する頃には、辺りは夕方になっていた。

 入り口である巨大な門から中に入ろうとして——不意に後方から声を掛けられる。どこか覚えのある声に振り返ると、そこには片手を挙げる田中の姿があった。


「よう、奈倉」

「田中か。今帰りなのか?」

「あぁ」


 短く答えて頬を伝う汗を拭う田中。相も変わらず何を考えているのか分からない表情であるが、土で汚れた服や凹みの伺える剣を確認する限り、ウィリアムとの訓練は上手くいっているのだろう。


「訓練の方はどうだ?」

「順調だとは思う。ただ、レベルはまだ上がっていないな。技術のステータスは上昇していたが」

「それは何よりだ」


(最悪なんだが。大怪我して死んでくれぇ~)


 そんな思いはおくびにも出さず、千司たちは適当に雑談を交わしつつ王宮へ。


 到着して早々田中は風呂に行くと言っていなくなり、セレンも軽く報告してくると言ってライザの執務室へ。残されたのは千司とライカの二人。


「とりあえず俺は訓練場の方に顔を出してくるが……ライカはどうする? レーナの様子を見に行くか?」


 下級勇者に魔法を教えているであろう彼の妹の名を出すが、ライカは首を横に振った。


「いえ、彼女は仕事中。これを邪魔することは出来ません。私は奈倉様の部屋を軽く掃除してまいります」

「わかった」


 ぺこりと会釈して去っていくライカを見送り、千司は訓練場へ。


 近付くにつれ聞き覚えのある声が大きくなり、物陰から顔をのぞかせると、そこではいつも通りの訓練が行われていた。


 リニュと実践的な訓練する上級勇者や辻本たち。

 基礎訓練をつまらなさそうに執り行う下級勇者たち。

 そして、それから逃げるようにレーナに魔法の教えを乞うそれ以外。


(一見する限り、変化らしい変化もないか)


 などと観察していると、後方より足音。

 ちらりと視線を向けると、そこには猫屋敷の姿があった。


「あれ、帰ってたんだ」

「あぁ、ついさっきな。ただいま」

「……おかえり」


 ちょうど水浴びでもしてきたのか首にタオルをかけ、髪の先からは雫が伝っている。猫屋敷はそんな水気を拭いつつ、平素と変わらぬ様子で尋ねてきた。


「それで、どんな感じだったの? 外は」

「あぁそうだな……」


 千司は逡巡した後、猫屋敷相手に隠す必要はないと判断し、場所を移動してからここ三日間の出来事を説明。場所を移動したのは万が一にも下級勇者たちに聞かれたくなかったからだ。


 後ほど辻本たちには伝えるつもりでいるが、リニュとの実戦訓練に参加できていない下級勇者に伝えるつもりはない。


 理由は単純、情報により格差を生み出すため。王宮居残り組の上下関係を悪化させることで、ストレスを与える為である。


「……なるほどね。それなりに楽しんでたんだ」


 説明を終えると片眉を上げて嫌味を口にする猫屋敷。千司の留守中、リーダーとして忙しくしていたのに対し、自由奔放に冒険をしていたのが気に食わないのだろう。


「楽しんでたって……これでも肩を抉られたんだがなぁ。少しは心配してくれないのか?」

「そういうのは雪代さんたちとどーぞ」

「はいはい。……で、そっちは何かあったか?」


 メインの話も終えたので訓練場に戻りつつ留守中のことを尋ねるが、猫屋敷は特に表情を変えることなく淡々と答えた。


「別に、これと言って何も。精々雪代さんたちがちょっと元気なかったかなーって感じ。あ、あとリニュさんは逆にいつもより訓練激しかったかも」

「……そうか。せつなたちには後で顔を見せておくよ。……ほかには?」

「ほか? ……うーん、特に気になったことはないかな。こんな短い間じゃレベルも上がらないし」

「そうか」


 ライザが接触している可能性を考慮して問うてみたが、答えは芳しくない。後ほどせつなたちにも確認するべきだろう。


「それで、調査は終わったの?」

「いや、まだだ。明日再度王都に出発する」

「そっか。……気を付けてね」

「あぁ」


 そうこうしている内に訓練場まで戻ってくる千司と猫屋敷。するとちょうど訓練が終わった所だったのか、解散して訓練場を後にする勇者たちの姿があった。


 そんな中、不意に汗を拭っていたリニュと目が合う。


「……それじゃ、俺は部屋に戻るよ」

「おっけ」


 猫屋敷と別れて踵を返そうとして、ガシッと肩を掴まれた。

 その手は振り返って確認するまでもなく、銀髪の竜人族ドラゴニュートの物である。


「戻ったみたいだな、センジ」

「あ、あぁ。さっきな。ただいま」

「おかえり。ところで少し顔を貸せ」


 そう言ってリニュに手を引かれて訪れたのは水浴び場の近く。訓練中はこちらで汗を流す勇者たちであるが訓練が終われば基本的に大浴場へ向かう。都合、人気のない同所にて二人きり。


 リニュはそのよく視える目で周囲を見渡して他に人が居ないのを確認すると、鼻先がぶつかりそうな距離までずいっと顔を寄せてきた。


「何故、ネコヤシキと話していた。帰ってきたのなら、まずはアタシに、あ、アタシが最初に……」


 顔を真っ赤にして口をへの字に曲げるリニュ。いったい何の用かと思えば、千司が真っ先に猫屋敷と話していたのが気に入らないらしい。


 千司は内心呆れているのを『偽装』しつつ、しかし好感度調整のために謝罪を口にする。


「……悪かったよ。リニュ」


 リニュの頬に手を伸ばすと、彼女はピクリと身体を揺らす。

 そしてゆっくりと目を閉じると顔を近づけた。

 唇を重ねていたのは数秒。


 離れるとリニュは愛おしそうに自らの指で唇をなぞり、はにかむ。

 やがてその様子を千司に見られていることに気が付くと、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「……っ、ふん。今回は許してやる」

「それはよかった。好きな女に嫌われたくはないからな」

「……っ、くそ。まさかアタシがこんなことになるとはな」


 朱色に染まる頬を隠すように手で覆いつつ吐き捨てるリニュ。


「確かに。出会った当初を思えば想像が付かないな」

「……まったくだ。自分でも驚いている。少し離れていただけで頭の中はお前のことばかりなのだから」


 そう言って上目遣いに見つめてきたかと思えば、おずおずと抱きしめて頬を摺り寄せてくるリニュ。抵抗しないでいると、手が背後に回され、首筋に顔をうずめてくる。


「……好きだ、好きだ……センジ」

「あぁ、俺もだよ」


 感情を『偽装』し、心にもない言葉で愛を囁く千司。

 優しく抱きしめ返すと、殊更に嬉しそうな笑みを浮かべ、まるでマーキングするかの如く身体を押し付けてくる。


 甘ったるい空気の中、しばらくリニュと戯れる千司。

 しかしそう長い間一緒に居るわけにもいかず、リニュは名残惜しそうな表情を浮かべて仕事へと戻って行った。


 対する千司は彼女と別れるや否やその足で大浴場へ。


 よもやリニュの汗の香りを漂わせたまませつなや文香と会う訳にはいかない。恋にときめく竜人族ドラゴニュートの匂いをサクッと洗い流すと、千司はせつなたちの下へと足を向けるのだった。


 端的に言って最低のクズである。



  §



 王都リースに所在するヘリスト教会。

 その最奥にある執務室にて、透明感のある白髪を揺らす『聖女』は司祭であるグリム・ルーラ―と顔を合わせていた。


「……それで?」

「本日、準備は滞りなく進んでいるとの報告がありました」

「そうですか。それは嬉しい報告ですね」

「えぇ、ですが同時に……本当にいいのか、とも連絡が来ています」

「あの王女が何でもない相手を殺してくれとは依頼しないでしょう。と言っても、仮に失敗しようとも何らこちらに不都合はございません。ただ、あの王女に貸しを作れるのは我々教会にとって大きいというだけ。……すべては救済のため。改めてお願いしますとお伝えください」

「わかりました」

「期待しております」

「はい。当人にもそう伝えておきましょう」

「お願いしますね」


 そうして部屋を後にする司祭を見送り、聖女は一人椅子に腰かけ息を吐く。


「……疲れます」


 ぺたんと机に突っ伏し、息を吐く聖女。そこに扉がコンコンとノックされる。身体を起こして「どうぞ」と声を掛けると、修道服に身を包んだ少女が一人姿を現した。


「あっ、もしかしてお話は終わりましたか?」

「えぇ、もう済みましたよ。いかがされましたか?」

「えっと、お茶をお持ちしたのですが……遅かったみたいですね」

「ふふっ、いいえ。そんなことはありません。どうぞそちらにおかけください。丁度休憩したかったところです。お話のお相手になってくださいますか?」


 その言葉に、ぱぁっと笑みを浮かべる修道女。


 無邪気な笑顔を見ていると心が温かくなるのを聖女は感じた。彼女たちの為なら、まだまだ頑張らないといけないと、心が奮起する。


 同時に、じりっと心の奥底で黒い感情が渦巻く。


(……全員、死ねばいいのに)


「美味しいですね、聖女様!」

「えぇ、貴女が淹れてくれたからでしょう。いつもより数段美味しく感じますよ」

「そんなっ、えへへ、嬉しいですっ!」


 嬉しそうに頬を掻く修道女。


(……全員、私が守らなければ)


 相反する感情が胸中を渦巻き、されど聖女は気にした素振りもなくそれらを理性で押さえつけ、自らのやるべき事を見つめる。


(何はともあれ、今は奈倉千司の殺害が最優先ですね)


 紅茶を口に含み、嚥下。

 聖女は柔らかな笑みを浮かべ続けるのだった。

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