第21話 冒険者活動開始。

 翌日。王都リースに存在するヘリスト教会の前に一人の少女が佇んでいた。


 修道服に身を包み、透明感のある白髪を揺らす絶世の美少女は『聖女』と呼ばれるへリスト教最高位幹部の一人である。


 聖女が大きな木製の扉に手を掛けようとした瞬間、向こう側から扉が開かれ、中から同じ修道服に身を包んだ数人の少女が姿を現した。


「お帰りなさいませ、聖女様」

「ただいま戻りました」


 聖女は疲れを見せまいと気丈に振舞いつつ教会に入り、奥にある執務室へと足を向ける。


「何かお飲み物をお持ちしましょうか」

「では珈琲を一杯いただけますか?」

「はいっ」


 頼みごとをされたのが嬉しかったのか頬を染め、天真爛漫な笑みを浮かべて去っていく少女たちを見送ってから執務室に入り、ソファーに腰掛け背もたれに身体を預ける。


「……ふぅ」


 大きく息を吐くと同時にコンコンと扉がノック。


「グリムです」

「どうぞ」


 入室の許可を出すと、扉を開けて入って来たのは初老の男性。くすんだ金髪を後ろで結んだ彼はこの教会の司祭、グリム・ルーラ―である。


(そう言えば、私が帰ると部屋に顔を出すようにお願いしていましたね)


 それでも一息ぐらい入れたかったですが、と思っていると、グリムは苦笑を浮かべた。


「かなり、お疲れのご様子ですね」

「えぇ、ライザ王女とお話しするのは骨が折れますから」


 聖女は先ほどまでのことを思い出し胸中で大きなため息を吐く。


「出直しましょうか?」

「いえ、結構。それよりもライザ王女から一つお願いをされたので、そちらに関する処理を司祭殿にお任せしたいと考えています」

「お願い、ですか」


 それは今朝のこと。彼女の使者から王宮に来て欲しいと連絡を受けたのだ。一週間前に『祭典』のことで呼び出されたばかりだというのに、一体全体何の用なのだと頭を抱えながら赴き——ひとつの提案を受けた。


「はい、何でも……殺して欲しい人がいるのだとか」


 言った瞬間、グリムの目が細められる。


「……ほう。もちろん有事に備えてそう言った方々・・・・・・・を数名抱えてはいますが——少々不可解ですね」

「司祭殿もそう思いますか」

「えぇ、何故自分たちで行うのではなく、我々に依頼するのか。わざわざ貸しを作ってまで行うべきことなのか……」


 そう、別段人を消したいのであれば王女の私兵を用いればいい。だが、そうせずに外部に委託するとなれば——。


「理由は相手、ということなのでしょうか?」

「司祭殿は鋭いですね。私もそう考えております」

「と成れば面倒極まりないのが対象なのでしょう。はっきり言って断りたいですが……」

「王国はへリスト教に多額の寄付をなさっています。難しいですね」


 はぁ、と頭を抱えてため息を零すグリム。


「して、相手は誰なのでしょうか?」


 その言葉に、聖女は小さく息を吐き、淡々と名前を口にするのだった。


「奈倉千司……勇者だそうですよ」

「……っ、それは」


 グリムが口を開きかけた瞬間、コンコンと扉がノックされ、少女の声が聞こえてくる。


「珈琲をお持ちしました」

「……どうぞ」

「失礼します。あっ、司祭様もいらっしゃったのですか。司祭様も何かお飲みになりますか?」

「いえ、もう帰るところでしたので問題ありません。お気遣いありがとうございます。それでは聖女様、また」

「はい、司祭殿。後はよろしくお願いしますね」

「……畏まりました」


 そう言って、グリムは執務室を後にするのだった。



  §



「それじゃあ行ってくる」


 リニュに精も根も搾り取られた翌日、いつもなら日中訓練が開始される時刻に千司は王宮を出発することにした。


 全身に心地よい倦怠感を残しつつ、見送りに来たせつなたちに「いってきます」とご挨拶。その後、猫屋敷と辻本に「あとは頼んだ」と告げて、王宮を出発。


 同行するのは第一騎士団団長のセレンと、専属執事のライカの二人である。

 二人とも紺色系統の髪色なのに加えて美人。両手に花という奴である。


「それで、まずはギルドに向かうのだったか?」


 そう言って、妙な視線・・・・を向けてくるセレンに、千司は気付かないふりをしながら答えた。


「いえ、先に宿屋に向かおうかと。荷物を下ろしたいというのもありますが、セレン団長にはその服を着替えていただきたいと考えています」

「服を?」


 小首を傾げる彼女が着ているのは、見慣れた騎士の制服だ。


「はい。騎士の制服は目立ちますので、勇者を襲う勢力が存在していることを考慮すると着替えた方が無難かと。篠宮達のように集団で行動していれば別ですが、今回は少人数。わざわざ騎士や勇者であることを明かし、居場所を晒す必要はないでしょう」

「なるほど、理解した」


 首肯が帰ってきたのを確認してから、千司はライカに目配せ。


 彼は無言のままに頷き「手近な宿に案内します」と言って道案内を始めた。相も変わらず有能執事。夜のお世話まで完璧なのだから文句のつけようがない。


 宿屋へ向かう道すがら、ふと千司は思い出したことをセレンに尋ねた。


「そう言えば昨日、何やら話があると言っていましたが何だったのでしょうか?」

「む、そうだった。いやなに、これから冒険者として活動するのなら、その堅苦しい話し方はやめないか、と思ってな」

「どうしてでしょうか」

「簡単な話、戦闘中に長々と言葉を交わすのはあまり推奨される事柄ではないからだ。昨日は他の勇者も居たからな……特別扱いしていると見られないよう、出発してから提案しようと思っていたのだが、すっかり忘れていた」


 馬鹿なのか考えているのか分からない女だなぁ、などと失礼極まりない事を考えつつ千司は首肯を返した。


「わかりまし……あぁ、いや。わかったよ。……落ち着きませんね」

「難しいなら平時は今まで通りでも構わない。ただ、戦闘が始まれば言葉遣いは気にしないでいいと伝えたかっただけだ」

「そうですか。なら、基本はこのままでいきたいと思います」

「そうか」


 そうこうしていると宿屋に到着。

 案内されたのはいたって平凡な宿屋だった。


 男女別で横並びに二部屋借りると、セレンは着替えのために部屋へ引っ込んでいった。千司も荷物を置きに部屋に入り——。


「ベッドが近いですね。離します」

「いやいや、俺は気にしないぞ?」

「いえいえ、そんな恐れ多いです」


 遠慮するライカを説得しつつ荷物を置き、部屋を出て廊下で待っていると、早々に着替えを終えたセレンが姿を現した。


 いつものぴしっとした騎士の制服とは違い、街中でもよく見かけたごくごく普通の姿である。姿勢が良いのと、髪質が綺麗なのが少々違和感だが、一見しただけでは誰も騎士とは思わないだろう。


「セレン団長のそういう姿は新鮮ですね」

「あぁ、私も久しぶりだ。……おかしな点はないだろうか?」

「よくお似合いですよ」

「そうか、ならいい」


 その場でくるりと回って自分の姿を確かめると、満足気に頷くセレン。

 千司はそんな彼女を連れて、冒険者ギルドへと向かうのだった。



  §



 王都の冒険者ギルドには何度も足を運んでいるが、こうして日中に訪れたのは初めてのことだった。夜との違いとしては全体的に人が多い物の、併設された酒場の客が少ないという事か。


(当然と言えば当然か)


 昼間から飲んだくれるのは愚の骨頂。

 多種多様な冒険者の会話を耳にしつつ、千司はライカに尋ねた。


「それでライカ。冒険者になるには登録が必要なんだったか?」

「はい、あちらの受付で行います。私は過去に登録済みなので必要ありませんが——」


 ライカは隣のセレンを見やる。


「ふむ、なら私と奈倉千司の二人で登録してくるとしよう」


 セレンと二人で受付に向かうと、以前メアリー・スーとして冒険者登録をした際に担当した職員が居たので、声をかける。


「すまない、冒険者登録をしたいのだが、ここでいいか?」

「はいはーい、問題ないですよ。それじゃあ登録料として一人3,000シルいただきまーす」

「わかった」


 以前は閉店直前だったので賄賂を渡して登録したが、今回はそんな必要もない。二人合わせて6,000シルを支払い、前回同様カードとナイフを渡される。


「それじゃ、ここに血を垂らしてください。ステータスを測定しますので」


 指をさくっと刺してカードに垂らしてステータスを測定。

 あとは名前を伝えた後、ギルド側の作業が終われば登録は完了となる。


 千司は『ナクラ』で、セレンはそのまま『セレン』で登録。

 家名を持たない人間も多いので、特段怪しまれることもない。


「えっと、ナクラさんとセレンさんですね……おぉ、二人とも凄まじいステータスしてますね。これ、数日前に来た勇者たちに匹敵しますよ」


 その言葉から察するに、どうやら千司たちの正体には気付かなかった模様。この世界において黒髪黒目は珍しい物の、エルドリッチの部下であるミリナ・リンカーベルのようにいない訳ではない。


 セレンもどこか品のようなものを感じるが、イコール騎士につながるわけではなかったらしい。


「へぇ、勇者が来たのか」

「えぇ、一週間ぐらい前に」

「てっきりもう魔王討伐に向かってると思ってたが……俺と同じぐらいとはなぁ」

「まぁ、焦ってやられるよりはましですよ~。勇者は我々と違ってレベルの上限がないらしいですし、これからどんどん強くなるんでしょうね~。『もっと強くなるためにきた!』みたいなこと言ってる人も居たので」


 思い出すように語る受付嬢。

 しかしその表情はあまり芳しくない。

 挙句の果てにはため息まで吐いてしまう始末。


 そんな彼女に嚙みついたのはセレンだった。


「……貴公は勇者の成長が嫌なのか?」

 

 鋭い視線を受付嬢に向けるが、彼女は気付いた様子もなくカウンターの隅の埃を指でなぞりながら続ける。


「いやぁ、強くなること自体は歓迎しますよ? そりゃそうですよ、魔王を倒してくれる救世主様なんですから。でも、強くなるためにダンジョンのモンスターを片っ端から倒されれば他の冒険者の方々が困りますし……何よりその苦情を聞く私が疲れます」


(そう言えばこの受付嬢は愚痴が多かったな)


「要は加減して欲しいということか?」

「そう、その通り! モンスターを狩るのは良いけど狩り尽くされると困るってことです!」


 それは正論だろう。

 しかしセレンは納得いっていない様子で再度口を開こうとし——その前に千司が口を挟んだ。


「なるほど、ならば俺たちも狩り尽くさないように気を付けないとな」

「あっ、ほんとですよ! 強いんですから注意してください。他の冒険者からぐちぐち言われるの、本当に面倒臭いんで! ——と、登録が完了しました。こちら冒険者証明書です」


 そうして渡された証明書には『銅級』の文字。


「今は銅級ですが、お二人とも素晴らしいステータスをしていますし、話してる感じモンスター討伐の経験もありそうなのですぐにランクアップするでしょう。頑張ってください」

「わかった、ありがとう」

「いえ、それでは」


 そう言って未だ不服そうに顔を歪めるセレンを連れて離れると、彼女はまた妙な視線・・・・を向けながら問うてきた。


「……いいのか?」

「何がでしょう?」

「さっきの女の言い草だ。貴公らは頑張っている。友を殺され、自らも殺されそうになりながらも頑張ってくれている。それを、あのように言われて腹は立たないのか?」


 欠片も腹が立たないし、何ならもっと悪評を広めて欲しいと思ってやまない千司であるが――しかしそんな事はおくびにも出さず、淡々と答える。


「正直いい気はしませんが、言いたいことも理解できます。我々に危害を加えるつもりならしかるべき対応を取りますが、そうでないのなら目くじらを立てる必要もありませんよ」

「そう言うものなのか?」

「そう言うものです。少なくとも俺は」


 釈然としない様子のセレン。

 そんな彼女を連れてライカの下へ戻ると……そこで千司は驚くべき光景を目撃した。


「お姉ちゃん可愛いね~」

「一人ならうちのパーティー来ない?」

「新人なら俺が手取り足取り教えてやるからさ~」

「ほら、酒奢ってやるからその後は俺の部屋で……」

「てめー抜け駆けとか許さねーぞー?」


 ライカが数人の男からナンパされていたのだ。


「え、えっと、あの、その……」


 愛想笑いを浮かべながら距離を取ろうとするライカを見て、隣に居たセレンが苦笑を浮かべる。


「見目麗しい男だとは思っていたが、まさかこれほどとは」

「俺もびっくり。ちょっと助けてくる」


 そう言って千司はライカと男たちの間に乱入。

 若干怯えた様子のライカの肩を抱き寄せると、一言。


「悪いけど、こいつは俺のだから見逃してくれ」

「な、奈倉様……」


 どこか感極まったようなライカの声を受け、ナンパに集まっていた男たちは各々舌打ちを零して散っていった。


「大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

「構わん。ライカは大事な執事だからな」

「奈倉様……っ」


 キラキラとした視線で見つめてくるライカ。


「お礼は今夜ゆっくり聞くよ」

「奈倉様……」


 失望の視線で見つめてくるライカ。

 感極まったり失望したりと忙しい男である。


 そうこうしている内にセレンが合流。


 千司とライカを見比べ「へリスト教は一夫多妻を認めない。……だが、相手が男の場合はどうなるんだ?」と自身の信仰する教義にうんうんと頭を悩ませていた。至極どうでもいい。


 悩むセレンを連れて次に千司たちが向かったのは、ギルド内にある依頼の張り出された掲示板。そこには王都の住民や、周辺の村々から寄せられた依頼が張り出されていた。


 冒険者の仕事は主に二つ。


 ダンジョンに潜りモンスターを討伐、魔石を回収してギルドに売却すること。


 そしてもう一つが王都の外や周辺の村々の近くに出現したモンスターを討伐し報奨金を受け取ることである。要は日本で言うところの害獣退治に近い。


 ただ当然ダンジョン外のモンスターにもレベルの概念は存在している為、ただの動物と侮れば命の危険はある。


「ダンジョンは以前行ったし、適当な依頼を受けてみるか」

「ならばこれなどどうだろうか?」


 そう言ってセレンが指さしたのは王都の周辺で確認されたオーク十匹の討伐依頼。王都に向かう行商人の馬車などが襲われ被害が出ているとのこと。


「理由はなんでしょう?」

「オークはでかいから索敵が楽だ」

「わかりました。それで行きましょう」


 という訳で依頼を受注。

 武器の確認してから、早速王都の外へと出発した。




—————

あとがき

 ようやく異世界モノの定番である冒険者になりました。

 それはそうと千司くんはライカくんのこと好きすぎ。

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