第20話 別れを告げて
エルドリッチたちとの会談を終えた千司は、一人自室で頭を回す。
今回の話し合いに置いていくつか情報収集できたが、その中でも素晴らしかったのはエルドリッチに化けていたウィーザと名乗る魔族が、自らを幹部と自称したこと。
(……確かに、可能性は充分にあった)
この世界の人間は現代日本に比べて馬鹿が多い。
それは千司が優れているという意味ではなく単純に教育水準の話だ。
その点、ウィーザは帝国の軍人に変装して入れ替わり、人類側に潜入及び妨害工作を行っていた。と成れば、必然それに見合った能力を有している証左である。
(話からしてエルドリッチの部下たち……ミリナたちは入れ替わりに気付いていない。その立ち回りに加えて、魔法学園で見た戦闘能力を加味すれば……むしろ幹部が妥当。あれで一兵卒なら人類は勇者を召喚する間もなく滅んでるだろう)
千司の今後の目標としては、エルドリッチの信用を勝ち取り、魔王との橋渡しをしてもらう事。寝返り人類を滅ぼすにしろ、勇者を全滅させたのち魔王を殺すにしろ、接触しておくのに損はない。
ただエルドリッチ曰くそこまでの信用を勝ち取るにはまだ足りていない。
確実性を得るには——。
(白金級勇者を一人は殺すべきだな。……まぁ、俺の目的とも合致してるし何も問題はない。白金級を殺す作戦と成ればエルドリッチも手を貸すだろうし……面白くなりそうだ)
千司は脳内で長期目標と短期目標を定める。
・長期目標、魔王との接触。
・短期目標、白金級勇者の殺害。
(いや、殺害は中期目標か。短期目標としてはその下準備……そうだな。猫屋敷たちに
などと考えている内に眠気が襲ってくる。
これ以上考えても無駄と判断した千司は、思考を切り上げ、睡魔に抗うことなく意識を手放すのだった。
§
翌朝も千司はいつもの時間に目を覚ます。
ライカにモーニングセクハラをして元気を補充した後、リニュと合流して早朝訓練。
その後、せつなや文香、松原らと朝食を摂ってから日中訓練に参加し、リニュと実戦形式の訓練で汗を流す。訓練が一通り終わると、斎藤や二階堂に話しかけて交友を深める。
そんないつもの流れを繰り返しつつ、しかし本日は違った。
千司はタイミングを見て、休憩に入った猫屋敷に声をかけた。
「猫屋敷、少しいいか?」
「ん、なに?」
「ここじゃちょっと……顔を貸してくれ」
小首を傾げつつも「わかった」と頷く猫屋敷。
その際、やり取りを訓練中の辻本に気付かせるのも忘れない。
一瞬気を取られたせいかリニュにボコられる辻本を横目に、千司が連れてきたのは訓練所から少し離れた木陰。
心地よい風に揺られて木々の葉がさらさらと揺れている。
「で、今度は何?」
到着するなり、タオルで汗を拭いながらジト目を向けてくる。
「そんなにツンケンしないでくれよ」
「内容によるわね」
腕を組んで眉間に皴を寄せながらも、一応は話を聞く姿勢を見せる猫屋敷に内心感謝。千司は僅かに悩む
「実は話しておきたいことがあって……今度、王宮の外で訓練できないか調べてこようと思っている」
「……はぁ? それって、要は前やったみたいにダンジョン的なところに行って、モンスターを討伐する……ってこと?」
困惑の表情を浮かべながらも、必死に意味を飲み込もうとする猫屋敷に、千司は首肯を返す。
「そうだ。と言ってもダンジョンに限るつもりはないが……下級勇者を連れて行っても大丈夫なのかどうか、安全確認と言ったところだ」
「……それ、本気で言ってるの?」
「あぁ」
「あ、あれだけ大見え切って……クラスがバラバラになってでも篠宮くんたちとは別の道を選んだのに?」
「そうだ」
「……」
猫屋敷は閉口。
瞑目し、数度深呼吸するとゆっくりを目を開ける。
そして落ち着いた様子で木の根元を指さして呟いた。
「とりあえず、座っていい?」
「もちろん」
そう言って腰掛ける猫屋敷の隣に、千司も腰を下ろす。
「で、なんで?」
手短に伝えられた疑問に、千司はあらかじめ用意していた答えを述べる。
「簡単な話だ。強くなるために実戦形式の訓練は必要不可欠だ」
「……だったらなんで篠宮くんたちと——あぁいや。そっか、喧嘩したのは安全性の問題、だっけ?」
篠宮たちと言い争った日を思い出す猫屋敷。
そう、千司と篠宮たちが決別したのはあくまでも『安全性』の観点から。
全員の安全が最優先と考える千司に対し、多少無茶してでも強くなるべきだと説いたのが篠宮や倉敷である。
「そうだ。俺はあくまで安全マージンの取れていない状況で、危険な訓練などさせられないと考えるだけで、訓練自体は否定していない」
「……それは、わかったけど……でも、何で奈倉くんが? 別に騎士団の人たちに任せるとか方法はいっぱいあるでしょ? そんな、安全を確かめる為って……要は奈倉くんが一番危ないじゃん」
「それはそうだが、仕方ない。異世界人の安全基準が俺の求める物と乖離している可能性が拭えないからな」
「奈倉くんにとっての安全の基準って?」
「しいて言えば、日本基準で安全と呼べる環境だ」
「……そっか」
小さく呟いた猫屋敷は、体育座りになって膝に顔を埋め、どこか遠くを見つめながら何かを考えていた。
(やっぱ、こいつ顔良いよな)
モデルは伊達ではないという事か。
物憂げな表情を浮かべているだけなのに、妙に絵になる。
心地よい風が猫屋敷の黒髪を揺らし、鳥のさえずりが耳朶を打つ。
少し離れた所からは訓練に励む勇者たちの声が聞こえ——されどこの場に居るのは千司と猫屋敷の二人だけ。
数秒の沈黙の後、猫屋敷は掠れるような声で吐き出した。
「……ねぇ、戦わなきゃ、いけないの?」
独白にも似たそれは、おそらく猫屋敷景という少女の本心。
「嫌ならいい。無理強いはしないし、それでも俺は猫屋敷を守る」
「……嘘、冗談」
「そうか」
淡々と答える千司に、猫屋敷は小さく苦笑を浮かべた。
「それで、調べるって具体的にはどうするつもりなの?」
「冒険者になって数件依頼を受けようと考えている」
「ならしばらく王宮には帰ってこない感じ?」
「いや、数日に一回は帰るつもりだ。ただライカ……あー、俺の執事曰く、依頼によっては日をまたぐこともあるらしいから、その辺りは臨機応変にって感じだな」
実際はライカではなく冒険者から情報収集している時に知ったのだが、関係ない。
「なるほどね」
「といっても、まだ王女様に許可を貰ったわけでもないし、無駄になるかもしれないが」
「なーんだ」
「ただ、俺がそんなことを考えてると、猫屋敷に伝えておきたかっただけだな」
その言葉に、猫屋敷は顔を上げて小首を傾げた。
「……なんで、私?」
「そりゃ、俺が居なくなれば猫屋敷にリーダーを任せるつもりだからな」
「私が~? 無理だって」
「そうか? 俺は適任だと思うが」
それは半分本音で半分嘘。
はっきり言って彼女より頭の切れる者はいるし、決断力に優れた者もいる。ただ、王宮残留組のほとんどが下級勇者な都合、上級勇者である猫屋敷の発言権はそれなりに大きなものになる。
加えて、現リーダーである千司がよく相談を持ち掛けていたり、極めつけはその優れた容姿。
(求心力を集める要素は充分。ただ、能力が見合ってるかと言えば微妙。……一つの失敗で一気に失望されるタイプだが、それはそれでいい。任せられたのに失敗し続け曇る猫屋敷……いいな)
「嬉しいけど、無理だって」
「なら、辻本あたりと協力すればいいんじゃないか?」
「……またそれ。……はぁ、わかった」
ため息交じりの首肯を確認してから千司は立ち上がり、猫屋敷に手を差し伸べる。
「それじゃ、そろそろ戻るか」
「だね。……っしょと。でも、もしライザさんに断られたらどうするの?」
千司の手を取って一気に立ち上がった猫屋敷からの問いに、千司は逡巡。
(まぁ、ライザちゃんの性格ならまず断ることはないと思うが……)
「その時は、また別の案を考えるさ」
適当に濁して、千司たちは日中訓練に戻るのだった。
§
「——という訳で、外で活動しようと考えているのですが、問題ないでしょうか?」
日中訓練が終わり、リニュに頼んでライザに話を通してもらった千司は夕食を食べてから彼女の執務室に赴いていた。
先ほど猫屋敷に伝えたものに加え、より詳細な内容を語った千司に対し——ライザは紅茶を口にして唇を濡らしてから、ゆっくりと人好きのする笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね。えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。これまでの我々の失態を鑑みれば、奈倉様自ら動きたいと考えるのも当然。これを拒むことなど出来ませんとも。……ただ、お一人で行かれるのですか?」
その問いに千司は首を横に振る。
「いえ、勇者からは私だけですが、なにぶん異邦人の身。周りの世話などを含めて執事のライカを連れて行きたいと考えておりますが……こちらも大丈夫でしょうか?」
「えぇ、もちろん。もし本人が断るようなことがあれば私から命令を出すことも出来ますので」
「ありがとうございます。しかし、彼には既に色々とお世話になっていますので、あくまでも彼自身の意思を尊重する形で、私の方から頼んでみます」
「分かりました。では断られた際はこちらから一人派遣しましょう。そして、それとは別に護衛も必要ですね」
わかってはいたことだが、その言葉に千司は内心頭を抱える。
(いらない! 自由に動けなくなるし、何よりライカきゅんと二人きりで行動したいから!)
護衛とか言うお邪魔虫は全力でお断りしたいが、そんなことは不可能。
千司は粛々と「お手数をお掛けして申し訳ありません」と頭を垂れる。
「いえいえ、少しの危険もなくしたいというのは私も同じ思いですので」
今までの犠牲を憂いたように、どこか悲しそうな表情で頭を抑えるライザ。
千司は『偽装』で取り繕いつつ、彼女を睥睨した。
(まぁ、護衛と言うより十中八九監視だろうな)
正直、千司はライザからどれ程の疑いを向けられているのかはっきりと理解できていなかった。
これまで何度も
人を観察することは得意であるし、エルドリッチ相手でも嘘を吐かれれば何となく察することができる。
しかし目の前の女は別だ。
表情、声、細かな所作に至るまで、何も読み取ることができない。
分かるのは彼女自身が『読み取らせよう』として見せる動きのみ。
その本心は欠片も理解できない。
千司とて『偽装』を使えばマネできるが、彼女の場合は素でやってのけるあたり格が違うと理解している。
(正直、まったくもって勝てる気はしないが……しかし)
だからこそ、信じられる。
ライザ程の優秀な人間なら、奈倉千司を『裏切り者』容疑者筆頭と考えているだろう、と。
故に、千司に付けられるのは護衛、ではなく監視者。
外で活動するのを止めなかったのも、その方がぼろを出すと踏んだからと見て間違いない。
『裏切り者』容疑者が、外で活動したいと言えば、これ以上に怪しいことはなく、外で何か動くつもりなのは明白。ならば——動くと分かっているのだから、そこを抑えればいいとの判断なのだろう。
(が、それならこちらも想定して動けばいい)
監視として寄こされるのは騎士だろう。
それも、これまでの千司の行動を鑑みれば男。
上記の条件に加えて、
しかし彼は現在留守。
(オーウェンだけが最悪だったが、それ以外なら適当にだまして動かすのも難しくはないはずだ)
「そうですね、誰が適任でしょうか」
静かに千司を見つめながら考え込むライザ。
視線がかち合い、息をするのも忘れそうな美貌に思わず見惚れる。
「すぐに決まらないのでしたら、もう夜も遅いのでまた明日にでも——」
「いえ、決まりました」
千司のリズムを崩すように口を挟むライザ。
彼女は花のような笑みを浮かべ、桜色の唇を動かし、ある騎士の名を口にする。
「では、セレン団長にお任せしましょう」
それを受け、千司は一瞬困惑した。
女で、実力はアリアに敗北歴アリ、頭はお察しで、王家への忠誠心と言うより、へリスト教への忠誠心が高い人物である。
「……よろしいのですか? 彼女は王都を守る第一騎士団の団長。私一人の護衛としては過剰戦力に思えるのですが」
セレンはアリアやオーウェン、リニュなどと比べると、それぞれ劣る部分こそあるが、しかし全体的に見ればその実力は超一流。オーウェンや異常者のアリアにこそ届かないが、それでも騎士全体で考えれば優秀と言って差し支えない。
そんな彼女が、下級勇者一人の護衛として使われる。
はっきり言って異常以外の何ものでもない。
ライザは笑みを崩すことなく告げる。
「過剰などと、その様なことはありません。奈倉様の護衛と成ればむしろ足りないぐらい。ですが人員を割くと色々と面倒でしょう。なので、実力の確かな彼女をあてがったのですよ。本当はリニュに任せてもよかったのですが……何分、深い仲のご様子。今、彼女に子を成されるのは困りますので」
「そんなことはしませんよ。ですが、過分な評価ありがとうございます」
「いえいえ。では、セレン団長に任せるという事で、よろしいですね?」
「はい」
何もよろしくないし、ライザが何を考えているかは判然としないが、仕方がない。
(……ライザちゃんは苦手だな。アリアぐらいわかりやすいと楽なんだが……いや、それはそれで嫌だな)
疑いを持たれた時点であへあへ言いながら殺されそうだ、などと益体のないことを考えながら、千司はライザと話を詰めた後、自室に帰るのであった。
§
話し合いの末、出発は明後日に決まった。
千司に同行するのはセレンとライカの二人。
セレンには護衛兼戦闘要員として、ライカにはその他サポートを任せる。
「と、考えてるんだが、構わないか?」
「事前に伝えていただきたかったですが……構いません。この身は奈倉様に預けると契約しましたので。私は貴方の言うとおりに動きます」
「あんがと」
感謝を述べてから、ライカを部屋に帰す。
本当はこのままベッドインしたかったが、レーナに話す時間を作ってあげる優しいご主人様を演出するためなので仕方がない。
明日も早い為、千司は早々に眠りにつくのだった。
§
翌日、千司は日中訓練の際に下級勇者それぞれに、外で市場調査してくる旨を伝えて回る。反応は千差万別、明確に嫌悪感を示す者こそいなかったが、喜んで送り出す者もまた少なかった。
仕方がない。
何故ならここまでの流れは、かつて上級勇者たちがなぞったものと同じなのだから。
安全性の有無という明確な違いはあるけれど、
(まぁ、この状況で輪を乱すほど馬鹿な奴も居ないよな)
仮に王宮にとどまった勇者の中に大賀が居れば、それはもう面倒極まりないことになっていたに違いない。彼には上級勇者たちの環を乱していることに期待する。
因みに、せつなと文香の二人はかなり否定的な態度を示していた。
危険、嫌だ、行かないで、と引き留められたのでよしよしと慰めつつ、これもみんなの為だなんだと詭弁を弄して煙に巻く。
一方で松原は「千ちゃんの言う事なら全部正しいから、頑張ってね」といつもの全肯定を見せ、その様子をレーナがため息交じりに眺めていた。
「奈倉千司。今朝王女から伝えられて驚いたが、明日からよろしく頼む」
勇者全員に一通り説明を終えた千司のもとにやって来たのは、綺麗な紫紺の髪を揺らすセレンだった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。こちらこそ、よろしくお願いします」
「あぁ……だが、ふむ」
何かを言いかけ、言い淀み、顎に手を当て、周囲と見回すセレン。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。明日伝えることにする」
「わかりました」
「では、明日の準備もあるので私はこれで」
「はい」
踵を返して去っていくセレンを見送っていると——背後から殺気。
「……っ」
慌てて回避すると、先ほどまで立っていた場所にリニュの蹴りが振り抜かれていた。ジトっとした目で見つめてくる彼女は唇を尖らせてぼやく。
「浮気者」
「必要なことだ、バカ」
「分かってる、分かってるが……あぁ、くそ。センジといると、アタシが面倒くさい女になってる気がして嫌になる」
「安心しろ、気がしてるんじゃなくてなってるから」
「……っ! この生意気な……!」
口端を引きつらせ、剣を構えるリニュ。
「今更だな」
千司も剣を構え——フェイントを織り交ぜながら肉迫。が、当然通じるわけもなく振り下ろした木剣は防がれ鍔迫り合いに。リニュの顔がすぐ目の前に来て、息遣いまで聞こえる距離の中、彼女は周囲の勇者に聞こえない声量で呟いた。
「浮気じゃないなら、今夜アタシの部屋にこい」
「変態」
「うるさい。お前がアタシのだってことを身体に刻んでやる」
「はいはい」
会話が終わると、一瞬で剣をはじかれる千司。
リニュは馬乗りになり、頬を紅潮させながらいつもの言葉を吐くのだった。
「ははっ、アタシの勝ちだ。ざこセンジ♡」
勝気の中に妖艶さを感じるリニュ。
千司はいつか彼女の心を徹底的にへし折ると決意。
そしてその日の夜、千司は言われた通りリニュの部屋に赴き——彼女が寝落ちするまでしっぽりと搾り取られるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます