第22話 初めての依頼

 依頼書に書かれていたオークの目撃情報の場所までは、徒歩で二時間ほどの距離である。


 千司たちは昼食を購入した後、早々に王都を出発した。


 それぞれの役回りとしては千司とセレンが戦闘要員、ライカは基本的に荷物持ちである。と言うのも、先ほど彼のステータスを確認したところ、全体的に90~150の数値を推移していたからだ。


 異世界人全体から見ると特出して低いという訳ではないが、不安の残る数値。特に今回はどの程度までなら勇者が安全に実践訓練を積めるかという調査である。


 下級勇者からしても劣る彼のステータスを考えると、次回以降は宿でお留守番させるのが正着だろう。


(万が一にも死なせたくないしなぁ)


 殺すにしてもこのようなくだらない死ではなく、その綺麗な顔を絶望に歪めて殺したい。


 それに、家に帰るとライカが待っている生活……実に悪くない。


 そうこうしている内に千司たちは目的の場所に到着した。王都周辺に広がる森の入り口である。草木がうっそうと茂っており、日中にも関わらず中は薄暗い。


「情報によるとこの先に住処を構えている可能性が高いらしい。念のため、ここからは武器を抜いて進むぞ」

「わかりました」


 剣を引き抜き森の中を進むこと十分。

 木の根が多く歩きにくい道に加え、代り映えのしない景色に飽きてきた頃、前方に少し開けた空間を発見。


 そこに目的のモンスターを見つけた。


 『オーク』――体長は二メートル前後で、筋骨隆々とした肉体に灰色の体毛を生やした、二足歩行する豚である。それぞれの手には棍棒や錆びた剣が握られていた。


「数は報告通り十。奥の一番でかい奴が頭目と見て間違いないだろう。……いけるか、奈倉千司」

「問題ありませんよ。……それと、戦闘中はどうぞ奈倉と呼んでください。フルネームは長いですから」

「……わかった。では奈倉、三秒後に奇襲をかけるから合わせろ」


 小さく首肯し、指でスリーカウント。


 三、二、一、——今、と千司たちは身を潜めていた草むらから同時に飛び出した。


 オークたちはまだ気付いていない。

 二人は素早く接近すると、一番手前に居た二匹を容赦なく切り殺す。


 リニュから教わった剣術と、高いステータスにより振り下ろされた一撃は、オークの巨体を易々と一刀両断。血飛沫が舞い、肉塊が崩れる。


「次だ奈倉」

「分かってる」


 ようやく闖入者に気付いたオークが各々の武器を手に迎撃を試みるが、すべてが遅い。千司たちは欠片も速度を落とすことなく急所を突いて殺害、屍を積み上げていき——気付けばセレンが頭目と言っていたオークの一匹となっていた。


 他の個体と異なり身体が大きく、その身には冒険者からはぎ取ったのか金属鎧を纏っている。


 だがその瞳に戦意は無く、全身をがくがくと震わせながらゆっくり後退。やがて意を決したように地面を蹴り付け砂を巻き上げると、踵を返して森の奥へと駆けだした。


「私が追おう」

「いや、屈めセレン」


 追撃しようとしたセレンに一声かけると、彼女は即座に反応して身を引くくし——瞬間、千司は手にしていた剣を投擲した。


 屈んだセレンの頭上を駆け抜けた銀線は、逃げるオークの後頭部に突き刺さる。確かめるまでもなく即死だ。


「やるな」

「そっちこそ、良く反応した」


 互いの健闘をたたえ合いハイタッチ。セレンに対して仲間意識を植え付ける為であるが……彼女はかすかに口元を緩めた瞬間、小さく咳払いをしてから一歩離れ、剣に付着していた血を切り払う。


「奈倉……千司も、出来るだけ早く血は拭っておけ。錆びる」

「……そうですね」


 口調を戻しつつオークの後頭部に突き刺さっていた剣を抜き、軽く振るってから布で血を拭う。その際、剣を反射させて後方に居るセレンを見やると、相も変わらず鋭い視線を向けていた。


「それにしても、想像以上に弱かったですね」


 千司は気付かないふりをしつつ、積み上げられたオークの屍を睥睨しぼやく。


(……まぁ、それも当然と言えば当然か)


 ダンジョン外に生息するオークのステータスは、まだ異世界に召喚されたばかりの頃に戦ったキュプロクスと同程度か少し低いぐらい。


 碌にレベルも挙げていなかった当時ですら倒せたのだから、現在の千司が苦戦するはずもなかった。


 地道な訓練を重ねた結果、千司のステータスは以下の通り。


 ―――――

 奈倉千司

 Lv.51

 職業:剣士(偽装中)

 攻撃:680

 防御:540

 魔力:0

 知力:750

 技術:600

 —————


 異世界全体で見てもかなり上位に食い込む数値である。

 アシュート王国の騎士が相手でも、一対一なら何とか。『偽装』込みなら大半の者には圧勝できるだろう。


(まぁ、それでも上級勇者には届かないし、白金級は雲の上。ステータスだけで見ればセレンやアリアよりも低いし……ん~、先は長いなぁ)


 セレンやアリアは全体的に1000前後。そこに剣術や戦闘経験が組み合わさればステータス以上に高い戦闘能力を有する。因みにオーウェンはアリア曰く1500前後とのこと。


(それでもライザちゃんには敵わないってんだから、もう意味わかんないよあの王女)


 内心ため息を吐いていると、セレンが口を開く。


「オークが弱いと感じるは当然のことだ。そもそもこんな街の近くに騎士団長である私や、勇者である貴公が苦戦するほどのモンスターなど生息しないのだからな」

「そうなのですか?」

「あぁ、仮に現れようものなら冒険者ギルドになど依頼されん。その前に騎士団が派遣され、早々に討伐がなされる」


 言われて見れば当然のこと。

 この世界において、冒険者は強者ではない。

 冒険者と騎士——否、庶民と貴族の間には超えられない絶対の壁が存在するのだから。


「それもそうですね。……となれば、実践訓練はダンジョンで行うのが最適なのでしょうか」

「いや、経験と言うだけならこちらでも問題はないだろう。特にダンジョンはどうしても閉鎖空間での戦闘となる。が、貴公らが将来的に戦うのは外、ダンジョン程音は響かないし、環境や地形によって戦闘方法も変わってくる」

「なるほど、大変参考になります」


 セレンに礼を述べると、話が終わるのを待っていたライカが声をかけてきた。


「奈倉様、お話が終わったのでしたら、討伐証明のためにオークの右耳を回収してください」

「あー、そうだったな」


 冒険者ギルドにてモンスターの討伐依頼を請け負うと、討伐証明として指定された部位をギルドに提出しなければならない。オークに関しては右耳がその証明であった。


「そんなものが必要なのか」

「そうみたいです。セレン団長も手伝ってください」

「わ、わかった」


 おずおずと言った様子でナイフを手にすると、オークの亡骸に近付き右耳に刃先を入れるセレン。その表情は蒼く、手は震え、奥歯をガチガチと打ち鳴らしていた。


(……へぇ)


 涙目になりながらもゆっくり皮を先、肉、軟骨を切り離して何とか一つ回収したセレンは、大きく深呼吸した後、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「すまないが、これは二人でやってもらえないだろうか」

「……そうですね。頼めるかライカ?」

「はい、畏まりました」


 軽く首肯し、てきぱきと亡骸から右耳を最終する美少年執事。

 そんな彼を横目に、セレンに問うた。


「こういうのは苦手なんですか?」

「あぁ、殺すのは問題ない。モンスターであろうと、人であろうと、私は容赦なく剣を振おう。亡骸を運ぶのも問題はない。戦死した仲間の遺体を運んだことももう数えきれない。……が、それを損壊することは、どうにも無理だ。ふがいない私を許してくれ」

「まぁ、分からない話でもないですよ。死んだ肉は、妙な忌避感を覚えますからね」


 セレンに寄り添うように千司は嘯く。


 本当は欠片も分からない。

 誰を殺そうと、例えその亡骸を損壊させようとなんとも思わない。だからと言って、アリアの様にあへあへと興奮することもないが。


 千司が望むのは、ただその果てに誰かが嘆き苦しむ様だけである。


 岸本と富田が無残な姿で死んでいた時も『グロいなぁ~』と思った程度。そんなことよりも吐しゃ物をまき散らしながら苦しむ新色に興奮していたのを隠すので精いっぱいだった。


「それにしても、外だとやっぱり吸収されないのですね」

「吸収?」

「えぇ、ダンジョンでモンスターを殺した時は地面に吸収されていくじゃないですか。でも、このオークたちは違う。何故なのかと思いまして」


 千司のつぶやきに、セレンは頭を抑えながら空を見上げた。


「さてな。ダンジョンに関しては分からないことが多いから。仮に解明されたとしても私の頭では理解できないだろう」


 淡々と呟くセレンに耳を貸しつつ、千司は切り終えたオークの右耳をライカに渡す。後はこれをギルドに提出して報酬を受け取れば依頼は達成だ。


 耳の数を数えるライカを眺めていると「そう言えば」と何かを思い出したようにセレンが口を開いた。


「どうかしましたか?」

「いや、そう言えば昔、へリスト教の司祭が話しているのを聞いたことがある」

「ダンジョンについて、ですか?」

「あぁ、もう十年以上前のことだし、当時のことはあまり思い出したくはないのだが……先代の聖女とグリム司祭が何事かを話していて……そう、二人はダンジョンのことをこう呼んでいたんだ」


 セレンは空を見上げていた視線を下ろし、千司を真正面から見つめて告げた。


「——墓標、と」

「墓標、ですか」

「あぁ、詳しくは知らないし、それを私が聞いてよかったのかもわからんが……いや待て、そうなれば貴公に教えてよかったものなのかもわからんな。む? い、いかん! 今のは忘れてくれ! ライカもだ!」


 慌てた様子で頭を抱えるセレンに、千司とライカは苦笑を浮かべて顔を見合わせる。


「「それは流石に……」」

「むぅ……はぁ。まぁ、ダメだったらその時はその時か。正直知ったところでなにがあるともわからないし……気になるならライザ王女にでも尋ねてみると言い。あのお方なら、知っているかもしれぬからな」

「件の司祭殿にお話を伺うことは出来ないのですか?」

「できないことはないだろうが、王女の方が話を通しやすいだろう。へリスト教は国教だが、王国との間に上下関係があるという訳ではないからな」


 要するに、ヘリスト教とアシュート王国は別の組織であり、王国に召喚された勇者の言うことを聞く義理はないという事なのだろう。


 一方で、王女は同じ組織なので話しが通しやすい、と。


「……では機会があれば是非聞いておきたいと思います」

「うむ、わかったら教えてくれ。私も気になる」

「……そうですか」


 先ほどの失言のことなどすっかり忘れてけろっとした態度を見せるセレンに、千司は内心で大きなため息を吐くのだった。



  §



 森から出た千司たちは昼食を摂ってから王都へと戻った。


 オーク討伐と言う血なまぐさい出来事さえなければ、気分はさながらピクニック。


 王都に到着した頃にはすっかり夕方だった。


 千司はライカに荷物を宿屋に置いてくるように指示。今日はこのまま王都に宿泊するので、手ごろに夕食を摂れるところも見繕っておいてくれと頼む。


「畏まりました」


 と告げて去っていくライカを横目に、千司とセレンはオーク討伐の報告をしにギルドへと向かった。


「本当に気の利く執事だな」

「そうですね、大変重宝しておりますよ」


 口元にうっすら笑みを浮かべて語る千司に、セレンも頬を弛緩させる。茜色に染め上げられた王都リースの街。家に帰る子供たちの声や仕事で疲れた大人の会話が心を絆す。


 ゆったりとした平穏な空気感の中、千司は声色を変えずに口を開いた。


「それで——ライザ王女に何か言われましたか」


 瞬間、セレンの口がキュッと引き絞る。


「何の話だ」

「今日一日、私に向けられていた視線の話です」

「何のことだ」

「流石に気付きますよ」


 僅かに舞を開け、セレンは問い返す。


「……何故、ライザ王女だと? 何か言われるようなことをしたのか?」

「そちらに関してはわかりませんが、私の知るセレン団長は何か気になることがあれば直接訪ねてくる素直な方ですので」

「……」


 立ち止まり、無言でじっと見つめてくるセレン。


「今日の様に警戒の視線をずっと向けてくるのは貴女らしくありません。となれば誰かに指示されたからと考えるのが妥当。そして、第一騎士団団長に命令できる人など、そう多くはありませんので……」

「ライザ王女、という訳か。……その通りだ」


 素直に首肯を返すセレン。

 いったい何を言われたのか、と思考を巡らせようとして、意外なことにセレンは言葉を続けた。


「私が言われたのはただ一つ。手を出されるな、ということだ」

「ふむ……む?」


 意味が分からないと小首を傾げる千司に、セレンは口をへの字に曲げて詰め寄る。


「王女曰く、貴公はまた新たに女と関係を持ったそうじゃないか。それも勇者ではなく王宮内の一人だという。……何という不貞か!」


 名前は教えられてないのだろうが、間違いなくリニュのことである。


「えっと……」

「そこで王女は私に言った。間違っても貴公とは関係を持たないようにと。加えて、貴公が王都の民に手を出さないように見張れ、と!」

「……それで、私を監視していたと?」

「そうだ。敬虔なるへリスト教徒である私を信頼し、王女は貴公の監視を命じたのだ。……だが、まぁ、不躾な視線を向けていたことに関しては詫びよう。すまなかった」


 そう言ってぺこりと頭を下げるセレン。

 嘘を吐いている様子はない。


(……真実とも思えないが)


 セレンが何かを隠している様子はない。少なくとも彼女はライザからの命令を先述の意味で捉えているという事なのだろう。


 ただし、イコールそれが真実とは限らない。

 ライザがそんなことを命令するとは思えないからだ。


(仮にライザの命令の内容を一言一句正確に聞くことができれば、その思惑も理解できるかもしれないが……セレンを介した伝聞だと難しいし上に流石に怪しまれる)


 セレンに怪しまれる分には問題ない。馬鹿だから。

 問題なのは、その怪しいと思った寸感をライザに報告される事。


 逡巡した後、千司は小さく息を吐く。


「……いえ、セレン団長が謝るようなことではありません。貴方の信仰している教義に反する行動を取っているのは間違いありませんし、私としても最低なことをしているという自覚はありますので」

「む、そうか。……いや、自覚があるのならやめろ」

「まぁ……それはそれ、これはこれということで」


 適当に流そうとするがセレンは首を振る。


「否、ダメだ。自覚しているならやめろ。さすれば貴公にも真実の愛が理解できるはずだ。そうだ、今晩夕食時に私がヘリスト教の説法を聞かせようじゃないか! 以前にも説いたことはあるが、何度も繰り返し聞くことで、その心身に刻まれる事だろう!」


 快活な笑みを浮かべ、紺色の髪を揺らすセレン。

 是非とも遠慮したいと千司は苦笑を浮かべながら、ギルドへと向かうのだった。



  §



 何とかセレンの話をはぐらかしつつギルドに到着。千司は周囲を一瞥して、受付の近くに見覚えのある人物・・・・・・・・の姿を確認してからセレンに問うた。


「それで、耳はどこに持っていけばいいんだ?」

「私が知るわけないだろう」

「……」

「……」

「……なんで優秀なライカを先に帰してしまったんだ俺は」

「おい、それではまるで私が優秀ではないという風に聞こえるが?」

「まぁ、それは置いといて。そこら辺の人に聞いてきます」

「あ、おいこら待て!」


 頬を膨らませるセレンを置いて、千司は受付近くに居た少女に声をかける。


「すまない、依頼達成の報告はどこですればいいか教えてもらえないだろうか」


 少女は千司の声に反応して振り返り、一瞬眉をひそめてからゆっくりと口を開いた。


「……それは、討伐証明があるタイプの依頼?」

「そうだ」

「ならそっちの受付」

「感謝する」


 言われた受付に赴き、依頼達成を報告。

 討伐証明の右耳を提出し、数分としないうちに金が支払われた。


 金額は決して大きくないが右耳生ごみから解放されたのが嬉しい。


「終わったか?」

「はい。っと、ちょっと待っててください」


 セレンに金の入った袋を手渡してから、先ほど話しかけた少女を探し、感謝を告げる。


「キミ、先ほどはありがとう」

「別にいい。……見ない顔だけど、新人?」

「あぁ、実は今日登録したばかりでな……俺はナクラ、よろしく」


 勤めて爽やかな笑みを浮かべて右手を差し出すと、少女は一瞬躊躇したのち、小さく息を吐いてから応えた。


「私はエリィ。……エリィ・エヴァンソン」


 そう言ってエリィは千司の手を握り返すのだった。

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