第24話 怪しい二人。
ロイアーと握手を交わした千司は、彼を伴い王都の冒険者ギルドへと向かう。
道中、千司は特に話すこともないと判断していたのだが、ロイアーはおしゃべりな性格なのか、それとも新天地という事で不安があるのか、様々な質問を投げかけてきた。
周辺にはどのようなモンスターが生息しているのか。
ダンジョンはどの程度の難易度なのか。
ギルドの雰囲気は、冒険者間における暗黙の了解はなど。
他所から移って来た冒険者の視点から繰り出される質問は、千司としても興味深いものが多い。
が、しかし、千司や世情に疎いセレンが答えられるはずもなく、必然的に対応したのは青い魔女っ娘であった。
エリィは小さくため息を吐きつつも質問に答えていく。
(俺の頼みを引き受けたのもそうだけど、あの雑魚極まりなかったイル・キャンドルくんを見捨てなかった辺り、元々面倒見のいい性格なんだろうなぁ~)
「……と言った感じ、わかった?」
「なるほどなぁ。聞いてる限りじゃ、俺の住んでた場所とはかなり違うみたいだ」
「そうなのか?」
小首を傾げる千司に、ロイアーは首肯。
「あぁ、俺は元々王国の北の方の出身なんだが……寒いせいかどいつもこいつも皮や脂肪が厚い。ゴブリンに関しても、脂肪が邪魔して殺しにくいったりゃありゃしないぜ」
やれやれと顔を歪めるロイアーに、エリィは表情を変えることなく告げる。
「その代わり、こちらのゴブリンは策を弄するし、他のモンスターも森や草原での戦闘に秀でたモノが多い。油断は大敵」
「違ぇねぇな!」
がははっ、と快活な笑みを浮かべるロイアー。
そうこうしている内に草原を抜け、千司たちは王都に戻ってきた。
夕景に染め上げられた街並みと、石畳に濃く映し出されたシルエットを横目に歩いていると、徐にロイアーが近付いてきて話しかけてくる。
「にしてもアンタ、こんな美人を二人も連れてるなんて羨ましい限りだなぁ~」
「そうか?」
「あぁ! てっきり王都の女がみんな美人なのかと思ったが……まぁ、美人ちゃ美人だがその二人には敵わねぇ。——で、どっちがアンタの女なんだぁ?」
まるで思春期男子の如き笑みを浮かべるバーコードに思わずため息。
「どちらだと聞かれてもなぁ」
「ま、まさか二人とも!?」
「「違う」」
声を揃えて即答したのはセレンとエリィ。二人の表情に照れ隠しの様相は一切なく、心からの言葉であることは間違いないだろう。
「だ、そうだ」
「お、おう。そりゃあ悪かったなぁ。……てかむしろ嫌われてねぇかぁ? アンタ何やったんだよ」
「何もしてないと思うんだがな」
「ふんっ、日ごろの行いだ」
鼻を鳴らして口をへの字に曲げるセレンに苦笑を浮かべていると、見慣れた建物に到着した。冒険者ギルドである。
「着いたぞ、ロイアー」
「おぉ、ここが冒険者ギルドか! ありがとよ~!」
「いや、構わないさ。困ったときはお互い様だろう?」
「確かにな! そうだ、今度礼をしたいから名前を教えてくれよ!」
その問いに千司は逡巡。
はっきり言ってこれ以上関わりたいと思う相手でもない為、名前を伏せていたのだが……問われてしまっては仕方がない。
セレンと二人なら適当にはぐらかすことも出来たが、エリィの目がある都合これを断るのはいらぬ不信感を与えてしまうだろう。
それは避けたい。
今日一日行動を共にして、彼女は
「……そう言えば名乗っていなかったな。俺はナクラ、まだ冒険者になりたての新人だ。よろしく」
「そうだったのか、よろしくな! でも新人って言うのは三人ともそうなのか? 魔女の嬢ちゃんは経験豊富そうに思ったが……」
ちらりとエリィに視線を向けると、彼女は首肯してから口を開く。
「私は元々ソロで活動してる冒険者。ナクラに冒険者についての知識を教えてくれと言われたから教えてる」
「そういう事だったのかぁ」
小さく呟き、顎に手を当てるロイアー。
千司は会話の流れから続く言葉を想像し、それを回避しようと話題を逸らそうとして——一歩遅かった。
「なら、もしよかったら俺も仲間に入れてくれねぇか?」
想像通りの言葉に、千司は冷静に返す。
「……というと?」
「なに、俺は冒険者としての経験こそあるが、新天地という事で不安もある。慢心して死ぬ奴なんざ珍しくもねぇし……少し意味合いは違うが、新人同士慣れるまで手を組まないか? と思ってなぁ」
「なるほど」
「それにアンタらとは相性がいいと思うんだ。見たところアンタらは剣士が二人に魔法使いが一人。対して俺は——こいつで敵の攻撃を引き付けるのが得意なんだよ」
所謂タンクである。背中に背負っていた巨大な盾を手に笑みを浮かべるロイアー。全身鎧も併せて、その防御力はかなりの物だろう。
確かに相性としては悪くない。
彼は続ける。
「どの道一人じゃ稼げそうになかったから仲間を探すつもりだったんだが……これも何かの縁、どうだ?」
「そうだなぁ」
千司はロイアーを睥睨した後、逡巡。
自身の結論を出してから、エリィとセレンに問うた。
「二人はどう思う?」
「私は構わない。貴公の考える通りにすればいい」
「教える人数が増えるなら、報酬も上げて欲しい」
ジッとロイアーを見つめるエリィ。
ロイアーは「金で雇ってたのか」と呟いた後、笑みを浮かべる。
「もちろん。金で安全が買えるのなら安いもんだ。授業料はしっかり支払うぜ?」
「なら……私もいい」
小さく首肯するエリィを確認してから、千司はロイアーに向き直り、顔に『偽装』した純粋な笑みを張り付けて、右手を差し出した。
「という訳だ。これからよろしく頼むよ、ロイアー」
「あぁ、こちらこそだ。ナクラ」
再度握手を交わした千司。
声色も、態度も、表情も、すべてを偽りロイアーに接する。
握手を終えると一つ息を吐いてから、千司は大きく伸びをした。
「ふぅ、それにしても……今日は疲れたなぁ」
「そうなのか?」
「あぁ、今日はゴブリンを討伐したんだが、奇襲が面倒でなぁ。肉体的には問題ないが、精神的な疲労が強い」
「あぁ~、作戦を練ってくるんだっけか。そりゃあ疲れるなぁ」
「——でしたら、私を仲間に入れてはもらえないでしょうか?」
千司の言葉にロイアーが苦笑を浮かべていると、ふと一人の少女が割って入って来た。
声の主に視線を向けると、そこには長い亜麻色の髪を揺らす一人の少女。
くりくりとした青い瞳を揺らした彼女は、一見して冒険者には思えない。綺麗なワンピースに胸当てを付けただけの簡素な装備に、腰には短剣、背中には弓を担いだ彼女は、どこか品のようなものを感じられ——冒険者と言うよりは深窓の令嬢と言った方が近い雰囲気を纏っていた。
「……ナクラたちの知り合いか?」
千司は首を横に振る。
「いや、知らないが……仲間に入れて欲しい、とは?」
尋ねると、亜麻色の髪の少女は柔らかい笑みを浮かべたまま答える。
「そのままの意味でございます。私は罠や奇襲を感知したり、戦闘のサポートを得意としております。これまで一人で活動していたのですが、上を目指すためにそろそろ仲間が欲しいと考えていたところ、先ほどの皆様の会話が聞こえてきまして――うふふ、いかがでしょうか?」
あまりにも出来過ぎたタイミングの押し売り。
しかし千司は逡巡することなく、パーティーメンバーの三人に問うた。
「どうする?」
「俺は新参だ。ナクラに任せるぜぇ?」
「報酬さえもらえるなら、私も構わない。……けど」
ちらりとエリィが視線を向けた先には、渋面のセレン。
「……女、それも綺麗、だと」
「えっと……ありがとうございます?」
「褒めているわけではない。……因みに貴公、恋人はいるか?」
「いえ、居りませんが?」
「……ではこの男をどう思う」
そう言って指をさしてくるセレン。
亜麻色の髪の乙女はキョトンとした表情を浮かべ、しかしすぐに柔らかな笑みを作ると優しい声色で答える。
「大変魅力的な方かと思われます」
「っ、ダメだ! 私は反対するぞ!」
「……今のはどう考えてもお世辞だったと思うのですが」
「仮にそうだとして……なんだ? 貴公はこの女を仲間に引き入れたいのか?」
軽蔑の眼差しで顔を近付け、鼻息荒く詰め寄るセレンに思わず溜息。
彼女を連れて少し離れると、他の者に聞こえない声量で耳打ち。
「セレン団長。我々の目的は調査です。情報源は多い方がいいでしょう」
「とか言って、貴公はすぐに手を出すではないか」
「出しませんよ」
「信用ならない」
セレンの言葉に千司は内心呆れる。
彼女の任務は護衛。
だというのに、千司が手を出すからダメだと言っている。
(せめて、『身元が不確かな人物を複数仲間に引き入れる』という事柄に反対してもらいたいが……仕方ないか。セレンちゃん、バカだしねぇ~)
千司は胸中のため息をぐっと堪え、冷静に伝えた。
「夜はライカと同室、日中は貴女と行動を共にしています。そんな時間はありませんし、何より今は下級勇者の安全を確かめるための重要な任務中。奈倉千司個人ではなく、勇者の一人として信用してください」
「……っ」
まっすぐ見つめて伝えると、セレンは下唇を噛みしめて俯いた。
すると、言い争っているのを察したのか、亜麻色の髪の少女が近付いてきて——。
「えっと、確かに魅力的な方とは言いましたが、私には想い人がおりますので……うふふ、セレンさんの恋人を取るようなことは致しませんよ」
「ちが――はぁ、わかった。では私も認めよう」
「ありがとうございます! それでは改めまして、私の名前はアイリーン。よろしくお願いしますね」
「あぁ、よろしく。私はセレンだ。……まて、何故私の名前を知っている?」
アイリーンは笑みを浮かべたまま答える。
「うふふ、先ほど言ったではありませんか。皆様の会話が聞こえてきた、と」
「む、確かにそのようなことを言っていたな」
顎に手を当て納得するセレン。
そんな二人のやり取りを横目に、千司がある人物を観察していると——ロイアーが手を叩いて注目を集めた。
「んじゃ、この五人で新しくパーティーを結成したってぇ事で。リーダーはどうするよ。俺ぁ、ナクラでいいと思っているが?」
反対意見は出ない。
「そうか、なら全力でやらせてもらう。……ただまぁ、知らないことも多いから、その都度知恵を貸してもらう事にはなると思うが」
「当然だな」
ロイアーに続き首肯を返す面々。
「ならいい。……それじゃ、とりあえず今日は解散して明日の朝ギルドに集合しよう。受ける依頼や戦闘の流れなんかはその時に決めるということで」
「今からじゃダメなのかぁ?」
小首を傾げるロイアーに、内心笑みを浮かべる。
「言っただろ? 今日は疲れたんだよ。それに……ロイアーも王都に来たばかりで、寝泊まりする場所の確保は必須だろう?」
一瞬、小さく動揺の色を見せるロイアー。セレンも、エリィも、アイリーンも気付かない須臾の間の出来事であるが——観察していた千司が見逃すはずもない。
確認し、推測し、気付かないふりをする。
「……だな。その気遣い、痛み入るぜリーダー」
「気にするな。……それじゃあ俺は依頼達成の報告をして帰るから、また明日な」
「おう」
「はい、ではまた明日お会いしましょう」
ぺこりと頭を下げてギルドを後にするロイアーとアイリーン。
「エリィは帰らないのか?」
「報酬を貰っていない」
「そうだったな。……それにしても話が長引いた、耳が腐っていないと良いんだが」
「まだ大丈夫。腐ったらもっと臭い」
耳の入った袋を嗅ぐエリィ。
「貴公、よく嗅げるな……」
うへぇ、と若干引いた様子のセレン。
エリィは無言で口をへの字に曲げると、千司の手から袋を奪ってセレンの顔の前に近付ける。
「嗅覚は重要。様々な情報を手に入れられる。セレンも鍛えておいた方がいい。ほら、ほらほらほらほら」
「や、やめろっ、うっ……悪かったから」
「悪い? セレンは何も悪くない。これは生き残るために重要。だから嗅いで。ほら、ほらっ」
「うわぁ、近寄るな~!」
ついには逃げ出すセレン。
それを袋片手に追い回すエリィ。
千司は泣きべそをかくセレンに若干興奮しつつ、エリィの手から袋を奪取。
「こんな気色悪い物持って走り回るな。行くぞ」
そうして千司はゴブリンの耳をギルドに提出し、依頼達成の報酬を受け取る。
その中からエリィにいくらか渡して、ギルドを後にするのだった。
§
宿に戻ってきた千司はライカと合流してから夕食へ。
その後、宿屋の風呂を借りて汗を流し、部屋に戻ってベッドに寝転がった。
「……ふぅ」
「今日はお一人で眠るのですか?」
「あぁ、少し考えたいことがあってな。……寂しいのか?」
「まさか、それでは私は一足先にお休みします。何かあれば遠慮なくお声がけください」
「わかった。お休み」
「はい、お休みなさい」
数分と経たずにすやすやと寝息を立て始めるライカを横目に、千司は一人思考を巡らせる。
思い起こすのは新しく仲間となった二人の人間。
ロイアーとアイリーン。
アイリーンは置いておくとして、ロイアーは怪しさの塊である。
特に最後に見せた僅かな動揺。
これを無視することは出来ない。
(まぁ、出会いからして怪しさしか感じなかったが)
ならば何故仲間にしたのか。
理由は単純、目の届く範囲に置いといた方が得策と考えたからだ。
現在、千司のステータスはこの世界においてもかなり上位に食い込む。だが、セレン然りアリア・スタンフィールド然り、上には上が居る事も確か。
正面切って襲ってくる場合は最悪『偽装』を用いて回避することが出来るが、奇襲となれば話は別である。怪しい人物を好き勝手放浪させるよりは、傍で監視する方が、安全と判断したのだ。
(アイリーンに関しては……まぁ、思うところもあるが今はいい。セレンの目もあるし、過度な接触は控えるべきだな)
次に考えるのはエリィ・エヴァンソンについて。
(正直、情報収集とコネクション作り、それとどんな性格かある程度知ってたから仲間にしただけだったが……色々と使えそうだ)
千司がこうして冒険者をやっているのは、やりたいことがあるから。
目を閉じて、以前定めた目標を思い出す。
長期目標——魔王との接触。
中期目標——白金級勇者の殺害。
そして、短期目標。
猫屋敷たちに殺人を覚えさせる。
これに加えてもう一つ。
(まぁ、実験に関しちゃ
何はともあれ、エリィとは仲良くしておきたい。
明日から積極的に話しかけようと心に決め、千司は眠りにつくのだった。
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