第17話 好感度調整と下準備

「ちょっと奈倉さん……! この空気どうなってるんですか! 正直やってられませんよ!?」


 訓練が始まってしばらく。


 リニュと実戦形式の訓練を行っていた千司が、一休みしようと木陰に座り汗を拭っているとジトっとした目のレーナが話しかけてきた。一体どうしたのかと彼女の視線の先を追うと、そこには王宮に残った下級勇者たちの姿。


 皆一様に剣を手にして素振りをしたり、魔法の訓練をしたりしている物の、その様子はどこか上の空でとてもではないが集中しているようには見えない。


(上級勇者と敵対していたとはいえ、いざ居なくなると思うところがあるのか……あるいは逆か)


 敵視していた相手が居なくなったことで張り合いがなくなり、訓練に身が入らなくなったのかもしれない。当然、本格的な勇者間の分裂や、置いて行かれた劣等感、異世界と言う自分の命が係わる状況下で、身の振り方を決めた直後の精神的不安もあるだろうが。


「……悪い、ちょっとごたついていてな」

「まぁ、一応大体のことは把握していますが……」

「そうなのか?」

「えぇ、兄から伺っていたので。……と言っても、昨夜はどういう訳か部屋に帰ってこなかった為、それ以前の情報のみではありますが」

「そうか」

「……」


 疑るような視線で顔を覗き込んでくるレーナに、千司は何でもない風を装って小首を傾げる。


「どうかしたか? そう真剣に見つめられると、四人目だなんだと他の連中に噂されそうで怖いんだが」

「そちらに関しても兄から伺っていますよ? 奈倉様はすぐ女性に手を出すから気を付けるように、と」

「酷い言い草だな。否定できないのがつらいところだ」

「そうですね。まぁ、心配すべきは私より兄の方だと思うのですが。……昨夜は何をなされていたのでしょうか? 兄に命令できる者はそう多くありません。兄の仕事はあくまでも奈倉さんの専属執事なので」


 まるで心の奥底まで見透かしてきそうな瞳を向けてくるレーナ。嘘偽りなど許さず、すべて看破して見せると言わんばかりの彼女を前に、しかし千司は欠片も動揺せず『偽装』を使うこともなく淡々と嘯いた。


「今後に関して少しばかり異世界人の知恵を貸してもらっていただけだ」

「今後?」

「あぁ、篠宮たちが居なくなった後どう行動していくのが最善なのか。要は身の振り方だな。残されたものをどう導くか……ある程度一人で考えることは出来るが、俺はまだまだこの世界の常識に疎い。そこでライカに知恵を借りたんだ」

「……嘘は言っていなさそうですね」


 最初から最後まで嘘八百の言葉を前に、レーナは瞑目して納得。

 ライザや目のいいリニュが相手でなければ人を騙すのは容易である。


「嘘などついてどうする。というか安心しろ。俺は男に興味がない」

「確かに、女性ばかりに手を出しているそうですしね。だからと言って三股はいかがなものかと思いますが……松原一人に絞れないのですか?」

「そう簡単な話でもないからな」


 吐き捨てるようにぼやくと、千司は立ち上がって大きく伸び。


 汗を拭ったタオルを訓練所脇の洗濯籠へ放り込んだ後、疲弊した顔で実戦形式の訓練をしていたせつなと文香を呼びつけた。


「どうしたの千司」

「うぅ……戦闘訓練疲れたぁ」

「お疲れ様、二人とも。……レーナ、二人のことは知っていると思うが、せつなは『術士』、文香は『祝福の巫女』と言って回復魔法を専門に扱う職業を有している。だから——」


 千司は言葉を区切ると、彼女の耳元に口を寄せて囁いた。


「やる気ない奴に教えるぐらいなら、今日のところは二人を重点的に教えてやってくれないか?」

「……そのような言い方をするとは意外でした。もっと仲間意識の強い方かと」

「全員大切な仲間だよ。ただ、現状における最善を考えただけだ。他の奴らも集中できていないのは今だけだろうし、元気が戻ったら教えてやってくれ」

「言われなくてもそうしなますよ。もとよりそれが——例えやる気のない方が相手でもしっかり教えるのが私の仕事なので」

「ありがとな」


 勤めて爽やかな笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でる千司。

 しかしすぐさまぺしっと払われる。


「こういうのは松原にしてください」

「別に下心があったわけじゃないんだが……まぁいい。頼んだ」

「はい」


 粛々と頷いた彼女はどこか疲れた表情を浮かべつつも、せつなと文香を連れて訓練に戻っていった。


 その際、素振りの訓練を行っていた松原を引き抜いて行ったので、最終的にはせつな、文香、松原という普通なら修羅場まっしぐらな面子で訓練を始めるレーナであった。



  §



「随分と仲が良さそうだったな」

「まぁ色々と縁があって……それより、猫屋敷たちの訓練は終わったのか?」

「ん、あぁ」


 話しかけてきたリニュの向こう側、先ほどまで千司が訓練していた場所には荒い息を吐いて地面に寝っ転がる猫屋敷と二階堂、斎藤の姿があった。


 本日より始まった上級勇者の居ない訓練は、主に二手に分かれて行われていた。

 片方は対リニュによる実戦形式の訓練。もう片方はレーナやセレンをはじめとした騎士たちによる訓練である。


 そしてリニュと実戦形式で訓練を行っていたのが千司と上級勇者である三人。文香と松原も上級勇者ではあるが、二人はステータスがそこまで高くなく、サポート寄りの職業である為除外されている。


「三人ともいい感じだ。流石は金級勇者と言ったところか。特にサイトウは身体の可動域が広い。これで『職業』の方も肉弾戦向きだったらよかったんだが……こればかりは運だからな」

「なるほど」


 小さく頷き斎藤を見やると、確かに他二人に比べてまだどこか余裕を残した表情を浮かべている。日本に居た頃は陸上部に所属していたと記憶しているので、元々運動は得意だったのだろう。


「……おい」

「なんだ?」

「アタシの前で他の女をジロジロ見るな」

「無茶を言うな。大切な仲間の能力は把握しておく必要がある」

「ほんとにそれだけか?」

「信用できないのか?」

「できるわけないだろうが浮気者。アタシは敬虔なへリスト教徒ではないが、それでもお前に説法を聞かせるためなら喜んで信仰したいぐらいだ」

「そういうのはセレン団長だけで間に合ってる。……大丈夫だ、俺がリニュを好きな気持ちは欠片も変わらないから」

「……っ、そうか」


 心にもないキザな台詞を吐いた千司に、リニュは頬を染めてそっぽを向いた。


 その様子に『チョロいな~』と思いながら、リニュにとある質問を投げかける。


「そういえば、へリスト教で思い出したんだが……昨日そこの修道服を着た女の子を見たんだが、彼女もへリスト教の人間なのか?」

「また女の話……ん、昨日?」

「あぁ、白い髪の綺麗な子だ」


 特徴を伝えると、リニュはすぐに思い至った様子。


「彼女か……そうだな。千司の言う通り彼女はへリスト教の人間、『聖女』と呼ばれる存在だ」

「聖女?」

「あぁ、宗教上の理由で表向き人の名前を持たないことになっている彼女は、ただ『聖女』と役名で呼ばれているへリスト教最高位幹部の一人だ」

「……へぇ」


 小さく呟き思考を巡らせる。


 聖女——生憎と千司はその単語に関する知識を有していない。大図書館で勉強した際も、へリスト教がどのような宗教で、どのような教義を掲げているのか、信徒が多いのはどこの国かなどを調べただけで、その組織体系までは知らない。


 故に、件の少女に関しては何も分からないままであるが、一つ言えることがあればこの世界においてに立つ者は総じて強者である。


 ステータス的にも、頭脳的にも。


(調べないと、だな)


 このままリニュから聞き出したいところだが、生憎とまだ訓練は終わっていない。

 それに変に怪しまれるのも得策ではない。

 千司は問題を一度棚上げして訓練を再開しようと剣を握り——。


「センジ」

「なんだ」

「なにがあっても聖女にだけは手を出すなよ」

「出さないって」

「もし出したら、数十万と言う信徒が報復に来るぞ」

「だから出さないって。そんなに心配ならリニュがちゃんと手綱握っといてくれよ」

「……はっ、それもそうだ。色々と節操のないセンジはちゃんとアタシが調教してやらないとなぁ!」


 口端を持ち上げ剣を手にするリニュ。


「いや、手綱を握れって言ったんだが」

「問答無用! いくぞセンジ!」

「……っ、一人でいってろ脳筋バカ!」


 千司の叫びも空しく、リニュの剣が迫りくる。

 実戦形式の訓練が再開され、ボロボロになって地面を転がりながら思った。


(絶対殺す、リニュは絶対殺す!)


 泣きじゃくるリニュを殺害する想像をして若干興奮しつつ、千司は『偽装』で心を偽り訓練を続けるのであった。



  §



 本日の日中訓練はいつもに比べてかなり早くお開きとなった。

 理由はもちろん、大半の生徒がまったく集中できていなかったためである。


「各自、ちゃんと休憩を取って明日からは集中するように」


 リニュの小言を耳にしてから解散。


 夕食までにはまだ時間があるので、千司は汗を流してから大図書館へと向かった。聖女に関して調べる為である。リニュの口ぶりから別段秘匿されている情報でもなさそうなので、大図書館である程度の件の白髪修道服の少女について知ることができるだろう。


 因みにせつなや文香は夕食まで休憩すると部屋に戻っていった。


 そうして大図書館までやってくると——千司は意外な人物を見つけた。


 図書館のテーブルに本を山積みにして視線を落とすのは三人いる白金級勇者が一人、田中太郎である。


「……田中?」

「ん? 奈倉か」


 声をかけると田中は顔を上げて、相も変わらずぬぼーっとした表情を向けてきた。


「今日一日顔を見なかったが、こんなところに居たのか」

「あぁ、少しばかり異世界について学びたくてな。気付けばこのありさまだ。奈倉の方は?」

「俺もちょっと調べものがあってな」


 短く答えて千司は適当な本を選んで手に取った。別段聖女について調べていることがバレても問題はないだろうが、警戒するに越したことはない。


 ザっと本の内容に目を通すふりをしながら、千司は話題を逸らすように田中に質問を投げかけた。


「そう言えば、田中はどうして篠宮たちに着いて行かなかったんだ?」

「誘われなかったからな」

「……誘われたら着いて行ったのか?」

「ないだろうな。ああいう意識高い系の集団は苦手だ。俺は自分がマイペースな性格をしていると自覚しているし、変に軋轢を生んで迷惑はかけたくない」

「耳が痛いな」

「奈倉を責めたわけじゃない」

「わかってるよ。……残るなら、明日からは訓練に参加するのか?」

「どうだろうな、今は勉強が楽しい。……そう言えばトイレに行くときちらっと見えたんだが……あの子が居なかったか? ほら、魔法学園で奈倉が俺に守って欲しいって頼んできた……えっと……」


 思い出そうと頭を捻る田中に、千司は助け舟を出す。


「レーナか?」

「そう、その子」

「今日から魔法の講師として訓練を見てもらうことになったんだよ」


 告げると田中は顎に手を当て、熟考。

 そして手にしていた本をぱたんと閉じて呟く。


「……そうか、そういうやり方もあったか」

「田中?」

「あぁ、いや。何でもない」


 軽く首を振ると、田中は再度本に視線を落として勉強に戻った。


 そんな彼を横目に千司は何冊か本を経由してからへリスト教に関する書物を手にし、聖女に関する項目に目を通す。


(聖女、聖女……これか)


『聖女とは、強力な祝福・・の力で信徒を先導する神の代理である。敬虔で優秀な信徒の中から選出され、その身も心も神に献上しているが故に人と交わることは許されず、人の名を持つことも許されない。聖女は五人まで存在が許されており、死亡した場合においてのみ新たな聖女を選出することができる』


 大雑把な説明の後にだらだらと聖女に関するあれこれが並んでいるのにざっと目を通してから、千司は本を閉じ別の本を手に取った。


 木を隠すなら森の中。

 調べものを隠すなら調べものの中である。


(にしても、やはりと言うか何と言うか面倒臭そうな相手だな~)


 ステータスに関する記述は乗っていなかったが面倒な存在ということは判明した。


 特に嫌だったのが『敬虔で優秀な信徒の中から選出され』の文言。


 勇者のように神がランダムで選出するのならどこぞの北区の守護者であるグエンのように無能極まりない人間が選ばれたかもしれないが、本を読んだ限り選定は人の手によって行われる。


(あぁ……敵にならないで欲しいなぁ~)


 なんて思いながら、千司は手にしていた本を閉じて別の本へ。

 数冊渡り歩いてから「めぼしいものは無かった」と田中に告げて、部屋に戻るのだった。



  §



 部屋に戻る途中、訓練場に誰かいるのを千司は見つけた。


 茜色の夕日を背に黒いシルエットはボールのようなものを蹴っている。

 誰だと目を凝らせば、向こうから声をかけてきた。


「あれー、奈倉じゃん!」


 ぶんぶんと元気いっぱいに手を振るのは朝焼けた肌の良く似合う少女、斎藤夏木。


「何してるんだ?」

「見ての通りサッカー。前メイドさんにボール頂戴って言ったら貰えたんだよね」


 説明しながら器用にリフティングする斎藤は徐に千司にパスを出す。

 驚きつつも足で受け止め、見よう見まねでリフティング。


「上手いじゃん」

「初めてやったが……ステータスのおかげか案外簡単だな」

「あー、確かにステータスは関係ありそうだねー」


 首肯を返す彼女の表情には、どこか陰が見えた。


「……身体能力が上がるのは、嬉しくないか?」


 千司の言葉に斎藤は苦笑を浮かべる。


「んー、正直に言うと複雑。魔王と戦うために身体能力が上がるのはそりゃありがたいけど、それ以外だとね……。だって日本に居た頃は頑張って頑張って、その先で限界を見たのに……こっちに来た途端、そんな限界何て一瞬で突破しちゃったんだもん。なんだかなぁ、って感じ」

「スポーツマンならではの悩み……か」


 ボールを蹴り返すと、斎藤は胸で受けた後大きく蹴り上げて頭の上で器用に制止させた。


「まぁ、贅沢な悩みだけどねー。……って言うか、そんなことより訓練の方大丈夫なのー? みーんな、集中できてなかったっぽいけど」

「よく見てるんだな、流石だ。どうにかするべきだとは思うんだが……」


(正直そう長くない時間でやる気は戻ると思うが……そのわずかな時間で、上級勇者とのステ差は広がる。早いに越したことはない)


 頭を捻る千司に、斎藤は「そうだ!」と声を上げた。


「じゃあ、気晴らしにみんなで缶蹴りでもしよっか」

「……えぇ?」


 斎藤の突拍子もない言葉に、千司は思わず素で困惑するのだった。





—————

あとがき

 三章始まって十七話経つのにまだ冒険者も暗躍も出来てない件。

 勇者間の絆を深めるのも裏切り者の大切な仕事だから仕方ないね()。

 次ぐらいからようやく暗躍できそうかも。

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