第16話 決別と出立
(へリスト教の修道服か……情報源としてあてになりそうなのはセレンあたりか。他にもエルドリッチなら知ってそうだが、今は接触出来ないしな)
何もなければそれでいい。
だが、千司は知っている。
人は見かけによらないのだと。
ライザがそのいい証拠だ。
謎の白髪の少女について思考を巡らせつつ、そろそろ部屋に戻ろうかと思い——前方に見覚えのある二人の少女を見つけた。
一人は艶やかな黒髪を風に揺らし、前髪を切り揃えたお嬢様然とした少女。もう一人はよく焼けた肌を見せ、快活な笑みを浮かべる少女。
二階堂凛と斎藤夏木。
猫屋敷景の友人である。
千司が近付くと素早く二階堂が反応し、鋭い視線を向けてきた。
しかし相手が千司だとわかると一瞬で警戒心を解く。
「……なんだ、奈倉くんか」
「どうかしたのか?」
尋ねると気まずそうに口ごもる二階堂。
そんな彼女に変わり、斎藤が疲れた様子で吐き捨てた。
「さっきちょっとあってね~。ほら、五十嵐っているでしょ? アレに声かけられたんだ。『お前らも上級勇者なら俺たちと来るべきだ』的な感じで」
「二人もそうなのか」
「二人
小首を傾げる斎藤に、千司は首を横に振る。
「いや、俺じゃなくて猫屋敷が絡まれていてな。偶然通りがかって助けたんだ」
千司の言葉に二人は顔を顰めて大きくため息を吐いた。
「五十嵐の奴、まだ景のこと諦めてなかったんだ。嫌われてるの気付いてないのかな?」
「景さんも大変ね」
どうやら二人も五十嵐と猫屋敷の確執については把握していたらしい。
(日本に居た頃はそこまで猫屋敷に執着してるイメージはなかったが……まぁ、異世界に来て心境の変化があってもおかしくはないか)
意図せずして面白い情報を手に入れたことに千司は内心歓喜。猫屋敷を中心として面白いことができそうだと思考を巡らしながら、ふと気になっていたことを二人に尋ねた。
「そう言えば、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「答えられることなら」
「難しい事じゃない。ただ、二人はどうして残ること似たのかなと思ってな。正直、二人の『職業』なら外に出て戦いたいとか思ってな」
それは本心だった。はっきり言って二階堂と斎藤の職業は王宮の訓練では限界がある。その能力を伸ばすためには篠宮たちに着いて行った方がいい。だが二人は残った。
その理由を千司は知りたかった。
何しろ二人は現状非常に重要な駒なのだから。
勇者間の溝が深まった今、内ゲバルートは順調に進行中。いずれ来たる勇者同士の殺し合いの際には上級勇者である二人の力は必須。よって、いかなる理由があって千司派閥についているのかを把握しておく必要があった。
(まぁ、凡その想像は付くが)
千司の問いに二人は逡巡。
先んじて口を開いたのは斎藤だった。
「ん~正直、篠宮くん単体なら着いて行ってもいいんだけど他がね~。ちょっとそりが合わない男子ばっかだし、倉敷ともあんまり仲良くないし」
明け透けに語る斎藤に、二階堂は僅かに口端を持ち上げて首肯。
「そうね。私もそう。……分かりやすく言うなら、私はお友達と同じ大学に行きたいタイプの人間なのよ。ここでいうお友達は、夏木さんと景さんのこと」
「なるほど、そりゃあ分かりやすい」
「そう、だから景が行くって言うなら私たちも行くから。奈倉には悪いけどね」
「気にするな、それを止める権利は俺にはない」
その言葉に二階堂は目をぱちくりさせた後「へぇ」と顔を覗き込んできた。
「なんだ?」
「てことは、やっぱり松原さんは特別なんだぁ」
「あー、確かに。わざわざ行くなって言ってたしね」
「まぁ、そうだな」
隠す必要もないので首肯すると、二人はニヤニヤと口元に笑みを浮かべて、まるでダルがらみしてくる酔っ払いが如く千司の両脇を抑える。
「やっぱり、景の言ってた通りハーレム糞野郎なんだ~」
「雪代さん、天音さん、そして松原さん。三股を公言してる人なんて初めて。ちょっとどこまで進んでるか恋バナしましょ」
「あ、いや、俺はそろそろ部屋に——」
「まぁまぁ」
「まぁまぁまぁ」
面倒くさいことになったと内心ため息を吐きつつ、千司は適当に話を合わせて早々に逃走。ブーイングを口にする二人を背に、自室へと戻るのだった。
§
部屋に戻りせつなと文香の二人と休日を過ごした千司は夕食を摂りに食堂へ。
するとそこには勇者の現状を表すかのように、上級勇者と下級勇者の間に大きな溝が物理的に生まれていた。篠宮たちは明日からの行動について話し合いを深めているのに対し、猫屋敷たちはいつも通り静かに食事。
互いに干渉しないことが最善と判断したのだろう。
ただ、その空気を読めない人間もいる。
我らが大賀健人くんである。
彼はいつも以上に大きな声では無し、随所に下級勇者を小馬鹿にするような言葉を挿入。普段の上級勇者ならそれも白々しい目で見た居ただろうが、五十嵐を筆頭とした一部鬱憤の溜まっていた男子数人が彼に同調するように談笑していた。
気が大きくなると声も大きくなる。
上級勇者という優位性から他者を見下すのは、たいへん気持ちがいいのだろう。
「臆病者の雑魚なんざ要らねぇよ、俺らだけで魔王も倒しちまおうぜ?」
「だな、それが勇者としての責務ってやつだ」
大賀の言葉に五十嵐も同調。
そんな二人を見つめ、思う。
(お友達ができてよかったね、大賀くん!)
同じ方向に間違い続ける同士の存在は、彼の愚かさを加速させる。
凝り固まったプライドは、ぜひとも大切に保管して、しかるべき時に爆発させてもらいたい。
「……ねぇ、時間ずらさない?」
「だな」
せつなに言われて食堂を後にしようとして——ただ一人、上級勇者の環からも外れて食事をしていた倉敷に声を掛けられる。
「奈倉さん」
「……どうかしたのか、倉敷」
彼女は傍までやって来ると、隣に居たせつなと文香にちらりと視線をやってから背伸び。口元に手を当る。意図を察して耳を寄せると、彼女は周りに聞こえない程度の小声で告げた。
「あなたは、本当に
「? ……あ、あぁ」
意味がよくわからず適当に首肯を返すと、彼女は大きくため息。そして、呆れたように千司を見つめた後、瞑目。
「……誰に着くか、選択を誤らないよう願います」
「……そうか」
去り際にそう言い残し、食堂を後にする倉敷。
そんな彼女の背を見送りながら、千司は思う。
(なに言ってんの、あいつ)
まるで意味が分からない。
少なくとも、今の会話は言葉以上の何かがあるとは思えなかった。
内心ため息を吐きつつ、千司は必至に頭を回転させるのだった。
§
倉敷と話をしている間に他の上級勇者も食事を終えたので、結局千司たちはそのまま夕食を食べることにした。周囲には千司派閥の人間しかいなくなり、それを見計らって小さく切り出す。
「悪いな、こんな結果になって。今だって皆には不快な思いをさせた」
その言葉に真っ先に反応したのは銀級勇者の男子、村雨。
彼は苦笑を浮かべて首を振る。
「奈倉が気にすることじゃない。不快云々はあいつらの性格の問題だしな」
それに続くように他の勇者も愚痴をこぼし始めた。
「だよねー、しょーみうざかったし清々するって感じ」
「大賀も大概だけど最近五十嵐のいきりっぷりがキツい」
「視線めっちゃエロいしね」
「それ、胸見てんのバレバレだって話」
自然な流れで上級勇者に対しての不満を口にする下級勇者たち。
異世界に来たばかりの頃、新色を孤立させるために彼女の愚痴を生徒たちに言わせたのと同じである。敵対心を煽るには集団で、不満を共有するのが手っ取り早い。
空気を気にする日本人の性質に合わせて、悪意という空気を流すのだ。
もちろんそのまま放置すれば不健全な空気に気付き、離反する者が出てくるかもしれない。なので適度に注意しつつ、あくまでもガス抜きの体を保つ必要がある。
「まぁまぁ、その辺にして。とにかく明日からは俺たちも自分に出来ることを頑張ろうぜ」
千司の言葉に全員が首肯。
健全な空気感のまま、悪意を浸透させていく。
問題があるとすれば、千司を軽蔑しているが故に、信頼しつつも一歩引いた立場で観察してくる猫屋敷景という存在。
(やることは山積みだな)
千司は皿の上の料理を完食し、部屋へと戻るのだった。
§
夕食も終え大浴場でさっぱりした千司は、ベッドの上で大きく息を吐く。
「あー、疲れた」
「お疲れ様です奈倉様。……それでこれは?」
「ん~? いやぁ、やっぱり人を癒すのは人肌だと思ってなぁ」
「……この身が癒しになるのでしたらどうぞお使いください」
「なーんか冷たいなぁ」
腕の下——くすんだ紺色の髪の隙間から呆れを含んだ視線を向けて来るライカに、思わず苦笑を返す。
「奈倉様には大勢の恋仲の女性がいたと思うのですが?」
「あいつらに弱い部分は見せられないさ。ライカの前だけ」
「そう言うのは結構ですので」
「うーん、辛辣」
思っても無いことを語る千司であるが、効果はない。
かといってライカも抵抗を見せるわけではない。
そっと首筋に触れると、微かに息を漏らしてくすぐったそうに身動ぎするライカ。
(やっぱエロ過ぎだよ、この執事)
「以前より疑問に思ってたのですが、奈倉様は男も好きなのですか?」
「いや? 俺が好きなのは顔がいい奴だよ」
「最低ですね」
「褒めたつもりなんだけどなぁ」
「奈倉様に褒められても特段嬉しくはありませんね。私は女性が好きなので」
「そりゃあ、申し訳ない」
「……はぁ、せめて、少しは申し訳なさそうな顔で——んむっ、ん、ふぅ」
ふさいだ唇の隙間から零れる吐息。
嫌だと言いつつも、ライカの表情に嫌悪の影は見えない。
「ぷはっ……いきなりですね」
「男だからな。面倒くさい前戯は飛ばしたくなるんだ」
「最低ですね。……まぁ、分からないでもないですが」
そうして千司はライカにセクハラするのだった。
§
翌朝、欠伸を噛み殺しながら千司が目を覚ましたのはいつも通りの時間。早朝も早朝だというのに、ベッドの隣はもぞもぞ動き、ライカが僅かに眠気の残るトロンとした瞳を向けて口を開いた。
「おはようございます、奈倉さまぁ」
「おはよ、ライカ。部屋には戻らなかったんだな」
「意地悪を言わないでください。……着替えさせますのでどうぞこちらへ」
千司の言葉をはぐらかして粛々と着替えの準備を行うライカ。それも仕方ないだろう。何しろ彼の部屋には現在レーナが住んでおり、流石に男と身体を交わらせた後に帰るというのは酷な話だ。
むくれるライカを見つめ『相変わらずかわいいなぁ』などと思いながら、着替えさせてもらう。当然セクハラも忘れない。むくれっ面が嫌悪感に変わったのを確認してから、千司は早朝訓練へと向かった。
しかしリニュは忙しいのか姿を見せず、結局一人で訓練。
汗を流してから食堂へ赴くと、すでにほとんどの勇者が揃っていた。
各々荷物をまとめ、不安と興奮の入り混じった表情を浮かべている。
(なんか、ダンジョン遠征の時を思い出すな)
状況としてはよく似ている。
あの時も、上級勇者と数名の下級勇者だけがダンジョンに潜るために王宮を出発した。違う点があるとすれば、出発した上級勇者たちはしばらく王宮には戻らず、外に拠点を移して活動するということ。
身分としては冒険者として活動すると、昨日の夕食の際に大賀たちが話しているのを耳にした。
朝食を終えると、王宮の入り口までお見送り。王宮に残る下級勇者が自主的に行う訳もなく、提案したのはライザである。断るわけにもいかずこうして見送りに来た千司であるが——。
(ダンジョン遠征の時と違って、声を掛けに行く奴は少ないな)
精々一部の男子が篠宮や、彼らに着いて行くと言った銀級勇者三人に「気を付けてな」と声を掛けている程度。それ以外は見送る側も見送られる側も嫌悪感を顔に出している。
(ん~素晴らしい!!)
千司は心の中で思わず小躍り。
「……はぁ」
ふと隣からため息が聞こえた。視線を向けると、何かから隠れるように辻本の背に隠れる猫屋敷の姿。何だろうかと周囲を見やれば、猫屋敷に熱い視線を送る五十嵐の姿を発見した。
「……大変そうだな」
「まぁね」
「……? 二人ともどうかしたのですか?」
「いや、辻本は気にしなくていいよ」
「うん、気にしないで」
「ふむ……?」
小首を傾げる辻本を適当にはぐらかしていると、出発準備が整ったのを確認したオーウェンが声を上げた。
「それではこれより出発する! お前たちは私が命をかけて守るが——決して気は抜かないように! ……ではライザ王女。行ってまいります」
「はい、みなさんお気をつけて」
ライザの言葉を最後に、篠宮と倉敷率いる勇者十一名は王宮を後にする。
(気をつけなくていいし、何なら全滅してきてもいいからね~!)
有り得ないだろう未来を願いつつ、千司たちは王宮内へと戻って行くのだった。
§
上級勇者が出発すると、あとはいつも通りの日中訓練が始まった。
違う点があるとすれば、普段オーウェンをはじめとした第二騎士団の監督がリニュとセレンに変わっており——加えて、見慣れた女子生徒が新たな講師として現れたことか。
「色々と慌ただしい状況だが引き続き訓練は行われる。そして、今日は新しくお前たちに魔法を教える講師を紹介する。彼女はまだ若いが、魔法学園ではランキング第二位。魔法の腕前は王国内でも最上位だ」
リニュの紹介を受けて一歩前に出てきたのはくすんだ紺色の髪の少女。
「レーナ・ブラタスキです。知っている方もいらっしゃるとは思いますが改めて、よろしくお願いします」
どこか緊張した面持ちで軽く頭を下げた彼女はちらりと千司に視線を向けた後、松原の姿を見つけて安堵の息を吐いた。対する松原もにぱーっと楽しそうに笑みを浮かべながら小さく手を振り——。
「それでは訓練を開始する」
リニュの言葉を皮切りに、日中訓練が始まった。
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