第6話 ハーレム糞野郎
ロベルタと別れた千司は蒼い月を横目に魔法学園へと舞い戻る。
姿と音を『偽装』して、普段よりも細心の注意を払って宵闇に紛れながらコテージへ。静かに扉を開閉して侵入すると一息ついてから『偽装』を解除した。
寝間着に着替えてから備え付けの椅子に腰かける。
「……ふぅ」
ぼんやりと天井を眺めながら息を吐く。流石に眠たい。
異世界に来てからという物、めっきり睡眠時間が減っている。
しかしステータスの陰なのかそこまでの疲労は感じない。
(つくづく神様印のチートボディには感謝だなぁ)
などと見たこともない神に感謝しつつ目を閉じようとして、視界の隅でこちらを見つめる新色と目が合った。どこか眠たげに瞬きしながら見つめてくる新色。
「にゃくらくん、どこ行ってらのぉ?」
「少し散歩に。なかなか寝付けなくて」
「ご、ごめんねぇ、先生が、べ、ベッド使ってるからぁ」
「いえ、先生のせいではなく、少し自分の気持ちを整理しようと。ほら色々とありましたので」
「そっかぁ……整理ついたぁ?」
「えぇ、ある程度は。……明日も早いので寝ましょうか」
「うん。おやすみぃ、にゃくらくん」
「はい、おやすみなさい。新色さん」
数秒の後に、新色はすやすやと寝息を立て始めた。
ずっと起きていたのか。それとも着替えの音で起こしてしまったのか。
十中八九後者だと予想できるが、どちらにせよ相手が新色だからと油断していたのは事実。
(いくら無能だからって気を付けないとな。明日、念のためこのことを覚えているか確認しておくか)
幸いにして、仮に覚えられていたとしてもそこまで違和感を持たれていないだろう。その幸運に感謝しつつ、千司も目を閉じて眠りにつくのだった。
§
結論から言うと、新色は寝ぼけて覚えていなかった。
直接尋ねても藪蛇になるかもしれないため、あくまでも観察からの判断であるが特段普段と様子が違う訳でもない。
「おはようございます、新色さん」
「お、おはよう、奈倉くん。……へへ、や、やっぱり慣れないね」
異性との起床に照れたように頬を染め、ふわふわとした返事を口にする新色。そこに昨日の暗さは残っておらず、一晩寝てすっきりしたことが伺えた。
(前に文香も悩んでいたが、夜に考え事をしても基本的にネガティブな思考にしかならないしな)
一度考えるのをやめて眠りにつき、朝起きてから思い返せば『意外と何とかなるんじゃね?』という事も珍しくない。眼前の新色はまさに今その状態であった。
だからと言って何かが解決したわけでもないので、今すぐ抱きしめて愛を囁けば面白い反応が返ってくるのだろうが。
「昨夜は大変でしたね。今は大丈夫ですか?」
「う、うん、迷惑かけてごめん、ね?」
「迷惑なんて、そんな水臭い事を言わないでください。新色さんの悩みは俺の悩みでもあるんですから」
「な、なく……千司くん……。あ、あり……ありがと。その、わ、私、頑張るから……じ、自分のことも、皆の、こ、ことも……先生だから」
「はい、頼りにしています」
いったい彼女に何ができるのかは分からないが、程よく頑張って理想と現実の差に絶望して欲しい、という願いを込めて千司は彼女に笑顔で激励を返すのであった。
「それじゃあそろそろ朝食に行きましょうか」
「そ、そうだね。おなかぺこぺこ」
「俺もです」
そんな益体のないことを話しながら二人はコテージを後にした。
§
朝食を終え、昨日に引き続き日中訓練をしていると、ふと一人の少女が近付いてきた。綺麗な金髪を揺らす彼女はいつもの笑顔はどこへやら。無表情のままに話しかけてくる。
「せ、千ちゃ——奈倉くん。今時間だいじょうぶ?」
どこか本性を隠しきれていない彼女は松原七瀬。
小学生の頃に千司と交わした結婚の約束を、今なお信じ続けている少し頭のおかしい少女である。普段の彼女ならこれ以上ない程の笑顔で純度百パーセントの好意を向付けてくるのだが、本日は違う。
ちらりと千司の両隣りに視線を向ける松原。
その先を追えば、そこには魔法の練習をするせつなと、回復魔法に悪戦苦闘する文香の姿。二人とも額に汗をかきながら訓練しているが結果は芳しくなかった。
そしてそんな二人がすぐ傍にいるからこそ、松原はいつもの無邪気さを隠している。
(ん~、やっぱ松原は頭のねじ数本抜けてそうなのに、空気は読めるんだよなぁ)
相も変わらずよく分からない、と冷静に分析しつつ千司は彼女の言葉に首肯を返した。
「あぁ、問題ないぞ」
「ありがと、それじゃあちょっと付いて来て」
そうしてせつなと文香からのジト目を背中に向けられつつも連れてこられたのは
しかし千司はそんな彼女の行動に違和感を覚える。
何しろ、これまで松原は一度だって千司の邪魔をしなかった。
例えば先ほど同様、周囲にせつなや文香の姿があれば彼女は話しかけるどころか近付こうともしない。それが千司の邪魔になると理解しているからだ。
だというのに、今回彼女は話しかけてきた。
しかもわざわざ人気のない場所に誘い出している。
ここでいったい何を……と頭を巡らせつつ松原を見やると、彼女は一度周囲を見渡した後、落ち込んだような表情を浮かべ、上目遣いに千司を見つめながら桜色の唇を震わせ告げた。
「ご、ごめんね千ちゃん、いきなりこんな……。な、七瀬は邪魔するつもりなかったんだけど、でも……。め、迷惑、だった? き、嫌いに……嫌いに、なっちゃった?」
唐突の謝罪に一瞬驚くも、すぐに納得。
どうやらここに呼び出したのは彼女の意志ではなかったらしい。
(なら、可能性は限られる)
思考を巡らせつつも、千司はひとまず今にも泣きだしそうな松原を慰めることにした。
「馬鹿だな。これぐらいで嫌いになるわけないだろう?」
「ほんと?」
「あぁ、松原が常日頃から俺のためを想って行動してくれていることは知っている。教室での行動を考えるに、普段は自分を抑えて俺を立ててくれていることも理解している。……そんなお前のことを好きになる事こそあれ、嫌いになるような事は絶対にない」
そう言って、千司は松原の手を取った。
もちろんグラウンドに居るせつなや文香からは見えないように細心の注意を払いながら。松原は使えるが、利用価値で言えばせつなたち——正確には文香の『祝福の巫女』の能力が群を抜いている。
故に好感度調整は慎重に行わなければならない。
最低な思考を行う千司に対し、松原は目尻に薄っすら涙をためながら再度確かめるように尋ねた。
「そ、それじゃあ……な、七瀬のことお嫁さんにしてくれる?」
「もちろんだ」
その機会があればの話だが、という言葉を千司は飲み込んだ。
松原は気付いた様子もなく千司の言葉を受け止める。
握られた手を見つめ、きゅっと握り返し、上目遣いに見つめて——にぱーっといつもの笑顔を浮かべた。
「えへへ、千ちゃん大好き~!!」
「ありがとう、俺も好きだよ。……と、それで、さっきの言葉からしてここに呼び出したのは松原の意志じゃないんだよな?」
「うん! 実は——」
「私が松原に頼んで呼んできた頂きました。流石に勇者の皆さんが集まって訓練されている中に割り込むと、要らぬ注目を集めそうでしたので」
そう言って校舎の陰から姿を現したのは、くすんだ紺色の髪を揺らす少女。
千司が愛する執事の妹、レーナ・ブラタスキであった。
学園の制服に身を包み、身だしなみも整えている彼女は千司と松原を交互に見やり、次いでグラウンドで訓練するせつなと文香を睥睨すると小さくため息を吐いた。
「まぁ、一歩前進ですね」
「何が?」
「いえ、何も」
レーナは一度瞑目して咳払いすると、千司を真正面から見つめる。
「……遅くなりましたが、奈倉さんには感謝をお伝えしたいと思いまして今回お呼びさせていただきました」
「感謝?」
「はい。レストー海底遺跡遠征訓練の際、私は何度か白金級勇者である田中さんに助けていただきました。帰還後、彼に感謝を述べましたが、その際に『奈倉に頼まれた』とおっしゃられていましたので、こうしてお呼び立てした次第です」
「確かに頼んだな。……そうか、約束通り守ってくれたのか。今度礼を言っておかなければならないな」
「そうですね。それでその依頼をなさってくれた奈倉さんにもお礼を、と思いまして」
彼女は息を吸い込むとぺこりと首を垂れた。
「色々と気に掛けて下さり、ありがとうございました。おかげで私はここにこうしていることができます」
「いや、構わない。ライカとの約束だからな」
「それでもです」
「……そうか、ならまぁ……よかったよ」
「はいっ」
顔を上げ、垂れ下がった紺色の髪を耳に掛けながら千司に笑みを見せるレーナ。そのどこか無邪気さを感じる表情は彼女の兄に負けず劣らず美しく、しかし年相応の少女の物に感じられるのだった。
(というか、よく考えたらこいつ俺より年下なんだよなぁ)
とかなんとか思いつつ、ふと自身の手に目をやると松原とつないでいた手が恋人繋ぎになっていた。
「……」
「えへへ」
「……はぁ、松原。押すだけではなくちゃんと引くのです」
「え~」
魔法学園が襲撃されてからまだ三日。
未だ喪に服す生徒も多数存在する中でそんなやり取りができるとは、案外レーナも頭のねじが抜けているのかもしれないなどと思いながら、千司は松原を連れて訓練に戻るのだった。
§
同日の夜。いつものようにせつなと文香に挟まれながら夕食を取っていると、生徒たちの前にライザが現れた。
何度か見たことのある漆黒のドレスではなく、どこか煌びやかな印象のドレスを身に纏った彼女の隣には、騎士の制服に身を包むオーウェンとセレンの姿。少し離れた所にはリニュが腕を組んで立っている。
突然のことに生徒たちがざわつく中、彼女は咳払い一つで注目を集めて口を開いた。
「食事はそのままで構いませんので、お聞きください」
そう前置きし、生徒たちが静まり返ったところで語られたのは今後の予定に関するあれこれであった。
「まず、魔法学園の復旧に時間がかかる都合、勇者の皆様には二日後に王都へと戻っていただく運びとなりました。急ではありますが明日の間に帰宅の準備をなさってください。また、それ以外の皆様に関しましてもご自宅までの足は我々王国が手配いたしますし、準備が整うまでの生活も保証いたしますのでご安心ください」
反論は一切出てこなかった。
騎士たちに囲まれている状況で一国の姫の言葉に口答えできるわけない、というのもあるのかもしれないが、それ以上に魔法学園にとどまる意味はないと考えている者が多いのだろう。
魔法や戦術に関する勉強をするにも教室はつぶれており、勇者が魔法学園に来ることとなった主目的である闘技場も『シルフィの右腕』が失われたことで機能していない。なら、さっさと撤退するのが吉である。
千司としても昨夜ミリナに会った際に仮に勇者が帰った場合のことは話してあるので問題ない。因みに、ドミトリーが勇者であることはミリナとエルドリッチにのみ伝えている。千司が正体であると知っているのはエルドリッチだけだが。
「それと、私と一部の騎士団も勇者様に同行し、二日後王都へと引き上げさせていただきます。後のことは部下に引き継いでおりますのでご安心を。その際、王都方面に家のある方の同行も歓迎いたしますので、希望者は後で近くの騎士に申し出ていただけると幸いです」
当然の判断だと千司は思った。むしろ遅いと感じたほどである。
ライザは仮にも一国の王女。するべき仕事は山積みであり、また周囲を取り囲んでいる騎士たちも本来ならば超絶エリート。いくら勇者とは言え子供の護衛のためにいつまでも人員を割いていられない。
そんな諸々の理由は省いて要点だけを口にするライザを見て、
「……なんか、すごいよね」
と、隣に座るせつながぽつりと呟いた。
「王女のことか?」
「そ。見た感じ私たちと変わらないぐらいの年なのに、あんなに堂々として、先生や親よりもっと年上の大人にも指示を出してる。……大人びてるって言うか、王女なんだなぁって、なんとなく」
「確かにそうだな。でも、せつなだって同年代に比べたら落ち着いているし大人びていると俺は思うよ?」
「それはなんて言うか、目の前の物に対して基本興味がないだけの話だよ。興味がないからどこか冷めた目でしか見られない。……興味があるとこんな風に盲目になっちゃうから」
こてん、と千司の肩に頭を乗せるせつな。
艶やかな黒髪がさらりと首筋を擽った。
千司は魔法学園再開時期について話すライザを横目に、せつなの手に自らのを重ねた。
「それは嬉しい言葉だな。それに、そうやって自分を俯瞰して話せるせつなは、やはり落ち着いているし大人びていると、俺は思うよ」
「ふふっ、ありがと」
小さく笑って、せつなは千司の手を握り返す。
柔らかな手、肩に載せられた頭、かすかな息遣いが耳元で囁き、互いの存在を強く意識する。
「……っ」
ふと、反対側に座っていた文香が目を見開いて突っかかろうとするが——口をつぐんで下を向く。千司はそれに気付くと、空いている方の手で彼女の手を取った。
「……千司くん」
文香は千司の手を愛おしそうに見つめた後、きゅっと握り返す。
座っていた席を僅かに近づけ、二の腕が微かに触れる。
じれったい距離感と僅かに感じる互いの体温。
文香と視線が合った瞬間、千司は優しく笑みを向ける。
「……えへへ」
すると、つられるように文香も笑顔を浮かべた。
その光景をぼんやりと眺めながら、千司は思う。
(大丈夫、文香の方がせつなより利用価値は上だから)
しばらくしてライザの話は終わり、蒼い月光に見下ろされながら千司は二人を連れてコテージに戻るのだった。
§
翌朝、せつなと文香の二人は朝食を摂って早々に荷物をまとめるために寮へと戻っていった。千司も片付けようとコテージに向かおうとして——木陰にたたずむリニュと遭遇。
彼女はどこか上の空な様子で剣を片手にぼんやり青い空を見上げ、ぼさぼさの銀髪を風に揺らしていた。最近はずっとこの調子である。
日中訓練の際は勇者たちを観察して的確に指示を飛ばし、剣聖にふさわしい立ち振る舞いを心掛けているが、それ以外ではどこかやる気を失った印象を覚える。
そしてそれは、おそらく千司が原因だ。
何しろ、最近の彼女は千司を避けるようになっていた。訓練中も千司の方に近付くと露骨に踵を返したり、隣のせつなや文香にアドバイスを送っている。あまりにも露骨なため、その二人から怪しまれるほどだ。
だからと言って、千司から話しかけることもないのだが。
などと考えていると千司に気付いたリニュと視線が合う。
彼女はちらりと周囲を確認した後、口をぱくぱくと開閉させ——千司は無言でその横を通り過ぎた。
「……っ」
かすかに息を飲む音が聞こえ、小走りに遠ざかる足音を耳にした。
(落ち込んでるが、もうちょっと弱らせないとだよなぁ~)
せつなや文香、コミュ障の新色と違い、彼女は比較的まともな大人の女性である。ただ立場上相談できる相手が少なくて孤立しがちなだけ。
ならそこを突く以外の選択肢はない。
ふんふんっ、と鼻歌交じりにコテージまで戻ってきた千司は扉を開け——。
「勇者ぁ~!」
突然、飛び込んできたリゼリアを正面から受け止めた。
女性にしては高い身長と、鍛え上げられた筋肉。そして豊満な胸。
一応衝撃に備えた千司であるが、たたらを踏むようなこともなくしっかりと抱き留めることに成功。勇者ステータスに感謝である。
むぎゅっと押し付けられる胸の感触を惜しみつつ引き離そうとして——しかし彼女は離れようとせず、両手を千司の首に、両足を胴に回して強く抱き付いた。
「えっと、どうした?」
というか何故部屋の中に居たのか。
引き剥がすことは諦めて何しに来たのかを尋ねると、彼女は今にも唇が触れてしまいそうな至近距離で快活な笑みを見せた。
「どうしたって、会いに来たに決まってるだろ~? 今日はずっと一緒に居ようぜ、勇者ぁ~! それにしばらく会えなくなるならさ、その前に……な?」
ぺろっと唇を舐めて誘惑してくるリゼリア。
(まぁ、そんなことだろうとは思ったけど……どうするかなぁ。避妊薬もうないんだよなぁ……戸棚の奥の方に残ってたかぁ? ……最悪ライザに言えば貰えるかな。リゼリア帝国の人間だし。孕ませたら王国的に不都合の塊だろ、こいつ)
「んー、荷物まとめ終わってからな」
「かかっ、分かってるじゃねぇか! 愛してるぜ、勇者ぁ♡」
「俺も愛してるよ。……てかそろそろ降りない?」
「おりな~い」
わがままを口にするリゼリアに抱きしめられながら、荷物をまとめ始める千司。
しかしニマニマと笑みを浮かべ、首にキスしたり唇を甘噛みするリゼリアに、途中から片付けどころではなくなるのだった。
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