第5話 素晴らしき協力者たちとの関係性

 千司は迫りくるナイフを適当にいなして床に落とすと、ステータス任せにミリナを拘束。背後から首を締めるように手を回し、もう片方の手で彼女の両手を抑えた。


 ミリナは身体に触れられているのが不快なのかしばらくゲシゲシと肘鉄を叩き込んだ後、効果がないとわかると大人しくなる。


「すみませんでした。不審者かと思いまして」

「それはちょっと無理があるんじゃな~い?」

「……放してください」

「頼み事をするときはそれなりの言い方があると思うんだがなぁ」

「……チッ。放してください、ドミトリー様。お願いします」

「舌打ちが減点だけどまぁいいや。ほい」


 ぱっ、と拘束を解くと、彼女は殺意の籠った視線を千司に向け、どういう訳かその場で服を脱ぎだして見慣れた軍服に着替え始める。


 唐突なストリップショーに一瞬たじろぐも、理由を察せば手放しで喜べない。


「そこまでされると傷つくんだが」

「そのまま死んでいただけると幸甚でございます」


 相も変わらずな態度に内心苦笑していると、着替えを終えたミリナが大きくため息を吐いた。


「……はぁ。それにしても想定より早かったですね。ライザ王女が想定より早くレストーに現れた際は少し遅くなると聞いていたのですが」

「まぁ色々と偶然が重なってな。幸運だった」

「私にとっては不幸ですね。……はぁ」

「人の顔見てため息吐くなよなぁ」

「……はぁ」

「エルドリッチに言いつけちゃおっかなぁ~」

「チッ……」


 舌打ちを返すミリナを横目に千司は思考を巡らせる。


 元々地下闘技場の様子を見に来ることは確定事項であった。


 騎士やライザの調べで魔法学園の被害に関してはかなり把握している物の、未だにヘーゲルン辺境伯の顛末と『フレデリカの鉤爪』がどうなったのかに関しては、分からないままであるからだ。


 加えてジョン・エルドリッチと今後のことを話す必要があるし、アリアとも一度落ち合っておきたかった。現在二人は別の場所に身を潜めているため、ミリナを介して今後の予定を伝えるつもりだったのだ。


 本当は機を見てライザが来る前に訪れるつもりであったが、想定よりライザが早く魔法学園に現れた。その時は遅くなるかもしれないと、伝えていたのが先程の言である。


 本日を選んだのは夜にライザと会ったからだ。まさか彼女も会ったその数時間後に魔法学園を抜け出すとは考えないだろう。


 仮に千司の思考を読まれており監視が付けられていたとしても、今夜の千司は新色をコテージに連れ込んでいる。この状況で動く可能性はほぼゼロと判断されるだろう。


(ライザがいつ帰るか分からない都合、このチャンスを逃す手はない。……まぁ、これでバレたら魔王軍加入ルートとしゃれ込むか。戦闘力自体は無いから足手まといかもしれんが)


 千司はコホンと咳払いしてミリナを見やる。


 すると彼女は一度瞑目し、真剣な軍人の表情を浮かべた。


「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」

「わかりました。では歩きながら話すとしましょう」

「りょーかい」


 千司の言葉を無視するようにミリナは部屋の奥へと続く扉を開いて中へ。千司もその背中を追うのだった。



  §



 廊下を歩きながら千司は尋ねる。


「まず襲撃はどうなった?」

「全て予定通りに進んだとのことです。魔法学園にて『シルフィの右腕』を同胞とロベルタ様が。ヘーゲルン辺境伯領にて『フレデリカの鉤爪』を大尉とアリア様が。領主ルブルス・ヘーゲルンは死亡。周辺住民も大半が死亡したそうです」

「なるほど」

「そして、ヘーゲルン辺境伯襲撃に雇っていた盗賊らは予定通り放置。応援に来た騎士や周辺諸侯の私兵により討伐、数名捕らえられたとのことです」

「いいね~」


 盗賊の何人かを王国に引き渡した理由は単純、ラクシャーナ・ファミリーについて話してもらうためである。


 すでに王国は夕凪飛鷹殺害にジョン・エルドリッチが絡んでいることから、ラクシャーナ・ファミリーを敵対組織として認識しているが、まだエルドリッチが単体で行動している可能性もある。


 しかし今回の作戦では他の幹部でもあるフィリップも同行していた。


 そのことを王国にリークすることで、ラクシャーナ・ファミリー全体が王国に敵対していることを印象付けるのである。


(敵なんて居ればいるほど楽しいし、動きやすくなるからねぇ〜)


「……」


 ふと千司はミリナがジト目で睨んでいるのに気が付いた。


「どうした?」

「いえ、ちゃんと聞いているのかと思いまして」

「聞いてる聞いてる」

「相槌が適当なんですよ。もっとこう、話を聞いているって相手にわかるように……いえ、別にどうでもいいですね」

「……あぁ、どうでもいいな。次の報告」


 ミリナの言葉をバッサリと切り捨て先を促す。

 彼女は一度深呼吸してから続けた。


「奪った『ロベルタの遺産』は現在、『シルフィの右腕』をロベルタ様が、『フレデリカの鉤爪』を大尉が保管しております」

「ふむ」

「ロベルタ様は現在北区にある宿の一室で待機してもらっています。護衛には同胞が数人」

「あとで会いに行くか」


 そんな話をしながら廊下を抜けてさらに地下へと続く階段を下っていく。コツコツと靴音を響かせながら石階段を下りつつ、ミリナは報告を続けた。


「次に、昨日王国騎士が調査に参りました」

「早いな」

「騎士の中に見覚えのある顔があり、おそらくライザ王女の変装だったのかと」

「ほう」


 顎に手を当て格好をつけて返す千司であるが、内心彼女の動きの速さに舌を巻いていた。


 当然ライザが地下闘技場を怪しむ事は想定していた。


 その為に北区に顔の広いグエンを代表として扱い、ミリナの素性を隠すために秘書兼用心棒として行動するように指示を出していた。


 が、あまりにも早すぎる。

 昨日という事は魔法学園に到着して一日だ。


(何なのあの王女……)


 ミリナを見るに予定通り退けたのだろうが、それにしても訳が分からない。


「問題は?」

「ありません。グエンアレが想像以上の馬鹿で面倒でしたが、協力的な姿勢を取って中を調べさせました。ここを拠点として使っていたのは悟られたでしょうが、証拠がないのでごまかしようはありますね」

「それならいい。グエンくんの方は……まぁ、いいじゃないか。あれが彼の良さだ」

「理解できませんね」

「理解できないのが良いんじゃないか」


 愚か者ほど見ていて楽しいものは無い。


 逆に賢い子は見たくもない。

 ライザとか。

 何なら会いたくもない。


 そうこうしている内に階段を下り切る。そこにはモンスターの収容されている檻の数々と、両脇に並ぶいくつかの扉。そのうちのひとつでエルドリッチたちは魔法学園潜入まで待機していた次第である。


 千司はその隣の一室の扉を開けた。

 そこにはモンスターに持たせたり、万が一の際の予備の武器が保管されていた。


 千司は壁際に設置された武器の立てかけられている棚を動かし、下に敷いていた絨毯を足で捲る。そこには一見何の変哲もない床。


「相変わらず、知っていても全く分かりませんね」

「まぁ、そういうスキル・・・だからな」


 ミリナの言葉に答えつつ、千司は床の隅——黒い靄・・・の掛かった一部に手を突っ込んだ。


 すると、ごく普通の床に指が埋まり、そのまま引き上げると隠し扉が現れる。


 『偽装』スキルである。


「騎士たちは誰も気づきませんでしたよ」

「だろうな。実証済みだ」


 脳裏に過るのはロベルタが封印されていた大図書館に仕掛けられた『偽装』。このスキルは物を隠すのに最強のスキルである。


 隠し扉を抜け少し行くと、正面に二つの扉が並んでいた。


 千司が左の扉を選んで開くと、そこには大きな檻と中に閉じ込められた一人の少女がいた。目隠しをされ、鎖で手を繋がれている。


 千司の足音に気付いたのか少女はガタガタと震えながら顔を上げ、涙ながらに告げた。


「あ、あの、おね、お願い、しま、します……だして……ここから、もう、頭がおあしくなり、おか、おあ? なり、そうで……」


 そう言って、少女──不破千尋は地面に頭を擦り付けながら懇願するのであった。



  §



 不破の状態を確認した千司は一度部屋を出て右の扉を開く。


 そこにいたのはトレードマークの前分けが崩れた渡辺信也。

 どういう訳か彼は腕立てをしていた。


(……なんで?)


 まるで意味がわからない。

 そのせいか知らないが、渡辺は千司に気付く様子もなく目隠しされたまま腕立てを続行。


 考えるのをやめた千司は渡辺の檻を後にしてから一息つくと、無言で後ろについて来ていたミリナに笑顔を向けた。


「……よくやった」

「……」


 労いの言葉に目をぱちくりして見せるミリナ。


「どうした?」

「いえ……素直に褒められるとは思っていなかったので」

「何を言っている! お前が連れてきてくれたんだろう? いやぁ、よくやったよ! 全くもって素晴らしい!」

「……別に、薬で眠らされた二人を運んだだけですので」


 ふいっ、とミリナはそっぽを向いた。

 

 そう、二人がここに居る理由はただ一つ。

 千司が誘拐したからである。


 まず魔法学園襲撃当日。


 『魔法基礎学』の教師であるテレジアを脅して二人を呼び出してもらい、睡眠薬で眠らせる。次に、襲撃のごたごたに乗じてミリナが乗り込み、単騎で二人を連れて地下闘技場に運ぶ。


 以上だ。


 運び込むのはそこまで難しい事ではない。

 何しろ地下闘技場は定期的にモンスターを搬入しているからだ。いくらでも偽装にしようはある。


 ただ、危険な任務には違いない。

 それを見事達成してくれたのだから労うのは当然の事。


 因みにテレジア教諭は魔法学園で絶賛怯え中。


 千司が変装した『メッセンジャー』のことをライザたちに話すのかどうかは分からないが、どちらにせよ何も問題はない。


「でも感謝しているのは本当だ、ミリナ・リンカーベル」

「……?」


 唐突に仰々しい様相で名前を呼ぶ千司に彼女は訝し気に眉を顰めた。


「嗚呼、感謝しかない。かつてキミの婚約者を誘拐してできたこの! それがまさか、ここまで素晴らしい結果を生むとはなぁ……っ!」

「……ッ」

「くくくっ、怖い顔をするな。お前は人質にされた婚約者のために行動していればいい。……あぁいや、もう生きている可能性は捨てているんだったか?」

「ドミトリー……なんで、貴様は……ッ!」


 彼我の差を詰めて襟元を掴むミリナ。

 千司は細心の注意をしながら彼女を睥睨。


 じっ……と視線が交わること数秒。


「……はぁ」


 とため息を吐いて手を離した。


「いいのかぁ?」

「別にいい。大尉が貴様と組む限り、私はその指示に従う」

「婚約者はどうしたぁ? もういらないの~?」

「貴様がどうでもいい人質を生かしておくと思うほど、私はボケていない。……ただし覚えておけ」


 ミリナは言葉を区切ると殺意にあふれた視線で千司を睨みつけながら吐き捨てた。


「貴様は絶対私が殺す」

「あっそ、頑張って~」


 ひらひらと手を振りながら千司は地上に戻ろうとして、思い出したかのように振り返る。


「そうそう、二人の世話は頼んだよ」

「……世話?」

「あぁ、食事に着替え。あとは濡れタオルで多少の清潔感も忘れずに。人質は丁寧に扱う主義なんだよね、俺ってさ」

「……あっそ」

「言葉遣い」

「……わかりました」


 その返事を聞き終え、千司は同所を後にする。


(人質は丁寧に扱う主義……まぁ、頭に『面白そうな』が付くんだけども。ミリナの婚約者くんの場合は死んでた方が面白いからなぁ~)


 そんなことを考えながら応接室まで戻り、ジョン・エルドリッチやアリアといつ合流するかの旨と今後の動きをミリナに伝え、千司は地下闘技場を後にした。



  §



 次に訪れたのは北区の宿の一室。


 外装や一階のフロントはかなり寂れている物の、最上階に近くなるほど内装が綺麗になっていく。途中、物々しい雰囲気の男女数人の視線を感じたが、ドミトリーの顔のまま笑顔で手を振ると、全員姿を引っ込めた。


(ん~、見たことある顔もちらほら。王都でエルドリッチくんと会った時に護衛してた連中か)


 などと思考しつつ最上階の一室へ。

 扉をノックするが返事はない。


 夜も遅いしね、と思いつつ扉を押し開くと、そこには『シルフィの右腕』を抱きしめ、慈愛の視線を向けるロベルタの姿があった。


 見た目ただの幼女としか思えないというのに、その表情は妙齢の女性の如く色香があり、妖艶で、そして何より——優しい。


 まるで母親のような姿に、千司は日本にいる親を思い出してちょっぴりセンチメンタル。


 しかし今まで殺してきた勇者にも親は居たんだよなぁ……と思うと内心狂喜乱舞の大爆笑。酒の肴にぴったりである。飲まないけど。


 自然と口角が上がってしまうのを手で隠しつつ、コホンと咳払い一つ入れてからロベルタに声をかけた。


「やぁ、ロベルタ。先日は助かった。ありがとう」

「んむ? ……おぉ! せん——ど、ドミ……どっちで呼べばいいのじゃ?」

「今はドミトリーで頼む」

「わかったのじゃ。なに、協力者として当然のことをしたまでなのじゃ!」


 部屋にはいるなり向けられたのは爛漫の子供のような笑顔。

 そんな彼女に千司は出来る限り優しい笑みを浮かべ、出せる限り優しい声色で告げた。


「よかった。ちゃんとロベルタのもとに帰すことができて」

「……あぁ、感謝するのじゃ」


 そう言ってきゅっとシルフィを抱きしめるロベルタ。

 『シルフィの右腕』は右手の形をした義手である。材料は何なのか分からない。ただ、その大きさはロベルタの腕とさほど変わらないように見えた。


 つまるところ、子供の腕の大きさである。

 彼女は『シルフィの右腕』をじっと愛おしそうに見つめながら続けた。


「シルフィはいつも傷だらけじゃった。誰かが怪我をするくらいなら自分が、と言って身代わりになり怪我をする。愚かで、しかし優しく気高く……強い子なのじゃ」

「……そうか。いい子だな」

「あぁ、やや子たちはみな優しく素晴らしい子らなのじゃ。……そう言えば、トリトンを連れていたあの男はどこじゃ?」

「エルドリッチのことか?」

「そうじゃ。大尉とか言われ取ったあの男じゃ。早くトリトンを帰すように言うのじゃ。そうすれば、苦しめずに殺してやるのじゃ」


 その言葉に千司は逡巡してから答える。


「悪いが、トリトンくんにはもう少し協力を仰ぎたい。他の連れ去られた子どもたちを解放するにはエルドリッチとトリトンくんの力が必要不可欠なんだ」

「……そんな」


 しゅんとなって顔を伏せるロベルタ。


「すまない。だが、絶対に他の子どもたちも助けるから、少しだけ猶予をくれないか?」

「むぅ……わかったのじゃ。それに、元々は妾が弱いからいけないこと……なら、一時的に汝らにトリトンを預けるのじゃ」

「感謝する」


 何とか言質を取り付ける千司。

 ロベルタは戦闘面では雑魚同然であるが、今回の一件でその頭脳がいかに優れているか判明した。『シルフィの右腕』の回収だって、彼女が居なければ不可能だった。


 故に、出来る限り良好な関係は築いておきたい。

 そして、その知識の少しでも吸収しておきたい。


「そう言えば、シルフィたちを人の姿に戻すことは出来ないのか?」


 千司の問いに、彼女は悲しそうに眉をひそめてシルフィを抱きしめた。


「それは叶わぬのじゃ……やや子たちにかけられたのは人をアーティファクトに変える禁術。妾のいた時代の更に昔の古代魔法なのじゃ。おそらく今では妾しか知らぬ」

「ロベルタの更に昔って……何千年前に生み出された魔法何だか」

「そう言われると妾がすごくおばあちゃんに聞こえるからやめるのじゃ!」


 実際そうじゃん、という言葉は飲み込み、千司はぷりぷりと怒って見せるロベルタに平謝り。


「悪い悪い。因みに、そのアーティファクトに変える禁術って言うのはロベルタも使えるのか?」

「……やり方は知っておるが、実行は難しいのじゃ」

「何故?」

「……その前に、汝はどうしてそれを知りたいのじゃ?」


 目を見開き、能面の如き無表情で千司を見つめるロベルタ。

 仕方がないだろう。何しろ自分のやや子たちが犠牲になった魔法なのだから。

 それを知りたがる人間など怪しさの塊でしかない。


 しかし千司は特段焦る様子もなく、勤めて誠実に答えた。


「そりゃあ、ロベルタを苦しめた連中に同じ苦しみを与えるためだよ。勿論ロベルタが嫌だって言うなら、無理強いはしないけど」


 その言葉を受け、ロベルタは目を見開きながらシルフィをぎゅっと抱きしめた後、優しく部屋のベッドに寝かせて立ち上がる。


 そして——


うぬも優しい子なのじゃ」


 と言って、千司を抱きしめた。


「……」

「優しく、そして素晴らしいことを思いつくのか。まだ若いのに……嗚呼、なんと……なんと優しき青年か……っ!」

「ど、どうも」


 予想外の反応に一瞬動揺する千司。

 しかしロベルタは気にすることなく上目遣いに見つめてくる。


「かかっ、やはり汝は最後に優しく殺してやるのじゃ。全人類が死滅し、生きとし生ける知的生命体がこの大地から失せた後、苦しむことなく逝かせてやるのじゃぁ♡」

「あぁ、ありがとう。すごく魅力的な提案だ」

「なのじゃなのじゃっ♡」


 にこにこ笑みを浮かべるロベルタは徐に千司の頭を撫でようとして、背伸び。

 それでも届かないため千司が屈むと、嬉しそうに頭を撫でるのだった。



  §



 千司の頭を一通り撫で終えて満足気な表情を浮かべたロベルタは、こほんと咳払い一つ入れてから指を立てて説明を始める。


「まず、禁術の発動にはいくつかの手順が存在するのじゃ。まず対象となる人間。次に術式と、その起動に必要な膨大な魔力。最後に大勢の生贄じゃ。やや子たちに禁術が掛けられた際は、数百人ほど贄となったと聞いたのじゃ」


 その説明を受けて千司は思考。


「……でも、それだけなら、何とかなりそうな気もしますが?」

「問題なのは魔力じゃ。かつて行われたのは膨大な魔力の流れる龍脈・・の上。それでも魔力が枯渇し、数十人の魔法使いが死んだそうじゃ。そして、妾の居た頃と変わらないのなら、発見されている龍脈は国が管理しているのじゃ」


 『龍脈』と言われて思い出すのは大図書館と、魔法学園の闘技場。


 闘技場の地下に張り巡らされた魔法陣を千司は直接見ていない。

 しかしシュナック教諭の研究室から盗んだ資料に、そんな文言が存在していた。


「未発見の龍脈を見つけるのは難しいんですか?」

「そう簡単に見つかるなら国が先に見つけておるからのう」

「なるほど」


 確かに説明されれば難しい。

 しかしあくまでも難しいの域を出ない。


 決して、不可能とはとても思えなかった。


(さて、どうするかな)


「のう? 難しいじゃろう?」

「そうだな……すまない、いい案だと思ったんだが」

「構わないのじゃ。それよりもうぬが妾とやや子たちのことを真剣に考えてくれていることを嬉しく思うのじゃ。ありがとう、千司っ」

「どういたしまして。でも今はドミトリーだ」

「おっと、すまぬのじゃ」


 慌てて口を塞ぐロベルタに苦笑を浮かべ、そろそろ魔法学園に帰ろうとして——「そうじゃ」とロベルタが口を開いた。


「妾も話したのじゃから、汝にも一つ質問があるのじゃが……構わぬか?」

「もちろん構いませんよ」


(言いにくい事なら嘘を吐くだけの話だし)


 誠実さの欠片もない千司に対し、ロベルタは小首を傾げながら唇を動かした。


「先日妾が変装させられた栗色の髪の少女・・・・・・・……あれは誰だったのじゃ? 姿を偽るためだったのじゃろうが、いきなりあの格好にされて戸惑ったのじゃ~」

「あぁ——これのことですか」


 苦笑を浮かべるロベルタに、千司は自らの身体と声・・・・・・・を小柄な栗色の髪の少女の物に『偽装』して答える。


「そう、それなのじゃ! ……いったいそれは誰なのじゃ?」


 その問いに千司は顎に手を当て思考。


「そうですねぇ……対人関係に難ありな男に都合のいい妄想。或いは男受けする肉体を持ち自己肯定感を上げる為だけに存在する偶像。又は、プライドだけは高い馬鹿な男を吊るための幻想」

「んむ……? む、難しい言葉はよく分からないのじゃあ! というか女の格好でその喋り方は気持ち悪いからやめるのじゃ!」

「わかった。……んー、そうだなぁ。強いて言うなら——」


 千司は『偽装』を解いて奈倉千司の姿に戻り、告げた。


知らない子・・・・・、だな」

「結局よく分からないのじゃ」

「俺もよく分からん!」

「わははっ、一緒なのじゃ~!」

「いえ~い!」


 とかなんとか一通りロベルタと笑いあった後、千司は今後の動きを軽く伝えてから魔法学園へと帰るのだった。

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