第32話 二人の女教師を股に駆ける。
「へ、へぇ。コテージって、こ、こんな感じなんだ……凄く綺麗」
コテージに到着するなり、新色は部屋をきょろきょろと見まわしながら感嘆の息を零した。
「ですね。俺もかなり気に入ってますよ」
「す、凄いね、奈倉くんは……えへへ、先生として、は、鼻が高いよ……なんて」
えへへ、とはにかむ新色。
そんな彼女に、千司は僅かにテンションを落とし、深く息を吐きながらベッドに腰掛けた。この部屋はそれなりに広くベッド以外に座れる椅子は少し離れた場所にある。都合、話をするならば隣に腰掛けるのが必定。
そんな千司の予想通り、新色は特に疑問も抱くことなく隣に座ってきた。
マットレスが揺れ、ベッドが軋む。
「……」
「……」
部屋の中に静寂が降りた。
窓の外から聞こえてくる波のさざめきが優しく部屋の中に広がり、触れるか触れないかのもどかしい距離感に相手の体温を感じる。ちらりと新色を観察すれば、彼女は緊張した面持ちで足をそわそわと揺らしていた。
ふと、千司が彼女の手に触れると、びくりと肩が揺れる。
が、振り払うようなそぶりはなく、優しく握り返してきた。
「……新色さん」
「……っ、な、なく……せ、千司くん、ど、どうしたの?」
千司の言葉に応えるように、呼び方を変える新色。
上目遣いに問いかけるような視線を向ける彼女を、千司はそのままベッドに押し倒した。
「……っ!?」
彼女は驚きこそすれど抵抗は見せず、おずおずと千司の背中に手を回す。
「ど、どうしたの、千司くん?」
千司はそんな彼女に落ち込んだような表情を
「新色さん、少しだけ……いいですか?」
「……っ! ん、うんっ! も、もちろん、だよ!」
こくこくっと首肯を返した彼女の頬に手をあてがう。
新色は僅かに震えながらもきゅっと眼を瞑り、ゆっくりと顎を持ち上げた。
そして、千司はそんな彼女の微かに震える唇に、自らの物を重ねる。
「んっ、……ふぅ……んむっ、ぁむ……っ♡」
微かに漏れ出る甘い吐息に強く情欲が刺激され……千司はゆっくりと彼女が身に纏っていた制服のボタンを外し、久方ぶりに新色を抱くのだった。
§
情事が終わったのは夜の十時過ぎ。
ちらりと横を見れば、一糸まとわぬ姿で千司をぽーっと見つめる新色の姿。
「新色さん、大丈夫でしたか?」
「え?」
「ほら、前した時は初めてだって言ってたし、今回も久し振りだったし」
「う、うん。……まぁ、その、な、慣らしてたから……い、いつでも、せ、せんっ……千司くんに、さ、誘われても、い、いいように……っ」
顔を真っ赤にしながらもこしょこしょと告げる新色。
「……エロいですね」
「っ、も、もうしないっ!」
率直な感想を述べると、新色は恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
そんな姿に千司は苦笑を浮かべながらも「すみません」と謝罪。
すると彼女は頬を膨らませつつも振り返り、上目遣いに尋ねて来た。
「……そ、それで、ど、どうしたの?」
「……何がですか?」
「あ、甘えたいって、言っていたから……急に、こ、こんな……嬉しい、けど、なんでかな、って……」
気遣うような態度で心配そうに見つめて来る新色に、千司は再度表情を暗くして答える。
「……わかりますか」
「せ、先生だもん」
(まぁ、これだけヒント出して気付かなかったらどうしようとかなり心配してたんだが……よかったぁ、気付いてくれて)
そんな千司の思考になど欠片も気付かない新色は、えへんっ、とベッドに横になりながら胸を張る。当然服は着ておらず、先ほどまで激しく揺れていた豊満な胸が千司の胸板に押し付けられてぐにゅりと形を変えた。
「……誘ってます?」
「い、今のは、ち、違う、から……そ、それより、どうしたの?」
慌てて首を横に振りつつも、直ぐに教師然とした表情に変わる新色に、千司は一瞬だけ躊躇う演技をしてから彼女に縋るように独白を始めた。
「正直に言うと、少しいっぱいいっぱいになってまして……」
「……」
「魔法学園に来てから、みんなが舐められないように決闘して力を示したり、横の繋がりを広げたり、それなりに溶け込めるように色々と頑張りながら訓練していたんですが……それが、全部無駄になってしまったので……」
「あっ、その、そ、それって、あの……き、昨日の大賀くんたちのこと?」
その言葉に千司は首肯。
コミュ障ボッチでどうしようもない彼女であろうとも、大賀が暴れ、その結果として岸本や富田の悪評に始まり、一部勇者がその巻き添えを喰らっている現状を把握していた。
何しろ大賀が暴れたのは五組で、新色が所属するのも五組だから。
即ち、彼女は先日の一件を一部始終見ていたということになる。
仮にも教え子なのだから止めろと言いたいが、無理な話である。
「せ、千司くんの、せいじゃない、よ……?」
「でも、守れなかった……あいつらの居場所を」
「千司くん……」
悔し気に唇を噛みしめて演技しつつ、新色を観察。
彼女は千司を慰めるように動くだけで、それ以外は何もない。
仕方がないと判断し、千司は彼女に一つ提案した。
「新色さん、ひとつお願いがあります」
「……っ、な、なにっ!? せ、先生に出来ることなら、な、何でもする、から!」
千司の頼みに、新色は緊張しながらもやる気を見せる。
召喚された当初の彼女ならば何もできないと肩を落としていただろう。事実、彼女には何もできない。何かをできるほどの力を有していない。
しかし、千司は彼女を頼り、魔法学園に来てからも『分析者』の力を借りて定期的に勇者や一部生徒のステータスを見ていた。
つまるところ結果を生み出したという成功体験を積ませていたのである。
それはあくまでも『分析者』の力で彼女本人の力ではないが、関係ない。
千司は彼女に対して笑みを浮かべ、感謝の意を表す。
「ありがとうございます。その、お願いというのはですね……岸本と富田を呼び出して、相談に乗ってあげて欲しいんです。……
「……せ、先生として……で、でもっ、それは、せ、千司くんの方が……その適任なんじゃ……な、仲もいいみたいだし」
その言葉に千司は首を横に振る。
「はっきり言って俺では逆効果になるかもしれません」
「ど、どうして?」
「今の二人を取り巻いている問題が、女性関係に起因するものだからですよ。……ほら、一応俺って彼女が二人いますし……そんな奴に大丈夫か? 何て言われても腹立つじゃないですか」
「た、確かに……ていうか、よ、よく考えると、私たちの、か、関係、って、う、浮気に、な、なるんだよね……」
「すみません、節操がなくて」
「そ、そんなこと……っ、せ、先生だって……せ、先生の方が、本当は、と、止めなきゃいけない、立場だし……それ以前に、せ、先生が生徒とヤるな、って、は、話なんだけど……」
はははっ、と乾いた笑みを浮かべる新色。
千司はそんな彼女の瞳をまっすぐに見つめて——。
「でも、浮気でも……俺は新色さんの事、愛してますから」
そんな心にもないことを口にして彼女の唇を奪う。
「んむっ……ん、も、もう……えへへ」
照れたように微笑む新色は……徐に千司の胸板に顔を寄せると決意したように囁く。
「さ、さっきの話……頑張ってみる、せ、先生、として」
「はい、お願いします。……あ、それとこれはあくまでも提案なんですが、呼び出すタイミングは——」
岸本、富田を呼び出すタイミングについていちゃいちゃしながら相談していると、顔を真っ赤にした新色が「ま、また、したくなっちゃった」と甘えて来たので再度千司は彼女を抱きしめ——夜は更けて行った。
§
「さてと」
草木も眠る丑三つ時。草木と一緒に新色も熟睡したのを確認してから、千司はそっとベッドを抜け出しコテージを後にする。向かう先は研究棟。
シュナックの事件以降、一階の一部が立ち入り禁止となっているが、目的の人物の部屋はその限りではない。
千司は自らの顔をイル・キャンドルに『偽装』するとコンコン、と扉をノック。
数秒の間を置いて、おずおずと扉が開かれた。
どうやら中の人間は起きていた様子。
仮に寝ていても問答無用で室内に侵入して叩き起こすだけなのだが。
扉の隙間から顔をのぞかせたのは黒縁眼鏡の白衣の女教師、テレジア。
彼女は千司の顔を見るなり怯えたように震え、今にも泣きだしそうな表情を浮かべる。
「どうも、メッセンジャーだ。入ってもいいかな?」
「うぅ……は、はい……」
おずおずと研究室に招き入れるテレジア。
室内はシュナックの研究室とそこまで変わりはない。
違う点があるとすれば、彼の部屋は魔法陣が大量に合ったのに対し、こちらは書物や魔石、杖などが多い点か。どれもこれも『魔法基礎』で扱う物ばかりである。
「さて、まずは
「なんで、なんで……こんな、何が、目的なんだ……っ」
「褒めたのだから多少は喜んでもいいのだけれど、まぁいいや——それじゃあ次の命令を伝える」
情緒不安定な彼女の相手も面倒なので、さっさと話を伝えて引き上げようとする千司であったが、テレジアは震えながら頭を抱える。
「何だよ、何なんだよ……いったい、何なんだ、教えてくれよ!」
「ボクはメッセンジャー。伝言を伝えるだけだ」
「なんで……前言われたことはちゃんとやっただろ! ちゃんと『レストー海底遺跡遠征訓練』を実施するように学園長を動かした! 言われたことはやったじゃないか!」
その言葉に、千司は
それはシュナックの一件から数日後のこと。テレジアの言う通り、千司は彼女に『レストー海底遺跡遠征訓練』が中止されないよう、フランツをそそのかすように依頼した。
方法は簡単、千司が彼を煽りに煽った結果、フランツは勇者に対して強い悪感情を抱いている。加えてシュナックという他国のスパイが入り込み、その親玉がどこのだれか分からないという
そこに、『勇者は夕凪飛鷹の死以降、実戦を怖がっている』という情報と、汚名返上のチャンスだと、告げる。
結果として、フランツは千司の手のひらで踊った。
「何を、考えている。……お前は誰の伝言を伝えている! 後ろに居るのは誰だ!? 私は、私は……っ、誰の手で踊らされている……」
別に後ろに誰も居ないし、強いて言うなら千司の手であるがもちろん教えることは無い。悲痛に顔を歪める彼女に千司は淡々と告げる。
「ボクはメッセンジャー。答えを保有しない。そして、貴女に拒否権もない。貴女はすでに取り返しのつかない状況にある。後に引くことは出来ない」
「……っ」
「我々から逃げれば貴女が隠蔽に関与した魔法学園の一件は外に漏れることになる。当然、国の重要機関で起こった事件をもみ消した貴女を王女は見逃さない。他国に対する見せしめとして与えられる限りの苦しみでもって、処刑されることだろう」
「うぅ……ふぐっ、うぅぅうううううっ」
髪の毛をくしゃりと握りつぶし、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら嗚咽とも悲鳴ともとれる呻き声を上げるテレジア。
そんな壊れる寸前の様な彼女に、千司は優しい声色で言葉を続けた。
「貴女は後には引けない。けれど、前には未来が広がっているっ! ボクが伝える伝言通りに動けば、未来の貴女は何の憂いもなく幸せな笑みを浮かべていることだろう」
(それがこの世とは限らないが)
千司のそんな思いに気付くわけもなく……テレジアはぐちゃぐちゃの表情のままに首肯。
「わ、わかり、ました……」
「それでは同士テレジアに主からの伝言だ。……三日後、一組がレストー海底遺跡遠征訓練へと赴く日、二人の生徒を呼び出し、こちらの薬を服用させなさい」
「こ、この薬は?」
「気になるようなら自分で飲んで試してみたらどうだろうか? そうすれば呼び出す生徒は一人になるね」
「……いえ、なんでもありません」
暗に、お前が身体を張れば、正体不明の薬を生徒に飲ませなくていいと伝えた千司であるが、テレジアは震えながら首を横に振る。我が身大事なのは容易に想像がつく。
そもそも、我が身が可愛くなければアリアの拷問事件隠蔽に関与などしないだろう。
「薬は珈琲にでも溶かして飲ませてください」
「……はい。それで、誰に飲ませればいいのでしょうか?」
その問いに、千司はにっこりと笑みを浮かべてから
「……っ」
「では詳細な方法ですが……」
それから十分ほど、より詳細な話を告げてから千司は研究棟を後にする。
外に出ると、冷たい海風が頬を撫でた。
「……さむっ」
アシュート王国は年がら年中過ごしやすい気候であるが、夜ともなればかなり冷え込む。
(さっさと帰ってコテージで休むか……
などと思考しつつコテージへ。
音を立てないよう『偽装』しながらベッドに潜り込み、新色を抱きながら眠りに着くのだった。
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