第24話 犯罪準備

 ある日の放課後、魔法学園の制服に身を包んだ二人の少女が廊下で立ち話をしていた。授業が終わったばかりで周囲に人も多く、溢れる喧騒の中で、一人が口を開く。


「最初はどうなるかと思ったけど、時間が立つと案外慣れてきたね」

「勇者のこと?」

「そうそう。来て早々にランキングを荒らしたのは最悪だったけど。今でも恨んでる子多いみたいだしね」

「貴族出身の子が多かったもんね。……はぁ、当たられるのは私たちみたいなランキング下位の生徒だって言うのに」


 ため息を吐く少女たちに、ふと別の少女が近付いた。

 栗色の髪を揺らす彼女はごく自然に「ねぇ」と会話に入ってくる。


「それって勇者のこと? 確かに、迷惑だよね……」

「え? あぁうん。そう。魔王と戦ってくれるって言うからあまり言いたくないけど……もうちょっと考えて行動して欲しいよね、って」

「確かに……あっ、そう言えばあの噂知ってる?」

「噂?」

「なにそれ」


 頭上に疑問符を浮かべ、顔を見合わせる少女たち。

 そんな二人に栗色の髪の少女は人差し指を立て、小声で告げた。


「一部の勇者が、女子生徒に乱暴したって噂」

「え、ほんと?」

「いくら何でも、勇者なんだから流石にそんなことは……」


 突拍子もない発言に、少女たちが苦笑を浮かべる中、栗色の髪の少女は身を掻き抱き、俯く。言外に何かある・・・・と伝えるように。


「まぁ、あくまでも噂だから」

「……っ、で、でも確かに視線を感じるときはあるかも」

「そ、そうよね」

「よかった、私だけじゃなかったんだ。その、特に下級勇者の男子が、ね? ほら、上級勇者の人たちに比べて結構下に見られてるから、そういう鬱憤をため込んでるのかなって」

「だからって気持ち悪~」

「確かにいい気はしないわね」


 性的な視線にさらされていい気はしない。それが自身の魅力からくるものなら別なのかもしれないが、格下だから大丈夫という思いが根底にあるとなれば不快以外の何ものでもない。


「それに、いざ襲われたら抵抗できないし……」

「下級勇者って弱いんじゃないの?」

「それランキング上位者に比べてって意味よ。ランキング下位の私たちなら相手にならないわよ」

「でもさ、やっぱり勇者がそんなこと……」


 否定したがる少女に、栗色の髪の少女は首を横に振った。


「ううん、勇者だからこそ、かも……だって勇者は王国貴族も超える国賓。下級勇者でもこの学校の誰よりもVIP扱いだから」


 その言葉に、二人の背筋に悪寒が走る。


「確かにそう考えたら最悪。私も気を付けよ……」

「私も、って。あんたなんか狙われないわよ」

「うるさいなぁ、もう! ……あー、でも篠宮さんや奈倉さんならありかも」

「上を見るわね。篠宮さんはともかくとして、奈倉さんは勇者の女子二人と付き合ってるって聞いたけど?」

「つまり一人ぐらい増えても大丈夫ってこと!?」

「こらこら敬虔なへリスト教徒を前に不貞なことを口にしない! 奈倉さんもなんで二人同時に……あの人のああいう側面は大嫌いね」

「あはは、まじめー。……って、あれ? さっきの子は?」

「……居なくなってるね。あんたが下世話な話を始めたからでしょ?」

「たはー、そうかも! 今度見かけたら謝っとかないとね! それであの子の名前は?」

「? あんたの知り合いじゃないの?」

「……え? 『知らない子』だけど」


 二人の脳裏に一瞬『知らない子』の噂が過るが、苦笑を浮かべて頭を振る。

 そんなことはない、ただの偶然だ、と高をくくって、二人はそれ以上の詮索をやめた。


 気が付くと、先ほどまで周囲に居た他の生徒たちもまばらになっており、各々帰路に着いている。二人は顔を見合わせて頷くと、早々に寮に帰ることにするのだった。



  §



 深夜、千司は偽装を使って魔法学園を抜け出した。

 すっかり慣れたものになっているが、油断はできない。

 夜間であろうと警備の人間が厳重に学園を囲っているからだ。


(まぁ、『偽装』の前にはザルも同然だが)


 正直王宮から抜け出す方が緊張感があった。何しろあそこには千司が一番面倒に感じている人間、ライザとその私兵が警備をしていたのだから。


 魔法学園を脱出した千司は『偽装』で顔をドミトリーに変えると、レストー北区へと向かう。治安が悪いと言われるそこは建物の建築様式こそ大通りと大差ないが、深夜にもかかわらず多くの人間が外をうろついている。


 身なりもあまり良くなく、一様に殺気立った様相を醸し出していた。


 そんな彼らを無視して向かうのはとある廃屋。扉の前には酔っ払いが座り込んでおり、身体中から酒のにおいを漂わせていた。しかし瞳には欠片の酔いも伺えず、千司を睥睨。


「ドミトリーだ」

「おぉ、旦那だったか。悪い」

「酒臭いぞ、まさか本当に飲んでるんじゃないだろうな」

「匂いに関しちゃ旦那の発案だろうが。酒に浸した服を着て泥酔を装うなんて、用心深いにもほどがある」

「声がでかいぞ? まぁいい。作業は?」

「中の嬢ちゃんに聞いてくれい」

「あいつ血の気が多いからめんどくさいんだよなぁ。そこが可愛いんだけど」

「あっしはここで夜風に当たってるのが性分に合っていますので……んじゃ、どうぞ」


 そう言って酔っ払いが退いたので、千司は木製の扉を無遠慮に押し開いた。

 中はそれなりに小綺麗で、とてもではないが廃屋とは思えない。正面にはもう一つ扉が存在し、開くと地下へと続く階段が。


 下っていくと、かなり広い空間に出た。

 数十年前、街の隅に追いやられた北区に人間が、街の中心部を取り返すために武器や道具を隠し、テロの作戦を練っていた隠れ家である。結局主犯が買収され作戦はおしゃかになったが、武器が押収された後も地下空間はそのままになっていた。


 そして、その地下空間では現在、複数の人間がある作業を行っている。


「……しねっ」

「おっと、いきなりだな。ミリナ」

「チッ……手が滑りました。何の用ですか、ドミトリー様」


 地下にやってくるなりナイフ片手に飛び掛かってきたのは、エルドリッチの部下ミリナ・リンカーベル。バックステップで回避する千司に、彼女は舌打ちしながらナイフを懐に戻した。


(なかなか面白い具合に仕上がってるなぁ……)


「進捗を聞きに来た」

「もうほぼ完成です。明日から動かすようにと大尉が」

「了解。……これで、また荒稼ぎできそうだなぁ」

「稼ぐなら薬でもいいのでは?」

「薬で稼ごうと思えばかなり広範囲で売りさばかなきゃいけない。が、俺はそこまで人を管理できる人間ではないからな。それに、俺は成功体験を大切にするたちだ」


 もちろん嘘だが。


「それで考えたのが、これ・・と」

「そう言うことだ。頭が良くて助かるよ」

「チッ……あ、髪に埃が」

「え? ……うおっ」


 呼び止められて振り返ると鋭い切っ先が一線、反応が遅れて頬の皮一枚切り裂かれそうになる寸前、チャイナドレスの女がかかと落としの要領で手からナイフをはじき落とした。


「……ミリナ、これ以上は看過できない。殺すよ?」

「分かったから近付かないで。股の汁が飛び散る」


 現れたのはアリア。彼女にはこの現場の監視および不審者の排除を依頼していた。

 そんな彼女は今日も今日とて元気にあへあへ、ギラギラ輝く瞳で蹴り落したナイフを拾い、またから透明の液体をだらだら垂らしながらミリナに近付く。


(そのうち脱水症状で倒れるんじゃないか?)


「アリア、そのぐらいにしろ。それと殺すにしてもミリナはやめてくれよ。色々不都合が多い」

「そんなぁ……」

「代わりに殺しの舞台を用意してやるんだから我慢しろ。っと、そっち・・・に関しても話さないとな」


 千司はミリナを手招きして、作業空間から移動。

 人気のない別の個室に移動すると、椅子に腰かけ話を再開させる。


「話って?」

「『ロベルタの遺産簒奪計画』に関してだ。今回狙うのは『ヘーゲルン辺境伯』が持つ『フレデリカの鉤爪』だ」

「ヘーゲルンの領地はこの街の近くだったはずですが……勇者も居て視線が向いています。危険では?」

「だからだよ、ちょっといい作戦がある。で、手を貸してくれるこっちの戦力は?」


 千司の問いにミリナは不服そうに顔を歪めてから目を閉じ、エルドリッチから聞き及んでいた内容を口にする。


「大尉と私たち。それとフィリップ殿が部下を何人か集める、と。残りは『トリトンの絶叫』を盗んだ時同様、盗賊を雇うつもりと大尉はおっしゃっておりました。ただ、王国に隠れて武器を集めるのに少し時間がかかりそうだ、とも」

「武器? お前たちは持っていないのか?」

「我々は持っていますが、フィリップの部下はそうではない。あそこは薬が専門ですから。それに盗賊にもある程度先に餌を与えておかないと、無能を晒されても困ります」


 その言葉に千司は逡巡し、口端を持ち上げた。


「なら隠す必要はない・・・・・・・。時間優先でフィリップの部下に与えろ。盗賊にはついでに村も襲うからそっちの分け前はすべてやると言えばいい」

「……あの王女に狙われるのでは?」

「まぁ、策は考えてるから。とにかくエルドリッチ殿にそう報告してくれ」

「……わかりました」


 首肯を返すミリナに、千司は笑みを浮かべる。

 そう、策はある。幾重にも練った策が。

 ただそれが、ラクシャーナ・ファミリーの利になる策かどうかは分からないが。


「ふわぁ……あぁ。んじゃ、もう眠いから帰るわ」

「あっそうですか。ではさようならドミトリー様」

「はいはい」


 常に殺気をまき散らしていたミリナを挑発するようにひらひらと手を振りながら部屋を出て行く千司。次襲ってきたら殴り返してやろうかな、などと思案していたが、彼女は何もすることなく千司を見送った。


「話、終わった?」

「あぁ」


 部屋から出ると外で待っていたアリアがひょこひょこと近付いてきて、ぴとっとくっ付いた。


「いひひっ、ドミトリーは私をどこに配置する予定なの? どこで誰を何人殺させてくれるの?」

「まぁ、その時が来てからのお楽しみという事で」

「え~けち……はっ、これがサプライズってやつ!?」

「あー、そうそう。殺人サプライズ。殺す相手はふたを開けてからのお楽しみだ」

「いひっ、いひひっ♡ じゃあ、待ってるね?♡」


 口の端から涎を垂らす彼女を適当にあしらいつつ、千司は地下室を後にする。


 埃っぽい地下から抜け、酔っ払いに挨拶してから外へ。

 夜風が心地いい。


 青く煌めく月光が夜の町を明るく照らす一方で、建物の影はより一層黒く深く。

 千司はふらふらと歩きながら魔法学園まで戻って来ると、自身の姿と音を『偽装』し侵入。周囲に見張りが居ないのを確認するとドミトリーの顔を解除して、学園内を歩く。


 学内に入ってしまえばだれに見つかっても言い訳は立つ。

 千司は堂々と道のど真ん中を歩き——ふと、静寂の中で擦れる足音を耳にした。


(巡回の警備か?)


 と、そちらへ視線を向けると、そこには教職棟から出てくる人影がひとつ。

 夜の暗がりと距離もあって顔も、男か女かも分からないが、その人影はきょろきょろと周囲を見渡すと千司に気付き、慌てたように走り去った。


(……なんだぁ?)


 特に興味もないが逃げられたら、ついつい追いかけたくなるのが男である。

 特にデメリットもないので人影が逃げた方向に足を運ぶと——しかしそこは行き止まりになっており、誰の姿も存在していなかった。即座に地面の足跡を確認するが、余程用心深かったのかすべて消されている。


(どうやって逃げたんだ? つーかなんだ? 誰だ? ……面倒なイレギュラーとか全力でお断りなんだが)


 人影の行動からおそらく何かしらの悪事を働いていたのは間違いない。

 千司としては周りの迷惑になる行動を行う者は全員友達なので、教えてさえくれれば自由に暴れて欲しいというのが本音である。


(できればうまい事動いて、俺の役に立ってくれるといいんだが。もし面倒ごとを増やされるのなら――その時は早々に処分するとしよう)


 アリアと行動することが増えてきている影響だろうか。隣で楽しそうに人殺しをする彼女を見ていると、千司にも積極的にヤってみたいと思うことが増えてきていた。


 もちろんまだ自制の聞く範囲であるが、隣の芝生は青く見えるというやつか。


(アリアはこの学校で拷問をしてたんだよなぁ。なら俺もそっち方面の方法で……いやいや、あるいはリーゼン教諭から教えてもらった戦術を最大限に生かして……)


 などと、そんなことを考えながら千司は水上コテージに戻るのだった。



  §



 そして翌朝、千司の不安は的中した。


 いつものようにベッドで目を覚まし軽く伸びをしてからリニュとの早朝訓練が行われるグラウンドへ向かい、しかし彼女の姿がない。どこにいるのか、とキョロキョロ探していると、遠くから人の声が聞こえてきた。


 声は教職棟の方角。


 向かって見ると人だかりができていた。と言ってもその場にいるのは全員大人で生徒の姿はない。大方まだ寝ているのだろう。


 リニュの姿はその人だかりの中心にあった。

 彼女はセレン団長と共に、魔法学園の学園長フランツ・セッテンと何やら神妙な顔で話し込んでいる。その三人だけなら問答無用で割り込んでいく千司だったが、あいにくとこの場には他の教職員の姿もある。


 仕方がないので一番近くにいた白衣の担任テレジアに声をかけた。


「テレジア教諭、何かあったんですか?」

「え? あぁキミか。……いや、何でもない。学生には関係のない事——」

「むっ、センジか?」


 テレジアが拒絶の色を示そうとしたとき、話し声に気付いたのかリニュがこちらを向いてちょいちょいと手招き。人垣を分けて中心に向かうとフランツから訝し気な目を向けられるが、リニュはそんなことはお構いなしとばかりに千司に告げた。


「いいところに来たセンジ。少し知恵を貸せ」

「まて、何がなんだか分からない。説明しろ」

「なっ、剣聖様になんて口の利き方を——」


 千司の態度に顔を顰めるフランツ。

 しかし、


「黙ってろフランツ」

「……剣聖様がそうおっしゃるのでしたら」


 リニュの言葉に素直に態度を落ち着かせた。


「それで、何があったかだが……端的に言うと昨夜学園長室に泥棒が入った」


 それを聞いて、千司は昨夜見た人影を思い出す。

 つまりはその人影が犯人だ、と。


(また面倒臭いところに遭遇したもんだ)


「で、盗まれたものは?」

「それは……」


 何故かそこで僅かに言い淀むリニュ。

 しかしやがて意を決したように手を握り、唇を噛んでから口を開いた。


「勇者の能力やステータスがまとめられた資料だ」


 その言葉に、リニュだけではなくセレン、フランツまでもが申し訳なさそうに顔を伏せる。それもそうだ。何しろ魔法学園に来た理由は勇者の安全を確保するため。

 だというのに、その勇者の能力が記された資料が盗まれたと来た。


「……はぁ」


 千司は大きくため息を吐き、頭を押さえて思う。


(あの泥棒最高かよ~!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る