第25話 罪人捜査
場所を学園長室に移した千司は改めてリニュから詳しい話を聞くことにした。
同所に居合わせているのはリニュ、セレン、フランツと警備主任の男。そこに千司を含めた計五人が顔を見合わせる。
フランツと警備主任の男は千司の存在に疑問を抱いているようだが、リニュは顎に手を当て、目を細めながら千司に話し出した。
「事件は昨日の夜だ。この学園長室から勇者に関する資料を何者かに盗まれ、今朝出勤したフランツが異変に気付き発見した」
「犯人の目星は?」
「まだだ。というより、あたしも騒いでいるのを見かけて話を聞いたばかりだったものでな……あの場所に到着した時間はセンジと大差ない。故に……どうなんだフランツ。目星はあるのか?」
その問いかけにフランツは千司を気にしながらも瞑目。
逡巡したのち首を横に振った。
「魔法学園外からの侵入はないかと思われます。夜間とはいえ、警備は万全でしたから」
「ならば内部犯か……外に逃げた可能性は?」
リニュの問いかけに答えたのは警備主任の男。
彼は腰に下げた直剣をガシャリと揺らす。
「それはありません。異変を察知してすぐ警戒態勢を取りましたので。我々の警備は完璧です」
「完璧なら盗みなど発生するはずないのだがな」
「……それもそうですね。勇者様方にはなんとお詫びしていいのか」
盗まれた物が物だけに、警備主任の男は膝を折り、顔を伏せて謝罪。
自身の仕事の不手際を認めているのかと思えば、その態度からは勇者である千司に対して敬意のようなものを感じた。
「詫びはいい。まぁ、詫びん奴よりは何倍もマシだが……」
ちらりとフランツに視線を送るが彼はそっぽを向いて気まずそうに唇を噛んでいる。
額の発汗、小刻みに揺れる足と荒い息。その視線は千司ではなくリニュとセレンへと向かう。読み取れる感情は
「それでセンジ。どうする?」
「それを俺に聞くのか……。まぁどうするかと聞かれれば取り返す。或いは盗んだ奴を殺す」
「……そうか」
僅かに言い淀みながらも首肯するリニュに対して、待ったをかけたのはセレンだった。
「奈倉千司。殺すのは待ってくれないか? 貴公の怒りももっともだが、事情を聴きたいし、裏も調べたい。できれば生かした状態で拿捕したいのだが」
「……それもそうですね。じゃあ出来るだけそうしましょう。ですが、もし難しいと判断すれば、その際は構いませんね?」
「承知した」
渋々と言った様子で了承を返すセレンを見届け、千司は容疑者を絞るためにフランツへと視線を向けた。しかし相も変わらず彼は心ここにあらずと言った有様。
(まぁ、元々期待はしていなかったがここまで無能も珍しいな。が、無能には無能なりの使い方がある。今は放置するとして——)
次に視線を向けたのは警備主任の男。
「まずは容疑者から絞りたい。この部屋に勇者の資料があると知っていたのは誰だ?」
「教員なら誰でも……それと私の部下数名。騎士団の皆様は……」
「いや、リニュたちを疑う必要はない。こいつらならそもそも資料を盗まなくても勇者に直接聞けば全員簡単に教えてくれるからな」
「そうなのですか。では、教員と私の部下たちだけかと。ただ、私の部下が口を滑らすことはありませんが、教員の誰かが第三者に零す可能性は充分に考えられるかと」
「なるほどな。ならば昨夜お前たちはどこにいて何をしていた?」
「我々は夜間警備に就いておりました。資料のことを知る者も同様です」
「証人は?」
「他の部下。また一部貴族の護衛も近くにおりましたので彼らが目撃してるかと」
「そうか」
千司は警備主任の男のアリバイを尋ねながら、同時作業で室内を調べる。
(下足痕はない。指紋は探せばありそうだが、調べる方法なんざ知らん。扉には鍵があって、壊された形跡はない。……って、なんか探偵みたいでワクワクするな。人が死んでたらもっと楽しかったのに)
「この部屋の鍵は?」
「他の鍵と一緒に一階の金庫に。金庫の番号は教員なら誰でも知ってるかと」
「てことは教師が怪しいか……」
などと適当に推理のまねごとをする千司であるが、正直に言って犯人に対しての怒りは欠片もない。むしろ魔法学園の信用度を叩き落とすお手伝いをしてくれらのだから、抱きしめてあげたいほどだった。
しかし、それは別として警備の人間やリニュたちより早くその正体を突き止めるつもりである。感謝はしているが犯人には直接会ってまだ役に立ってもらいたいことがあるからだ。
逡巡した千司は警備主任の男に目を向け、ある頼みごとを口にした。
「なぁ、一つ調べて欲しいことがあるんだが……」
内容を伝えるやいなや、彼は「分かりました」と恭しく一礼すると足早に部屋を立ち去って行く。
その背中が見えなくなるのを確認してから息を吐く。
そして残されたほか三人を睥睨。相も変わらず無能を晒すフランツに、自身も何か役に立てないかとそわそわするセレン、そして千司のことをじーっと見つめてくるリニュ。
「……なんだ?」
「い、いや……ただこういう時にセンジがいると助かるな、と」
「機嫌を取ろうとするな。それにこれは適材適所。分かってるんだろ?」
「……っ、やはりセンジと話していると、たまに王女と話している感覚に陥る事があるな。……すまない、助かった」
そう言ってリニュは首を垂れた。
隣に居たセレンは状況が読み取れず頭に疑問符を浮かべる。
「奈倉千司、どういうことだ?」
「あの場でまとめ役として働くのが自分ぐらいで、その指示を押し付けたことに対して剣聖サマが引け目を感じてるってだけですよ」
千司が合流した直後、その場にいたのは全員容疑者である。
リニュたちが盗む可能性がないことは勇者である千司なら理解できるが、警備主任の彼やフランツからすれば『絶対にない』とは言い切れない。
そしてそのほかの人物も、教員であり、容疑者。
迅速に行動しなければならないあの状況で、信用できない者に指揮を取らせるわけにはいかない。そこで白羽の矢が立ったのが千司だったという訳だ。
何しろ千司は盗まれた資料に書かれた本人なのだから。リニュも、そして警備主任の男も即座にそれを理解して、千司に一時的な指揮を任せたのだ。
「セレン団長も、当然わかってましたよね?」
「へっ? え、あぁ……うぅ……す、すまない。最近気づいたんだが私はあまり頭が良くないみたいで……全然わからなかった」
素直に謝罪を口にするセレン。
ここ数日で彼女の人となりが分かってきたが、なかなかにまっすぐな人間——つまりは千司とは真逆の人種のようであった。
(セレンちゃんの倫理値ってプラスにカンストしてのかなぁ……もしそうなら逆カンストするまで曇らせてぇなぁ~)
そんな最低なことを考えている内に、外が騒がしくなってくる。
窓から覗けば生徒たちが続々と登校を始めていた。
「取り合えず、頼んだ調べものが終わるまでは何もできないし、俺も学校に行っていいか?」
「そうだな。我々も警戒態勢は解かず、今日一日は誰一人出入りを許さないと約束しよう」
「あぁ、頼んだ」
警備をリニュに任せ、千司は学園長室を後にした。
§
学校に到着してHRを終えた後、担任であるテレジアが声をかけてきた。
今日も今日とて白衣を翻し、毅然とした態度を崩さない彼女はこほんと咳払いをして千司の注意を引くと耳元に口を近付けてくる。
「今朝の一件、結局どうなったんだ?」
「……まだ犯人は不明ですよ。容疑者も絞れていません」
「そうか。進展があれば何か教えてくれ」
「何故俺に? リニュやフランツ学園長からお聞きすればよいのでは?」
「いや……ただ、キミは私の生徒だからな。他の人物より聞きやすいんだよ。それに今朝の様子を見るにかなり中心で動いているのだろう?」
「……そうですね。では、何か分かればお伝えします」
「頼む」
神妙な面持ちで首肯を返すテレジア。
その表情は何かしらを隠しているようで——。
「千ちゃん、今度はあの人なの?」
「そんな節操なしじゃないし、変なことを言うな。また渡辺に噛みつかれ——」
「ケッ、今度は年増かよ! そーいやリニュとも仲良かったよなぁ~、年上好きか~?」
「ほら言わんこっちゃない」
予想通り愚痴をこぼす渡辺と、それを宥めようとする不破。
軽くめまいを覚える千司に、眼前に居た松原は慌てたように縋りついた。
「せ、千ちゃん! な、七瀬は、七瀬も年上だから! 一か月だけ年上だからっ!」
「……あー、はいはい。それはよかったな」
面倒になったので頭を撫でると、慌てた表情から一転。
デレデレとした様子でしなだれかかって来るのであった。
(面倒だけどせつなや文香より扱いやすくていいな、こいつ)
なんて考えている内に授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。
その日の授業は恙なく執り行われた。
今朝の推測から犯人は教師の可能性が高いという事で、授業に現れる彼ら彼女らを注視していた千司であるが、特段おかしなところは見受けられない。
違和感を覚えるとすれば今朝のテレジアであるが、その心境はおおよそ想像できるので無視。他に気になった人物と言えば『魔法陣基礎学』のシュナックと『戦術学』のリーゼンの二人。
シュナックは平素より頭がおかしく、授業中に自問自答で点数を付けている男だが、本日に限っては自身に付与する点数が少なかった。
以前は一億ポイントなどと言っていたのに本日は十~百ポイントの間で推移。
ただ元が異常者なので誤差の範囲かもしれない。
リーゼンは時たま千司に視線を飛ばしては逸らすことを繰り返していた。と言っても、これも今朝彼があの場に居たのだとすれば理由はテレジアと同じと考えられるため、気にはなるが不審というほどではない。
そして昼休み、千司は教室に現れたテレジアに呼び出され空き教室へ。
扉の前まで来ると彼女は立ち止まる。
「私は入ることを許されていないからキミ一人で行きたまえ」
「わかりました」
扉を開けると、そこに居たのは警備主任の男。
手には封筒が握られている。
「遅くなって申し訳ありません。勇者様」
「構わない。それで頼んでいたものは?」
「こちらになります」
受け取って封筒の中を覗くと、そこには全教員の住所と退勤時間が記されている紙が数枚。
教員の大半はレストーの街に部屋を借りている者が多い。学園内に教員用の寮もあるが、本人以外は住めないため家庭を持つ者は外部に部屋を借りるしかないからだ。他にも、あらゆる利便性から考えて街に住む方が圧倒的に得なのだ。
住所の情報に加えて退勤時間——つまりは魔法学園から出た時刻を加味して考えた結果、千司が人影を見た時刻に学園内に残っていた教員は――僅か三名。
「これは……」
「何か分かりましたか、勇者様」
「あぁ、多少な。役立つ情報感謝する。これで少しは
「それは良かったです。此度の失態我々警備の不手際。勇者様が望まれるのでしたら何なりとお力になりますので」
「……そうか」
警備主任の男に素っ気なく返し、千司は封筒を手にしたまま空き教室を出る。すると外で待っていたテレジアがちょこちょこと近付いてきて、小声で問うた。
「な、なにか分かったのか?」
「そんなすぐにはわかりませんよ。もう少し調べないと」
「そ、そうだな。では私はこれで」
「はい」
最初から最後まで嘘で塗り固められた言葉に気付く様子もなく、彼女はすたすたと職員室へと戻っていく。
千司はその背が見えなくなるまで見送りながら、先ほど資料を見て判明した容疑者三人の名前を脳裏に浮かべた。
(魔法基礎学教諭、テレジア・へテリア。魔法陣基礎学教諭、シュナック・ビルデハイデン。戦術学教諭、リーゼン・トロイア。……全員知り合いじゃ~ん!)
誰から調べるかを考えながら、千司は三組の教室へと戻るのだった。
§
大賀健斗は教室の隅で昼食を摂りながら窓の外をぼんやりと眺めていた。
相も変わらず周囲には誰もおらず、大賀だけがぽつねんと浮いていた。
(くそっ)
昔からそうだった。
小学校も中学校も、いつも教室の隅でただ一人本を読んだり机に突っ伏したりと、大賀は比較的おとなしい性格の生徒だった。
引っ込み思案な性格の為まともな友人の一人もおらず、ただ自身の自尊心を保つためだけに勉強に力を入れ、同学年では一番の成績を収めていた。
しかし、それでも誰も大賀を見ることはない。
誰も話しかけてくることはない。
準備は出来ている。
面白い話題も、どもらないで話せるよう努力もした。
なのに、いつもクラスの中心にいるのは態度が横柄な男子生徒。
机に脚を乗せてくだらない下ネタを口にする彼に、女子は下品だなんだと陰口を叩いていた。しかし、彼は常に誰かしらと交際していたし、友人も多く、クラスの環に入れていない大賀から見ても、充実した学生生活を送っていた。
(……なんで俺はダメなんだ……っ! 結局は顔なのか? それとも受け入れてくれる環境? 運? ……ハッ、クソッたれがッ!)
苛立ち交じりに机を蹴り飛ばす。
がしゃんっ、と大きな音が響き、教室が水を打ったような静寂に包まれた。
大賀は倒れた机を無視して教室をあとにする。
ふと三組の教室の前を通りかかった際、この世で嫌いな人間トップスリーに入る男、奈倉千司とすれ違った。彼は手に封筒を携え教室へ。
珍しく一人なのかと思えば「千ちゃん、おかえりーっ!」と活発な声が聞こえてきて、苛立ちが加速する。
「んで、あんなクズが……ッ!」
意味が分からない。
この世界は理解できない。
あんなクズでも誰かから声を掛けられ、笑みを浮かべながら会話を交わす。一方で自身には誰も近付かず、誰も声を掛けず――ふと、大賀の脳裏に栗色の髪を揺らす少女の小さな体躯と不釣り合いな豊満な胸を思い出す。
(あいつは、怖がっていたけど……でも——俺の手を握ったな)
自身の右手に視線を落とし、ぎゅっと握る。
次
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます