第19話 愛する執事の妹ちゃん

 松原がくすんだ紺色の髪の少女に突撃していくのを、千司は不審に思われない程度に教室の外から眺めていた。


 すると彼女は何の躊躇もなく初対面の少女に話しかけ、すぐに笑みを浮かべて会話を始める。それを見るに、やはり松原は特別コミュ症という訳ではないのだろう。


 むしろ世渡り上手といった印象を受ける。


(これは……なかなか使えそうだな)


 コミュ力があって、何より千司に何も疑問を抱かないというのがいい。


 せつなや新色は内向的な性格をしているし、文香は社交的ではあれど千司に対する恋愛感情が強く、今松原が行っているような『特定の女子生徒を呼んでくる』などの指示には難色を示すだろう。まぁ、強く依存させるように洗脳した千司が悪いのだが。


 何はともあれ、思考放棄で動いてくれる松原は非常に優秀な駒だと言えよう。

 難点を挙げるとすれば、彼女の好意を信じきれないところか。


 せつなや文香、新色は千司から積極的に依存させるように動いたから信じられるが、彼女はそうではない。


 いったい何度目になるのか分からない問答にうんうん頭を悩ませていると、松原が戻ってきた。その隣にはくすんだ紺色の髪の少女。


「この人が千ちゃん! レーナちゃんと話したいんだって!」


 そう言って千司を指す松原に、連れてこられた少女——レーナは紺色の髪を揺らし、長い前髪の隙間から千司を見上げて答えた。


「おや、貴方でしたか。確かお名前は――」

「奈倉千司だ。編入試験以来だな」

「はい。ではこちらも改めてご挨拶を——私はレーナ・ブラタスキと申します」


 ブラタスキ——それは、ライカから聞いていた家名と同じ物。同じ髪色に髪質、そして目鼻立ちやレーナという名前から予想していたが、どうやら彼女がライカの妹のレーナで間違いないらしい。


「早速で悪いが、今から時間あるか? 少し話がある」

「……決闘のお誘いでしょうか?」

「いや、ライカに頼まれた、と言えば伝わるか?」


 ライカ、という名前を聞き、レーナは目を見開いて顎に手を当てると瞑目。


「……そうか、勇者は王宮から……なるほど」


 ぼそぼそと呟いた後、彼女は目を開けて無表情のままに告げた。


「分かりました。そういう事なら少し場所を移しましょう。ここでは教室の出入りの邪魔になりますので」

「だな。どこか希望はあるか?」

「ではカフェラウンジにでもしましょうか。ランキング上位者しか入れない為、話し合いをするのにこれ以上向いている場所はありません」

「わかった」


 あとはライカに言われた通り、キミを守ると彼女に告げるだけであるが、ついでに彼女の人となりを調べるのにちょっかいを掛けてみるつもりなので、松原には先に教室へ戻ってもらおうとして——その前にレーナが笑みを浮かべて告げた。


「松原さんもどうですか? お昼がまだならご一緒に」

「えっと……千ちゃんどうすればいい?」

「……なるほど、そう言うご関係で」


 納得したように首肯するレーナ。

 今の一瞬で松原と千司の関係性をある程度推測したのだろう。だからといってなにも困ることなどないが、変に頭の回るところはライカと同じである。


「俺も一緒で構わない」

「ほんと!? えへへっ、やったー!」


 いつもの無邪気な笑みで喜ぶ彼女にレーナは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、次第に頬が弛緩。優しい目で彼女を見ていた。


 そんな二人を連れて千司はカフェラウンジへ。


 その道中、一組の隣のクラスである二組の前を通ることになり——ちらりと中を見やると、教室の隅っこで机に脚を乗せ一人サンドイッチを齧る大賀健斗を発見した。


 相も変わらず浮いてるねぇ~、などと思っていると、視線に気が付いた彼と目が合う。女子を二人連れた千司に対し、一人で食事を摂る大賀。おまけに彼の周囲には誰も近寄っておらず……千司は彼にだけ伝わるように、憐みの目を向けた。


「……チッ!」


 瞬間、大賀は舌打ちをして苛立たし気にゴミをゴミ箱に投げて目を閉じた。

 舌打ちで大賀に気が付いたレーナが、小さな声で呟く。


「勇者の中にもああいう類いの人間は居るのですね」

「まぁ、珍しい部類ではあるがな。一組に配属された勇者は……確か篠宮だったか」

「篠宮さん含めた白金級勇者が三名と、金級勇者が二名ですね。皆さん優しい方で安心しております」

「それはよかった」


 他愛もないことを話しながら千司たちはカフェラウンジに向かった。



  §



 少し時間をずらしたからか、カフェに他の客の姿は見えない。


 海の見える席に着き、軽食を三人分注文し、届くまでの間——最初に口を開いたのはレーナだった。


「かなり遅くなりましたが、ランキング十九位おめでとうございます」

「これはこれは、どうも」

「個人的には私に挑んで欲しかったのですがね」

「前にも言ったがそこまで自分の力を過信してないよ」

「過信して欲しい物です。世界を救う勇者のお一人なのですから」

「それを言われると耳が痛いな」


 くすくすと笑うレーナ。


 二人笑っていると、注文した料理と珈琲が運ばれてくる。松原はにこにこ笑顔のまま速攻で砂糖とミルクを入れて、美味しそうに飲んでいた。話には興味がないらしい。


 そんな彼女をまたもや微笑ましそうに眺めるレーナは、自らの珈琲に口を付けてから少しばかり表情を固めて尋ねた。


「それで、奈倉さんは愚兄とどういったご関係で?」

「なに、勇者にはそれぞれ執事やメイドが付けられてな、俺の執事がライカだったという訳だ」

「なるほど、そういうことでしたか。愚兄が粗相をしなかったでしょうか?」

「あれを愚兄というのは無理があるだろう、と思う程度には色々と世話になった」


 とりあえず彼女の言葉を否定することで反応を探る。

 すると彼女は大きく息を吐いてから「そうですね」と口元に笑みを浮かべた。


「確かに、そういう細やかな気配りに関しては他の追随を許さぬ兄でしたね。それで、お兄ちゃん・・・・・はなんと? 頼み事があったのでしたよね?」

「……いつもはお兄ちゃんって呼んでるのか?」

「べ、別に問題ないでしょう?」

「問題があるとは言ってない。ただ何となく可愛いなと」

「う、うるさいですね! いいから頼み事を教えてください!」


 顔を赤くし、鼻息荒くしたレーナに、千司は「あぁ」と答えてから本題に戻った。


「頼み事というのは、まぁ、正確にはレーナへの頼み事ではなく、俺に対する頼み事だ。——『魔法学園に居る間、妹を守って欲しい』と」


 その言葉に、レーナは眉をひそめた。


「……守る? 何から」

「俺たち勇者が魔法学園に来た理由は知っているか?」

「安全に訓練をするため、とリーゼン教諭から伺っております」

「安全に配慮するという事は、危険が実際にあったからだ」


 千司はレーナへと向ける視線を鋭くし、憎悪を『偽装』しながら告げた。


「異世界人によって、すでに一人殺されている」

「……それは魔王側の人間の仕業ということではないのですか?」

「違うな。操ったのはそうかもしれんが実行したのは普通の冒険者だ」

「……なるほど。そして勇者の皆さんが避難してきた、と。……おにい――兄さんの不安はそこですか。つまるところ、勇者を殺したい勢力が魔法学園を襲う可能性があり、その際に私が巻き込まれないようにして欲しい、と」

「そういうことだ。俺は異世界人をほとんど信用していないが、ライカは別だ。かなり世話になったからな、あいつが妹を守って欲しいと言えば、俺は他の勇者たち同様、レーナのことを全力で守る」


 すべてを理解したレーナは「ふぅ」と息を吐き、テーブルに並んでいた軽食のサンドイッチをパクり。次いで珈琲をゴクリ。すべて食べ終えると、不敵な笑みを浮かべた。


「舐められたものですね」

「というと?」

「守られるほど、弱いつもりはありません。確かに奈倉さんは他の下級勇者よりは優秀なステータスをしていそうですが、それでも私の方が強い。何なら決闘で試してみますか?」

「……いや、いい。事実だろう。だが、それはそれとしてレーナのことは守る。今日はそれを伝えておきたかったんだ」

「余計なお世話だというのに」

「何があってもお前の味方だという事を知っていてもらうためだ。何でもいい、困ったらいつでも頼ってくれ。降りかかる火の粉がすべて戦闘とは限らないのだから」

「……頭の片隅に入れておきます」

「ど真ん中に居座らせて欲しい物だ」

「ふふっ、でしたら実力を示すことですね。決闘しますか?」

「しない。どれだけ戦いたいんだよ」

「魔法を鍛え、戦術を練り、ならば次は試したいと思うのが道理でしょう?」

「かもな」


 くつくつと笑い言葉を交わす千司とレーナ。

 すると、むくれっ面の松原が横合いから割って入ってきた。


「……話終わった?」

「えぇ、終わりましたよ松原さん。すみません、蚊帳の外にしてしまいました」

「悪かったよ、だからそんなにむくれるなって」


 千司が苦笑を浮かべながら撫でると、とたんに笑顔になる松原。

 そんな彼女に気をよくしたのか、レーナはお菓子を注文し、餌付けを開始。


 ほのぼのとした甘ったるい空気を味わいつつ、それらすべてを塗りつぶすようにブラック珈琲を飲み干すのであった。



  §



 そうこうしている内に昼休みも残りわずかになったので、レーナを一組まで送り届けてから松原を連れて三組へ。


「えへへっ、千ちゃんとご飯……初めてでドキドキした~っ!」

「それはよかった。レーナはどうだった?」

「いい子だったね! ……も、もしかして……好きなの?」

「いや、そういうのではない。恩人の妹なんだ」


 しょんぼりとした様子を見せた松原にそう答えると、彼女は徐に顔を上げ、ふんすと鼻息荒く意気込んだ。


「じゃあ、私も仲良くするね! お、お嫁さんとして、ご近所付き合いは当然だもんっ!」

「……そうか、なら頼めるか?」

「うん、まかせて千ちゃん!」


 にぱーっ、と笑みを浮かべる松原に、今度何かしらのお礼でも渡して好感度を測るか、などと考えていると二つ席を挟んだ向こう側から舌打ちが飛んできた。


「……チッ、いちゃいちゃいちゃいちゃ、いいご身分だよなぁ」

「それは、もしかしなくても俺に言っているのか?」

「あれ!? そう聞こえたぁ? 聞こえちゃったぁ!? 自意識過剰じゃねぇの~?」


 煽るような口調でぼやくのは、渡辺信也。

 今日も今日とて前別け前髪の雰囲気イケメンである。


「いや、違うならいい」


 相手に合わせる必要もないのでばっさりと話を断ち切ると、渡辺は再度イライラした表情のまま、今度は松原に声をかけた。


「でも松原いいのかぁ? そいつ、雪代や天音にも手を出してるクズだぜ?」

「……最後には七瀬と結婚してくれるからいいもん。途中の浮気ぐらい許すもん」

「はんっ、クズにあたおか女の組み合わせとは、こりゃあお似合いなわけだ」

「千ちゃんと七瀬お似合いだって! 渡辺って良い奴だったんだねっ!」

「そうかもな~」


 きゃっきゃっと喜ぶ松原に、渡辺は思わず閉口。

 そしてそんな彼女の言葉を淡々と受け流す千司に、一瞬畏敬の念を抱き——すぐさま頭を振ると「やってらんねー」と吐き捨て、頬杖をついてそっぽ向いてしまった。


 その視線の先にはクラスメイトの異世界人と楽しげに話す不破の姿。彼女の周りには男子も数人集まり、仲良く談笑している。


「……俺に変な嫉妬心を向けるぐらいなら、さっさと告ればいいものを」

「ぶっ、は、はぁ!? 何を言って……」

「渡辺は見過ぎなんだよ。誰だって気付く」

「ぐっ……」


 悔しさと恥ずかしさが入り混じったような複雑な表情を浮かべ、唇をかみしめる渡辺。彼は数秒ほど思案したのち、誤魔化すのは不可能と判断したのか大きくため息を吐いた。


「うるせぇ、いいんだよ。俺はこれで」

「そんなこと言ってると、誰かに取られるぞ」

「はんっ、あいつから取ったお前がそれを言うのかよ」

「……」


 鋭い視線を向けてくる渡辺。それは今までの物とは比べ物にならないほどに冷たく、殺意すら感じるほど。無言の千司を差し置いて、彼は続ける。


「俺はお前とは違う。誰かの幸せを奪ってまで自分が幸せになろうとは思わねぇ……俺は、俺は不破が幸せならそれでいいんだ。お前みたいなクズとは違う……っ、夕凪が死んだのだってきっとそのショックがあって……クソッ」


 激情を込めて睨みつけてくる渡辺に、しかし千司は冷徹に返す。


「知るか」

「……なんだと!?」

「確かにあいつが死んだのは力不足だった俺の落ち度だし、反省もしている。だがそれに色恋混ぜて語ってんじゃねぇよ。そんな温い思考回路してると、お前も死ぬぞ」

「……っ」


 渡辺は唇をかみしめると、そっぽを向き、それっきり話しかけてくることはなかった。やはり彼が千司に対して怒っていたのは同じ片思いをしていた夕凪からせつなを奪ったからだったのだろう。


(くっそくだらねぇ)


 などと思いつつ、彼の想い人である不破千尋に視線を向けると——。


「それでね、その時に篠宮君が——」


 と、彼女の想い人である篠宮蓮に関する武勇伝を三組のみんなに吹聴していた。その目は光り輝いており、彼以外の人など見えないと言わんばかり。


(報われないねぇ~)


 千司は笑みを必死に押し殺しながら、渡辺に同情の視線を向けるのであった。



  §



 その日の夜。

 いつものように遊びに来たせつなと文香の相手をした後、二人を寮に帰してからしばらくして、千司は一人部屋を出る。時刻は草木も眠る丑三つ時。


 聞こえてくるのは波のさざめきぐらいの同所を離れて向かったのは、学内にある研究棟。


 千司は『偽装』で顔をイル・キャンドル・・・・・・・・に変えてからとある一室に近付き、侵入。


 すると、室内に居た人物が驚いたように目を見開き、即座に火属性魔法を詠唱して明かりを灯した。


「……誰だ」


 冷たく緊張感を伴った声に、千司は口調を変えて答える。


「ボクはメッセンジャー。伝言を頼まれた」

「……伝言?」


 警戒心をむき出しにしたままのその人物に、笑みを浮かべたまま首肯。


アリアがよろしく・・・・・・・・、だってさ」

「……っ!? ぁ、そ……んな……はぁ、はぁっ!」


 途端に過呼吸になる部屋の主。

 しかし千司は気にした素振りも見せずに、きびすを返し扉に手を掛ける。


「当然、このことは他言無用だ。破ればどうなるか、わかるよね」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……な、なんで……お、お前、誰だ……?」

「ボクはメッセンジャー。お前が気にする必要は無い。……それじゃ!」


 そう言って、千司は部屋を後にした。


 追跡がないかを念入りに注意してから『偽装』を解き、部屋に戻ってベッドにダイブ。疲れを癒やすように眠りにつくのだった。

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