第18話 楽しい楽しい学園生活

 両脇ですやすやと寝息を立てるせつなと文香。

 朝はまだ遠く、時刻は深夜二時。

 海の真上ため波のさざめきが窓の外から聞こえてくる。


 そんな中、千司は天井を見つめながら今後のことを考えていた。


 勇者の殺害は相も変わらず第一目標なのであるが、白金級勇者殺害に必要な勇者間の内ゲバによる殺し合いを誘発させるのに、魔法学園は正直邪魔である。『偽装』を使って潜入できる千司は問題ないが、間者を紛れ込ませたり、工作したりにも向かない。


 また、第三者の目がある中で勇者同士で殺し合いを起こすことも難しい。


 そして何より『闘技場』——これが最悪である。

 何しろどれだけ頑張ろうとも、この場所に逃げ込まれたら殺せないのだから。

 

 よってまず行うべきは勇者を魔法学園から追放すること。

 あるいは魔法学園自体を——。


(まぁ、何はともあれ学園内での勇者の立場を叩き落とすに越したことはないな。一応その方向で動いてみたが……さて、上手くはまってくれるか……?)


 などと考えている内に、睡魔がやってくる。

 千司は両脇の二人を抱き寄せつつ眠りにつくのだった。



  §



 千司がランキング上位者の仲間入りを果たしてから約一週間が経過した。


 魔法学園での日々は順調……ではない。より正確には、千司の生活自体は何も問題はないが『勇者の立場』はかなり悪い物となっていた。


 ふと、廊下で立ち話をする女子生徒の声が聞こえてくる。


「ねぇ、聞いた? また・・勇者がランキング上位者になったんだって」

「これで何人目? 一人二人ならいいけど、もうランキング上位者の半分が勇者なんだけど……」

「そりゃ強いし優遇措置が欲しいのはわかるけどさ……やってらんないよね」

「ほんとほんと」


 女子生徒たちはふと千司に気が付くと、気まずそうに顔を逸らして足早に去って行った。しかし勇者に関しての愚痴を口にするのは何も彼女たちだけではない。

 少し行くとまた聞こえてくる。


「幸いなのは一位と二位は挑まれてないという事か」

「ウィリアム殿は問題ないだろうが、レーナ殿はどうだろうか。強いが流石に白金級相手では……」

「うむ……彼らが動かぬようそれとなく牽制すべきか?」

「勇者はあまりはかりごとに明るくない。無駄だろうて」

「面倒な」


 そう口にするのは身なりのいい生徒。

 千司の記憶が正しければ、二組に所属する王国貴族の生徒である。


 勇者の立場が悪くなった原因――それはランキング上位者となり優遇措置を受ける千司を見て『あいつができるなら俺たちも』と続いた一部上級勇者にあった。


 格下である千司が自分よりいい生活をしていることに腹を立てるのは分かるが、しかしだからと言ってランキングを荒らせば魔法学園の在校生からの顰蹙は必至。


 千司が助言していた猫屋敷、辻本、そしていち早くそれらを察知した篠宮とその友人以外の上級勇者はほとんど決闘を行い、結果、ランキング上位者の半分ほどが上級勇者になってしまった。


(ん~良い感じじゃんね)


 これは千司の意図したことだった。勇者への対立感情を魔法学園の生徒に根付かせる。勇者間の離間工作の次は、勇者と生徒の離間工作というわけだった。

 もちろん確実に悪感情が向かうとも限らないので、『偽装』で顔を変えつつ、それとなく噂を流すのも忘れずに。


 また、この『反勇者感情』というのは当然勇者本人たちにも伝わる。そうすれば嫌われているのだからこちらも嫌う、という悪感情の円環が出来上がるという算段だった。


 こうして、ランキング上位者に置き換わった一部上級勇者が嫌われている中で——


「おはよう、奈倉殿」

「おはようございます、ギゼルさん」


 しかし、千司だけはその限りではなかった。


「おいっ、私には挨拶しないのかぁ!?」

「おはようございます、リゼリアさん」

「おうおう、それでいいそれでいい! おはよう勇者よ、今日も良い天気だなぁ? えぇ、そう思うだろ?」

「なんで喧嘩腰なんですか」


 笑みを浮かべながら挨拶してくるのはダグ戦に協力してくれたギゼルとリゼリア。


 千司が嫌われていない理由は、対戦相手がダグだったからである。


 彼は王国貴族の生徒たちからの評判は最悪だった上に、推薦者の名前には王国貴族と帝国陸軍将軍の娘が並んでいた。だからこそ、ダグを倒した千司に感謝する声はあれど、批判する声は少なかった。


 一部ダグのことを慕っていた庶民出身の生徒の中には千司に敵意を抱いている者も居るようだが、ごく少数なので気にする必要は無い。


「奈倉殿、魔法学園にはそろそろ慣れてきましたかな?」

「えぇ、ギゼルさんたちに色々と教えていただいてるからか、授業も何とかついて行けてます」

「ふふん、そうだろうそうだろう! 何しろ私は頭がいいからなぁ! 頭がいい上に腕っぷしもいい、更に顔も良ければ胸も尻もデカいと来た!! かかかっ! 完璧すぎて困ってしまうなぁ!!」

「そうですね」

「おいおい、なんだか物言いたげじゃねぇか。あん?」


 不良のように絡んでくるリゼリア。赤い髪を揺らしながら豊満な胸を押しつけるように肩を組んでくる。最近ではすっかり慣れてきたが、若干面倒くさい。


 身分が身分だけに下手に強気に出られないのが面倒くささを増していた。


「いえいえ、その様なことはありませんよ。ギゼルさん、そしてもちろんリゼリアさんには特に良くしていただいて、この恩は感謝してもしきれません」

「はん、そうかそうか! なら、お礼に昼飯をおごってくれてもいいんだぜ? ランキング十九位様よォ」


 ランキング上位者の優遇措置を使えと暗に伝える彼女に、千司は苦笑を浮かべながら首肯。


「分かりました。ギゼルさんもいかがですか?」

「では、同席させていただこうかな」


 そんな感じで、千司の学園生活は順調である。


 ちらりと視線を向けると、不破千尋と渡辺信也もそれぞれクラスで仲のいい生徒を作れたらしく、千司の所属する三組では勇者と在校生の間の確執はそれほど見受けられなかった。


(まぁ、こいつらがランキングにさして興味を示していないのもあるかもしれないが)


 二人は篠宮から言われているからなのか決闘は行わず、持ち前のコミュ力で友人関係を築いていた。


 一方で何を考えているのか全く分からない松原であるが、彼女も獣人の少女と最近よく話しているのを目にする。その姿を見る限り、決してコミュ症という訳ではなさそうなのだが……ふと、千司の視線に気付いた松原がにぱーっと笑みを向けてきた。


(……わからん)


 無邪気なそれは、疑っているのが馬鹿馬鹿しく思えるほど純粋な物であった。



  §



 クラスメイトとの朝の交流を終えるとすぐに授業が始まる。

 本日最初の授業は担任でもあるテレジア教諭が担当する『魔法基礎学』であった。


 彼女は今日も今日とて白衣に身を包み、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら教鞭を振るう。


「~~で、あるから、ここの詠唱は……」


 万年魔力ゼロである千司からすればまったくもって面白みに欠ける授業であるが、しかし今後魔法を扱う敵は必ず出てくる。なにせ同じ勇者の中でも魔法を使える者はゴロゴロ居るのだから。


 大半のことはロベルタの知識を借りるとしても、千司とて基礎的なことは覚えていても損はないと、真面目に取り組んでいた。


 片手で教科書を持ち、もう片方を白衣のポケットに突っ込むテレジアは、眼鏡越しに千司を見つめた。


「さて、ではこの場合の詠唱はどの魔法を引き起こすかだが……奈倉、いけるか?」


 唐突に指名されて驚きつつも、千司は問われている詠唱を確認。正直に言って何もわからなかったが、ふとどこかで聞き覚えのある詠唱文だと気付く。


 逡巡し辿り着いた結論は、どこか懐かしい甲高い声。


「フレイムスピアー、ですかね」

「……ほう、まだキミたち勇者には教えていない範囲だったが良くわかったな。正解だ」


 ポケットから手を出して眼鏡のブリッジを上げながら褒め言葉を口にするテレジア。なら質問するな、と言いたい千司であるがここは素直に褒め言葉を受け取りつつ、心の中でに感謝を述べるのだった。


(いやぁ、助かったよ夕凪くん。キミは死んでまで俺の役に立ってくれるんだね!)



  §



 テレジアの他にも授業を受け、千司の印象に残ったのは彼女のを除けば二つ。


 一つはシュナック・ビルデハイデンという男性教諭が担当の『魔法陣基礎学』。

 これはロベルタに言われて魔法陣を実際に解除した経験があるからこそ興味が湧いた。


 白い歯がよく似合う爽やかな笑みを浮かべる彼は、袖をまくって鍛えられた腕を見せながら授業を行う。


「魔法陣を描くのに使われるのは特殊なチョークだが、原料に何が使われてるか知っているかな? ――そう! 『魔石』だ! 魔石を原料としたチョークを用いて書くことで魔法陣は力を得る! 正解だよ、! +百億ポイントゲットだ!」


 シュナックは頭がおかしい奴だった。

 今の説明、まるで誰か生徒が言葉を返したかのように聞こえるが、そんなことは無い。シュナックは一人で説明し、一人で答え、一人で自分を褒めていた。


 不破と渡辺はドン引き、松原も異様な物を見る目で彼を見ていた。

 見た目イケメンなだけにギャップが激しい男である。


「因みに、魔法陣と魔法の違いはわかるかな? ――そんなの簡単だって? そうだね、魔法が自分の体内にある魔力を使うのに対して、魔法陣は空気中の魔素を使う。だから、魔素濃度の高い空間だと、魔法陣は永遠に機能し続けるって訳だね! さすが僕! 偉いぞ、僕! +一千兆ポイントゲットだ!」


 内容は普通に為になって面白いのだが、いろんな意味で印象に残った授業である。


 そして次に印象に残った授業が、シュナックとは一転、落ち着きを払った紳士然とした男性教諭リーゼンの『戦術学』であった。編入試験の際に監督をしていた彼である。


 彼はモノクルをキラリと輝かせながら、落ち着いた声で語る。


「戦術とは、勝つ術のことではありません。目的を達成するために用いる術のことです。例えば、撤退戦における戦術は、より多く生き延びること。敵を殲滅するだけが戦いではなく、目的のために用いる手段が戦術だと覚えておいてください」


 そう前置きした彼は、土地、気候、季節、そして敵との戦力差と、自陣の目標を条件設定し、それに対してどう動くのが正解か、と言うのを逐次生徒に尋ねながら説明していった。


 そんな授業は、千司にとって正しく目から鱗であった。


 そもそも千司とては多少頭がおかしいだけの普通の高校生に過ぎない。戦時中でもない平和な日本の一高校生がそんな専門的な知識を持っているわけもなく、これまでだって考え得るあらゆる可能性を考慮し、それに対応できる策を立ててきただけだった。


 故に、こうして必要なことは何かと明確に言語化して説明してくれるのはありがたい。是非とも勇者殺害に取り入れさせていただこうと、リーゼンに対して尊敬の目を向けるのであった。


「そう言えば、今年もレストー海底遺跡への遠征授業が執り行われる予定です。まだまだ先の話ですが、実際にある条件下の現場に行き、目的を持って行動していただき、それを採点することで成績とさせていただきます。……あぁ、もちろん、安全面は問題ありません。海底遺跡はある程度の手順を踏めば一般の人でも観光できる程度には、安全ですので」


 そう語るリーゼン。

 ふと視線を感じてそちらを見やれば、渡辺が千司を睨み付けていた。おそらく海底遺跡への遠征という言葉からダンジョン遠征――ひいては夕凪飛鷹のことを思い出したのだろう。


(お前、本当は不破ちゃんじゃなくて夕凪くんが好きだったんじゃないの~?)


 などと思いつつ、魔法学園での授業をそれなりに楽しむ千司であった。



  §



 昼休み、そそくさと勉強道具を片付けて教室を出ようとする松原に声を掛ける。


「なぁ、松原。ちょっと昼休み付き合ってくれないか?」


 おそらくいつも通り、他クラスの勇者と昼食を摂りに行くところだったのだろうが、だからこそ千司は今声を掛けた。全ては反応から彼女の中での優先度を測るため。


 松原はせつなや文香と異なり、積極的に話しかけてくることはないが、しかし向けられる好意は彼女たちと同じ熱量を感じる。


 故に確認する必要がある。

 彼女が優先するのは友人か、それとも千司か。

 固唾を飲み反応を待とうとして――答えは瞬きの内に出た。


 松原は一切迷うことなくにぱーっ( ˶ᐢᗜᐢ˶)と笑みを浮かべて抱きついてきた。


「いいよっ、なにかな千ちゃん♡」

「……あ、あぁ。いや、その友達と約束があるならそちらを優先してくれても構わないんだが」

「千ちゃん以上に優先することなんかないよっ♡ だ、だって、な、七瀬は……えへへっ、せ、千ちゃんのお嫁さんだから……ねっ?」

「……そうか」


 上目遣いにはにかむ松原。

 女は演技が得意とよく言うが、これが演技ならハリウッド主演女優賞を容易にかっ攫えるだろう。と言うより、これで嘘ならもう何も信じられない。


 彼女の中の優先度をある程度測った千司は「少し付いてきてくれ」とだけ告げて教室を出た。すると松原は「わかった!」と笑顔で返事をし、後を追うように二歩後ろを付いてきながら徐に口を開く。


「ところでどこ行くの?」

「気になるか?」

「言いたくないなら良いよ。千ちゃんがやることに間違いなんて何も無いから」

「……そうか。まぁ、隠すことじゃない。向かってるのは一組だ。松原にはある生徒を呼び出してきて欲しい。頼めるか?」

「いいよ!」


 疑うことも、否、それ以上に思考することも放棄したような返事を口にする松原を連れて、千司は一組へ。開かれた扉から中を覗き、くすんだ紺色の髪を揺らす少女を見つけると、松原を突撃させた。


「あの子だ、頼めるか?」

「わかったー!」


 にぱーっ、と笑みを浮かべたまま、彼女は躊躇することもなく教室へ入っていくのだった。

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