第17話 決闘
「け、決闘って……千司大丈夫?」
「そ、そうだよ、なんでいきなりそんな……」
ギゼルとリゼリアからダグの情報を受け取った翌日の放課後、千司は闘技場の控室にてせつなと文香に詰め寄られていた。
「決闘をする理由はいくつかあるが……まぁ、一番の理由は勇者が舐められたままでは、最悪お前たちに危害が及ぶかもしれないからだ」
頭の上に疑問符を浮かべる二人に対し、千司はもう少し噛み砕いて説明する。
「上級勇者はランキング上位者に勝ったから問題ないが、下級勇者はその限りではない。大半の生徒よりは強いだろうが、先の編入試験の結果を知っている者からすれば下級勇者は下に見られている。ここの学生にとって編入してきた勇者は
「そ、そんなこと……」
否定しようとするせつなに、千司は首を横に振る。
「ないとは言い切れない。何より勇者は正規の手順を踏んで入学した彼らとは異なり特別待遇の編入だ……妬みの対象となってもおかしくない。そしてランキング上位者がその気になれば、勇者は排除できるという事実が存在する」
「……」
「すまない、怖がらせるつもりはなかったんだ。でも俺はお前たちが傷つく可能性は極力排除したいし——何より、俺は異世界人を誰も信用していない」
唇をかみしめて俯くせつな。
異世界人を信用していないという点では、彼女も同じである。
何しろ幼馴染を殺害されているのだから。
ふと、そんなせつなの肩を文香がささえる。
(へぇ、意外……でもないか。もともと夕凪くん以外と仲良くしていなかったせつなと違って、文香はそれなりに社交的だったしな)
「そういう訳だ。まぁ安心しろ、俺は勝てる勝負しかしないからな」
「……うん」
「わかってるよ、千司くん。頑張ってね」
「ああ、せつなを頼んでいいか?」
「
あくまでも千司のためと口にする文香を、千司は内心で満面の笑みを浮かべてながら抱きしめ、耳元でありがとうと囁き褒める。
それが正しいと、その思考回路こそが正常だと深く深く思い込ませるために。
「ズルい、私も……」
「はいはい」
小さな声で求めてくるせつなも抱きしめ、しばらくしてから二人は控室を後にした。
§
『決闘』の制度にはいくつかのルールが存在する。
例えば『決闘は両者の合意がなければ執り行われない』だとか『下位の者がランキング上位者に決闘を申し込む場合は、推薦人としてランキング五十位以内の生徒の名前が必要である』だとか。
「まぁ、こればっかりは仕方ないな」
千司は闘技場の控え室にて一人吐き捨てる。
両者の合意、と言うルールはランキング上位者が大量の決闘申請にパンクしないためでもある。
連日連夜徒党を組んで決闘を申し込めば、相手の疲労した隙を利用していずれは勝利を収められるだろう。
そういったことを排除するためだった。
だが、これは一度ランキング上位者になってしまえば他の決闘を無視できるというルールでもある。
故に、千司はダグが拒否しないように行動した。
まずは千司が下級勇者だという事を伝える。
先日の編入試験でランキング上位者からすれば下級勇者は格下であり、油断を誘える。
そしてもう一つは決闘の申請を王国貴族であるギゼルと帝国陸軍将軍の娘のリゼリアに頼むことで、『奈倉千司』はダグにとって『敵』であると、印象付けること。
故に千司は
教室に初めて入った時から千司は貴族らしき生徒にしか挨拶せず、それをギゼルやリゼリアも気付いていた。
そして放課後に時間を作って貰い、わざとランキング上位者の話を持ち出し、その後、庶民について言葉を交わす。
そこまですればある程度の教育を受けているであろう貴族の子弟なら理解してくれると判断したのだ。何しろ王国の王女がアレである。貴族もしかるべきと考えた。
その対象となるランキング上位者の生徒が存在するのか、という点だけが運任せではあったが、貴族家出身ではない強者がいる可能性はアリアを見ていれば充分にあり得る。
結果、用意されたのが、本日の対戦カードであった。
『さて、皆さんお待たせしました! 本日の決闘の実況はおなじみ放送部のエクトでお送りします! 本日の対戦はなんとびっくり、昨日編入してきたばかりで、今この学園において話題沸騰中の存在、『勇者』とランキング十九位による『決闘』だ!! 一体どんな戦いを見せてくれるのか、まずはランキング十九位、ダグ選手の入場だー!!』
一気にまくし上げる実況の声と共に、闘技場が歓声に包まれる。
ちらりと舞台袖から闘技場を見ると、客席にはずらりと魔法学園の生徒が座っていた。
そう、実況という物が存在していることから察せられる通り、この学園において生徒の『決闘』とは実力を示す以上にひとつの
(いくら致命傷を負わないからと言って、こんな物を娯楽にするなんて悪い子だなぁ……)
因みに決闘の決着は相手の気絶、あるいは降参によって決まる。
致命傷に至る攻撃が無効化される都合、そうならない範囲で敵を追い詰める必要があるが、それもまた実力のひとつらしい。
面倒な、と思う千司を置いてエクトの声が聞こえてくる。
『では次! 挑戦者として颯爽と現れたのは、『
おちゃらけた様子で語るエクト。
わざわざ下級勇者と告げた辺り、彼も先日の編入試験に関する情報を得ているのだろう。選手情報も無く実況する馬鹿がどこに居るのだという話ではあるのだが。
観客の嘲笑うような声が聞こえてくるが、千司は無視。
「よぉ、勇者
千司の正面、短く切りそろえた茶髪を揺らすダグは口の端を持ち上げ歯を見せるように獰猛に笑う。が、一部すきっ歯で中々に間抜けであった。
「いえ、そのような準備はしていませんが?」
「なんだ、お前馬鹿か~!! そりゃあそうだよな!! 一昨日あれだけボコられて実力差に気付けないような間抜けなんだしよォ!!」
「そうかもですねぇ~」
ぎゃははっ、と笑うダグを睥睨し、千司は思った。
(ま~じでこの世界の教育水準ってどんだけ低いんだァ……? 普通、あれだけ不利な戦闘を見せつけられたあとで挑んできたら何かしらあると警戒してしかるべきだろうに……特に、推薦人として『
自分を馬鹿だと見せて相手を油断させる作戦、ギゼルの情報では直情的な性格だと聞いていたが、可能性はゼロではない。
だが、どちらにせよ千司は負ける気がしなかった。
『それでは時間も差し迫ってきたことですし、両者構え――』
眼前でダグが腰の剣を抜くのを見つめながら、千司はギゼルから教えて貰ったダグのステータスを脳裏に浮かべる。
―――――
ダグ
Lv.89
魔法剣士
攻撃:580
防御:600
魔力:440
知力:260
技術:580
―――――
ランキング上位二十位は今すぐ騎士として雇っても問題ない、とは正しくその通りだろう。
彼のレベルがこれから先どれほど伸びるのか千司は知らないが、しかしそれでもそのステータスが異世界において間違いなく強者。
ステータスの高さに加えて実戦の経験の考慮すれば、彼に余裕を持って勝てるのは一部上級勇者と白金級勇者ぐらいな物であろう。
それでも千司は負ける気がしないのだが。
『――はじめっ!』
エクトの掛け声とともにダグが剣を構えつつ魔法を詠唱。
「踊れよ雑魚——『フレイム・ボール』!」
次の瞬間、どこぞで見たことのある火属性魔法が飛来する。大きさは手のひらほどだが、数が多い。目算にしておおよそ十二。当たり前の話であるが夕凪飛鷹の足元にも及ばない火力である。
千司はそれらを睥睨したのち、ダグに視線を移す。
彼は中腰に構え、隙を見逃さないように剣を構えていた。魔法による先制攻撃を行い、その後の動きに剣術で合わせに行く。
(てことは、情報通り剣術の方が自信がある感じだな)
確認を終えると、千司は飛来したフレイム・ボールをすべて薙ぎ払った。
ステータス任せの一線は、ダグの魔法を容易く切り捨てる。
「……なっ!?」
驚愕に一瞬目を見開くダグだが、すぐに落ち着きを取り戻すと、今度は詠唱しながら剣を構えて突撃してきた。と言っても、やけくそという訳ではない。その動きに無駄はなく、何かしらの策があることは明白だ。
(ん〜真っ直ぐこっちを見つめてるなぁ。意識的に視線を逸らさないようにしてるってことは、仕掛けは上か……下)
千司は一歩も動かぬままに剣を構えていると『ロックスピア』と、魔法が唱えられ——瞬間、千司の足元から土の棘が突き出してくる。
「ふんっ」
が、文字通り一蹴して鋭い土の棘を力任せに破壊。
いよいよもって意味が分からないという表情を浮かべるダグに向けて千司は手にしていた剣を投擲した。
恐ろしい速度で射出された剣にダグは思わず手で防御の姿勢をとるが、その切っ先が鼻っ柱に触れる寸前——剣は威力を失い重力に従い落下。
『闘技場』に仕掛けられた魔法の効果である。
ダグの視線は落下していく剣に吸い寄せられ――千司はその隙だらけの側頭部に威力を落とした蹴りを放つ。蹴りは致命傷を無効化する魔法に抵触することなく直撃。
勢いを殺しきれなかった彼はそのまま地面に頭を強打した。
痛みに悶えるように頭を押さえるダグ。
千司は心配げな表情を浮かべたまま小走りで近付き、気遣うような姿勢で手を差し伸べながら——ダグ以外の誰にも聞こえない声量で、語りかけた。
「降参しろよ、雑魚」
「……は?」
「スラム街出身のドブネズミは日陰で野垂れ死んでるのがお似合いだぜ?」
「……っ、死ねッ!!」
煽りの言葉に誘われて、誘蛾灯に群がる間抜けの如く激高したダグは、徐に剣を手に取るとそのまま千司に切りかかる。
——が、当然そんなことは想定内。
横腹に迫りくる剣はわざと食らい、痛みを『偽装』しつつも彼の顔面を殴って気絶させた。
ピクリとも動かなくなった彼を見て、次にすっかり実況を忘れていたエクトに視線を向けると、彼は慌てたように拡声器の魔道具に手をかけ――。
『け、決着!! さすがは勇者
恐ろしいほど変わり身の早いエクトの実況をもって、勇者奈倉千司と最初から最後までいいように踊らされたダグの決闘は幕を閉じる。
気絶したダグを置いて、千司は控室へと引き返し、持って来ていたタオルで軽く汗を拭ってから、備え付けのソファーに腰掛けた。
(まぁ、だいたい予定通りに済んだか。……にしても、あいつ次目が覚めたらびっくりだろうなぁ〜何せ学園中から嫌われてるんだからなぁ〜)
周りにははダグを気遣うように見せつつ、彼だけを煽ったのは彼を学園中の嫌われ者に仕立てると同時に『奈倉千司』の評判を上げる為。
これで貴族との関係は良好になる。
権力者とのパイプに加え、高い評判、そして勇者という肩書。
今後、千司は学園内でかなり動きやすくなるだろう。
仮に彼が目を覚ましてから何を言おうが無意味。すべては負け犬の遠吠えであるし、そもそも千司の肩書きは王国に召喚された『勇者』である。
スラム出身の馬鹿を相手に信用勝負で負ける気はなかった。
「ふぅ……」
そこで一度思考を打ち切り、千司は大きく息を吐く。
(……にしても、ダグくんは想定以上に弱かったな)
編入試験で多くの下級勇者や一部上級勇者すら倒した彼との決闘であったが、ふたを開けて見れば千司の一方的な蹂躙。
しかし、それも当然であった。
何しろ千司の現在のステータスは——
―――――
奈倉千司
Lv.46
職業:剣士(偽装中)
攻撃:640
防御:520
魔力:0
知力:680
技術:510
―――――
ダンジョンにて第十階層ボス・アナスタシアの討伐と第四十階層ボス・グルセオの討伐の両方にかなり積極的に参加したのに加えて、その討伐主である夕凪飛鷹を殺害した結果である。
因みに、レベルアップの振れ幅は人によって異なるため、夕凪を殺したのではと疑われることもない。
そうして、千司のレベルは勇者の中でも群を抜く高さになっていた。
(まぁ、だからと言ってダグくんとそこまで数値に差があるわけではなかったが……拍子抜けするほど余裕だったな。正直全部のステータスが劣っていても負ける気がしなかったし。腹は立つがリニュのおかげか)
しかし、いくら急速に成長しようと白金級や金級上位には及ばない。
定期的に新色に確認させているが、白金級は全ステータス1000越え、金級上位は700~800を推移しており、スキルも含めれば勝てる未来が見えなかった。
(あ~、早く強くなってみんなを殺したいなぁ~)
そんなことを願いながら、千司は控室を後にするのだった。
§
翌日の放課後。
ダグに勝利した千司はそのまま学内ランキング十九位に昇格。同時に、ランキング上位者として優遇措置を受けることになった。
その一つが、個室——つまりは一人部屋である。ランキング上位者には専用の部屋が用意され、そこで悠々自適に暮らせるのだった。
「寂しくなるでござる」
「まぁ楽しかったよ」
涙を流す辻本に苦笑を浮かべながら学内を海の方向へ向かって歩く。
個室が与えられるという事で千司はお引越しになったのだが、その手伝いを彼が引き受けてくれたのだった。
「ねぇ千司。個室って女子も遊びに行ける感じ?」
「あぁ……寮は男女で別れていたが、ランキング上位者の部屋は問題ないって聞いたな」
「じゃ、じゃあ私今日泊ってもいいかな!? 千司くん!」
「……は? 天音さん、でしゃばりすぎ」
「いいじゃん、私も千司くんの彼女なんだし」
荷物を手にする千司と辻本の周りではせつなと文香がすっかりおなじみと化した言い合いを繰り広げていた。
最近ではこの言い合いに口を出しても碌なことにならないので千司は放置するようになっている。
一方で辻本はというと「ここで荷物を放り投げても拙者は許されるでござる。三、二、一……ぐぅ、物に当たるなんてよくないでござる! あとで奈倉殿に飯を奢らせるでござる!」とぼやいていた。
(こいつ、かなり育ち良さそうだよなぁ)
そんなことを思いながら歩いているとようやく
そして、全員でポカンと口を開けた。
何しろそこには美しい海上コテージが存在していたのだから。
「も、モルディブでござる……異世界にモルディブがあるでござる!?」
「金掛かってるなぁ、魔法学園」
「きれい……」
「千司くん、これからここに住むの?」
「……みたいだな」
千司たちの目の前に現れたのは海へと延びる桟橋とそこに併設されるようにずらりと並ぶ二十棟の海上コテージ。
まるで南国のような雰囲気に、とてもここが異世界の学校だという事を忘れてしまいそうなほどだった。
千司の部屋は一番手前。
海の浅瀬の方ではあるが、学園から近い分にはありがたい。
ドアを開けて部屋に入ると、内装もこれまた南国情緒あふれる様相。
「う、うぉおおおおおっ、ベッドに一番乗りでござる!! ハーレム糞野郎死ねでござる!!」
部屋に入った瞬間、辻本が荷物を丁寧においてからベッドにダイブ。
これが体臭のキツイ男なら殴り飛ばすが、辻本はそうではないし、いろいろと迷惑をかけているので仕方がないかと千司は放置。
一人持ってきた荷物を開封する。
「辻本、千司と寝るときに匂うかもしれないから早く出て」
「ちょっと、私が最初に寝ようとしたのにぃ」
一方で何故か部屋の主をのけ者にして、ベッド争奪戦を繰り広げる三人。
一通り片付けも終わったところで、辻本は「やってられないでござる!」と告げて部屋を出て行った。
結果、残ったのはせつなと文香のみ。
時刻は午後六時を少し過ぎたところで、窓の外の海には沈みゆく夕日が海面に煌めいている。
「せんじ……」
「せ、せんじくん……」
辻本が居なくなったことでベッドに腰掛けた千司のもとに、二人が甘えるように上目遣いを見せて近付いてきた。
両者互いのことは見向きもせずに、ただただ一心に千司を見つめている。
(正直、腹減ってるから飯食いに行きたいんだけどなぁ~)
しかし王都を出発してから本日に至るまで、基本的に誰かと一緒に居た都合、そっちがご無沙汰なのもまた事実。
千司は逡巡した後『まぁいいか』と考えるのを止め、二人を抱き寄せてベッドに倒れ込むと——そのまま三人で一夜を明かすのだった。
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