第7話 超ギスギスハーレム
千司はひとまず文香を自室へと連れ込むことにした。その場で慰めることも可能ではあるが、他の勇者や騎士——あるいはせつなに見つかった際に色々と面倒になると判断したからだ。
部屋へと戻る途中ライカの姿を見かけたので『せつなを誤魔化しといて』と口パクで伝えると、彼は嫌悪感丸出しの視線で睨みながらも頭を下げて去って行った。
顔がいいので危うく新しい扉を開きかけたものの、千司は無事に文香を連れ帰ることに成功。
普段部屋に居るのは夜か早朝だけなので、夕方というのは何とも新鮮な気分である。窓の外から差し込む寂寥感すら抱かせる夕日に目を細めつつ、千司は泣きじゃくる文香をベッドに座らせた。
兎にも角にも落ち着けるために何か飲ませようとして——不意に袖口を引っ張られてベッドに倒れ込む。
すぐ目の前には文香の綺麗な顔。
彼女の赤く泣きはらした目元は、千司を真正面から見つめつつも、その奥にある明確な不安を隠しきれていなかった。
「どうしたふみ――んむ」
声をかけようとした瞬間、彼女に口を塞がれる。手を首の後ろに回し、足で腰を固定しながら、貪るようにこちらの口内に舌を這わせてきた。
「んっ、ちょ、ちょっとまて」
無理やり引きはがすと、文香は名残惜しそうに声を漏らした。
「——ぁ、やだ。やだやだやだ。やだやだやだやだやだっ!」
「落ち着け文香」
「……っ、あ、あっ……ご、ごめん、ごめんね? ごめんなさい千司くん。その、私……えっと、えっと、あの……一緒に居たくて、話したくて、触りたくて、その……」
「とりあえずいったん離れ――」
しどろもどろになる文香に対し、とりあえず一度距離を取ろうと試みると彼女は激しく抵抗。
「やだ、やだやだやだやだ! もうやだ、離れたくない! ……千司くん怒ってるんだよね? 私が弱くて、役立たずだから……だから、失望してるんだよね?」
それは明らかに『否定』してくれるのを前提とした質問だった。
『そんなことない』と言ってくれるのを期待した問い。
故に千司は、わざと
気を遣って、文香の思惑通りに動いてあげたと相手に理解させるために。
「——いや、そんなことないよ」
本当は『失望していた』と悟らせ、彼女の心を徹底的に打ち砕くために。
「……っ! ぁ、ぁあ……っ、ああぁぁああっ!! わぁぁぁあああああああっ!!」
瞬間、文香は悲壮に顔を歪め、頭を抱えるようにうずくまる。
嗚咽を零しながら泣きじゃくり、やがて涙と鼻水でべちゃべちゃになった顔を上げて、千司に縋りついた。
「ごめ、ごめんなざいっ……ぐじゅっ、次は、……ぐすっ、次はがんばるから……っ! 回復っ、まほうも……えぐっ、もう、もう失敗、しないようにっ、がんばるからぁっ! ……だからっ、だから見捨てないでぇ!」
涙を流しながら捲し立てる彼女を見て、千司は予定通りに進んだとほくそ笑む。
文香は以前からそうだが自虐を口にして、それを否定させることで関係を深める傾向がある。もちろんそれに従い、彼女の望むがままの言葉を囁くことでも依存させきることは可能だ。
しかし、そうすると文香に『私の思惑通りに進んだ』という潜在的な優越感を与えることになる。千司が求めるのは自身が絶対的な上の主従関係であり、欠片でも対等やそれ以上等という甘い希望は抱かせない。
故に、千司は彼女の心をへし折りに行ったのだった。
「……文香」
「だから、だから……ぐすっ……おねがいします……。はっ、離れないでぇ……離れたくないよぉ……何でも、いいからぁ……ぐしゅっ。……せ、千司くんにとって、都合のいい……女でいいからぁ! だから……っ、もう無視しないでぇぇ……っ」
おそらく最後の言葉が彼女の望みなのだろう。
無視をしないで欲しい。
(これ、夕食の時に無視したのが効いてるな~なんとなくやったけど良い感じ)
「おねがい、します……また、千司くんと、お話ししたいよぉ……っ」
恥も外聞も捨て、もはや土下座をするように泣きじゃくる文香。
千司は彼女の肩を支えて優しく起こすと、そのまま唇を奪った。
一瞬驚いた表情を見せた文香だったが、すぐに受け入れ、自ら積極的に攻め始める。手と足で千司の身体を固定し、所謂だいしゅきほーるどの体制になった彼女は、呼吸も忘れて舌をねじ込んでくる。
「んっ、んむ……はぷっ、ん、んふっ……ふぅ、ふぅ……えぁ……♡」
口を離すと、物足りなさそうに舌を伸ばし、荒い息を吐く文香。
千司は優しく微笑みかけながら髪を撫で、次に身体に触れた。髪から紅潮した頬、唾液でてらてらとした唇、汗ばんだ首筋、熱を持った胸の間、呼吸の度に上下するへそ、と——人体の急所が集う正中線を、文香が強く意識するように撫で下ろす。
「ぁ、あぁっ……!」
そうして、彼女に強く上下関係を意識づけた後、千司は耳元で告げた。
「愛してるよ、文香」
「わ、私もっ! 私も愛してる!! 千司くん、大好き!!」
甘い堕落するような千司の
夕焼けが差し込む部屋の中、甘い嬌声が響き渡る――。
§
情交が終わると、外はすっかり夜になっていた。
時刻を確認してみると夜の七時を少し過ぎた頃。
汗をかいた二人は一度服を着替えてから、食堂へとやってきた。訓練終わりにそのまま始めたため空腹も限界に達していた。
他の生徒は大方食べ終わったのか、食堂にはぱらぱらと何人かが座っているのみだった。その中には見慣れた黒髪の少女の姿も。
少女、せつなは千司がやって来たの気が付くと、急いで立ち上がり、小走りで近付いて——千司にくっつく文香を、まるで射殺さんばかりに睨みつけた。
「……離れて」
殺気すら感じるせつなの声に、思わず文香は萎縮。
「……ぁ、ゆ、雪代さん……えっと、これは、その……」
「離れて、私の千司なの」
千司の腕にくっつく文香を無理やり引きはがそうとするせつな。
普通のカップルならその怒りは彼氏である千司に向かいそうなものであるが、そうしない辺り、千司とせつなの歪な恋人関係が浮き彫りになっていた。
「ご、ごめん……でも、離れたくない」
「なんで、意味わかんない……っ」
途端にギスギスとした空気が食堂中に伝播していき、いち早く危険を察知した食堂に残っていた少数のクラスメイト達がそそくさと逃げ去っていく。中には「た、大変でござる……猫屋敷殿を呼びに行くべきか?」と口にする気遣いのできるオタクの姿もあったが、今はそれどころではないので無視。
このままキャットファイトを眺めているのもいいかと思っていた千司であるが、この二人が争っても損しかないため、早々に間に割って入ることにした。
「すまない、せつな」
「……え? まって、やだ。捨てないで」
謝罪したことで最悪の想像をしてしまったのか、文香とは反対の腕に抱きついてくるせつな。絶対に離さない、離れたくないと言う思いが伝わってきて思わずもっと虐めたくなる。
嗜虐心をぐっと堪え、千司はせつなに優しく語りかけた。
「捨てないよ、そういう意味じゃない。ただ、こういう状況になってしまったと言うことを謝罪したいんだ」
「そ、そっか……」
それを聞いてせつなは安堵の息を吐く。何も安心できる事など無いはずなのに、捨てられないというだけで喜ぶところを見るに、彼女の依存値は期待以上を推移しているらしい。
立ち話もあれなので、とにかく食事を摂りながら話し合うことにする。
せつなに聞いてみると、彼女も千司を待ってまだ食べていなかったそうで共に料理を受け取り、席へ。
千司を二人でサンドイッチするように横並びで座る。
(めちゃくちゃ話しにくいな、これ)
しかしこれ以外の座り方をしよう物なら二人が泣くのは目に見えているので仕方が無い。慰める方が面倒だと判断して、諦める。
最初は黙々と食べていたが、少しして文香がぽつぽつと話し始めた。
「ごめんね、雪代さん。……でも私……もう、千司くん無しじゃ無理なんだよね」
「……」
苦笑を浮かべる文香に、せつなは無言で夕餉を口に運ぶ。
「その……嫌なのはわかる。私が雪代さんの立場なら、殺したくなるだろうから。……でも、お願い。彼女は雪代さんのままでいいから……私も、千司くんの側に居させてくれないかな……」
その言葉に、せつなは咀嚼していた物を嚥下。
水を口に含むと、小さく呟いた。
「やだ」
「……」
「でも、千司がそうするなら、私はどうでもいい。なんでもいい……天音さんは
そう強がりつつも、机の下で千司の足を震える手で掴むせつな。
いじらしくて可愛いじゃないの、などと場違いなことを思考しつつも、彼女の頭を撫でた。
「悪いな、せつな。でも放っておけなかったんだ」
「わかってる。千司は最低にいい人だから……わかってるもん」
目に溜めた涙を必死にこぼさないようにしながら強がるせつなだったが、しかし堪えられなかったようで――千司の胸元にその顔を埋めた。
「ありがとう」
「……すんっ、……別に……ぐすっ、……けど、その代わり私のこと捨てないでね」
「あぁ、もちろんだよ」
華奢なせつなの身体を抱きしめる。
すると、反対に座っていた文香がせつなを見て複雑そうに顔を歪めた。自身が彼女に認めて貰う立場なのは重々承知していたが、しかしそれはそれとして嫉妬心や独占欲が消えるわけではない。
しかし文香は、今は邪魔をしない方が良いと判断して食事を再開させようとして――千司は彼女の腰に手を回し、ぐっと抱き寄せた。
「あっ……」
「文香も、もう遠慮するな」
「……んっ、うん……ありがと、千司くん」
そうして、ギスギスしっぱなしの夕食は過ぎていき――。
「こっちでござる! こっちで奈倉殿が……あれ?」
「なるほど、ハーレム糞野郎にジョブチェンジした、と」
「……心配して損したでござる。今度何かおごらせるでござる」
「さんせー、女の敵は粛正しないとねぇ……ま、幸せそうならいいけど」
ふと、食堂の入口から辻本と猫屋敷のそんな声が聞こえた気がした。
実際のところは、一人の男に二人の女が依存しているだけで、そこにあるのは虚像の幸せなのだが。
その事には場の誰も気付かない。
ただ一人――少女たちを侍らす千司を除いて。
§
二日後の夜。
千司はドミトリーに『偽装』して王都の街を歩いていた。おもむろに路地裏に入ると、適当な通行人の身ぐるみを剥いで着替える。そしてそのまま、とある一軒家の地下室を訪れた。
窓は無く、ほこりっぽい室内は埃と血と糞尿の匂いであふれかえっている。
部屋の中には絨毯、ソファー、戸棚、テーブル。そして全裸で猿ぐつわをはめられ、身動きが出来ないように腕を鎖で拘束された三人の男女の姿があった。
一人は千司と同じか少し年上といった年頃の少女で、もう一人は三十半ば程の女性、最後が二十代半ばの青年である。彼らは千司の来訪に全身をビクつかせつつも、しかし希望を僅かに宿した目で見つめてきた。
「ん~! んん~!」
一番若い少女がうめき声を上げ、猿ぐつわの両端から涎をだらだらと垂らしながら千司に助けを求める。埃や血で汚れてはいるものの肌の血色は良く、頬もこけていない。せいぜい股ぐらから若干酸っぱい匂いがする程度だ。
そんな少女は無言を貫く千司に一縷の望みを掛けて近付き――。
「いひひっ、どうかな? ドミトリー」
「あぁ、良くやったよアリア」
自分たちを拉致監禁した張本人――白と紫が入り交じった髪を持つ王国きっての狂人『血染めのアリア』と談笑する姿を見て、絶望するのだった。
「それじゃあ時間も無いし、サクッと始めるかぁ~!!」
「いえ~い!! 待ってました待ってましたぁぁぁああああああっ、いぐっ、いぎゅぅうううううぁぁぁあああっ♡ あへぇぇぇええええっ♡♡♡」
突如びくんっびくんっと絶頂するアリア。
少女たちは絶句。
千司も絶句である。
仲間であることに恥じすら覚える。
「あ、あへっ、い、イっちゃった♡ いひひっ♡」
「きっしょ、良いからさっさとやろうぜ」
「あっ、あっ♡ まってぇ、ドミトリー♡」
身体中から汁という汁を零すアリアに辟易しつつ、千司は部屋のテーブルに置かれていたナイフを手に取り、少女を見つめる。
「ん~!! むぐ~!!」
「何言ってんのかわかんな~い」
涙目で悲鳴を上げる少女に対し――千司は躊躇無くナイフを振り下ろした。
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