第6話 王女様が強すぎる。
翌朝、ライカに起こされ目が覚める。窓の外に目をやると空は白ばんでおり、早朝訓練の時間を迎えていた。昨日の新色との四回戦が尾を引いたのか、それともアリアとの会話に疲れたのかはわからないが危うく寝過ごすところである。
ライカに感謝を述べつついつも通りセクハラ。最近では慣れてきたのかジト目で睨み付けてくるようになっていたが、顔が良いので問題ない。むしろ興奮は加速する。
着替えさせて貰った後はそのまま訓練場へ。
いつもなら朝食を先に済ませるのだが少し眠りすぎたため本日は後回しである。
訓練場にはすでにリニュの姿があった。
彼女は朝の冷たい風に銀髪を揺らしながら、ぼーっと流れる雲を眺めている。
普段ガサツな彼女であるがその見た目は一級品。思わず息をのんでしまう程、その光景は絵になっていた。
「おはよう、リニュ」
「ん、あぁ、センジか。おはよう。昨日は災難だったな。大丈夫――か?」
心配そうな顔で振り返ったリニュだったが、千司を視界に捕らえるやいなや声のトーンが低くなる。しばらくむすっとした表情で千司を睨み付けていた彼女だったが、やがて、ふんっ、と鼻を鳴らすといらだたしげに口を開いた。
「また、増えているな」
「何が」
「この匂いは……ウミハタ、だったか? チッ――良いご身分だな、雑魚の分際で」
「あぁ? 何だよ」
「落ち込んでいるかと思えば、見境無く女に手を出しよって……」
その言葉に新色と関係を持ったことを悟られたのだと気付く。口ぶりからしておそらく匂い。
が、今まで指摘されなかったことを踏まえるに、おそらく目ほどは良くないのだろう。今回は新色と四回もしてしまったのが原因と思われる。
「前から思ってたんだが、あまりプライベートは覗いて欲しくないな」
「見えるんだから仕方ないだろ。それに嫌なら風呂に入れ。メスクサい」
「……そりゃ悪かった」
変に探られるのも面倒なので素直に謝罪すると、彼女は不服そうな顔のままぼそぼそと愚痴を漏らした。
「……それにしても、なんでウミハタなんだ。助けたのはアタシだろうが」
「そう言うのは聞こえないように言ってくれ。気まずくなるだろ」
「ち、ちがっ、そういう意味じゃない! どうせ精神的に弱ったお前があの女に甘えただけだろ? 相談するならアタシにしろって、そういう意味だ!」
「早口で弁明ご苦労さん」
焦りながら弁明するリニュだったがやがて自らの劣勢を悟ったのか大きくため息を吐く。
「と、とにかく……もう大丈夫なんだな?」
「あぁ。……リニュもありがとな。正直かばってくれたのすごい嬉しかったよ」
「……っ、な、何だ急に。気持ち悪いぞセンジ」
「別に、本心だよ」
当然嘘。偽装感情で普段のプロレスに対するギャップを演出し、感情を揺さぶってみただけである。しかしどうやら
「ふんっ。なら、その感謝の気持ちとやらは訓練で見せて貰おうか? あそこまでして庇ったのに雑魚だなんて笑い者も良いところだからな!!」
「まぁ、このままじゃ天下の剣聖様が色恋で感情的になったって嗤われるだろうしな」
「――は、はぁ!? ば、馬鹿かお前は!! あ、アタシがそんなこと……あるわけないだろ……」
「そうだったか、それは失礼」
「……ま、まぁ嫌いでもないが」
「あっそ、どうでもいいから訓練しようぜ」
至極どうでも良いと言う風にリニュを煽ると、彼女は額に青筋を浮かべながら口元を獰猛に歪ませた。
「……やはりお前は少々調子に乗っているようだなぁ? くそっ、女にもてるからっていい気になるなよ!? いいか、お前は雑魚なんだ! ざこ、ざ~こ!! ざこセンジ!!」
「揶揄われたからって拗ねるなよ、今度デートしてやるから」
更に煽るセンジ。これも全てはリニュの好感度を稼ぐため。
リニュはドSである。虐めている時に興奮し、気分が高揚する変態である。
故に、煽ってわざと組み敷かれる状況を作り出すことで、彼女の好感度は跳ね上がるというわけだ。
「生意気なオスガキめ……わからせてやるッ!!」
「お前の方がメスガキ仕草多いんだよなぁ」
最後まで煽りつつも、千司は抜剣し――いつも通りフルボッコにされるのだった。
苛立ちはするけれど、最後にはリニュの表情が清々しそうに晴れやかだったので、概ね計画通り。
それはそれとして腹は立つし、絶対に殺してやると復讐心を滾らせるのだが。
§
早朝訓練も終わり、朝食を摂る。いつもは訓練前で一人だが、本日は他のクラスメイトたちと同じ時間帯。千司の姿に気が付いて真っ先に近付いてきたのはせつなだった。
てくてく、ぴた。
まるで親鳥について行く雛の如く、彼女は千司の周囲に張り付いていた。
文香は相も変わらず友人たちと憂鬱そうな表情で朝食を口に運び、それ以外も基本仲の良いメンツで固まっている。以前と違う点があるとすれば、辻本や猫屋敷と言った、前回のダンジョン遠征組の距離が近いことか。
千司を中心にそれぞれのグループがそれとなく席に着いていた。
否、他の上級勇者たちが千司を避けているため、必然的にそうなるのか。
ギスギスしてきた勇者内の関係に胸中で満足しつつ飯を口に運んでいると――千司とせつなの対面に一人の女性が腰掛けた。
「お、おはよう」
「おはようございます。先生」
「お、おはようございます。海端先生」
千司が挨拶を返すと、隣に居たせつなも困惑しながら挨拶を口にする。
それだけで新色は「えへへ」とどこか嬉しそうにはにかんでいた。
昨日の夜、彼女の部屋を出る前に千司は置き手紙を残していた。
内容としては相談(意味深)に乗ってくれたことに対する感謝と、教師と生徒という関係上、このことは秘密にしようと言うこと。それと、これを機に他の勇者とも話してみませんか? まずは挨拶からでも、という三点だった。
(まだ緊張しているようだが、こうして食堂に現れただけでも御の字。良い傾向だ)
男を知り多少行動的になった新色を見て、千司は内心でほくそ笑む。
無能な彼女が行動的になる。これ以上に最高なことはない。このまま間違った方向に全力で成長し続けて欲しいものである。
§
「――と、言うわけで。皆様には魔法学園へと向かっていただき、そこで学んで頂こうと考えております」
ライザがそう告げたのは、日中訓練が始まってすぐのことだった。
彼女は千司と話した内容をそのままクラスメイトたちにも語る。安全面は問題なく、信頼性という意味で、リニュと第一騎士団団長セレンが同行する、と。
また、彼女は『魔法学園では試合形式の訓練が身の安全が保証された状態で行える』とも語った。
おそらく先の夕凪の死により、ダンジョンのような身の安全が保証されない場での実戦に奥手になっている生徒を慮った――と言うのが表の理由。裏の理由は千司との約束である『全員の承諾』を勝ち取るためだと判断した。
(となると……あぁ、最悪だ。やはり選択ミスをしてたな俺は)
「当然のことながらこれは皆様の賛成が得られた場合のことです。不安を覚える方もいらっしゃるでしょうから、それぞれゆっくりと熟考し、皆様で結論を出して頂けると幸甚にございます」
一通りの説明を終えたことを皮切りに、クラスメイトたちは各々近くの者や親しい友人たちに話しかける。当然それは下級勇者の中心的立ち位置に居る千司も同様で、まずはすぐ隣に居たせつなが無言のままに見つめてきた。千司の判断に従うという意思表示なのだろう。
そんな彼女の奥から、眼鏡の男子生徒とスレンダーな女子生徒が声を掛けてくる。
「さて、お邪魔かと思いましたが……どうするでござるか、奈倉殿」
「私はどっちでも良いと思うんだけど、奈倉くんはどう思った?」
友人二人を連れた辻本と、幾人かの女子を伴う猫屋敷。
すっかり千司側の陣営として動き始めている彼らを一瞥し、千司は考える。
千司としては『絶対に行きたくない!』という思いは変わらないし、何度考えても新天地で一から準備をするのは面倒極まりない。しかし、千司がそれを答えることは出来なかった。
何故なら――。
「あぁ、奈倉様なら『皆様の賛成があれば構わない』と事前に相談させて頂いた際にご回答を頂きましたよ」
ふと、柔らかな笑顔で会話に混ざってくるライザ。
普段は少し離れた場所から全体に呼びかけることの覆い彼女がすぐ側にやって来たことで、周りの生徒がざわつく。
だが、彼女は一切気にせずに千司を見つめ「ですよね」と尋ねてきた。
当然この場で「やっぱ止める。無理無理絶対行きたくない!」と駄々をこねることも出来るだろうが、王女が現れ周囲の視線が集中する中で彼女の提案に反対するのはリスクが大きかった。
これが一対一や、周囲にせつなや文香、或いは新色といった
だが、辻本や猫屋敷、他の勇者の前では、王女の言葉を否定する――つまりは王女と敵対する立場に身を置くのはいらぬ不安を与えてしまう可能性がある。
いくら現状、王国より千司に対する信頼の方が勝っているとはいえ、相手は衣食住を全て保証している『国家』。多少みんなを率いている
よって、千司はライザの言葉に頷かざるを得なかった。
「そうですね、ライザ王女。ただし、嫌がる方が居る場合はその限りではない――つまり、みんなの意思を尊重していただくと言う点につきましては、何卒ご理解の程を示して頂けると幸いにございます」
「はい、もちろんです。それでは皆様、私は公務がありますのでこれで――わからないことや質問等は騎士団の方におたずねください。では、失礼いたします」
スカートの裾を摘まみ、ぺこりと頭を下げて、ライザは去って行った。
(どうせここまで読んでたんだろうな。……お姫様ってもっとふわふわしてるもんじゃ無いのか? あり得ないよ。強すぎだよ。ふえぇ~ん(。>﹏<))
「千司?」
「なんだ?」
王女を見送っていると隣に居たせつなが服の袖を引っ張ってきた。
「王女様と話す千司、いつもと雰囲気違ったけど……凄くかっこよかった」
「……あぁ、ありがとう」
実際は内心でびゃーびゃー情けなく泣いていたのだけれど、知らぬが仏。
誤魔化すようにせつなの頭をぽんぽんと撫でていると、辻本と猫屋敷が苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「奈倉殿の方針はわかったでござる」
「私も、友達に言っとくね」
「……あぁ、ただ無理強いはさせたくない。こんな状況だし、もう誰にも――無理はさせたくないからな」
「もちろんでござる」
「りょーかい」
サムズアップする辻本と、ひらひら手を振り去って行く猫屋敷。
上級勇者たちの方を確認してみるが、篠宮を中心にして話がまとまり始めていた。おそらく彼にも事前に話が言っていたのだろうと予想しつつ、これでほぼ魔法学園行きが決まったことに、千司は肩を落とす。
(はぁ~、やってらんねぇ~)
しばらく話し合いが行われたが、リニュが手を叩いて注目を集めると「残りの話し合いは訓練が終わった後にするように! 日中訓練を開始する!」と告げ、本日の訓練が始まった。
§
相も変わらず基礎の繰り返しである下級勇者の訓練も一段落付き、千司は汗を流しに水浴び場へ。魔法学園行きがほぼ確定となった今、向こうの情報を集めて、どう動くかを考える。
(まぁ、さすがに出発まではまだ時間があるだろうし、それまでにどうにかしないとな。特にロベルタ関係は)
他は最悪別の人間を傀儡にして動かせば良い。
例えばアリアとか。そろそろお給料とか渡した方が良いのか、それとも彼女の場合人を攫ってプレゼントした方が良いのか。
そんなことを考えながら水浴びを終え、さっぱりした頭をタオルで拭きながら訓練場まで戻る――と、その道すがら、一人の女子が木陰に座り込んでいるのを発見した。頭にはタオルを乗せており、女子側の水浴び場からの帰りなのだろう。
誰かと確認してみると、それは――
「……せんじ、くん?」
「文香」
目の下に深い深い隈を刻んだ、真っ青な顔の天音文香だった。
彼女は千司を見ると、おもむろに立ち上がり、ふらふらとした足取りで近付いて、ぎゅっと抱きしめてくる。
「……せんじくん……せんじくん」
うつろに名前を呼んでくる文香。
とりあえず彼女の背を優しく撫でながら、千司は思う。
(な~んか、最近女子を慰めてばっかりだなぁ)
せつなに新色に文香、今朝のリニュやダンジョンで夕凪殺害を横取りされて拗ねていたアリアも合わせればかなりの数である。と言っても、その全ての元凶は千司にあるのだが。
そんなことは気にもせず、千司は目の前の少女の涙をそっと拭うのだった。
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