第8話 ジョン・エルドリッチとの会談。

 地下室を後にした千司はアリアを伴い、王都でも五指に入る高級ホテルにやって来ていた。千司はドミトリーの姿のまま。アリアも顔だけ偽装し、服はメイド服。何でも一度着てみたかったそうで、給料代わりに渡したお金で昼間に購入しておいたらしい。


 そんな彼女の手元には紙袋が握られており、中にはエルドリッチに渡す手土産が入っている。

 ホテルの受付に声を掛けて名乗ると、受付は顔を真っ青にして入館を許可。


 階段で最上階まで登り、その最奥にあるスイートルームを目指す。

 部屋に近付くにつれ、側の廊下に立っていた護衛と思しき男たちが明らかに殺意や憎悪の籠もった鋭い目つきで睨み付けてくるが、千司は無視。


(恨まれてるねぇ~)


 暢気に構えながらも、千司は部屋の前までやって来た。

 部屋の前に立っていた男は千司が来たのに気付くと、扉をノック。数秒の後に「入れ」と嗄れた男の声が帰ってきた。


 千司は土足で入室し、先方の許可も何も得る前にそのままズカズカと突き進んで、ソファーにどっしりと腰を下ろす。そのまま不遜な態度で背もたれに身を預け、足を組み、苛立たしげに大きく息を吐いた。


 室内に居た人たちが殺気立つのがわかったが、しかし千司の対面――同じようにソファーに腰掛けていた老紳士が手を上げて彼らを制止。彼はゆっくり息を吸い込み言葉を発しようとして――それにかぶせるように先に千司が口を開いた。


「やってくれたなぁ、ジョン・エルドリッチ大尉」

「……挨拶もなしですかな、ドミトリー殿」

「悪いなぁ、生憎こちとらただのチンピラなもので」

「そうですか。……ところで、やってくれた、とは?」


 老紳士――ジョン・エルドリッチの言葉に、千司は周囲の護衛を睥睨。以前来た際、彼のすぐ側に居た男が別の者に変わっているのを確認し、わかりやすく・・・・・・笑みを零してから、エルドリッチの問いに答える。


「契約を破るとは……こりゃ、酷い話もあった物だな、と言う意味だよ」


 千司が言っているのは、ダンジョンで夕凪飛鷹を殺害した時のこと。

 本来の契約では夕凪一人を第四十階層に転移させ、グルセオに殺させるつもりだった。しかし、ジョン・エルドリッチがその契約を裏切り、千司のことも共に転移させたため、千司が直接夕凪を殺す羽目になり……結果としてライザに要らぬ不信感を与えることになった。


 が、しかしそんなことを目の前の男に告げることは共に転移させられた勇者とドミトリーが繋がってしまう。故に千司は別の方向から攻める。契約を裏切った『結果』を糾弾するのでは無く、裏切った行為自体をつるし上げる。


 そんな千司の言葉に、エルドリッチは肩眉を上げて口元を手で覆った。


「ほう? ……いやいや、アレは破ったわけではありませんよ。ただ、ドミトリーどのが勇者を殺したいと仰っていたので、こちらから協力し、より貴方とは友好的に接したいというこちらの考えを示したかったのですよ。ようは賄賂。喜んで頂けませんでしたかな?」


 笑みを崩さず続けるエルドリッチに千司は鼻を鳴らした。


「はんっ、馬鹿か~?」

「……」

「言われたとおりに動かない奴にどう友好を感じろって言うんだ? お前だってわかるだろ? 部下がクソみたいに使えない奴だった時の失望感をさぁ」

「私は貴方の部下ではありませんし、結果としては失敗に終わった物の、ドミトリー殿の目的に近付けようとした我々に対し、正直な話、何をそこまで怒っているのか理解できかねますねぇ」


 エルドリッチは自らのひげを撫で、口に不敵な笑みを浮かべて続ける。


「殺したかったのでは? 勇者を殺したかった・・・・・・・・・のでは?」


 それは前回の会談で千司が彼に告げたことの意趣返しだろう。

 『戦争がしたかったのでは? 人間と争いたかったのでは?』

 中々首を縦に振らない彼を煽るために使った言葉だった。


 ――それを今使ってきたと言うことは、彼もまた千司を煽っている。

 煽って、その反応でどういう人物かを読み取ろうとしている。

 故に千司は彼の魂胆を嘲笑した。


「俺が何を怒っているのかわからない? おいおい、認知症には早いんじゃないかぁ? 老害。俺は――いえ、私は、契約通り動かなかったことに腹を立てているんですよ、エルドリッチ殿」

「……」


 千司はここで初めて居住まいを正し、言葉を丁寧にし始める。


「勇者には当然死んで欲しい。今回の作戦で、確かに一人でも多く死ねばそれはとても喜ばしいことでした。しかしそれとこれとは話が別です。契約通りに動かない駒なんて、持っているのも危なっかしい。それに対して不満を抱くのは、おかしな事でしょうか?」


 千司の言葉に、エルドリッチは目をぱちくりした後、冷笑。

 低い笑いが部屋の中に響き、それに呼応するように周囲の護衛たちも嗤う。

 彼は嘲るような笑いを終えた後、千司を睥睨して大きくため息を零した。


「はぁ……器が小さいことこの上なく、そして甘い、ぬるい。理想論で物を語りすぎている。嗚呼、まったく、どうやら貴方の言うとおりだったらしい。『こちとらただのチンピラなもので』……でしたかな? いやぁ、格好良い。若いのに自分のことを良くご理解なさっている」

「……」

「後ろの護衛が強いため、天狗になっておられるのか? 青く幼いドミトリー殿。貴方の言葉を聞いていると、まるで私たちが貴方に忠誠を誓った部下のように感じられる。それこそ、貴方が天狗になっておられる証左に他ならないでしょう」

「……」

「言うとおりに動く人間など少ないものだよ、若人よ。特に貴方は愚かだ。愚かで嘆かわしく、稚拙で幼稚だ。そもそも、前回お会いしたのは貴方の店を潰すために敵として。多少こちらのことを調べて動かしたつもりになったのかもしれませんが一度や二度少し言葉を交わした程度で、我々がそう易々と貴方の駒にならぬことをゆめゆめ忘れぬよう。全てが思い通りに行くなどと考えるのは赤子と同じなのだよ」


 エルドリッチの言葉を受け、千司は大きくため息。


「では、謝罪はないと?」

「してあげましょうか?」

「……契約違反が認められたため、賭博場の閉鎖もいたしませんが構いませんね」

「この程度の相手なら、容易に潰せますので何も問題ありません」


 それを聞き終え、千司は立ち上がった。

 そしてアリアに持たせていた紙袋から二つの小さな木箱を取り出して、テーブルに並べる。


「一応、礼儀として手土産を持ってきていたので、お渡ししておきます」

「……手土産?」


 この状況で何を、と言う表情エルドリッチ。

 しかし千司は彼を無視してそのまま外へ続く扉へと進み――背中に声を掛けられた。


「では、手土産の礼に一つ感謝を述べましょう。貴方のおかげで我々の望みである『人間同士の戦争』がようやく行えそうです。今回の件を皮切りに、ラクシャーナ・ファミリーが動き出しました。我々を粛正するか、それとも王国と事を構えるかで、内部はてんやわんやでございます。もうすぐ争いが起きる……くくっ、これに関してはドミトリー殿に感謝を」


 嘲笑の謝辞を述べたエルドリッチに対し、千司は後ろに控えていた顔を引きつらせるメイドに声を掛ける。


「……いくぞ」

「は、はいっ。いひっ、いひひっ」


 そうして千司とアリアは部屋を後にした。



  §



 二人が出て行った部屋の中、エルドリッチは静かに考えていた。

 本当に、これで終わりなのか、と。

 ドミトリーとはこれほどまでに、感情論だけで動くような木っ端なのか、と。


「さすがですね、大尉」

「……あぁ」


 部下の女であるミリナ・リンカーベルが後方より声を掛けてきた。何も理解していない馬鹿な女である。否、彼の部下は全員馬鹿だ。思考力を削ぎ、エルドリッチを信奉するように洗脳教育を施し、最強の戦士に仕立て上げた。


 だからこそ、ドミトリーの語っていた『言われたとおりに動かない奴に腹を立てている』という言葉については、正直共感しか無かった。問題があるとすれば、良い方向に裏切りの舵を取って居たのに、あれほど憤慨していたことか。


(まぁ『一人を殺せ。それ以外は禁ずる』という契約からして、二人以上の殺害は彼の計画に何か支障を来す物だったのだろうが……)


 少し考えるが答えは出ない。

 可能性としては、勇者に対する最初の攻撃故に、極力失敗することを恐れたか。

 他には、複数人の殺害により、王国がすぐに動き出すのを恐れたか。

 一人の死と、複数人の死では、王国側が抱く危機感に大きな差が生まれる。


(……となると、彼の正体は)


 と思考を伸ばそうとしたところで、ミリナが声を掛けてきた。


「ところで、手土産とは何なのでしょうか」

「ふん、だいたい予想は出来る」

「そうなのですか?」

「あぁ、シンの奴が数日前から行方不明になっているだろう?」

「はい。……まさかっ!?」


 シン・シグレス。優秀な部下であり、護衛としてエルドリッチがよく側に置いていた男である。そんな彼が数日前から行方不明になり、今日に至るまで消息がわからなくなっていた。


 その時に請け負っていた仕事はドミトリー関連のみであり、考えられる可能性はただひとつ。彼らに捕まった。事実ドミトリーは部屋に入ると部下の顔を確認して、笑みを見せていた。


「ただ疑問を抱くとすれば、何故彼らはそれを使って交渉を有利に進めようとしなかったか、だが……っ!?」


 人質がいるのなら必ずそれを交渉のカードとして使う。

 ドミトリーとて何度も行った手だ。

 故に疑問を抱きつつも木箱を開け――中に入っていた物を見て理解した。


 交渉に使わなかったのは――そもそも今のが『交渉』ではなかったから。


「おい、今すぐ二人を呼び戻せ! ……丁重にな」

「え、それって……」

「いいから行け」

「は、はい!」


 ミリナがドミトリーとメイドの女を迎えに行くのを見送ってから、エルドリッチは木箱から中身を取り出す。


 ――それは人間の指だった。だが、それだけなら何も問題は無い。捕まったシンの身体の一部が入っているだろうと、エルドリッチは予想していたから。開いて中身を確かめたのはそれが指か、耳か、鼻か――そして生体反応が残っているか……つまりはまだ生きているかどうかを確かめるため。


 が、そうも言えなくなる物が、箱の中には入っていた。


(なるほど、だからわざわざ私の側近を――)


 それぞれの木箱に入っていた人間の指は、両方とも薬指。その細さからして両者ともに女性の物で、その切断面付近には見覚えのある指輪が嵌めてあった。


 一方はエルドリッチが自らの妻に捧げた物。

 そしてもう一つは、自身とは何の関係も無く、暢気に一般人として暮らしているはずの最近婚約したばかりの娘の指輪。


 切断面を観察。そのいびつな切り口から、指の主が激しく抵抗したことが窺える。

 つまり、生きたまま指を切断されたと言うことだ。


(――切り口も真新しい。生きている可能性はまだ充分にある、か)


 エルドリッチは自らの心の奥底からわき上がる感情を必死に抑えつつ、大きく息を吐いてソファーに深く座った。そして――ノックの音と同時にミリナの声が扉の外から聞こえてくる。


「入れ」


 開かれた扉の向こうには、先ほどとは打って変わって、紳士的な笑みを浮かべたドミトリーと、どういうわけか股から汁をだらだらと垂らすメイドが立っていた。


「あっ、あへっ♡ ど、ドミトリー……、い、イキそうっ♡」

「さすがに止めて」


 そんな二人を見て、エルドリッチは頭が痛くなった。

 なんだこの悪夢は。


 しかし悪夢は終わらない。

 『交渉脅迫』は、これから始まる。

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