第4話 クラスメイトへの報告

 翌朝。

 結局、避妊薬を溶かした魔法酒を飲ませることが出来なかったので、朝食の際に隙を見てせつなの飲み水に薬を投入。無事服薬させることに成功した。


 以前までより更に距離感の縮んだせつなを傍らに侍らせつつ朝食に舌鼓を打っていると、ふと他の勇者の話し声が聞こえてきた。


「……なぁ、なんか遠征に行ってた奴ら暗くね?」「確かに」「何があったか聞いても王女に口止めされてるって言って教えてくれないんだよね」「口止めって……」「てかさ、夕凪居なくね?」「まだ寝てるんだろ」「いや、でも……もしかしたら……」「確かにトラウマ組だったけど、あいつ今回の遠征組の中じゃ最強だったろ。そんなこと・・・・・、あるわけねぇよ」「それに雪代さんは普通そうだし……」「何言ってんだよ。あいつは奈倉と付き合ってるんだろ?」


 そんな噂が至るところから聞こえてくる。

 流石にせつなには堪えるかなと視線をやるも、彼女は気にした素振りもなくいつもの無表情で朝食を口に運んでいた。慰めックスにそこまでの効果があったとは、と一瞬驚く千司だったが、机の下で手を握られ、ただの強がりだったと気付く。


(殺したの俺なんだけどねぇ~)


 内心でそう思いつつも、せつなの手を握り返すのだった。



  §



 その日の日中訓練は急遽中止となり、千司たち勇者は大広間に集められた。何やら大事な話があるのだとか。その頃には夕凪の噂がかなり広まっており、せつなと千司の二人に視線が集められる。


 だが、それらから千司を守ったのは意外にも先日の遠征に同行した生徒たちだった。特に辻本やその彼の友達、岸本、富田といったオタクたちが千司と上級勇者の間に立ってオタトークを繰り広げると言う形で牽制。


 そんな彼らを「異世界に来てまでアニメの話すんな」などと、トラウマ組として遠征に参加していた上級勇者の女子、猫屋敷ねこやしきけいらが注意することで、二人を――より正確にはせつなを、何も知らない勇者たちの視線から守っていた。


「……助かる」

「困った時はお互い様でござるよ」

「今一番キツいのはせつなちゃんでしょ。彼氏なら、守ってあげなよ」

「あぁ」


 何とも頼りがいのある辻本と猫屋敷の言葉に、千司は二人に対する評価を改めた。

 因みに以前までは辻本を『使い勝手のいいオタク』、猫屋敷を『スレンダー美人で見た目は良いが上級勇者にしてはパッとしない戦闘力』と認識していた。友情の欠片もない最低のクズである。


 そうこうしていると、大広間に人が入ってくる。

 現れたのは四人。剣聖リニュ・ペストリクゼン、第一騎士団長セレン、第二騎士団長オーウェン・ホリューと続き、最後に現れたのは漆黒の豪奢なドレスに身を包んだ王女ライザ・アシュート。


 王宮内でも上位の役職に名を連ねる面々に、それまで井戸端会議に花を咲かせていたクラスメイトたちも静まりかえる。


 と、同時に室内は異様な雰囲気が支配していき――やがてそれらをまとめるように王女が咳払いを一つ。大きく息を吸い、ゆっくりとその口を開き、よく響く声を大広間にいる人間に轟かせた。


「本日お集まり頂いたのは他でもありません。皆様に悲しいご報告がございます」


 その言葉に今回の遠征に参加していなかった者たちからざわつきが起こるが、リニュが一喝。


「静かにしろ!」


 静寂を取り戻した室内をぐるりと見渡し、王女は目元を抑えながら震える声で告げた。


「先日のダンジョン遠征にて、夕凪飛鷹様がお亡くなりになられました」


 一拍おいて、一気に喧噪が増す。先ほどリニュに注意されたばかりであるが、クラスメイトの訃報を聞いて黙っていられるほど、彼らは『死』に近い人生を送っていない。


「嘘……」「え、亡くなったって……死んだって事?」「嘘でしょ」「マジで?」「確かに姿見てないけどさ……」


 困惑する彼らに、ライザは続ける。


「第十階層にて魔族の手の者に操られた冒険者に襲撃を受け、夕凪様と奈倉様が第四十階層のボス部屋に強制転移。御二方は協力しボスを撃破致しましたが、その際、夕凪様は大怪我を負い……回復する手段もなく相打ち、と言う形でお亡くなりになられました」


(なるほど、首謀者は魔族ってことにするのか。まぁ、そっちの方が良いよな。俺の名前を出すのも、目撃者が多いんだから隠しても意味はない。そういった意味では今まとめてある程度の概要を説明した方が得だと考えた訳か)


 名前を挙げれば変な注目を浴びてしまうが、しかしあとから夕凪の死の現場に千司が居たと別の場所から情報が洩れれば、その方がより面倒になる。故にライザはここで全てを語ったのだろう。


 ライザの説明でいよいよ、夕凪の死が本物だと理解してきた上級勇者たち。

 やがて一人の生徒が千司に近付いてくる。


「奈倉……それは本当なのか?」


 彼の名前は篠宮蓮。三人しか居ない白金級勇者の一人であり、上級勇者の中心人物だ。千司が勇者の離間工作を施していなければ、クラスメイト達は彼を中心にまとまっていただろう。


 しかし今は別に誰かが決めたわけでは無いが、上級勇者の中心人物は篠宮。下級勇者の中心人物は奈倉というのがクラスメイト達の共通認識であった。


 彼は普段連れてる取り巻きは置いて、真っ先に千司に問うた。

 ライザではなく、千司に。


 それは先ほどライザが千司の名前を挙げたのもあるだろうが、おそらく彼も下級勇者及び、前回のダンジョン遠征における中心人物を千司だと認識していたのだろう。


 千司は彼から視線を逸らし、ばつが悪そうな演技をして答える。


「本当だ」

「……っ」


 悲痛に顔をゆがめる篠宮。何事かを続けようとして、しかし千司の隣にいるせつなを見た瞬間に言葉を飲み込んだ。仮に何か尋ねたいことがあったとしても、彼女の前で行うのは得策ではないと判断したのだろう。


(さっすが陽キャ。コミュ強は伊達じゃ無いって訳か)


「そうか……」


 小さくそう零す彼に対し、不意に上級勇者の一団の中から声が上がった。

 なんちゃって不良の大賀健斗である。


「おい、おいおいおい! はぁ!? 上級勇者の飛鷹が死んだぁ!? 何やってんだよ、おいおい! なぁ、奈倉よぉ!! はぁ!? 何やってんだ!? はぁ!? 意味わかんね、意味分かんねぇよ!!」

「悪い、俺が弱かったから――」

「んなことはわかってんだよ雑魚!! はぁー!? 巫山戯んなよお前! なんで優秀な夕凪が死んで雑魚のお前が生き残ってんの!? 普通逆じゃね!? つーか、お前普段あれだけイキってる癖に、何やってんの!?」


 盛大に罵倒し、煽り散らかす大賀。

 しかし千司は内心で歓喜していた。


(まったく、これだから馬鹿は最高だぜっ!)


 一般的な人生経験を積んだ高校生ならば、この状況で誰かを糾弾することに何の意味も無いことは容易に想像が付く。それこそ『空気を読む』という話だ。

 だと言うのに、大賀は大声でひたすらに自らの感情を吐き出している。


「すまない」

「言葉だけじゃ意味ねーだろ! 土下座しろ土下座!! だいたい俺は前からおかしいと思ってたんだよ!! こんな雑魚がリーダー面して下級勇者共をまとめてた事が!! なぁ、お前この失態どう責任取るつもりなんだよォ!!」

「それは……」

「うっせぇ!! いいから土下座しろ!! 土下座ァア!!」


 何故お前に謝ればならんのだ、という正論は置いといて、しかしこれはいい傾向だ。この場で千司が土下座することによって、勇者間の溝は更に悪化するだろう。


(まぁ、篠宮辺りがそれを許すとは思えないが……)


 冷静に状況を分析し、自身の身の振り方を考えていると、おもむろに別の場所から声が上がった。それは篠宮でも大賀でも、下級勇者の誰かでも、またライザたちでも無い。


「おい、大賀。その辺にしておけ」


 そう言って前に出てきたのは篠宮の金魚の糞その1こと渡辺伸也だった。前髪を前分けにした雰囲気イケメンは、毅然とした振る舞いで暴走する大賀の肩に手を置き、その蛮行を止める。


「あぁ? 何で止めんだよ」

「やり過ぎだからだ。それに、土下座させたとて何かが解決するわけでも無いだろう」

「……チッ」


 渡辺の言葉に、大賀は舌打ちをして踵を返す。


「すまない、助かっ――」

「別に、俺はお前を助けた訳じゃない。見るに堪えなかった。ただそれだけだ。それに……」


 彼は一度言葉を区切ると、髪を揺らし明らかに格好を付けながら千司を睨む。


「大賀程じゃないが、俺もお前は許せない」

「……」

「力も無いくせに大言壮語も甚だしいこれまでの言動。その癖して、いざその時が来たら夕凪一人が死にお前は生き残った。結局、お前は口先だけの人間だったって訳だろ」


 渡辺の言葉を耳にしながらも、千司はなぜ彼がこうも突っかかって来るのかを考えていた。大賀ならいざ知らず、彼は曲がりなりにも篠宮の金魚の糞。コミュ力はそこそこありそうだが……。


(ん〜何かに焦った感じか? チラチラ気にしてるのは……不破千尋か。確か篠宮のことが好きな女子の一人だったはず……そう言えばこいつ、以前に辻本が開催したAV鑑賞会に参加してたな。夕凪との交流がそこにあると考えるなら……片思い同盟とか? まさかとは思うが後で辻本に確認しておくか)


 もしこの推理が当たっていたのなら驚くほどしょうもない理由であるが、それくらいしか彼に嫌われる理由に見当がつかない。少なくとも不破千尋の視線を気にしている点から、彼女の存在は関わっていると思われるが。


 千司が対外的には申し訳ない、という表情をしつつ内心で渡辺について分析していると、——そこでリニュの大きな声が響いた。


「おい! 貴様らいい加減にしろッ!!」


 その恫喝に目の前でこれでもかと格好を付けていた渡辺はビクリと驚き、肩を震わせる。普段ならそんなことも無いだろうが、今回ばかりは仕方がなかった。


 何しろリニュの表情は今までに見たことがないほど憤怒に染まり、大賀と渡辺を敵意にあふれた目で睨み付けていたのだから。


「センジを責めるならまずアタシを責めろ! あの状況で護衛の役目も果たせずにただ待つしか無かったアタシを責めろ!! センジは何も悪くないし、センジを悪く言う奴はアタシが、このリニュ・ペストリクゼンが許さんッ!!」


 感情をむき出しにして吠えるリニュの隣では、ライザが『やってしまった』といった様子で頭を押えていた。それはそうだろう。下の者の争いに上の者が介入すれば、仮に解決したとしても両者の間にはわだかまりが残る。


 ライザ的には篠宮辺りが「この悲しみを乗り越えて一致団結しよう!」と持っていくのを期待していたのだろうが、それより先にリニュの我慢の限界が来たようだった。彼女の好感度を稼いでおいてよかったと思う千司である。


「い、いや、俺はそういう意味じゃなくて、奈倉が出来もしないことを声を大にして言っていたのを咎めただけで……」


 何故かそれでも引かない渡辺。

 彼の中の千司への好感度はかなり低く作用しているらしい。


「センジはそれを言えるだけの努力をしている」

「リニュ、やめなさい」


 雰囲気の変わったリニュをライザが止めに入るが、彼女はこれを無視。


「お前らが寝息を立てている早朝から、そいつはアタシと稽古してんだよ」

「リニュ」

「なのに、なんでセンジが責められなきゃならないんだァ……? 嗚呼ッ、イライラするッ!! 何も知らねぇ奴らがセンジを罵ってんじゃねぇよッ!!」

「リニュ・ペストリクゼン――それ以上、口を開くことを禁じます」


 大きく吠えたリニュに、ライザからこれまでにない恐ろしい圧が向けられる。千司はリニュのステータスを知らないのでどちらが上かまでは分からないが、命令通りリニュが黙ったことから恐らくはライザの方が上なのだろう。


「……ッチ」


 リニュは未だイラついた表情のまま、一人大広間を出ていってしまった。

 ライザはため息を一つ吐いて、頭を下げる。


「失礼いたしました。彼女としても大きく責任を感じている部分があり、自らの無力さに苛立っていたのです。ですが、それとは別に奈倉様への追求はお辞めいただき、再び勇者の皆様方で手を取り合っていただけると、私としても幸甚にございます。全ての責任は我々……そして魔族にあり、皆様は総じて被害者でしかないのですから。それでは、私はこれにて失礼致します」


 凜然とした態度で一気に場の空気を掌握すると、彼女はそのままリニュを追うように大広間を出る。


 再び静寂がその場を支配するが、今度は誰も千司を責めだす者は現れなかった。


 やがて第一騎士団団長セレンが指揮を取り、場は一時解散。少しの休憩の後、本日の日中訓練が行われる運びとなった。


 そして時間が進み、訓練の終わり際。

 べったり横にくっついていたせつなが水分補給に行き、千司が一人になった所を狙うようにある女性が話しかけてきた。


「な、奈倉くん。だ、だい、大丈夫……?」


 話しかけて来たのは海端新色。小柄で童顔の隠れ巨乳の教師である。汗一つかいていない彼女は今日も今日とて大図書館で勉強をしていたのだろう。


「先生……まぁ、なんとかって感じです」


 ここで話しかけてきた事と、先の台詞から海端が何を望んでいるのかを推理。結果、千司は僅かにだが精神的に参ってるといった演技をして見せる。


 すると、海端は視線を千司に向け、かと思えば自分の手を見つめ、大きく息を吸い込み、ギュッと拳を握る。


 そして、いつもと違って何かを決意したような表情で告げた。


「夜、せ、先生の部屋に来て。は、話、なら、なんでも聞くから……せ、先生、として……っ!」

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