第2話 嘘八百

 ライザに説明するに当たり、千司はいくつかの記憶をぼかしながらダンジョン内で起こったことを語った。俯瞰的に見ていたリニュと同程度の情報を正確に持っていると不自然だからである。


「……と、言うわけです」

「なるほど。第十階層までに起こったことはわかりました。大凡リニュより聞き及んでいた内容と相違ないかと思われます。では次に、第四十階層で起こったことをお教え願えますか?」

「はい」


 そうして語った内容は以下の通り。


・第四十階層に転移させられた。

・部屋の中の様子や円卓、そこに座るグルセオから第四十階層のボス部屋だと判断。

・最初は逃げようとしたが扉が開かず、戦闘に。

・夕凪飛鷹が上級魔法を何度も放ち、どうにか倒したが、その際グルセオに大怪我を負わされており、ポーションも途中の戦闘で使用していたため治療できず死亡。

・戦闘後、再度扉に触れると今度はすんなり開いた為、モンスターに見つからないように注意しながら第十階層を目指した。


 基本的に嘘は言っていない。

 ただ真実を隠しているだけである。


「……やはり気になるのは、最初に脱出できなかったということでしょうか。通常、ボス部屋に鍵が掛けられることはありませんので、おそらく――」

「外に仲間を待機させていたのでしょうね」


 言葉を引き継ぐと、ライザはこくりと首肯した。


「えぇ、私も同意見でございます。奈倉様が無事にお戻りになられている事からも、ボス戦さえ回避すれば、お二人ならダンジョンの踏破は容易のはず。おそらく首謀者はそれを見越したのでしょうね。……何とも悪辣な者が敵に回ったものです」

「そうですね」

「ですが、そうなると今度は、『何故グルセオ討伐後は扉が開いたのか』が気になりますね。普通なら最後まで抑えておくものでは? 何かしらの作意を感じてなりませんね」


 その言葉回しから言外に千司を疑っていると告げるライザに、しかし気付かないふりをして、淡々と事前に用意していた推測を答える。


「リニュ曰く『トリトンの絶叫』を持っていた冒険者は逃走したそうですし、そこから考えると、その逃走犯が扉の外にいた人間も回収して逃げたのでは無いかと思われます。戦闘が始まってしまえば扉に気を裂く余裕もありませんので」

「なるほど、確かに辻褄は合いますね」


 納得し、紅茶を口に含むライザ。

 千司も彼女に倣い、話して渇いた喉を潤した。


(すげぇ、良い香り。高いんだろうなぁ~)


 音を立てないように静かにカップを降ろして一息吐くのと、ライザがその間隙を縫うように言葉を投げかけてきたのは同時だった。


「それにしても、よく七時間でお戻りになられましたね」


 それは、今回の一件で最も違和感を生んでいるであろう問題点。


「……というと?」

「本来ダンジョン遠征とはかなり時間がかかる物。勇者様が行った『二日で第十階層まで行き、ボスを倒して帰って来る』という行程も普通の冒険者の方々ならまず不可能。勇者様のステータスと、王国が保有する最短ルートの地図があるからできることとなります」

「なるほど」

「だというのに、奈倉様はそれよりさらに難易度の高い第四十階層からの帰還をたったの七時間で成し遂げられた。まったく奈倉様は素晴らしい……いえ、すさまじいですね」


 にっこりと、寒気のするような笑みを浮かべるライザ。


(そりゃあ怪しいよねぇ~)


 これが当初の計画通りなら怪しまれることも無かっただろうが、如何せん二人が転移させられ、片方が——それも弱い方だけが帰ってきたというのは、『裏切り者』の存在を危惧するライザにとっては到底看過できない。


 むしろこれで怪しまないというのなら、ライザは間抜けもいいところだ。


 そんな彼女の言葉に、千司は深く息を吐き、——ゆっくりと頭を下げて答える。


「お褒めにあずかり感謝いたします。……ですが、友人が死んでいるというこの状況。それもあなた方の世界の人間の手によって行われた蛮行だというのに、そのような笑みを向けられるというのは少々……いえ、かなり不快に感じます」


 鋭いところを突いてきたライザの質問であったが、しかし意味は無い。


 千司側に『大事な仲間がこの世界の人間によって殺された』という最強のカードがある限り、どれだけ策を練ろうと今回の話し合いにおいて彼女に勝機は存在しないのだから。


 ライザも当然そのことは理解していたし、この回答も予想の範囲内ではあった。


(ですが、よもやここまで取り付く島を見せないとは。……これは今回は詮索を止めた方が得策ですかね。下級勇者とは言え、複数の勇者から信頼を置かれている彼の反感を買うのは後々面倒です)


 ライザは居住まいを正すと、本日何度目かになる謝罪を口にしようとして――しかしそのタイミングを外すように、先に千司が口を開いた。


「失礼しました。……私が七時間で戻って来れたのは、単純な話です。現在大図書館には七十五階層までの大まかな地図が所蔵されており、その全ての最短ルートを記憶していただけでございます」

「……ぁ、と。そ、そうですか」


 タイミングを外され、行き場を失っていたライザの言葉は、何とも情けなく同意を返すだけの音と成り果てる。同時に、ライザは今回の会話でこれ以上余計な詮索は無駄だと、本格的に白旗を揚げるのだった。


「第四十階層でのことは理解しました。大変な目に遭わせてしまったこと、並びに夕凪飛鷹様のこと、改めて謝罪させてください」

「いえ、ライザ王女のせいではございませんので」


 一応のフォローを口にしつつ、千司は残りの紅茶を飲み干した。ライザも同様に紅茶を口に含み、唇を湿らせてから、不意にある問いを投げかけて来た。


「時に、奈倉様は『ドミトリー』という男をご存じでしょうか?」


(ここで聞いて来るか)


「いえ。ですが今出したということはその男が今回の事件の首謀者なのですか?」

「まだそこまでは。しかし深く関わっている人物なのは間違いありません。少なくとも冒険者を手引きしたのは『ドミトリー』という男です。捕らえた冒険者を拷問したところ、その名前が出てきました。また、彼は以前に奈倉様と雪代様が襲撃されたあの一件にも関わっております」


(酷い男がいたもんだなぁ~)


「何者なんですか?」

「まだそこまでは」


 そこで一度言葉を区切るライザ。

 まるで、話はこれで終わりと言わんばかりの雰囲気を醸し出す彼女に、千司は内心で慌てつつも、一つの疑問を口にする。


「『ラクシャーナ・ファミリー』の関係者では?」

「……あぁ、そう言えば、奈倉様は大図書館でよくお勉強をなさっていましたね。

失念しておりました・・・・・・・・・

「あくまで海端先生のお手伝いですよ。それで?」

「はい。お察しの通り、今回の襲撃には、かつて王国貴族ゼクノン家より簒奪された『ロベルタの遺産』——『トリトンの絶叫』が使用されました。このことから、我が国に蔓延るマフィア『ラクシャーナ・ファミリー』も関わっていると見て間違いないでしょう」


 やってられないぜと溜息を吐く演技をしつつも、内心では相も変わらず細かい罠を張ってくるライザに舌を巻く千司。


(案の定、調べてるのは知られてたな。こっちから聞かなきゃ不審に思われただろうし……ったく、本当に面倒くさいなこの女。これでステータスがバカ高いというのだから、並の勇者よりチートしてるよ、マジで)


「……何故、勇者である我々が狙われているのでしょうか」

「それはまだ判明しておりません」

「冒険者を拷問したのでは?」

「彼らは雇われただけだったそうです」

「そうですか……」


 唇を噛み締め、頭を抱えて見せる。

 もちろん演技。


「納得できない、という表情ですね」

「まぁ、そうですね。金で雇われて人を殺すなんて、まったくもって理解できないですし、それで夕凪が殺されたのですから……許せるわけがありませんよ」


 心にもないことを怒りを『偽装』して語り続ける千司。


 そんな姿を見たライザは、徐に顎に手を当て、逡巡。そして、まるで千司をダンスにでも誘うかのように手を伸ばし、気品あふれる優雅な所作で一つの提案をした。


「では、奈倉様が殺しますか?」

「……どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味です。襲撃してきた冒険者は六人、一人は逃走し、二人は奈倉様の手により首を切られて即死。一人は即死こそしませんでしたが刃が首の半分まで刺さっていたため、ダンジョン内で死亡。そうして捕らえた生き残りも、すでに情報をこれ以上持っていません。なのでこちらで処理しようと考えていたのですが……それを、奈倉様が行いますか、と尋ねております」


 予想外の提案に一瞬目を丸くしつつも、しかし千司はこれを謹んで辞退した。


「いえ、遠慮しておきます。私は別に、人殺しがしたいわけではありませんので。彼らの処遇に関しては王国の法に則り、裁いてください」

「かしこまりました」


 王女はゆるりと首肯した後、紅茶のカップを口元まで持っていき、もう中身がない事に気が付くと、静かにテーブルに戻す。


「もう、夜もかなり更けてまいりましたね」

「ですね。それでは、お話が以上なら私はそろそろお暇させて頂こうと思いますが」

「そうですね。ダンジョンに関するあれこれもかなり理解できました。お疲れのところ、本当にありがとうございました。……お詫びと言っては何ですが、今後のことを一つだけお伝えしたいと思います」


 まだあるのかよと思いつつも、ふと既視感を覚える千司。


「なんだか、以前にもこんなことがありましたね」

「あの時は確か、ダンジョン遠征のことをお教えしたのでしたか」

「勇者としては許されないかも知れませんが、しばらく危険な訓練とは距離を取りたいのですが……」

「それならば問題ありません。今回はむしろ以前とは反対――皆様の安全面を考慮した結果のご提案となります」

安全面・・・?」


 想定外のことに眉間に皺を寄せる千司。

 ライザはその表情を『どの口が言うのか』とでも受け取ったのか「信用がありませんね、当然ですが」と苦笑しながら続けた。


「はい。『ドミトリー』の件然り、冒険者の件然り、そして『ラクシャーナ・ファミリー』の件然り。現在の王都は悲しいことに勇者様にとって安全と呼べる街ではなくなっております。ですので勇者の皆様には一度王都を離れて頂き、魔法学園・・・・に通って頂こうと考えております」


 彼女の言葉を受け、千司は瞬時に思考を開始。僅か数秒で、ある結論に達した。


「お言葉ですが、反対です」

「奈倉様はいつも私の提案を反対なさいますね」


 冗談めかして言うライザに対し、千司は内心頭を抱えたくなるのだった。

 会談はまだ終わらない。

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