第二章 魔法学園滅亡編

第1話 二つの話し合い

 ロベルタと名乗った少女は、千司を睥睨しながら続けた。


「妾は名乗った。うぬも名乗るが良い」


 その言葉に千司は思考を巡らせる。あまりにも想定外の状況で疑問は尽きないが、この問いに答えないのは愚策。


 彼女が本物の『ロベルタ』かどうかも定かではないが、わからないのならばとりあえず好感度を稼ぐべきだと判断した。


 だからと言って敵か味方か判断が付かない相手に対し馬鹿正直に本名を教えるわけにもいかない。かと言って偽名も論外だ。


 何しろ目の前の彼女には既に『奈倉千司』の姿として会ってしまっているのだから。


 故に、千司が選んだのは回答拒否であった。


「申し訳ありませんが、名乗ることは出来ません」

「そうか。……いや、何故じゃ? どうして名乗らないのじゃ? 妾は馬鹿だから理由を説明するのじゃ」


(……のじゃ)

 

 彼女の口調に引っかかりを覚えつつも、しかし思っていたよりもフランクな応対に千司は狐につままれる。


 若干言葉を弾ませていることから、どうやら彼女は会話を拒絶するタイプではなさそうだ。


 ならば彼女には質問したいことが山ほどあるのだが、しかしいかんせん今は時間が無い。何しろ千司はライカに珈琲を頼んでいる。彼が大図書館に珈琲を持ってきた際に、千司が居なければ要らぬ不信感を与えてしまうだろう。


 出来るだけ早く帰ろう。

 そう思って千司は会話を再開させた。


「名前を名乗らないのはそれほどに重要なことですか?」

「呼ぶ時に困るじゃろう?」


(思ってたよりも小さい理由だったな)


「今は二人なのだから構わないではないですか」

「……ふむ、それもそうじゃな。では汝よ、一つ頼みがあるのじゃが聞いてはくれないか?」


 頼みの内容。そんなもの、現状を見れば聞かずともわかるが、千司はあえて訪ねて返した。


「そうですね。内容次第でしょうか」

「なに簡単な話じゃ。この鎖を解いて欲しいのじゃ」


 そう言って身じろぎするロベルタ。同時に重々しい鎖がジャラリと揺れる。


 千司は一度、彼女の足下に展開されている魔方陣には触れない程度に近付き確認してみるが、どこからどう見ても普通の鎖である。


 異質な点があるとすれば、一切錆び付いていない事ぐらいだろうか。おそらく魔導具の一種なのだろう。


「そうですね。解いてあげたいのは山々なんですが、何やら特殊な鎖のようですし……それに素直にお話ししますと今ちょっと時間が無いんですよ」

「む? 急いでいたのか?」

「えぇ、まぁ」

「それはすまなかった。ならば、いつなら解いてくれるかのう?」


 正直に言って、明らかに封印されているといった様子の彼女を解放することに抵抗感しか抱かない千司であったが、場合によっては解放しても構わないと考えていた。


 それは彼女が語った言葉――『全人類を殺戮する。例外はない』に起因する。


 何しろこれが本心なら目の前の少女と千司はマブダチということだから。


(……が、流石に情報がなさ過ぎるな)


 やはり解くにせよ解かないにせよ、一度話し合いの時間が欲しい。加えて、こんな逼迫した状況では正しい思考回路かどうかの確信もない。一度持ち帰って検討し、いくつかの質問を用意した上で、再度彼女と話し合いの場を設けたい。


「そうですね……数日中には余裕を見つけて鎖を解きに来れるかと思いますが」


 果たして、千司の答えにロベルタはくつくつと喉を鳴らし、楽しそうに身体を揺らした。


 ガシャガシャと鎖が音を立て、異様な雰囲気が室内に充満する。


「数日中、か。構わないのじゃ。すでにここに捕らわれて千年以上……妾は死ぬことも・・・・・老いることも・・・・・・発狂することも・・・・・・・叶わず、ただひたすらに全人類を殺戮することだけを考えて生きてきた。……たかが数日、物の数にも入らぬのじゃ」

「そうですか。……では、本日はこれで失礼しても構わないでしょうか?」

「うむ、次に会えるのを楽しみして待っているのじゃっ!」


 弾む声色。


 まともな思考回路があれば、千司が再度この場を訪れる可能性がどれほどの物かは想像に難くない。


 だというのに、ロベルタはそこに一切の疑いも介在させず、まるで見た目相応の無垢で純真な幼女のような笑みを、醜悪に浮かべるのだった。


 そんな彼女に背を向け、千司は人好きのする笑みを浮かべながらその場を後にする。


(さて、アレは一体何なのか……考える事は増えたが、場合によっては勇者全滅を大幅に前倒しできるかもしれん。彼女が本物の『禁忌の魔女』ならな)



  §



 大図書館に戻ってきた千司は隠し部屋へと続く扉を再度『偽装』し、いくつか本を見繕ってから読書スペースに。しばらくしてライカが珈琲を持ってきたのでそれを片手に勉強を始めた。


 今回持ってきたのは異世界の種族に関する本。

 エルフ、ドワーフ、獣人、人魚など。

 最初に紐解いたのは千司にとって今最もホットな話題、エルフである。


 平均的な寿命は千年から千五百年。あまりにも長寿な為、正確な数字が測れないらしい。老化はゆっくりではある物の、きちんと存在しており、少なくともロベルタの語った『死ぬことも老いることも発狂することも』という言葉は、何かしら魔法の作用による物は確かなことらしい。


(十中八九あの魔方陣だとは思うが……魔法は難しくてよく分からんな。詳しい奴は……アリアとか詳しいだろうか? 一応魔法学園に通っていた云々と言っていた気がするが。……まぁ、ロベルタの言葉を信じるなら封印されたのは千年前。その時代の魔法が今も伝承されているのかは妖しいだろうが)


 思考を巡らしつつ、ライカの淹れてくれた珈琲を一口。


「……ん、美味いな」

「ありがとうございます」


 瞑目して謝辞を述べるライカを見つめ、千司は思う。


(……マジでこいつ優秀だよなぁ)


 勉強の手伝いから、身の回りのお世話まで。加えて欲しい情報を正確に伝えてくれるし、珈琲も美味い。そして何より顔が良い。


(うーん、どうにか引き込めないかなぁ)


 珈琲に舌鼓を打ちつつ、千司は作戦を練るのだった。



  §



 時間はあっという間に経過して、夕食を終えた千司は約束通りライザの元に向かっていた。ライカに案内されて向かったのは前回、王女と話をした執務室とはまた別の一室。


 部屋の前には一人の青年が千司を待っていた。

 どこかで見たことがあると記憶をたどれば、確か以前湖上にて王女とお話をした際、突然湖の仲から現れ王女にステータスの書かれた羊皮紙を手渡していた人物だとわかった。


 確か名前は、エストワール。


「奈倉様ですね。少々お待ちください」


 エストワールは一言告げて、扉をノック。

 中から王女の「どうぞ」の声が聞こえると、ゆっくりと扉を開いて中に入るように顎をしゃくった。その態度はとても王女の客人に対するものでは無いし、彼の主人である王女の品格も疑われかねない行為であるが、それでも側に置いているのにはおそらくそれなりの理由があるのだろう。


 エストワールを無視し、室内に入る。

 ここまで案内してくれたライカは外で待機だ。


 室内には入り、まず目に飛び込んできたのは豪華絢爛な調度品の数々。部屋の四隅にある棚やクローゼット一つとっても、国内の最高級品なのだろう。

 しかしそんな中で特に千司の目を引いたのは部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッド。


「……ここは」

「私の私室でございます。ようこそ奈倉様。お待ちしておりました。どうぞこちらに」


 現れたライザの格好は普段の格式張ったものでは無くゆったりとしたドレス。


(体裁的にも俺を威圧しないように気を遣った、ってとこか?)


 ライザが案内したのは窓際にあるソファー。木製の丸テーブルを挟むように、一人掛けのソファーが置かれていた。


 彼女が先に腰掛けるのを待ってから、千司も対面に着席。

 いつぞやジョン・エルドリッチとの話し合いの際に座ったソファーよりも数段良い座り心地に驚く。正直あれ以上に高品質な家具は無いと思っていたが、上には上がある物である。


 着席して数秒、部屋がノックされエストワールが紅茶を二つ持ってきた。


(紅茶か……俺、珈琲派なんだけどな~。って、なんだこいつの手。水かき? って事はこいつは人魚……いや、人魚族は海から出られないから半人魚ハーフマーメイドか?)


 意外な事実に驚く千司を置いて、エストワールは手早くカップをテーブルにのせると、一礼して去っていた。


 ライザは早速紅茶に口を付ける。こくりと喉を鳴らし、音を立てずにカップを置く。ふぅ、と一息吐くと、千司を真正面から見つめて口を開いた。


「傷の具合は如何でしょうか」

「そうですね。優秀な回復職の方に助けていただいたためか、もうすっかり痛みもありません。ありがとうございます」

「それはよかった。最初は天音様にご依頼したのですが、どういうわけか断られてしまいまして……よろしければ、ダンジョンで何が起こったのか、お教え頂いても構いませんか?」


 世間話から本題へ。

 なんら問題点の見つからないスムーズな会話の流れ。

 普段の千司ならこのまま会話を続けていただろう。しかし、今は普段・・ではない。今の奈倉千司・・・・は目の前でクラスメイトが死んだばかりの、一人の少年だ。


 だから怒りを『偽装』し、噛みついた。


「失礼ながら、嘘は止めて頂けないでしょうか。リニュ辺りからだいたいの報告は上がっているのでしょう?」

「……そうですね、申し訳ありませんでした」


 ライザは瞑目してすぐさま謝罪。

 普段なら無礼に当たり、相手の心象を悪くするだけであるが、今なら問題は無い。状況的に王国は千司たち勇者に負い目があり、多少感情が発露したところでライザがそれを指摘することは出来ない。それを利用し、多少強引にでも会話の主導権をとりに行く。


 が、もちろん無礼をそのまま放置するのも論外。


「……っ、失礼しました。ライザ王女様」

「いいえ、こちらの配慮が足らなかっただけのことでございます。では改めまして、お願いいたします。奈倉様の口から、ダンジョンで何があったのか、お聞かせ願えませんか? 第十階層での戦闘、冒険者が襲撃してきた瞬間のこと、第四十階層での戦闘。……そして、夕凪飛鷹様が命を落とされた、その時のことを」

「わかりました」


 ライザの言葉にこくりと頷き、千司は事のあらましを説明し始めるのだった。


 そして始まる、王女との腹の探り合いが――。


(まぁ、今回は楽勝だろうが……気は抜かないようにしないとな)

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