第32話 大図書館の秘密

 奈倉千司は目を覚ます。


 まず最初に感じたのは眩しいと言うこと。どうやらここはダンジョンではなくどこかの一室のようだった。身体はベッドに寝かされており、上体を起こす。


(……っ、めっちゃ腹痛てぇ。てか、なんでこんなとこで寝てるんだ?)


 妙に痛む腹をさすりながら、千司は記憶の糸をたどることにした。


 第四十階層で夕凪を殺した後、アリアと合流。

 二人でダンジョンを最速で駆け下り、二十階層付近で別れ、その後アリアの追跡がないことを確認してからドミトリーの『偽装』を解除。モンスターとの戦闘は極力回避しながら、二十階層のボスモンスターもダッシュでスルー。約七時間を掛けて十一階層まで戻ってきた。


 近場のモンスターに軽くボコボコにされて傷を作ってから、十階層のボス部屋に入る。もしかしたらもう帰ってしまっているかもしれないと思いつつも念には念を入れ、憔悴を『偽装』しての入場である。


 そうしてあらかじめ決めていた演技でせつなに夕凪のネックレスを渡したところまでは良かったのだが、そこで千司は一つミスを犯してしまった。


 それ即ち、彼女の絶望顔に興奮しすぎてニヤけてしまいそうになったのだ。


(あびゃびゃびゃ~!! どちゃくそかわええんだが? だめだ、だめだ。これじゃあまるでアリアみたいな変態じゃないか。落ち着け俺。冷静さこそ大事……ちらっ、……むひょ~きゃわわ! 泣き顔くっそえっち!! ……って、やば! ここには『目』の良いリニュが居るんだったっ!)


 興奮を抑えて手が震えていたのを不審に思われたかもしれないと考えた千司は更にアドリブで芝居を打つ。


 作戦名は『怒りで拳が震えちゃった作戦』。

 愛する人の涙を見て怒りが限界突破しちゃったことにしようという算段である。ついでに捨て駒の処理も出来てまさに一石二鳥。


(ま、結果的に全員は殺せなかったこれはこれで構わないだろ。数人生かしておかないと下級勇者の連中に怖がられすぎてしまうかもしれないからな)


 『怒りで人殺しに手を染めた』のと『皆殺しにした』では受け取る印象が大きく違う。そういう意味ではリニュの腹パンはファインプレーと言えるだろう。


(流石に威力が強すぎると思うが……普通に痛ぇ)


 そこまで思い出し、次にここがどこかを確認する。

 木の柱と漆喰の壁、全体的に白を基調とした室内は清潔感にあふれていて、どこか医務室のような場所だと思われた。白いカーテンが揺れ、涼しい風が窓の外から吹き込んでくる。


 ついっ、と視線を向けると外に広がる芝生はどこか見覚えがある。

 おそらく王宮内の一室なのだろう。


 分析を終えると、千司は張り詰めていた緊張を解き、息を吐いてベッドに寝転ぶ。


(ふぅ……何はともあれ、ようやく一人目が終わったな。不安なのはこの後王女がどう動くかだが……)


 少なくともできる限り隠れて動き、偽の犯人、偽の証拠を準備と偽装工作は十全に行った。これで『お前が裏切り者だな!』と言われたら、もうどうしようもない。打てる手を全て打ち、その上で負けたのなら、その時はとっとと王国を脱出し魔王側に寝返って勇者討伐の準備を進めよう。


(まぁ、それよりは内側から壊す方が確実だし、何より俺が楽しいからバレないに越したことはないんだけどな)



  §



 千司はその日のうちに退院となった。

 寝ている間にポーションをぶっかけられたり、以前もお世話になった回復魔法を使える現地人の手によって大体の傷は治療されていたからである。といっても、一番の重傷はリニュに殴られた腹部だったのだが。


 医務室を後にした千司の前に、ライカが現れる。

 いつも通りの執事服に、いつも通りの綺麗な顔。

 しかし彼は目を伏せ、こちらを気遣うように口を開く。


「ご無事で何よりです」

「……あぁ」

「心中はお察しします。ですが、早速で申し訳ないのですが本日の夕食後、王女がお会いしてお話をお伺いしたいとのことです」

「……わかった」

「よろしいので?」

「止まっているわけにも行かないからな。……他の勇者はどうしてる?」

「遠征に出ておられた勇者様方はまだ各々のお部屋でお休み中です。王宮に残っていた方々は日中訓練を為さっています」

「訓練中……てことは、まだ伝えてないのか?」


 流石にクラスメイトが死んだとなれば一日二日は訓練どころではなくなるだろう。


「はい。何分ショックの大きな内容ですので場と機会を用意し、皆様の精神面を考慮して王女様が直接伝えると……」

「……はぁ、迷惑ばかり掛ける。俺のせいだ」

「そんなことはございません!」

「……ありがとう。そう言って貰えると、少し救われるよ」


 そう告げ、千司は歩き出す。


「ところで、俺はどれくらい寝てた?」

「約一日です。気絶していた奈倉様を連れて勇者様方が帰ってきたのが昨日の夕方。そして現在時刻は丁度昼過ぎとなります」

「……そうか」


 ぶっきらぼうに語りつつ、肩を回して千司は身体の調子を確かめる。


「奈倉様、わかっているとは思いますがまだ訓練はしてはいけません。身体は回復していても、疲れは残っています。ゆっくりとお休みください」

「大丈夫、大図書館でのお勉強の方だから。……それに、じっとなどしてられない」

「……わかりました。では後ほど大図書館に珈琲をお持ちいたします」

「相も変わらず優秀なことで」


 一礼して去って行くライカに手を振りつつ、千司は宣言通り大図書館へ。

 もちろんこれはパフォーマンスである。仲間の死を経験しながらも、それでも前に進み続ける姿を見せることで、求心力を高める。


 それは勇者だけで無く異世界人に対しても。


(さて、後はせつなや文香へのフォローだが……王女の話し合いの後で行くか)


 少し時間をおいた方が彼女たちの不安もあおることが出来る。

 不安が大きければ大きいほど、甘やかした時の依存も深くなる。


 徹頭徹尾打算しかない考えを抱きつつ、千司は何度も訪れた大図書館へ。

 そこには司書が一人居るだけで他には誰の姿も見受けられなかった。


 珍しいことに海端の姿もない。


(思えば、一人で来るのは初めてだな。だいたい海端ちゃんかライカが一緒だったし……よし、ちょっと奥の方まで探索してみるか!)


 何とはなしに本棚の間を抜け、部屋の奥へと進んでいく。

 一体何千冊の本がここに蔵書されているのかはわからないが、これらが一般に向けて公開されていないというのは何とも愚かしい事か。いや、千司としては異世界人はバカな方が扱いやすくて良いのだが。


(ん~、こっちの方は初めて来るな……何か良さげな本でも……あ?)


 ふと、そこで千司は何か・・を見つけた。

 何か・・……否、それはまさしく本なのだが、千司の目にはどこからどう見ても本の形をした何か・・でしかない。


 何故ならその本は、黒い靄・・・に覆われていたのだから。

 それは『偽装』スキルを使用した際に生じる物で、『裏切り者』にしか見えない特徴的な現象。


 そして、千司はこんな場所に『偽装』を施してはいない。


 いくつもの可能性が湧いては消えて、思考すること約三十秒。

 周囲に誰も居ないことを確認してから、千司はその本に触れた。


 すると手は本をすり抜け、その奥にあったドアノブのような物を掴む。意を決してぐっとひねってみると、本棚は静かに動き出す。それもまた『偽装』により音が消えていた。


(間違いない。……これ、昔の『裏切り者』が作った隠し扉だ)


 だとすれば一体いつの『裏切り者』が作ったのか。ライザの言葉によれば、ここ数十回にわたり、裏切り者は初日に殺されている。ならばそれより昔か。だとすればこの図書館は何百年……いや、王国の歴史を考えれば千年以上存在していることになる。


 あり得るのか、いや、異世界だからあり得てもおかしくはない。

 だがしかし……。


 千司は恐ろしい速度で脳を回転させ……結論は、わからない。


 扉の先には、更に地下へと続く階段が伸びていた。


 ……この中に、何があるのか。


 裏ステータスの興奮値、興味値、恐怖値がカンストしているのを感じる。それでも止まらない。止まれない。純粋な少年心が先人の残した物を見たくて仕方が無いと叫んでいる。


 千司は入り口を再度『偽装』してからひんやりとした空気の漂う階段を下る。階段はかなり古い。埃が積もり、所々に亀裂が走っている。そして、百段近い石造りの螺旋階段を下り――見つけた。



 ――幾重もの魔方陣の上に鎖で繋がれた、一人のエルフを。


 遠目に見ても幼い子供にしか見えない体躯の少女。流れる金髪はその身の丈よりも長く、顔の横にはエルフ特有の尖った耳が髪をかき分け突き出ている。衣服は何も身につけて居らず、彼女の全てが千司の前にさらけ出されていた。


 部屋や階段の埃の積もり具合から、一体何十年、何百年ここに放置されていたのかはわからないが、しかし彼女は痩せこけてもいなければ、どこか怪我をしている様子もない。


(これは異世界式のホルマリン漬けか何かなのか? ……っ、いや、生きてる!?)


 近付いたことで、少女の小さな胸がかすかに上下したのを確認。足を止め、大慌てで自身の顔を『偽装』しようとして……しかし、それより先に、幼いエルフはゆっくりとその目を見開いた。


 翡翠の瞳が千司を真正面から捉え、みずみずしい唇が小さく上下。

 凜とした透き通るような声で、彼女は告げる。


「妾の名はロベルタ。全人類を殺戮する。例外はない」


 その名を、千司は知っていた。


 ――禁忌の魔女ロベルタ。


 かつて勇者と共に戦ったと言われる伝説の大魔女であり、

 『ロベルタの遺産』の由来となった、その人である。





────

あとがき


 中途半端ですがこれにて一章終了です!

 諸々の後始末編は二章へ続くって感じで……いや、本当はそこも含めて一章にしたかったんですが、長くなり過ぎたので区切りたいな〜と。それでもってストックが全て無くなったので以降は毎日投稿は難しくなるかもしれません。頑張りますが……。

 兎にも角にも、一先ずここまで読んで頂きありがとうございました!

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