第28話 裏切り者、裏切られる。

「辻本! そいつらに火属性の魔法を食らわせるから隙を作ってくれ!」

「了解したでござる。ぬんっ、ぬんっ!」


 千司の声に呼応し、ある者は拳を握り、ある者は剣を構える。

 銅・銀級勇者は基本的に三つの職業に別けられている。


 『剣士』『戦士』『術士』


 今回は前者二つが前衛として活躍し、後者の支援を待つ形。

 初めての集団戦ではあるが――しかし、それぞれの動きは悪くない。それもそのはず、戦闘の基礎に関しては第二騎士団のつまらない訓練で嫌という程反復させられたからだ。


「三、二、一、――今でござる!」


 辻本の声に合わせて前衛が戦線離脱、そこに『術士』たちの援護射撃が降り注ぐ。

 下級勇者が放つ火属性魔法――それは夕凪飛鷹一人にすら届かない威力の低い一撃である。が、しかし、それはあくまでも勇者の区分としてみた場合。


 例え銅級勇者であろうと、ステータス的に見ればこの世界で強者の部類なのである。そしてここはダンジョンの十階層で、相手はそのボス。いくら周囲のモンスターより強かったり賢かったりしたとしても、ステータス的には相手が僅かに上な程度。


 加えて、甲冑の騎士はそのボスが操る手駒に過ぎない。


 結果、甲冑の騎士は瞬く間に炎に包まれ、その場に崩れ落ちた。甲冑の隙間からは『アナスタシア』が使用していた蔦がこぼれて消える。


「…………」


 これで残りは『アナスタシア』のみ、と思ったのもつかの間、彼女は再度蔦を延ばし、甲冑の騎士を動かし始める。勇者達は一瞬焦りを見せた物の、一度攻略のパターンを掴んだ今、すぐに思考を切り替え行動に移していた。


「もう一回行くでござる!」

「「「「おう!!!!」」」」


(青春だねぇ~)


 そんな彼らの影を縫うように、千司はひっそりと『アナスタシア』に接近。隙を突けそうだったので攻撃してみるが、自動迎撃システムが如く蔦が邪魔をしてきた。


(作戦通りやるか)


 蔦をバックステップで回避しつつ、千司はフェイントを入れ始める。視線の動きは読めないのか、身体裁きの動きにしか反応しないが、問題はない。当たれば大怪我では済まない威力の一撃を、ギリギリのところで回避する。


(ま、本当はもっと簡単によけれるが……パフォーマンスって奴だな。やっぱ彼氏の格好良いところ見せてやらないと)


 頭の中で日本で流行っていた曲を流しつつ、フェイント、フェイント、フェイント、フェイント……やがて、数え切れないほどのフェイントに対応するため、アナスタシアの周囲は大量の蔦で埋まっていた。


 ――そう簡単に引っ込められないほどに。


「ほい、準備完了。――夕凪」

「わかってるっ――『フレイム・ボール』ッ!」


 いつも通り甲高い裏声と共に放たれた一撃は、下級勇者のそれとは全くの別物。ごうごうと燃えさかる炎はアナスタシアの回りを覆う蔦に触れた瞬間、爆発的に燃え上がった。


(これで、全力じゃないって言うんだから、上級勇者はやってられないな……)


 夕凪飛鷹――『太陽の使者アグニ』。

 そのスキルは太陽を背にしている際、火属性魔法の攻撃力を増加させ、消費魔力を少なくすると言う物。火属性魔法には段階があり、初級魔法の『ファイア』、中級魔法の『フレイム』、そして上級魔法の『カタストロフ』。


 彼が上級魔法を口にしなかったのは、その威力が高すぎて、周りを巻き込む恐れがあるからだろう。


(中級魔法――それも太陽から離れたこんなダンジョンの中でこの威力、俺もこのスキルだったら初日からバンバン殺しに行ったのになぁ~)


 羨ましくてしょうがない千司であった。

 何はともあれ、あとは千司がアナスタシアの首を取るだけ。


 燃え尽き、枯れた蔦の向こう――顔色一つ変えない美女を睥睨し、千司は駆ける。

 途中フェイントを入れるが、アナスタシアの目が僅かに動くだけで蔦は飛んでこない。


(くっそ、あやしぃ~。確か定石では火属性の魔法を打ち込みまくって殺すんだったか。さっきの反応速度を考えるに……本体は結構やりそうだなぁ)


 その場合、ステータス的に千司単体でやりきれる可能性はほぼゼロ。

 大図書館にあった資料に記載されていた平均ステータスは以下の通り。


―――――

アナスタシア

攻撃:220

防御:240

魔力:890

知力:930

技術:950

―――――


(ごり押しが一番有効なタイプなんだよなぁ……でも、夕凪くんはヘタレで攻撃しねぇし……あー、頑張るか)


 覚悟を決めてアナスタシアに突撃。


 幾重にもフェイントを仕掛けた完璧な一撃は、その場に居た勇者達に勝利を幻視させるほど。しかしリニュや騎士団は身構え、冒険者達は見ないように目を逸らした。


 千司の完璧な一線は、玉座から降り立ったアナスタシアの体裁きで容易にいなされ、勢いそのままに宙を舞う。圧倒的な技術とタイミングを見極める知力。身体能力では千司に分があれど絶対に届かないとすら思える、経験値の差。


(予想通りだが、情けねぇ)


 空中で姿勢を整えつつ、着地。受け身など取らなくても問題ない程度には勇者の身体は頑丈だった。


(たぶん追撃が来るし引くのが正解だろうが……よし)


 ちらりと夕凪に目配せして、タイミングを合わせるように伝える。先ほどの連携があったからこそのコミュニケーション。彼はうなずき、千司に合わせるようにして魔法を展開――


「『フレイムランス』――ッ!!」


 落ち着いて放たれたのは威力よりも速度を重視した一撃。人型に対して高火力を選ばないのは彼の性格上読めていたこと。先ほどの連携でも、夕凪はあくまでサポートに徹し、千司がフィニッシャーと役割分担を決めていた。


 なので、あくまでもアナスタシアの妨害をするために、『フレイムランス』を選ぶであろうことは予想していた・・・・・・


 ――故に、千司は内心で醜悪な笑みを浮かべて叫ぶ。


「馬鹿野郎ッ!」

「……え?」


 高速の遠距離攻撃に、アナスタシアのヘイトが夕凪に向く。それは千司が石を弾いて確認したこと。共有こそしてないけれど、全員の前で一度見せたパターンだった。


 アナスタシアが優雅にその一歩を踏みしめる――瞬間地面を割って巨大な蔦が現れ、呆然としている夕凪へと伸びていく。このままでは直撃――そうなっても、夕凪なら特に問題はない・・・・・・・だろう。ステータス的に。


 しかし千司は全速力で彼の前に躍り出ると、身代わりになるように蔦の直撃を受けた。


 大きく吹き飛ばされて地面を転がる。


(おぉ……っ、痛ってぇ……!! 頭から血が出てるし、足折れてるぞこれ!!)


 激痛に内心発狂しながらも、『偽装』を使って痛みを誤魔化し気絶した振りをする。すると、すぐに悲鳴が聞こえ、数人が駆け寄ってきた。


「千司! せ、千司!!」

「千司くん! ……っ、ひ、回復ヒール! 回復ヒール!」

「天音さん早く!!」

「あ、焦って、使えないッ! なんで、なんで……ッ!!」


(うひょ~、大変なことになってるなぁ~)


 一体彼女たちはどんな表情をしているのか、気になった千司はバレない程度に薄目でチラリ。


(……っ!! 泣き顔可愛い!! 素晴らしい!! なんだい、怪我をするだけでこんなに良い表情が見られるなんて、素晴らしいにも程があるじゃないか!!)


 特に肝心な時に魔法が使えていない文香は顔面蒼白で、両目から涙がぽろぽろと。


「……っ、もういい! ポーション使うから!」

「ポーションなら拙者が持っているでござる!」

「ありがと、……どいて」

「ぁ、嗚呼……」


 辻本からポーションを受け取ったせつなが千司の傷口に振りかける。


(あぁ~沁みるね~! 文香のその表情が特に心に沁みるんだよなぁ! っと、気付いた振りでもしておくか)


「……うっ――」


 と、うめき声を漏らした瞬間、とてつもない轟音と熱気が肌を撫でた。意識を取り戻した演技をそのままにむっくりと起きてそちらを見やれば、肩で息をする夕凪飛鷹の姿。


 彼の前には黒焦げになったアナスタシアの姿が。どうやら上級魔法でとどめを刺したらしい。勇者たちは誰も見てなかったが。


 アナスタシアの遺体は他のモンスター達同様にダンジョンに飲み込まれて消えた。


 一瞬の静寂の後、リニュが声を上げる。


「第十階層ボス『アナスタシア』の討伐を確認、遠征のメインは終了とし、少しの休憩の後に帰還とする!」


 その言葉に、勇者達は胸をなで下ろすのだった。


  §


「千司、大丈夫?」


 ボス討伐を終えて休憩となったが、大半の生徒はその場から動かなかった。彼らが目を向けているのは主に二つ。アナスタシアを燃やした夕凪と、気絶していた千司である。


「あぁ、問題ない。情けないところを見せたな」

「……ううん、格好良かった。でも、死んだと思って、凄く……すごく、怖かった」

「心配掛けたな」


 千司の胸に抱きつき、しゃくりを上げるせつな。

 彼女の柔らかい髪を撫でつつ、千司は優しい声色で近くに座ってピクリとも動かない天音に笑顔を向けた。


「文香もありがとう。回復魔法で助けてくれたんだろ? 守るって言ったのに、守られるとは、恥ずかしいな」

「……ッ」


 途端に泣き崩れる文香。当然である。彼女は何も出来なかったのだから。


「そんな、泣くほど心配してくれたのか?」

「う、うぅ……、ちが、ちが、くて……えぐっ……わ、わた、し……ま、魔法、使えなくてぇ……ぐしゅっ、……なにも、できなくてぇ……っ、ごめ、ごめん、ね、せんじぐん……っ!」

「……そう、か」


 泣いている彼女に、千司は慰めの言葉は掛けずに頭を軽く撫でるだけにとどめる。


(文香は可愛いなぁ! まぁ、それはそれとして、この負い目はこれからも使えそうだな。文香には弱い心のまま、俺を回復してくれるだけ・・の駒となって貰おう!)


 そんな感じで女子といちゃついていると、夕凪が何やらショックを受けたような表情でこちらを見ていた。その隣には千司たちのやりとりを見て苦笑を浮かべるトラウマ組の女子達の姿。彼女たちが夕凪に何かを吹き込んだのだろう。


(ま、大方想像はつくがな。それよりも――)


「センジ、大丈夫か?」

「ま、何とか」

「相も変わらずお前は雑魚だな。まったく……帰ったら訓練を更に増やして――」


 千司を馬鹿にしつつも、しかし獰猛な笑みを浮かべて今後のことを語ろうとするリニュ。この時、第十階層のボス部屋は、今までにないほどに弛緩した空気が漂っていた。全員が全員、あとはゆっくり帰るだけ。千司が怪我をするというトラブルはあった物の、全員無事に帰還できる。


 そう思った。


 そう、思っていた。


 ――瞬間、ダンジョン内に『トリトンの絶叫』が響き渡る。


『****************************************************************************************************――――ッッッ!!』


 突然の異音に全員が顔をしかめ耳を塞ぎ、その発生源へと目を向ける。

 そこに居たのは千司たちに同行していた冒険者。――その中の一人が、小さな笛のような物を口に咥えて吹いていた。


 千司の真横に居たリニュの顔が戦慄に凍る。


「これは――『トリトンの絶叫』!! 簒奪されしロベルタの遺産か……まずいっ! 全員今すぐ私の元に――ッ!!」


 咄嗟の行動、完全なる最適解を口にするリニュであるが、遅かった。


「……え?」


 間抜けな声を出したのは夕凪飛鷹であった。彼の足下に突如巨大な男の顔が出現、嫌に綺麗な歯を見せながら大口を開け、次の瞬間、夕凪を飲み込んだ。


「くそっ、『竜化gfhgfk』――右腕!」


 直後、意味不明言語を口にしたリニュの右腕が、竜のように変化。今まで見せたことのない速度で跳躍すると、巨大な顔に向かって斬撃を繰り出す。が、その直前にとぷんっ、とまるで水にでも潜るかのように、巨大な顔は地面の中に消えていった。


「っ、貴様ら、ヒダカをどこに――」


 怒り心頭と言わんばかりに冒険者に詰め寄ろうとするリニュ。

 それを眺めながら千司は内心で嗤う。


 すべて計画通りだ、と。


 『トリトンの絶叫』は対象を指定した場所に転送する魔導具。それは自分であろうと他人であろうと関係ない。それを千司はラクシャーナ・ファミリーから借りて、使用した。借金まみれの冒険者を駒として使って。


 すべては『裏切り者』だとバレずに、夕凪飛鷹を殺すため。


(今頃、夕凪くんは第四十階層のボス部屋か……。はっ、完璧だな。まさかここまで上手くハマるとは。……十階層であいつの能力はかなり落ちていたし、更なる深部で更なる強敵との交戦。まぁ、十中八九死んでくれただろ)


 それなりに準備をして、初めて経営した店すら捨てて実行した作戦の成功に、千司はそれはもう大いに喜んでいた。


 喜んでいたからこそ、油断していた。


『裏切り者』は自分だけだと。

 悪人は、自分だけだと。


 確かに、この場にいる悪人は千司だけである。

 しかし、彼が契約を交わした、ここには居ない男もまた、悪人・・だった。


 ――ジョン・エルドリッチ。


 彼は戦闘力だけで、その地位に就いたわけではない。

 信頼させ、利益を搾取できるだけ搾取し、裏切る・・・


 千司が彼と交わした契約は以下の通り。


『ダンジョン遠征の際に、一人の勇者を飲み込む。

 それはもっとも高火力の勇者である。

 それ以外の勇者に手出しすること・・・・・・・禁じる・・・



 ――ダンジョンから遠く離れたホテルの一室で、エルドリッチはワインを揺らし不敵に笑う。


「禁じられたら、破りたくなるのが男という物だ」


 敵を裏切り、国を裏切り、そして、契約者も裏切る。

 それが、『裏切り者悪人』。


『***************************************************************************************************――――ッッッ!!』


 再度『トリトンの絶叫』が響き渡り、千司の足下に顔が出現。

 一瞬にして飲み込まれた。

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