第27話 ボスアタック
怪我をした冒険者を発見した千司は、すぐにクラスメイト達と合流して事のあらましを説明。今度は全員で移動し、文香が『癒やしの巫女』の回復魔法を使用して怪我をした冒険者を治療した。
「それで、どうするんだ?」
物珍しい回復魔法にきゃっきゃと喜ぶ冒険者と、騎士以外の現地人との邂逅に少しテンションが上がるクラスメイト達。
その集団から少し外れて顔を突き合せていたのはパーティーのリーダーもやっていた冒険者ボルドーと、勇者達の監督指揮官リニュ、そして、千司の三人だった。
千司の問いかけに、ボルドーは少し悩みながらリニュと千司の両方を見やりながら告げた。
「そちらはこれからどうするんだ?」
「十層に行き、ボスを倒した後帰還する予定……だったよな? リニュ」
「そうだな」
「なら、ボス踏破まで一緒させて貰えないだろうか?」
「それは……」
リニュは顎に手を当て少しばかり考え込む。途中ちらりと千司を見たことから、先日の襲撃のことを思い出しているのだろう。つまり、彼らが敵である可能性。
「なぁ、頼むよ。最近ようやく『強化種』が居なくなって今回は中層まで潜る予定だったんだ。怪我して遅れている分を取り戻さないと……金が」
必死にリニュを説得にかかるボルドー。
その必死さを見て、リニュは千司に意見を求めてきた。
「どうする?」
「別に構わないだろ」
「……いいのか?」
「もしもの時はお前がいるしな。この国最強の剣聖に挑もうなんて馬鹿はそうそういない」
「むぅ……ふむ。わかった。なら、同行を許可する。ただし、我々は勇者の戦闘訓練の為に来ているため、ボス攻略は勇者のみで行わせて貰うが、構わないか?」
「ボスの魔石は惜しいが……中層にはそれ以上の価値がある。少しでも早くたどり着けるなら、構わない」
「よし、なら着いて来ると良い」
「ありがてぇ。……そっちの勇者も、ありがとうな」
「なに、困った時はお互い様だろ?」
千司の言葉に、ボルドーはどこか気まずそうに笑みを返すのみだった。
こうして同伴者が六人増えた一行は、しかし行軍速度を緩めることなくダンジョンを進み、途中何度か休憩しながらも誰一人怪我をすることなく十層のボスが居る扉の前までやって来た。
「よくぞ、怪我人なくここまで辿り着いた。今回の遠征ではこの扉の先に居るボスを倒した後、帰還することになる。そしてその時――お前達は前回遠征に参加した上級勇者達より、一つ先に立つことになる」
リニュの意味深な言い回しに、勇者達の頭に疑問符が浮かぶ。
が、彼女はそれらを無視して続けた。
「第十層のボス――通称『アナスタシア』に関する情報を我々はお前達に何一つ教えていない。その事に疑問を持つ者も居るだろう。しかし、戦闘は必ずしも事前に敵の情報を知っているわけではない。途中で分析し、対応することが求められる。その事を良く理解し――頑張って欲しい」
そう言って、彼女は扉を開いた。
――大きな部屋だった。
見覚えのある形は、アシュート王国の謁見の間に似ている。
縦長の長方形の部屋の両脇には石灯籠が並び、地面は大理石。
静謐な雰囲気が漂う中で、リニュの声が響く。
「我々と騎士、及び冒険者たちはお前達が命の危険に陥らない限り手出ししない。――勇者よ、怖じ気づくなよ」
最後のその言葉を皮切りに、石灯籠に青白い炎が宿る。
ぽっぽっぽっ、と入り口から順番にともされた炎は、やがて部屋の奥まで辿り着き、瞬間――そこに玉座が現れた。腰掛けていたのは漆黒のティアラを頭に乗せた、金髪の美しい女性。ティアラ同様漆黒のドレスに身を包み、その両脇には甲冑を身に纏った騎士が五体。
これまでと、異なり、明らかに異質の雰囲気。
(にしても、さっきのリニュの口ぶりは何なんだ?)
などと、呑気なことを考えつつも千司は抜剣。どいつから血祭りに上げてやるかな、と吟味して――ふと気付く。千司以外の誰も戦闘態勢に入れていないと言うことに。何故? と疑問を抱いていると、夕凪がぼそりと呟いた。
「そ、んな……人じゃないか……」
「……」
(……え?)
「人を殺せって言うのか!?」
夕凪はもの凄い剣幕でリニュに近付くが、彼女はあっけらかんと答える。
「あくまでも人型のモンスターだ」
「そうかもしれないけど、あ、あんなか弱そうな女性を……」
(何言ってんだこいつ、と思ったが……みんな戦いたくない感じだなぁ。夕凪くんほど綺麗事じゃないけど、人型は流石に躊躇するって感じか。……まぁ、いいや)
千司は一人剣を構えて『アナスタシア』を睥睨。
「ヒダカ、やるしかないんだ。…それにセンジはやる気だぞ?」
「なに――」
リニュの言葉にクラスメイト達から視線を向けられるが、構わない。
千司はいつも通りの毅然とした様子で剣を握り、一気に駆け出した。
リニュは情報を渡していないと言ってたが、千司は当然大図書館で『アナスタシア』のことを調べている。甲冑の騎士は彼女が操る使い魔で、『アナスタシア』さえ撃破すれば、他は倒す必要がない、とも。
(先手必勝――)
肉薄する千司を遮るように甲冑の騎士が主人を守ろうと躍り出てくるが、問題はない。リニュから教えられた足運びで彼らを回避し、五人抜き。
未だ玉座に座ったままの淑女に振りかぶった剣をたたき込む。この間、僅か五秒もない速攻だった。
――しかし、千司の剣は玉座の後ろから生えてきた巨大な植物によって阻まれた。
「チッ」
剣をはじかれ崩れたバランスを中空で整え、落下地点を狙っていた騎士の頭を足場にして更に距離を取り、一度クラスメイトたちの元まで戻ってくる。
「……っ痛」
足首に熱を感じて見やると、甲冑の騎士の剣にでも触れたのか裂傷が出来ていた。
「文香、回復してくれ」
「……」
「……文香?」
「え、あ、う、うん」
呆然として反応を示さなかった文香。もう一度呼ぶと彼女は慌てたように近付いてきて、千司の足に回復魔法を唱える。綺麗な光と共に傷と痛みがなくなった。
「……流石だな。一瞬で痛みが引いた」
「……」
「どうした?」
「だ、だってあの敵――人の形して……」
気付けば異世界人以外のクラスメイト達は千司に対し異様な目を向けていた。あのせつなでさえ、心配しつつも、しかし近付こうとしてこない。
(あー、マジめんどくさ)
おそらくリニュの妙な言い回しはこういうことだったのだろう。
『――お前達は前回遠征に参加した上級勇者達より、一つ先に立つことになる』
前回の遠征ではボスを倒していない。つまりこれほどまで人に酷似した敵と対峙していないということで、これを乗り越えれば、一歩先に立てる――と。
今の彼らに「いや、人型のモンスターだし殺しても問題ないでしょ」と正論をぶつけたところで意味はない。そんなことよりもっと簡単な方法があった。
千司は一番近くに居た文香の目を見つめ、やはり毅然とした態度で言い放つ。
「だからどうした。俺はお前達全員を日本に帰す。――その為なら、人型だろうと何だろうと躊躇無く倒す。例外はない。だから――」
そこで一度言葉を句切り、見つめてくるクラスメイト達に吐き捨てた。
「お前達も、手伝ってくれ」
わかりやすく、狂気の一歩先に立ち、先導する。
盛大に格好を付けて、格好を付けていると周囲に理解させて、仕方ないなと手伝わせる。そういうキャラクターとして、異世界に召喚されてから千司は下級勇者と付き合ってきた。
そして、その思惑ははまった。
「わ、わかっているでござる。ただ拙者はあんな美少女を倒してしまうのはもったいないと思っていただけのこと。次は合わせるでござる」
真っ先に反応したのは辻本。次いで彼の友人、下級勇者の女子達、トラウマ組、そしてリニュに抗議していた夕凪も、その瞳にやる気を漲らせる。
「よし、それじゃあまた突っ込むから敵の動きの観察を頼む。特に夕凪、お前が火力源だから特に注意して観察しろよ」
トラウマ組の女子の中には夕凪同様火力を出せる能力の持ち主もいるし、何なら彼ら彼女らが周囲を気にせず能力を全開砲すれば『アナスタシア』はダンジョンの藻屑として消え失せるのだが、それを言っても千司の利にはならないので黙っておく。
再度突撃すると、驚いたことに一度目から辻本が合わせてきた。
彼は千司に肉薄する甲冑の騎士を
彼の職業は『戦士』武器を扱えない代わりに純粋な身体能力が上昇する。
「まったく知的じゃないでござる」
「脳筋眼鏡ってのも格好いいんじゃね?」
「だいたい噛ませ犬で死ぬポジションでござるが……まぁいいでござる! ふんぬっ!」
辻本が開いた道を千司は駆け抜け、一気に『アナスタシア』の元へ。剣先を向けると先ほど同様玉座の裏から植物の蔦が伸びてきて、迎撃してくる。
(さてと、それじゃあ頑張って分析してくれよ?)
迫り来る蔦を回避しつつ、距離を取ったり詰めたりを繰り返す。また、たまに変則的な動きを混ぜ込んだり、玉座の裏に回ろうと足を動かしたり。
他にも挙げ句の果てには近くに落ちていた石をゴルフのようにはじいて高速の遠距離攻撃を仕掛けるなど、とにかく動きを引き出す。石に対しては、それを優先的に破壊。どうやら彼女は速度のある物を優先して迎撃するようだった。
また蔦はあらゆる角度からの攻撃を正確に弾き、隙あらば千司に肉薄。すんでの所で掻い潜り、ようやく本体に刃物が届きそうになると――瞬間、アナスタシアは正確に剣筋を読んで最小限の動きで回避した。
それを確認し終え、千司は再びクラスメイト達の元へと舞い戻る。
「どう?」
夕凪に話しかけると、彼は顎に手を当てながら所感を語った。
「あの蔦が面倒くさいけど、動かせるのはだいたい半径五メートルぐらいかな。それより離れると動きが止まる。けど五メートル以内なら本体の死角だろうと関係なさそう」
「他は?」
「え、えーっと、頑丈そう?」
「……せつな、何かわかったか?」
「えっ!? えぇ……あー、フェイントには引っかかってるっぽい、とか?」
「だな、俺もそう思う。あと、戦った感じ本体もそれなりに動けそうだが、玉座からは頑なに降りたくなさそうって感じだな。……よし次、辻本。甲冑の方はどうだった?」
「ふむ、打撃は効いてなさそうでござるな。甲冑の中もあの蔦で埋められていたでござる」
「対抗策は?」
焦った様子の見えない辻本にそのまま話を聞いてみると、彼は逡巡した後せつなや他の下級勇者の『術士』の職業に選ばれた生徒達を見やった。
「まぁ、植物なら燃やせば良いのでは?」
「同意見だ。よし、作戦を伝える」
遠巻きに千司たちを見ていた下級勇者やトラウマ組の女子達を手招きし、作戦を伝える。その間は、辻本たち『戦士』や『剣士』の職業を有する物理アタッカーに時間を稼いで貰う。
「作戦は簡単だ。まず辻本達に甲冑共の隙を作らせる。そこをせつなたち『術士』が火属性の魔法を使って焼き払う。アレの中身はアナスタシアが使う蔦だ。遠慮なく燃やして貰って構わない。出来るか?」
「わ、わかった」
千司の問いかけに隣にぴったりとくっついていたせつながこくりと頷いた。
いつも通りの無表情であるがどこか緊張した面持ちの彼女は見ていて新鮮である。
「お、俺は?」
そこに割って入ってきたのは夕凪飛鷹。
「お前にはアナスタシアを燃やして貰う」
「……っ」
「あぁ、より正確には蔦の方を、だ。本体ごと焼いて貰いたいが、そんな表情の奴にさせるわけにはいかない。油断して怪我でもされたら堪らないからな」
遠慮なく言い放つ千司に、夕凪は一瞬言い返そうと試みたが、結局は苦虫をかみつぶしたような表情で「すまない」とだけ呟いた。
その後細かい動きを手早く確認し、持ち場に着かせると――不意に服の袖を引っ張られる。視線を向ければ不安そうな表情の文香。
「わ、私は?」
「文香は戻ってきた辻本達に回復魔法をよろしく。護衛はあいつらに頼んだ」
千司が指さしたのはトラウマ組の女子達。金級以上は特殊な能力が多く、この作戦では必要ないと切り捨てた彼女たちを、文香にあてがった形だ。
「せ、千司くんは守ってくれないの?」
恐怖に揺れる彼女を慰めるように、千司は優しく笑って答える。
「守るよ。敵を排除する形で」
――行動を開始した。
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