第23話 千司の裏工作

 海端たちをダンジョン遠征に送り出した日の夜、千司は王都に出て来ていた。夕食時にせつなから「今日もシない?」と誘われ二回戦を戦い終えてからの事である。


 千司が訪れたのは冒険者ギルドに併設されている酒場。

 入るなり中は慌ただしい雰囲気で満たされていた。冒険者たちは酒を呷りつつ各々の武器を整備し、職員たちも殺気立った表情を見せている。


 どうしたのかと思っていると、見慣れた青い魔女っ子が話しかけてきた。


「メアリー!」

「どうしたエリィ。慌てているようだが」

「スカットとホースが血染めのアリアに殺された」

「……なに?」

「西区の裏路地で惨殺された姿で見つかったって……」

「アリア・スタンフィールド……元騎士の殺人狂いめ。なるほど、だからみんな殺気立っているのか」

「同じギルドの冒険者はみんな仲間。……その仲間が殺されたから、当然」


 中にはアリア討伐隊を結成すべきだと主張する者までいるが、それは無理だろうと千司は考える。何しろ冒険者と騎士の間には大きな実力の差があり、アリアはその騎士の中でもトップクラスの戦闘力を有する女なのだから。


 因みにそんな仲間であるイル・キャンドルを見捨てて逃げた千司のことは、相手がオーガの『強化種』であったことと、冒険者の歴が浅かったことから仕方がないこととして処理されていた。


(だが、兎にも角にもこれは良い傾向だ)


 殺気立つ冒険者達を見て、千司は頭を抱えるようにしてわざとらしくため息を吐いた。


「それにしてもまったくもって騎士団という連中は救いようがないな」

「? どうして?」

「だって考えても見ろ。アリアは元騎士。自分たちが育てた兵隊が殺人鬼となり王都で無垢の民を惨殺しているというのに、彼らは今だ捕まえることも出来ず、挙げ句の果てはその尻拭いを冒険者にさせようとしている」

「……確かに」


 相づちを打つエリィだが、千司は彼女だけに話しているわけでは無かった。少しだけ声を大きく、周囲の殺気立った冒険者の耳にもそれとなく入るように、しかし違和感を抱かれぬよう絶妙な声量で。


 すると、近くに居た一人の巨漢が話しかけてきた。

 隻眼の彼は、王都に三人いる白金級冒険者、ゼッド。


「今の話、聞かせて貰ったが……俺も同意見だ。騎士団の体たらく振りには辟易する」

「だな。……いや、だがよく考えるとそんな身内の恥を晒し続けるのもおかしな話か。……まて、今気付いたんだがこれって『強化種』と同じなんじゃないか?」


 ゼットと話しつつ、さも今気付いた風を装って、千司は『陰謀論』を吹聴し始めた。それは教育水準が高い日本でも騙される人間が後を絶たない、情報の一部分だけを切り取った『推論』。


 それを異世界で唱えるのである。

 案の定、ゼットは千司の話に食いついてきた。


「まさかこれも騎士団の意図したこと、ということか?」

「確たる証拠はないが、でもおかしくないか? いくら強いからと言ってたかが一騎士に過ぎない彼女を、未だに捉えられないなんて……もう何十人も殺しているんだろう?」

「……確かに、そうだな」


 実際は本当にアリアが強すぎるだけなのだが、そんなことは関係ない。

 元々騎士団に対して不満を抱いていたところに、彼らの失敗を吹聴する。すると瞬く間に怒りは伝播して、冒険者ギルドの中は騎士団の愚痴で盛り上がった。


 所謂『炎上』だ。


(さて、離間工作は順調っと。それじゃそろそろもう一つの方に行くか)


「ね、メアリー」

「どうした?」

「そう言えば昨日、メアリーみたいな雰囲気の子見たけど、弟とか居たりする?」

「いや、居ないな。そんなに似ていたのか?」

「うん、その態度とか瓜二つだった」


(使い分けてないから当然と言えば当然だが……次からは注意しておくか)


「まぁ、王都も人が多いしそういう奴もいるだろう」

「あ、でもメアリーの方がまだマシかも」

「あん? どゆこと?」

「だってその子、彼女と気持ち悪いくらいイチャイチャしてて……正直周りが見えてないカップルってこんな感じなのかなぁって、思った」

「あぁ、そういう奴ら居るよな」

「しかもそういう人たちに限って美形じゃないんだよね。ま、女の子の方はかなり可愛かったけど」

「……」

「メアリー?」

「い、いや、そうか。まぁ、エリィの好みの問題かもしれないが、そういうこともあるのだろう」


 別に特段顔が整っていると自負していた訳でもないが、面と向かって言われるとさすがに悲しいものがある。何気に異世界に召喚されて一番ダメージを負ったかもしれない、精神的な意味で。


「とにかく俺に兄弟は居ないから他人の空似だ」

「そっか。変なこと聞いてごめん」

「構わん。それでは、俺は行くところがあるから」

「引き止めてごめんね。じゃ、また今度」


 小さく手を振るエリィに見送られ千司は冒険者ギルドを後にした。


  §


 大通りから西に向かって歩き、途中一通りの少ない路地裏で『偽装』を使用。見た目を変える。


 赤錆色の髪を夜風に揺らし、遊郭が立ち並ぶ宵町の明かりに浅黒く焼けた肌が映し出された。それを見て娼婦たちが声をかけてくる。


「ドミトリー様ぁ!」

「こっちで遊んでいかない?」

「今日こそは私と……」


 そう、ドミトリーは千司が『偽装』した姿だったのだ。目的は異世界での金稼ぎ。賭博場をオープンし、メアリーの姿で金欠の冒険者を誘う。


 その後、幾人かに勝たせ、沼らせ、借金苦に落とし込む。昨日千司とせつなを襲った二人――スカットとホースもまたそうした中の人物であった。


 そしてあの時間に襲わせるようにしたのも千司である。分かりやすい恐怖をせつなに与え、千司が守る。危険などない。戦い方は事前に聞いており、無精ひげの男――スカットが呪術を使用するのも知っていた。故に、事前対策を行っていたのだ。


 つまるところ、あの襲撃は最初から最後まで千司によるマッチポンプ。


(アイツらはよく働いてくれた。まぁ、口が軽すぎるから生かしては置けなかったが)


 そんなことを考えつつ千司は通りをひとつズレ、路地裏から『リースの黄昏』の裏口に侵入。絨毯の一部に足を引っ掛けて捲ると、顕になった床には木製の隠し扉が存在した。


 開くとそれは地下へと繋がっており、階段を降りた千司の前に白と紫が入り交じった髪の女が現れる。彼女はギザギザの歯を見せ、歪な笑みを浮かべた。


「いひひっ、なんだドミトリーか。侵入者かと思った」

「間違えて殺さないでくれよ、アリア・・・


 女――血染めのアリアは隠し持っていたナイフをクルクル手で弄びながら再度笑う。


「いひひひっ、大丈夫。昨日二人殺したから。そこまで衝動的じゃない。それにドミトリーに付いて行けばもっと、もっともっともっと殺せるんでしょ?」

「あぁ、男も女も沢山な」

「いひひっ、楽しみだなぁ……! あ、あっあっ♡ おほっ♡ イ、イクっ、想像で、イクっ……んっ♡」


 目の前でビクビクと震えだし、最終的には恍惚の表情でヨダレを垂らすアリア。よく見れば大腿部を透明な液体が流れていた。


(こいつを見てると、俺は常識人だったのかもしれないと錯覚しそうだな)


 千司が彼女と出会ったのは偶然だった。

 賭博場を作って金稼ぎをしようと考え始めたのがイルを殺した翌日。それからスリで元手を用意し、『リースの黄昏』の地下を借りて賭博場を開いたのが、王女と湖上デートした日の夜。


 そしてその日の夜にアリアと出会った。


 彼女が路地裏で殺しをしているところに偶然遭遇。優秀な殺人鬼に仕立て上げることが出来るのでは? と考え、


「これからたくさん殺す予定があるけど加わらない?」


 と誘ったところ、


「ほんと? やるやる〜!」


 二つ返事で了承を得たのだ。


(まぁ、その時はただの通り魔ぐらいにしか思ってなかったがな)


 だからライカから話を聞いた時はちょっぴりドキドキした千司である。いざとなれば力ずくで言うことを聞かせればいいやと楽観的に考えていたのに、自分より格上の第一騎士団よりもさらに強いとか……ちょっと想像してなかった。


「ところでドミトリー」


 彼女との出会いを振り返っていると、スッキリして賢者タイムに突入したアリアが澄んだ瞳を向けてくる。


「なんだ?」

「今日は何しに来たの?」

「まぁ、ちょっとな」


(そろそろ接触があるかと思ったが……場合によってはこちらから乗り込むか。アリアがいれば問題はないだろう)


 アリアの問いに、賭博場を横目にちらりと覗きつつ答える。


「ふーん、まあいいけど。それで、次はいつ殺せる?」

「あん? ……そうだな、予定ではそう遠くないが、その前に賭博場の方で借金まみれになった奴が居たら、その時はまた頼む」

「いひひっ、もちろん! アリアは人が死ぬところが見れたらそれでいいから!」

「そうか」

「でも、そんなに賭博って楽しいの? みんな馬鹿みたいにお金賭けてるけど」

「賭博という行為自体に中毒性があるのはもちろんだが、それ以外にも楽しくなるよう演出してるんだよ」

「えんしゅつ?」


 アリアはよく分からなかったのか小首を傾げる。

 わざわざ説明する意味はないが、また同じ事を聞かれて答えるのも面倒なので素直に答えることにした。


「例えば煙草に混ぜた『アインザッハの夕暮れ』は興奮作用があり、室内で振る舞われる飲み物は酒、分かりやすいゲームを用意して、勝てば客を持ち上げる美女がいる」

「でもあの人たちそこまで綺麗じゃないよ? それに薬から守るために顔を半分隠してるし。セレン団長の方が綺麗」


 自身の元上司を出してスタッフを叩くアリア。聞かれたら面倒なのでもう少し言い方を考えて欲しいとは思うも、彼女の言うことは正しい。


 千司は溜息を吐きつつ、人差し指を立てて語る。


「そら、雇ったのは売れない娼婦だからな」

「そうなの?」

「顔が良くないから売れないが、身体の肉付きはいい女を集めた。人の顔って言うのは不思議でな、下半分を隠すと美人に見えるんだよ」


 所謂『マスク美人』と言うやつである。


「そうなの?」

「あぁ。まぁ、アリアはホールに出ないし、何も付けてない姿しか見てないから無理もないとは思うが」

「なるほど。つまり薬から守るために元々付けさせるつもりだったから売れてない女の人を連れてきた、と」

「そういう事だ。……アリアって何気に頭は悪くないよな」


 一度の説明で完全に理解して納得してくれる。教育水準の低いこの世界では珍しいことだ。


「昔、魔法学校に居たから」

「そんなのがあるのか」

「うん。アリアは退学になったけど」

「なんで?」

「いひひっ、生徒数人を拷問して遊んでたから? 学校側は世間体を気にして発表しなかったけど」

「そら言えねぇわな。なるほど、それで騎士団も気付かれずに入団できた、と」

「そんな! アリア、ちゃんと真面目になろうって入団したもん! ……我慢できなくなっただけで」

「……あっそ」


 異常者の考えることは分からん、と千司は自分を棚上げして思った。


「でも、抜けてよかった」

「あん? なんで」

「だって、ドミトリー面白いから」

「……」

「会えてよかった。アリアにもっといっぱい殺させてね」

「……もちろんだ」


 彼女は役に立つ。

 少なくとも、今のところは。

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