第22話 ある監視員の調査結果

 王都リース。

 大通りから西に外れた一画は宵街として賑わいを見せていた。服をはだけさせた娼婦が通りを歩く男達に猫なで声で話しかけている。男達はそれらに誘われ女を買い、自らの欲望を満たす。


 世界最初の商売――それが娼婦である。


 そんな宵街から一本ズレた通りには、遊び終わった男達が寄る為に作られた酒場がいくつか建ち並んでいた。


 その中の一店、『リースの黄昏』は他の酒場とは異なり落ち着いた雰囲気のバーである。カウンターでは禿げの巨漢が丁寧にグラスを拭いていた。


「ここか」

「はい、そのようです」


 そこに、一組の男女が入店した。


 彼らは王都に外出した勇者達に付けられていた監視員――王国直属の諜報機関の人間である。隠密での行動に優れ、情報収集だけでなく戦闘もこなせる彼らは、奈倉千司と雪代せつなを襲った男達を追って、この場所にやって来ていた。


(夜になるまでほとんど動きがなかったが、ここが当たりなのか……)


 しかし入り口の戸をくぐって入店するも、そこに勇者を襲った無精ひげの男とポニテの男の姿はなかった。


(どうなっている?)

(わかりません……が、下から何か音がします)


 二人が視線だけで会話をしていると、一人の男が入店してきた。彼は席に着くこともせずまっすぐにバーテンの男に声を掛ける。


「今日も遊びに来たぜぇ、今日こそ勝つ!」

「声がでかいんだよ、お前は。合い言葉は?」

「アナーキー」

「入れ」


 男はカウンターに入り、バーテンの横を抜けてその奥の扉の中に消えていった。

 監視員は視線を合わせて小さく頷き、まず男の方がバーテンに話しかける。


「今のはなんだ?」

「……あんた、見たところそれなりに裕福そうだな。ならやめといた方が良い」

「そんなことを言わずに教えてくれよ。気になるじゃないか」

「まぁ、そうだよなぁ。……んじゃ、合い言葉は?」

「えっと……あなーきー?」

「だよなぁ。ったくあのボケナス……あとで旦那に言いつけてやるか。じゃあ、そこの扉から地下に降りな」

「あぁ、ありがとう。これチップだ」

「おぉ、こりゃあすまねぇな。お礼にアドバイスだ。あんま深入りするなよ」

「? あぁ、肝に銘じておくよ」


 監視員の男が待っていたもう一人に目配せすると、彼女はこくりと頷いて席を立ち、二人並んでカウンターの横から扉に入る。そこは小さな証明が点々とあるだけの薄暗い階段で、バーテンの言っていたとおり地下に続いているようだった。


(なんなんだここは)

(わかりません。ですが気を抜かないようにしましょう)


 階段を降りた先――二人を待ち受けていたのは、大きなテーブルを数人の人間が囲み、カードのような物を使ってゲームをしている姿だった。同じようなグループが五つはある。


(なんだここは)

(聞いたことがあります。確かカード賭博? だとか。帝国の方でマフィアが手広く行っているそうです。……それより、ここに充満する煙)

(あぁ……濃度は薄いが『アインザッハの夕暮れ』――アッパー系の違法ドラッグだな)


 アインザッハの夕暮れ――それは昨今王都で流通している薬物。それが煙草の煙に紛れて漂っていたのだ。


 異様な室内を見て戦慄していた監視員の二人に、口元に布を巻き付けた女が近寄ってきた。露出が多く、頭にはウサギのような耳を付けた綺麗な女だ。


(普通なら顔の布が異質に映るが……なるほど、上手く調和した服装を用いることで違和感を消し、スタッフをドラッグから守っているのか)

(ここのオーナー、ヤバいですね)

(あぁ、客を客とも思ってねぇド外道だ)


「お客様は見ない顔だにゃあ。初めてかにゃ?」

「あ、あぁ、そうなんだ。見たところ賭博場みたいだが……」

「そうにゃ。ここはお金を掛けてゲームをして、勝つと掛けたお金よりたくさん返って来る素晴らしい場所にゃ」

「ほう、それはそれは……それじゃあ試しに参加してみようかな」

「わかったにゃ。二名様ご案内にゃ~」


 案内されつつ室内を観察。

 質素ながらも清潔感があり、何よりスタッフが美女揃いである。皆口元は隠されているが、それでもわかる美しさ。が、監視員の男は色仕掛けに対する耐性があるので、それらしい演技をしつつ、案内された席に座る。


 そこでゲームの簡単な説明を受け、早速お金を掛けるターンが始まった。


 監視員の一つ前の席に座っていた男が、ディーラーから配られた手札をチラリと見てチップと呼ばれる硬貨のような物をテーブルに差し出し――その額に思わず目を剥いた。


「ん~、それじゃあ俺はこれだけベットだ」


 男が出したチップは一枚当たり十万シル。それが十枚重ねられていたのだ。


(……いかれてる)


 監視員の男は一万シルのチップを一枚場に出し、様子見。

 そしてゲームが進み百万シルを掛けた男が勝利し、場に出ていたチップを総取り――一度のゲームで約五十万ほど増やしていた。


「ふむ、負けてしまったな。どうだい、変わらないかい?」

「そうですね、次は私が」


 監視員の男は、もう一人に席を譲り、周囲を観察。すると、煙で見えにくかったが部屋の奥にバックヤードと思しき扉が存在していた。


(……と、そうだ。俺はそもそも勇者様を襲った不届き者を探しに来たんだった。くそっ、薬の影響か頭がぼーっとする。薬物訓練もやってるが、それでもこれか……)


 内心で愚痴をこぼしながら、状況を整理。

 まず上のバーに男達の姿はなく、この賭博場にも居ないということは、彼ら二人組が居るのは十中八九扉の奥。


(勇者様に借金が云々と語っていたことを考えるに……おそらくここでこさえた物か……)


「やりました! 私の勝ちですね!」


 チラリと見れば、相棒の女がゲームを一抜けして数万ほど元手を増やしていた。


「では、そろそろ自分たちは……」

「そんな……もう一回だけしませんか?」

「……しません。明日の仕事に響きますよ」


 自身より更に薬に飲まれている様子の女を無理矢理連れて、監視員の男はテーブルから離れる。そこにウサギ耳のスタッフが近付いてきた。


「いかがでしたかにゃあ?」

「えぇ、大変楽しめましたが、生憎と本日はそこまで手持ちがありませんので、自分たちはこれで」

「チップ自体はお貸しすることが可能だにゃ。返すのは勝った時で大丈夫にゃあ。どうするかにゃ?」

「……いえ、申し訳ありませんが本日はこれにて」

「そうかにゃ。じゃあ階段のところまで見送りするにゃ!」


 そう言って着いて来るスタッフの女に、監視員はそれとなく尋ねる。


「それにしても凄い場所ですね。誰が運営しているのですか?」

「ドミトリーの旦那様にゃ。ここ最近、収入の減った冒険者の人たちの助けになればと言って、始めたそうにゃ。もちろん負けちゃう人もいるにゃけど、勝ったタイミングでやめたら問題ないにゃ。そうやって、生活が楽になった冒険者も多いって聞くにゃ」

「……そうなんですね。あまり話を聞いたことがなかったのですが、ここはいつ頃から?」

「一週間ほど前に出来たばかりにゃ。それでこんなにお客さんが来るにゃんて、旦那様は凄い人にゃあ」

「……ですね。是非お会いしてみたいものです」

「今は無理にゃ。お客さん・・・・が来てるにゃあ」

「……そうですか。っと、見送りありがとうございました。それでは」

「また来てにゃあ」


 陽気に手を振る女性に見送られ、二人は階段を上って店の外へ。


「大丈夫か?」

「……うっ、気持ち悪い……」

「薬を吸い込みすぎたんだ。そこの路地で吐いてこい」

「そうします」


 相棒の女を行かせ、監視員の男は大きく深呼吸。


(ドミトリー……一体何者だ? あの女のスタッフにも旦那・・と呼ばれてたことから、事件の黒幕で間違いないだろうが……調べる必要があるな)


 ぼんやりと月を眺めながら女を待っていると、しばらくして顔を青くした女が路地裏から出てきた。彼女はそのまま男の手を取り、大急ぎでその場を離れるように歩き出す。


「おい、どうした?」

「……死んでた」

「は?」


 青い顔で震えるように呟く女。

 彼女は焦りと恐怖でぐちゃぐちゃになった心境のまま今見てきた物を語る。


「あの無精ひげとポニテの男ですよ。路地裏で吐いてたら麻袋を持った奴が店の裏口から出てきて……その時に、袋からあの無精ひげの頭がこぼれ落ちたんです……ッ!」

「なんだと? なら早くそいつを捕まえて尋問でもしなければ――」


 きびすを返そうとすると、女が震える手でそれを制止。どうしたのかと顔をのぞき込むと、彼女は真っ青な唇を僅かに動かして、告げた。


「アリアでした」

「……っ、まさか」

「はい、元第一騎士団所属の殺人鬼、アリア・スタンフィールド」

「なん……だと?」

「血染めのアリアはセレン団長でも言うことを聞かせられなかった問題児。そんな彼女が、雑用みたいに死体の処理なんて……」


 それを聞いて、監視員の男は戦慄した。


「ドミトリー……か。王女に報告するぞ」

「……ですね」

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