第14話 王女の本質

 まさか反対されるとは思っていなかったのか、ライザはあからさまに動揺した様子をみせるも、すぐに気を取り直すと咳払い一つしてから尋ね返した。


「反対、とはどうしてでしょうか?」

「純粋に、危ないからです」

「勇者さまのステータスを考えれば、召喚された直後でもダンジョンは問題ないレベルですが?」


(嘘だな。強化種は召喚された直後のステータスでは白金級でも持て余す)


 そう思いつつも、千司は指摘せずにライザの言葉に返していく。


「単純に心の問題ですよ」

「心の問題、ですか」

「はい。私たちは争いとは程遠い社会でこれまで生活してきました。中には虫も殺せないという生徒は少なくないでしょう。私は大図書館でダンジョンについてある程度調べましたが、姿が普通の獣――中には人型に近いモンスターもいるそうじゃないですか。はっきり言って、無謀ですね」

「……ですが、避けていても戦えないままです」

「そうですね、ですからいずれ通らなければなりません。……私が言いたいのはまだ早い、というだけです。何もずっと避けるというわけではありません。戦わなくても死なない・・・・・・・・・・レベルまでステータスを上げたら、無理矢理放り込めば良いと具申致します。そうすれば、安全にタガを外すことが出来るでしょう」


 追い詰められれば人間吹っ切れる物だ。

 千司が言いたいのはその追い詰められる過程で現状では危険が及ぶのでは、ということだ。


 もちろん、これはクラスメイトの身を安んじているのではない。


 追い詰められて殺されるのはステータスの低い『下級勇者』だ。そして、現状千司の言うことをある程度聞いて行動してくれるのもまた『下級勇者』である。


 残るのは戦わなくても生き残れるであろう『上級勇者』のみ。


 そして上級勇者相手に千司単独で出来ることなど何もない。

 折角の手駒を無駄死にさせるつもりは千司にはなかった。


(どうせ死ぬなら複数人巻き添えにして自爆しろ!)


「……ですが、皆様の成長を待っていては魔王に苦しむ方々をお救いすることは出来ません」

「王女の博愛精神は尊敬します。しかし、それは残念ながら私には適用されません。私が望むところは、あくまでもクラスメイト全員が生きて元の世界――日本に帰還することですから。王女には申し訳ありませんが、この世界のどこかで名前も知らない誰かがいくら死のうと、私には関係ありませんし、罪悪感の一つも抱きません」

「……そう、ですか」


 ライザは深く息を吐き、納得したようにつぶやく。


「……そうですね。それが勇者さま方の普通なのかも知れません」

「といっても、目の前で苦しんでいる人を放っておく程無情でもないので、そこはあしからず」

「……わかりました。ですが、やはりこちらとしても勇者さま方の成長はなんとしても早めたい事柄。そこで、妥協案を受けて頂きたいのですが……構いませんか?」

「……妥協案、ですか?」

「はい」


 千司が聞き返すと、ライザは訥々と語り始めた。


 おそらくはじめから断られた際の代替案を用意していたのだろう。


「例えば、一週間後のダンジョン遠征は上級勇者さまを中心に固めるというのはどうでしょう」


 その提案に千司は顎に手を当てながら言葉を返す。


「そうですね、その当たりが妥当だと思います。あえて口を挟むなら、上級勇者というくくりではなく『戦いたい者』で判断するのが良いかと。下級勇者の中にも戦いたいと思う者は居るでしょうから。そういう者たちでしたら、王女が言う『問題ないレベルのダンジョン』に向かっても大丈夫でしょう」

「……そうですね。その形で詰めてみたいと思います。発表は明日行いますので、よろしくお願いします。……ちなみに、奈倉さまはどうなされるのですか?」


 ライザの言葉は疑問形の様式を保っていたが、しかし千司がどう答えるのか確信にも似た予想を抱いていることが、その声色から窺えた。


 そして、千司もそれを外すことなく、当たり前のように答える。


「もちろん、拒否するつもりです。私が真っ先に動かないと、中々言い出せない空気になるだろう事は想像に難くありませんから」


 みんなで頑張ろう、という空気感の中で否と口に出来る者は少ない。特に下級勇者という劣った存在でそれを口にすることは難しい。だから、この一週間である程度クラスに顔を売った千司が先陣を切り、逃げ道を生み出すのだ。


「分かりました。リニュはきっと残念がりますが、こればっかりは仕方ないですね」

「申し訳ありません。これもみんなの為ですから」

「分かっていますとも。……では、そろそろ岸に戻りましょうか。時間的にはもう訓練が始まっているでしょうが、参加のほどよろしくお願いします。勇者さまには世界を守って頂かなくてはいけませんから」

「そうですね」


 懐から懐中時計を取り出して時刻を確認して告げるライザ。


「『そうですね』とは……先ほどこの世界の人間が死のうと関係ないと告げた口から出る言葉とは思えませんね」

「あまり虐めないでください。悪いとは思ってますよ」

「罪悪感もないのでは?」

「……痛いところを突きますね」


 苦笑を浮かべながら、来た時同様オールでボートを漕ぎ、岸まで向かおうとして――その前に、ライザは口を開いた。


「まったく、あなたの倫理値は一体どれほどなのですかね」


 それは何気なく、そして極限まで千司の意識の外側から投げかけられた問い。


「……倫理値? ……って、なんだこれ」


 ライザの問いに対して、千司はとっさに空中をぼんやりと眺め動きを止めた。


 そして、まるでステータスを読んでいるかのように視線を動かし、さも今『裏ステータス』に気付いたと言わんばかりに振る舞う。


 正直、ライザの言葉の真意に千司が気づけたのは、ほとんど奇跡のような物だった。


 話題を『裏切り者』から『ダンジョン攻略』に切り替えた上で、更に話は終わりだと告げて油断を誘ったところに――『あなたの倫理値は一体どれほどなのですかね』――という、問いを投げかける。


 これに対してとっさに『倫理値? 何のことですか?』と返すのは間違いだ。


 何しろ、倫理値という言葉と存在を認識することで、『裏ステータス』が初めて解禁・・・・・されるのだから。


「それは『裏ステータス』。『裏ステータス』に関する言葉を見聞きすることで、確認することが出来るようになる、隠されたステータスです」

「……ぁ、そう、なんですか……へぇ」


 なんとか、それとない演技をしながら千司は生返事。


(この女、とんでもないな。最後の最後に爆弾を放り投げてきやがった)


 千司の中で王女に対する警戒レベルが最上位に引き上げられる。

 生半可な覚悟で彼女に挑めばあっという間に裏切り者だと看破され、吊される運命に合うだろう。


「……それで、奈倉さまの倫理値はいくつだったのですか?」

「ぇ、あー、えっと……これか。……『0』ですね」


 倫理値の正常な数値がどれほどの物なのか、さすがに千司もそこまで調べていない。なので他の裏ステータスの数値を参考に、自身の言動とすりあわせて答えた。


 因みに召喚された直後の裏ステータスが以下の通りである。


『快楽値:20

 興味値:98

 興奮値:56

 悲壮値:0

 憤怒値:0

 恐怖値:0

 倫理値:-2680』


 『裏切り者』という職業に対して、興味・・興奮・・を抱いていたのでその数値が高く、快楽値が僅かにあるのは異世界に召喚されたことで受験勉強から解放された喜びが表れていたのだろうと千司は推理している。


 そしてそのほかの『0』という数値から、特に感情が前向きにも後ろ向きにも作用していなければ基準値が『0』と言うことが想像できる。なので、千司は倫理値を『0』として王女に告げたのだ。


 ライザの前で作った奈倉千司というキャラクター。

 魔王を倒したいという前向きな思いと、この世界の人が死のうと関係ないという後ろ向きな思いが混在する人物。そこまで外れていないと確信があった。


「なるほど、『0』ですか」

「珍しいのですか?」

「まぁ、普通はプラスに作用しますからね。しかし妥当でしょう。思っていたよりも高いとすら私は思いました」

「そうですか」


 ひとまず安心と、そっと胸をなで下ろし、こんな気の抜けない会談は早々に切り上げようとオールを手にボートを漕ぎつつ、ふと疑問に思ったことをライザに投げかけた。


「因みに、王女の倫理値はいくつなんですか?」


 彼女は「そうですね」と少し考えてから千司を見つめ、にっこり笑った。


「教えて頂いて、私だけが黙っておくのも不公平ですね。……では」


 ライザは両手を二回打ち合わせて鳴らす。すると、ザバッと水面からボートに手が伸びてきた。


 それは赤い髪の鋭い目つきの青年。彼は全身ずぶ濡れのまま千司をひと睨みすると、懐から取り出した黒い筒をライザに手渡す。


 そして再度湖の中へと潜っていった。


「エストワール。私の護衛です」

「……なるほど、こんな近くに潜ませていたのですか。『遠距離から狙っている』という私の推測は的外れだったようですね」

「そんなことはありませんよ。遠距離からも狙っていただけですので。っと、こちらが私のステータスです。『裏ステータス』は常に変動しますが、倫理値に関してはここ数年変わっていないので、良ければご覧ください」

「準備が良いのですね」

「王女ですから」


 つまり、ここまでも想定内だったというわけだ。


 千司は王女に注意を払いつつも、受け取った筒の蓋を開け、中に入っていたステータスの記載された紙に目をやり、内心で大きくため息を吐いた。


(なるほど、あの護衛すらもついで・・・だったわけだ。この女が今日口にした話の中で本当のことがあるとすれば、きっとあれだけ)


 ――『何でも、アシュート王国初代国王が勇者と共に魔王討伐に赴いた際に負った大怪我が、この湖に浸かったところ瞬く間に回復したのだとか』


 これはつまり、初代国王は勇者と共に魔王討伐に赴く程度には『英傑』だったという証明。そして、ライザ・アシュートはそのロイヤルファミリーの直系である。


「これは、凄まじいですね」

「ふふっ、王家の血筋ですから」



―――――

ライザ・アシュート

Lv.753

職業:王族

攻撃:2482

防御:1760

魔力:4463

知力:4210

技術:3720

スキル:超越Lv限界点の突破

状態異常:早熟


《裏ステータス》

快楽値:0

興味値:99(最上限)

興奮値:23

悲壮値:0

憤怒値:0

恐怖値:0

倫理値:-99(最下限)

―――――


 ステータスを確認し、ライザを見やると、彼女は僅かに頬を朱に染め、千司を上目遣いに見つめて嗤った。


「いやん、恥ずかしいですわ♡」



  §



 アシュート王国第一王女、ライザ・アシュートは奈倉千司との逢瀬を終えて自室に戻ってくるなり、自身の執務席に腰掛け、棚を開けて煙草とマッチを取り出した。


 アシュートでは煙草の製造を禁じているため隣国の共和国から購入している高級品だ。


 ライザは煙草を口に咥え、火を付け煙をふかす。


 天井へと昇っていく煙をしばらく見上げた後、羽ペンと羊皮紙を取り出して、奈倉千司に関する所感を記載していく。


「エストワール、いらっしゃいますか?」


 手を動かしながら呼びかけると、扉の前から目つきの鋭い執事服の男が現れた。彼はエストワール。ライザの護衛にして専属の執事だ。


「こちらに」

「大変なことを頼んで申し訳ありませんでしたね」

「いえ、そんな。ハーフ人魚マーメイドの私めが活躍できるのはこんな機会でもないと存在しませんから」

「あら、水中以外でも強いからあなたを側に置いているつもりなのですけど?」

「英傑たる王家の血筋に連なる王女にそう言って貰えるとは、感激でございます」


 エストワールは護衛という立場ではあるが、その実力で言えば、ライザの足下にも及ばない。ライザの遊び相手が出来るのは、アシュート王国内ではリニュか――二年前に失踪した白金級の冒険者ぐらいな物だろう。それほどまでに王家の血筋とは伝説的だった。


「エストワールはどう思われましたか?」

「奈倉千司の事でしょうか? ……そうですね、頭はキレそうですが、それだけかと。『裏切り者』の場合『ステータス』を偽装している可能性もありますから、数値では図れない重心の動きなどを観察してみましたが、記録された『ステータス』との大きな差異があるようには感じませんでした」

「そうですね。仮に彼が『裏切り者』だったとしても、脅威ではありません。白金級……いえ、金級勇者が相手でも、彼は負けてしまうでしょう」


 だが、とライザは内心で奈倉千司のことを思い出す。


(確かに実力は不足している。が、私との会話の随所で見せた行動と言葉運び……頭の方は本当に怖い。負けるつもりはありませんが楽に読み勝つ事もまた、難しいでしょう)


 ライザとしては奈倉千司に対してかなり強い警戒心を抱いていた。


「そう言えば、彼の前に同じように話をしていた篠宮さまはどうなのですか? 彼の方が勇者内での立場もあり、そして白金級勇者の実力がある。私としてはそちらの方が脅威に感じますが」


 こちらの表情を読んでか話題を変えるエストワール。その事に嬉しく思いつつも、しかしライザの表情は嘲笑にゆがんだ。


「彼ですか。いい方ですね。それだけです。実力も、求心力も十二分。ですが脅威になどはなり得ません。むしろあの程度・・・・が『裏切り者』なら、楽に全てを終わらせることが出来るでしょう」

「……そ、そこまでですか」

「はい。何しろ彼はすでに、ヘイヴィ伯爵に頼んで洗脳させて頂きましたから。彼は勇者・・を全うしてくださいますよ」

「ヘイヴィ伯爵……彼は確か『ヴァルヴァラの金属眼』を所有する……なるほど召喚初日の宴はその為に」

「はい、禁忌の魔女ロベルタが残した二十四の魔導具がひとつ『ヴァルヴァラの金属眼』――ステータスを無視して洗脳できる王国の秘宝を、初日に使用させて頂きました」


 エストワールは護衛として王女の側に仕え参加した歓迎の宴を思い出す。


 確かにあのとき、上級勇者の幾人かに貴族が話しかけていた。おそらくその際に行ったのだろう。


 全員にするのは時間もかかるし勇者達にも怪しまれるが、その勇者の中心人物一人を洗脳すれば問題は少ない。


「集団を動かしたいなら、そのトップを動かすだけ。あれほど簡単に引っかかる警戒心の薄さなら、篠宮さまはなんの脅威にもなりません。まぁ、それすらも演技の可能性があると呼び出し話を聞いたわけですが……退屈で死んでしまいそうでした」

「そ、そうですか」


 エストワールは篠宮に哀れみを抱いた。


「それよりも彼ですね」

「では、奈倉千司は引き続き警戒する、と?」


 王女はエストワールの言葉にしばし黙り込み、首を横に振った。


「いえ、まだ他にもお話をしたい方がいらっしゃいます。彼が完全に候補から外れたわけではありませんし、『裏切り者』だった場合の脅威度は測りようがありませんが、……今回はその可能性は低いと判断しました。監視はむしろなくしてください」

「……仰せのままに」


 エストワールが部屋から出て行くのを見送り、ライザは短くなった煙草を灰皿に捨て、新しい一本に火を付け、窓を開ける。


(まぁ、これで少し大きく動いてくれると分かりやすいのですが……そんなことはないのでしょうね)


 ライザ・アシュートは欠片も千司に対する警戒を下げていなかった。

 随所で見せたライザへの気遣い、観察眼、アドリブの思考力。どれをとっても面倒だ。


「そう言う意味では、是非とも『裏切り者』では合って欲しくない物ですね。彼の血は是非とも王家に取り入れたいですから」


 王家の血――英傑の血族。

 それはただでさえ優秀だった王族の血に、長い年月をかけ、優秀な勇者の血を確実に取り込み続けた結果の『ステータス』。


 故に『ステータス』以外の駆け引きという点で、千司のそれは是非とも取り込みたい。


(まったく、大層おモテになるようで……)


 ライザは煙草をふかしながら、今後のことを思案し始めるのだった。

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