第15話 ギスギス(ニヤニヤ)
翌日、訓練が始まる前にリニュは勇者全員を集合させた。
傍らには第一、第二騎士団の団長、副団長の姿も見える。リニュは彼らを一瞥してから、よく響く声で告げた。
「訓練が始まってしばらく経つが、各々自らの力を理解し使いこなしつつある。そこで一週間後、お前たちにはダンジョンに潜ってもらう。ダンジョンにはモンスターと呼ばれる生物が生息しており、これと戦うことで、お前達に実戦を経験させる」
彼女の言葉に対する反応は様々だった。
突然のことにいまいち理解できていない者、近くの友人と話し出す者、不安そうな表情の者、或いは楽しそうな表情の者まで。十人十色、千差万別だった。
しかし、不安な表情を見せるのは銀級以下の『下級勇者』の生徒たちがほとんどだった。中には『上級勇者』でも引っ込み思案な性格の女子などは、若干震えているのが目に入る。
「実戦、と言っても、いきなりで不安な者も居るだろう。自分の力にまだ自信が持てない者も居るだろう。故に、安全に安全を重ねた検討の結果、銀級以下の勇者は希望制にする」
それは千司がライザに提案した事だ。
勇者の安全などどうでも良い千司がこの提案をしたのは、万が一にも手駒になりうる『下級勇者』を死なせたくないというのと、他にクラス内の不和を加速させる目的もあった。
『上級勇者』が命がけ(実際は安全だが)でダンジョン攻略をしている間、落ちこぼれの『下級勇者』が王宮でのんびりしていたら苛立ちが生まれる。
その逆もしかりで、王宮に残る勇者は、遠征組の『共に死線をくぐり抜けた仲間』という空気に疎外感を覚える事になる。
(まぁ、要は今まで名前だけだった『上下関係』をより確実なものにするという訳だ)
今は小さくても良い。
塵も積もれば山となるのだから。
「さて、それでは遠征を希望しない生徒は名乗りを上げてくれ」
リニュの言葉に、クラスメイト達は「どうする?」と近くの者同士で相談し始めた。長引かせるのも面倒なので早々に手を上げようとして――その前に近くにやって来たせつなに声をかけられる。
「千司はどうする?」
「んー行かない、だるいし。せつなは?」
「千司が行かないなら、私もいいかな。訓練も身についてる気しないし、怖いし、だるいし」
「結局だるいだけじゃないか」
「うっさい。……千司が先に行かないって宣言してよ。なんか、言い出し辛い空気だし」
「へいへい」
元々そのつもりだったので構わない。
リニュに行かない旨を伝えようとして――、またもや上げようとした手を遮るように言葉が飛んだ。今度のそれは誰かに向けられたものでは無く、クラス全体に向けて発せられたものだった。
「いやいや、行かねーとかねーだろ! どんだけビビりの雑魚なんだって話だよ!」
ぎゃははっ、と下品な笑い声を上げるのはクラスの不良、大賀。
クラスメイトから向けられる白い目には気付かない模様。
彼の発言により、逆に不参加の表明を受け入れる空気感がクラス中にあふれるが、しかしここで手を上げれば、彼に絡まれるのは必至。それはとんでもなく面倒くさく、結局は誰も上げたがらない状況になっていた。
(ほんと、こいつすげーな。褒めてないけど)
彼に絡まれることなど何でもない千司は、巻き込まないようせつなから一步離れて、手を上げる。
「リニュ、俺は参加しない」
「なっ、センジおま――」
千司の発言に、毎朝訓練に付き合っているリニュは驚きと若干の怒りをにじませつつ声を上げようとして――それをかき消すような大賀の声に言葉を飲み込んだ。
「はぁあああああああああ!? おいおい、おいおいおいおい!! 陰キャくんさぁ! お前、超絶チキンじゃねえか! なっさけねぇなぁ!? ぎゃはははっははっ!! んまっ、訓練でお前見てねぇって事は下級勇者の劣等種だろ!? 雑魚陰キャは引きこもってアニメでも見てりゃいいんじゃねぇの!? 俺が活躍してくるからよぉ!! ぎゃっはははっはっ!!」
大賀の挑発を横目に、千司はぼんやりと彼を観察する。
(なんでこいつ、同じ高校受かったんだろ。こんな不良然としてるのに、それなりに勉強頑張ったのか? ……いや、これ高校デビューか。昔は真面目の陰キャだったが高校デビューで不良に……ありそうだな。今度その当たり突っついて確認してみるか)
何も反応を示さない千司を言い返せないと思ったのか、周囲に対して「なっ!? なっ!?」と同意を求める大賀。みんな苦笑いである。
(要は人と関わらなさすぎて空回りしてる、ガチモンのコミュ障か)
そんな姿を見て一つの結論を出した千司は、そのまま大賀を無視してリニュに話しかけた。
「構わないか?」
「あ、あぁ……」
大賀の奇行にすっかり牙を抜かれたリニュは、今度は素直に首を縦に振った。
だが、面倒なことになった。思ったよりも大賀に絡まれたことで、次に続くのに二の足を踏んでしまう状況になってしまったのだ。大賀は内ゲバの爆弾にもなるだろうが、ところ構わず爆発する危険物でもある。
さてどうするか、と考えていると――
「じゃ、私も今回は不参加で。まだ訓練の内容身についてないし」
せつなが手を上げて不参加を表明。これをリニュが快諾し、他にも居ないか聞いたところ、結局下級勇者の四分の三ほどが不参加を表明した。
一部の上級勇者からも「不参加に出来ないか」と質問を投げかけられ「申し訳ないが金級以上は強制だ」と返すほど最終的には意見が飛び交っていた。
「さて、これで全員の意思は聞いた。再度確認しておくが、ダンジョン遠征は一週間後だ。それまではこれまで以上に徹底的に訓練する。ただ、前日だけは我々の準備があるので全員の訓練は休み――一日休暇とする。お前たちも心の準備をしておけよ。――それじゃあ、本日の訓練を開始する!」
リニュの言葉を聞き終え、本日の日中訓練が始まった。
§
いつも通り訓練場の端で、剣を振るだけのつまらない訓練が始まる。楽ではあるが暇だし結果に結びつく気もしないし、指導する第二騎士団の連中は愚痴や不平不満を遠慮なく口にするしで、正直憂鬱だ。
最近では互いに干渉し合わず、適当にだべる生徒達の姿も多くなっていた。
そんな訳で各々自分の剣を手にして素振りを始めようとして――本日は少し様子がおかしいことに気が付いた。
訓練場の真ん中で、綺麗な紫紺の髪を風にたなびかせる第一騎士団の団長と、鋭い目つきと陰険さがにじみ出たような顔をしている我らが第二騎士団の団長が何やら口論になっていたのだ。
「――だから、貴公の指導方法はなってないと告げている。もっと実践的な訓練を私は推奨する」
「ふんっ、田舎上がりの庶民が。いいか、基礎の研鑽を怠るのは愚か者であり、強くなることなど出来ない。確実に力を身につけるためには繰り返し基礎をたたき込むのが重要なのだ」
「笑止千万。そんなものは時間に余裕のある貴族の思考――つまりは貴公のことだ。勇者には早急に力を付けて貰わなければ困る。故、貴公の狭い視野角から導き出される愚かしい訓練方法を私は推奨しない」
上から目線で訓練法を否定するのは第一騎士団の団長、セレン。
顔を真っ赤にして言い返しているのは第二騎士団の団長、オーウェン・ホリュー。
(会話の内容的に、セレンは庶民。オーウェンは貴族って感じか。で、オーウェンはその庶民が同じ騎士団――いや、その中でも第一騎士団に所属しているのが気に入らない、と言ったところか)
「愚かしい。お前のような人間が第一騎士団団長とは嘆かわしい」
「……なんだと?」
「そうやって実戦を繰り返し、血に染まり続けたからこそアリア・スタンフィールドのような異常者が生まれたのではないか!? セレン」
「……ッ!」
『アリア』
その名前が出た瞬間、セレンの纏う雰囲気が一変する。彼女は憤怒の形相でオーウェンに近付き、彼の胸ぐらを掴んで持ち上げた。鎧も込みで百キロは優に超えるだろう男を、片手で軽々と、である。
「おい、田舎娘。その手を離せ」
「黙せ。そして、その名を私の前で二度と口にするなッ」
「口にするとどうなるんだ?」
「貴公がそこまで愚かだったとはな――ッ!」
怒りに身を任せ、セレンが自身の剣に手を掛けようとしたまさにその瞬間――それまで静かに見守っていたリニュが二人の間に割って入り、問答無用で両者にラリアット。清廉な雰囲気の感じられる騎士服を身に纏った二人は為す術なく蛙のようにひっくり返った。
リニュはふんっ、と鼻息を鳴らして、二人を睥睨。
「自分たちが指導している者たちの前で争いなんかするな! 示しが付かん!」
その言葉に生徒達からおぉ~と感嘆の声が上がる。
常日頃から脳筋丸出しのリニュであるからこそ、そのギャップも
ただ、倒れ伏した二人はそのまま気絶してしまったようなので、脳筋には違いないのだろう。
一連の流れを横で見ていたせつなが小さな声で尋ねてくる。
「ねぇ、千司。アリアって誰だろ」
「さぁな。ただ、あいつらにも何かあるんだろう」
「そっか」
そんな些細な珍事がありつつも訓練は始まった。
ダンジョン遠征が発表されてからは訓練内容が多少ハードになり、遠征を希望した生徒はこれ幸いと真剣に取り組んでいたが、そうでない者はいかにして楽をするかを真剣に考えていた。
§
「なぁ、アリア・スタンフィールドって知ってるか?」
その日の晩、千司は早速執事のライカに尋ねてみた。
すると彼は千司の部屋を掃除しながら答える。
「はい、存じております。確か、半年ほど前まで第一騎士団に所属していた人物の名前が、その名前でございました。現第一騎士団団長、セレン様と同等以上の力を有していたと聞き及んでいます」
「今は居ないみたいだけど、死んだの?」
「いえ、彼女は現在王都に潜伏しております」
「変な言い回しだな。まるで犯罪者みたいだ」
「みたいも何も、彼女は半年前に第一騎士団の騎士を五人殺害、止めに入ったセレン団長に重傷を負わせ逃亡。その後、わかっているだけでも三十七人を殺害している大量殺人鬼です」
「……まじ?」
「はい。彼女は現在、市井でこう呼ばれております。――血染めのアリア、と」
想像していたのよりもっと上の悪人だったことに千司は驚きつつ、これは使えそうだと思考を始めるのだった。
§
ダンジョン遠征発表から三日が経過した。
千司はあくびを噛み殺しながら片手間に剣を振るう。この三日は毎夜王宮を抜け出して、せっせと市井にて
本当ならばサボって昼寝としゃれ込みたいが、そんなことをすればクラスメイトからの顰蹙を買う事になる。なので形だけでも訓練に参加しつつ、いつものように人脈を広げながら周囲を観察して、気付いた。
というよりかは気付いていたがしばらく放置していた。
それは一人の女子生徒。
ダンジョン遠征発表以降、何か思い悩んだ様子を度々見せていた。友人知人も心配して声をかけては居たが、何でもないと笑って返す。そして、また一人で溜息。
千司は彼女の周囲から生徒がいなくなったのを確認して、声を掛けに言った。
「よう天音。元気か?」
木陰で休息を取っていた彼女は、千司の接近に気が付くと上目遣いに見上げる。
「あれ、奈倉くんだ。うん、元気だよ」
「本当か?」
千司の問いかけに、天音文香は苦笑を浮かべて答えた。
「さぁ、どうだろ」
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