第13話 王女様との化かし合い
知ってますよ、と告げた瞬間、王女の視線が一際鋭さを増す。しかし千司は淡々と続けた。
「こちらのメモですよね」
ポケットから取り出したのはいつぞや大図書館で海端と調べ物をしていた際に、一冊の本の隙間から見つかったメモ用紙。
内容としては勇者の中に『裏切り者』なる人間が存在しており、そいつによって勇者を数人殺された、と言う物である。
王女の鋭い視線は変わらない。
「勇者の中に紛れた、勇者を殺す『裏切り者』。……なるほど、王女の言葉から考えるに、このメモはどうやら本当のことを記載しているようですね。……では、お聞かせ願えますか? この『裏切り者』なる存在を我々勇者に隠していた理由を」
王女はポーカーフェイスを保ちつつも、内心で舌を巻いた。
目の前の少年は一瞬にして『問い詰められる側』から『問い詰める側』に変わったのだから。
けれどこの程度で焦りは見せない。これはあくまでも想定内のことであり、この湖上で起こりえる最良の結果も、最悪の結果も、彼女にとっては全て想定内で許容範囲の内であるのだから。
ライザは大きく息を吐いてから語る。
「理由はいくつかあります」
「というと?」
「まず一つは『裏切り者』をあぶり出すためです。もうお察しかと思いますが、あなた方勇者の中には『裏切り者』という職業を神から与えられた方が居らっしゃいます。そこで我々王国側の人間が『裏切り者』の存在を知らないと誤認させることが出来れば、何かしらのボロを出すと考えたのです」
「そう上手く行くのですか?」
「事実、これまでの勇者召喚の際に現れた『裏切り者』の大半はそうしてあぶり出されております」
(よっぽどの阿呆か間抜けだったんだろうなぁ)
『裏切り者』の先輩方に呆れを抱く千司であるが、それは少々酷な話である。何しろ突然の異世界召喚に、突然の勇者任命、加えてそれを裏切って皆殺しにしろ、だなんて普通の人間には不可能だ。
いくら職業の補正で倫理値がマイナスに振り切れていようが、そう簡単に行動に移せるものでは無い。
「その口ぶりからすると、今回はまだなのですね」
「……えぇ。これまで行われた勇者召喚は二十七回。内二十回は初日に判明し、拘束したと記録が残っています。残る七回の内六回は最初の六回――つまりは、『裏切り者』の存在が確定するまでの、まだ勇者召喚に関する知識が乏しい時期の事です。残る一回は、元の世界で諜報活動を行っていた方が選ばれたようで、結局魔王討伐の際に焦って行動を起こすまで発見することは出来なかったようです」
諜報活動、というと戦時中か何かだったのだろうか。
ライザはステータス魔法の説明をする時に、『かつて召喚した勇者が残した魔法』と語っていたことから、勇者召喚はバラバラの時間軸から召喚される物と考えられる。
つまり、千司達の次に召喚されるのが百年先の未来人の可能性もあれば、江戸時代の侍の可能性もあると言うことだ。
そして、いつだったかに頑張った『裏切り者』は、おそらくどこかのスパイ。なるほど、『裏切り者』としてはこれ以上ない人選だったのだろう。
そんな彼(彼女?)でも失敗したのなら、『裏切り者』に対する脅威度自体見直して貰いたいと思うのだが、どうやら目の前の王女はそう考えていないらしい。
「それで私を呼んだと言うことは……つまり私を疑っていると?」
「はい」
まっすぐの返答に、目を細める。
しかし何も語らない千司に、ライザは自ら口を開いた。
「質問しないのですか?」
「何をでしょう」
「私が護衛を付けていないことです」
そう、千司の事を『裏切り者』候補として疑っているのであれば、そんな彼とふたりきりになる状況はあまりにも危険すぎる。
事実、森の中を歩いていた時は同様の疑問を抱いていた千司であるが、湖畔に辿り着いた瞬間にすべてを理解した。
「護衛なんていらないでしょう」
「……」
「こんな見晴らしの良い湖の上。……私の居た世界には存在していませんでしたが、『魔法』なんていう遠距離攻撃の発達したこの世界で、この状況――誰だって気付きますよ」
ちらりと周りを見渡す。
湖を取り囲むのは美しい木々と雄大な山々。
まったく、隠れるには都合の良い場所が多すぎる。
加えて湖からは王城が見え、そこからの狙撃も容易いだろう。
「なるほど。どうやら思っていたより奈倉さまは頭がキレるようですね」
「そんな、受験勉強に苦労する一介の学生に過ぎませんよ」
「……ふぅ」
千司の言葉を受け、ライザは息を吐きながら左腕を上げてクルクルと円を描くように回す。
「……今のは?」
「警戒態勢解除の合図です。これで護衛の皆さんには帰って頂きました」
「そうですか。それはありがたいですね。命を狙われての会話ほど、気が気じゃないものはありませんから。少しの粗相で文字通り首が飛んでしまいそうです」
「多少の無礼は気にしませんよ。といっても、奈倉さまはその
湖畔に到着して以降、礼儀正しく行動したのが功を奏したようだ。
「……ところで、どうして私が疑われていたかお聞きしても?」
(まぁ、疑いは全く晴れていないだろうが)
千司は
「そうですね、まずは初日にステータスの確認が一番最後であった点。そして、言葉は悪いですが、あなたが
「前者はともかく、後者はどういう意味でしょうか?」
ライザは風でなびく髪を抑えながら語る。
行動一つとっても絵になる美人である。
「そのままの意味です。奈倉千司さまは、この世界にいらっしゃってから一番積極的に人脈を広げております。下級勇者の皆様、リニュ、騎士団、王宮の料理人、執事……様々な方と交友関係を築きつつも、しかし篠宮さまほど目立っては居ない。その動きが大変怪しく見えました」
「なるほど、確かに。しかし誤解ですよ」
「というと?」
「交友関係を、広げていたのはこの世界のことを深く知るため。勇者のみんなと仲良くしているのは勇者間でいらぬ不和が生まれぬようにするため。『全員で生きて帰る』という目的を掲げる身としては当然のこと。
頭から尻まで嘘八百を並べ立てるが、ライザは気付いた様子も見せずに「なるほど」と頷くだけだった。
「確かに、そう考えれば納得できる部分もありますね」
見るからにライザの警戒レベルが下がったように思える。
「分かって頂けたら幸いです」
「はい、疑って申し訳ありませんでした。……しかし、『裏切り者』は確かに存在します。奈倉さまも、どうかお気を付けください。そして、何か怪しい動きをしている方がいらっしゃいましたら遠慮なくお伝えください。間違っていても構いません。それほどまでに『裏切り者』の存在は危ういですから」
「もちろんです」
『裏切り者』の存在は危うい。
それは例え、どれ程の能なしが選ばれようとも変わらない事実である。
勇者に対して妨害工作や、殺害行為を起こさなくても、勇者の情報を『魔王側』へと流すだけで、存在としては邪魔な事この上ないのだから。
(ま、それをするのが俺の
「暗い話をしてしまいました。代わりに、今後勇者の皆様に与える試練についてお教えしましょう」
「
「はい、勇者の皆様には今日より一週間後『ダンジョン』に潜って頂きます」
王女の真剣な言葉に、千司の中でパズルのピースが埋まっていくのを感じた。
それすなわちダンジョンに現れた『強化種』に関するあれこれ。
詰まるところ、千司がエリィに対して語った推理がドンピシャ的を得た物だったというわけだ。
『騎士団は意図的に強化種を作り、それを勇者にあてがうことで勇者の大幅なレベルアップを目論んでいる』
といっても、騎士団が冒険者ギルドに強化種について詰められた際にはぐらかしていた時点で、この推理は当たっていると千司は確信していたが。
そうして語られた王女の言葉に、千司は「なるほど」と少し考え込む素振りを演じてから、すでに頭の中にあった応えを予定通りに排出した。
「正直に言って、反対ですね」
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