第10話 後始末と膝枕

 目を見開き固まったまま、落ちた杖を拾おうともしない少女に千司は続ける。


「すまない。助けられなかった」

「……うそ」

「五層に、どういうわけか強化種がいたんだ」

「うそ、うそうそうそ」


 口では否定しながらも、頭はすでに理解しているのか両の眼からぼろぼろと大粒の涙があふれ出て、乾いたダンジョンの地面を湿らせていく。


「申し訳ない。俺は彼を見捨てた。強化種が彼を襲っている時、今だ、と思ってしまったんだ」

「……っ! あ、あなた、が……っ!」

「でも仕方ないだろ! 俺が勝てる相手ではなかった! あんなところに、強化種が、それもオーガの強化種が居るなんて思わなかったんだ!」


 ちょっと演技が臭すぎたかしら? と思いつつもエリィを窺うと、彼女は先ほどまでとは異なる意味で驚いていた。


「お、オーガの強化種? ……それ、ほんと?」

「嘘を言って何の意味がある」

「……オーガの強化種、なんて、騎士団が討伐するレベル……そ、そんな、化け物が、なんで五層に……っ!」

「知るかよ、そんなの」


 苦虫を噛み潰したような表情を維持しつつ、エリィを突き放す。すると、いよいよ現実を受け止めることが出来たのか、彼女は幼子のように声を上げて泣き出してしまった。


「うぅ、ぐす……イル、イルぅ……っ、ぐしゅっ」


 鼻水を垂らしながら涙するエリィを横目に千司は思考を走らせる。


(まぁ、確かに、オーガの強化種が五層にいるのは異常だ。近頃頻繁に騎士団がダンジョンに潜っていると言うことを合わせても、討伐されていないのはおかしな話だ。あれほど強力な個体なら、一介の冒険者にどうこう出来るレベルを超えている)


 冒険者と騎士団の力関係は、圧倒的に騎士団に軍配が上がる。というのも騎士団の構成員は基本的に貴族出身が多く、上質な訓練と一子相伝の魔法等により、市井の冒険者とは比べものにならない力を有しているのだ。


 中には名の売れた冒険者が騎士団に勧誘され入団するパターンも存在するが、それも白金級冒険者に限られる。それほどまでに騎士団は優秀な人材なのだ。


(故に強化種の討伐は通常騎士団案件……なのに討伐はされていない)


 ――何故? と千司は考える。

 大図書館で学んだ浅い知識をフル活用して、考えてみる。

 そして、ふと気付いた。


(……これ逆か)


「騎士団が潜っていたのに倒されてないって事は、騎士団にそのつもりはなかったって事だ。だが、騎士団は魔石を小遣いとして換金している。……つまり、モンスター自体は倒しているわけだ。確か強化種は『偶発的に強い個体が生まれた際に、周囲のモンスターを殺して、手が付けられなくなるほどに強くなった個体』のこと」

「……」

「……なるほどな。騎士団が強化種を討伐しないのは、騎士団が強化種を意図的に作ったからか」


 頭の中で組み立てた推論を口にしてみるが、案外当たっている気がすると千司は思った。


「それ、どういう、こと?」


 その千司の推論にエリィが食いついた。


「つまり、騎士団はある一匹のモンスターを『強化種』にするため、そいつより強いモンスターを片っ端から殺して、育てた・・・ということだ」

「……な、んで……そんな……。か、仮に、それが本当だったとして……なんで……?」


 当然の疑問。

 しかし、その答えも千司の中にはあった。


「騎士団は国の軍隊だ。それが動いたということは国の問題解決のため。そう言えば最近、国を挙げて育てなきゃいけない・・・・・・・・・奴らが居たよな」


 エリィは自らの足下に視線を落とし、逡巡。

 そして、ハッと気付いたように顔を上げて、絶望に目を見開いて信じたくないその答えを震える唇を必死に動かして、声に出した。


「それって、勇者?」

「だろうな。勇者育成の為にダンジョンを使うことは充分考えられる。聞くところによると勇者は複数人。強化種のオーガなら良い勝負になるだろう。……それに、強化種を一致団結して倒せば強烈な『成功体験』にもなる」


 つまり、マッチポンプで英雄感を勇者たちに味あわせるのが騎士団の目的ではないか、と千司は考えたのだ。


「……じゃあ、なんで、騎士団はそれを、それを、冒険者に、私に、イルに……教えてくれなかったの?」

「そりゃ、決まってるだろ」


 千司は一呼吸置き、怒りを込めた声色で吐き捨てるように告げた。


「奴らは俺たちを下に見ている。そもそも、どうでも良いんだよ」


 たぶん。

 知らんけど。


「そんな……っ」

「どうでも良くなきゃ、モンスターを狩って冒険者の収入減らしたり、ギルドを通さず裏ルートで売りさばいたりしねぇだろ」


 正直、騎士団が隠している理由は分からないので適当に語る。


 そもそも、今話した推理だって何かしらの確証がある物では無い。


 もしかしたらそうかもね、と言った内容を多少誇張して、エリィに伝えただけである。


 しかし、これで充分。


 エリィの瞳の中に、騎士団に対する疑念が色濃く生まれたのが分かった。彼女は胸中に渦巻いているであろう激情を、しかし一度深呼吸することで落ち着け、千司に向き直る。


「メアリー」

「なんだ」

「まだ、あなたを信じていない」

「そうか」

「イルが死んだかも、分からない」

「遺品も全部飲み込まれただろうからな、そればっかりは証明できない」

「大丈夫、冒険者証明書は、吸収されない」


(マジか)


 予期せぬ事実に、一瞬焦る千司。ダンジョン内で殺人を犯しても問題ねーや、とド畜生な考えを抱いていたが、冒険者証明書に何かしらのメッセージを残されていたらバレるリスクがあるという事実にびっくり。


 さすがにあの一瞬でイルが何かを残せたとも思えないので、今回は問題ないだろうが次は気を付けなければいけない。


「それで、それを取りに行くのか? だが、五層は……」

「それも大丈夫。強化種が生まれたら、ギルドが調査に動く。金級冒険者を、護衛にすれば、逃げるだけなら、出来る」

「そうか」

「それで、メアリーにも――」

「悪いが、俺は無理だ。少し調べることが出来た。大まかな場所は分かるし伝えるから、あいつの遺品を回収してやってくれ。俺も……改めてあいつに謝りたい」


 調べ物など何も無いが、昼間は無理なのでお断り。頑張ってねとエールだけ送っておく。


「……わかった。それじゃあまた」

「……待て、入り口まで送っていく。送らせてくれ」

「わかった」


 こくりと頷いたのを確認して、千司はエリィを伴い、ダンジョンの外まで並んで歩いた。途中、イルの話で話題を繋げつつ、雑魚は一掃して突き進む。


 彼女は見た目通り魔法職らしく、千司の使えない摩訶不思議な力を杖の先っちょからぽんぽん繰り出していた。


(帰ったら俺も練習してみよっかな~、でも魔力ゼロだしなぁ~)


 そんな暢気なことを考えている内にダンジョンの外に辿り着いた。

 ダンジョンに入ってから時間にして三時間ほど。

 もっと彷徨っていた気もするが、思っていたよりも短かったらしい。


 時刻的には現在深夜の二時か三時。

 門番の姿はすでになく、折角なのでエリィを一時間かけて町まで送り届ける。


「エリィ、これを持って行け」


 王都に到着したタイミングで、千司は腰に下げていた剣をエリィに差し出した。


「こんなの、貰っても困る」

「なら売ってくれ。せめてもの詫びだ。あいつには病気の妹が居ただろ。その治療費にでも充ててくれ」

「……わかった」


 本音としては剣を持って帰っても扱いに困っただけである。


 適当に放っておくにはもったいない金額の剣なので、彼女に渡して好感度を稼いでおこうという腹積もりだ。


 そうしてエリィと別れてから、千司は王宮へと全力疾走で帰宅。

 空はまだ暗いが、一時間もすれば太陽が昇って宵闇に光を刻む。


 誰も起きてないだろうし、ササッと部屋まで戻ろうとして、思い出す。


(そう言えば、リニュは寝ないんだったか。だりぃ)


 胸中で愚痴をこぼしながら偽装を使い、細心の注意を払って自室へと舞い戻った。眠たいのでベッドに飛び込みたい衝動に駆られるが、絶対に起きられないので本日は貫徹である。


 早朝訓練をサボるとリニュの心象が悪くなるので、それは出来ない。


(あ~、ねむ)


 ぼやきながら、朝が来るのを待った。



  §



 朝飯を食らい、眠気覚ましとしてライカに持ってきて貰った珈琲を呷ると、千司はすぐさま席を立って訓練場へ。そこにはいつもの如く銀髪の美女が腕を組んで待っていた。


「来たか」

「来たよ」

「む、今日はなんだか眠そうだな」

「ちょっとね」

「ふむ……ま、まぁ、勇者とは言えセンジは思春期だしな。そう言うこともある。アタシだって夜通し慰めることはよくある。気にするな」


 何やら不名誉極まりない勘違いをされた千司であるが、これを否定すれば「じゃあ何をしていたの?」となるので口を噤まざるを得ない。


「余計なお世話だ。色情魔」

「なっ!? せ、折角フォローしてやったというのに!」

「……そうか。それは悪かった」

「す、素直に謝られるとそれはそれで……ぐっ、せいっ!」

「ちょ――なに!?」


 恥ずかしそうに頬を染めたかと思うとリニュは彼我の差を一瞬で詰めて、勢いそのままに千司の足を払う。抵抗する事も出来ずに流され、きたる地面への衝撃に構えていると――ぽすっ、と柔らかい物に頭が収まった。


 見上げると、リニュの顔。

 頭の後ろには柔らかい太ももの感触。

 膝枕、というやつである。


「なにこれ?」

「少しは照れろ」

「えぇ……」

「とにかく、眠たいなら寝てろ。訓練も大事だが休息はもっと大事だ。特にセンジ、お前は――いや、お前達は、この世界を救う勇者なのだからな」


 優しく慈愛すら感じる笑みを『裏切り者』に向けるリニュ。

 それを見つめ、千司はゆっくりめを閉じた。

 朝の陽光が暖かく、緩やかな風が心地いい。


「~~~~♪」


 異世界の歌だろうか。

 リニュの鼻歌を耳に、千司は少しばかり眠ることにした。

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