第11話 ラブコメる。
それから三日が経過して、千司達が召喚されてから一週間が経過した。
千司は今日も今日とてリニュとの早朝訓練のために起床。ドアの前に立っているライカを呼び付け着替えを手伝ってもらう。一度試しにやってもらったらハマってしまった。
(マジでうちの執事くん可愛くて良かった。ゴツい男は無理だがこいつなら目の保養にもなる)
そんなことを考えながら、千司はここ数日のことを思い出す。
あれから基本的に変わったことは起きていない。
朝はリニュと訓練、昼はせつなや他の下級勇者とだべりながら訓練、そして夜は抜け出して王都リールの調査である。
しかしダンジョンに潜ったのはイルを殺害した時だけで、以降は強化種に関する動きを追っていた。
結局、その後強化種が発見され、イル・キャンドルの冒険者証明書も見つかった。また、他にも行方不明になっていた冒険者の証明書もダンジョン内で見つかり、事態を重く受け止めたギルドが騎士団に抗議。
騎士団は知らぬ存ぜぬで回避しているようだが、その態度から冒険者側は千司が話した『騎士団が意図的に強化種を作った説』を信じ始め、元々あった溝がより深くなっていると、エリィから聞かされた。
そして、それは千司の思惑通りであった。
一通りの情報収集を終えた千司は、改めて今後の予定を計画した。
前回までの目標は以下の通り。
・内ゲバを起こす際に、手駒となるクラスメイトを見つける。
・内ゲバを起こせるだけの発言力をクラス内で確立。
・自身の強化。
これに新しい目標を加える。
・異世界人を使って勇者を殺させる。
・強力な異世界人を味方に付ける。
『異世界人を使って勇者を殺させる』これはすでに進行中である。
それすなわち、冒険者達の反騎士団感情を増幅させることだ。勇者も王国に養われている存在のため、冒険者からすれば騎士団側の存在である。
もちろん魔王を倒す存在なのだからそうそう行動に移す者は居ないだろうが、騎士団の存在が魔王より邪魔になった時、それらはひっくり返る。
(勇者殺害までは行かなくても、勇者育成の邪魔になる動きをしてくれるだけでも御の字だしな)
もう一つの『強力な異世界人を味方に付ける』というのは『裏切り者』について改めてベッドの上で確認していた時に気付いたことが所以だ。
まず、『裏切り者』の説明が以下の通りである。
―――――
職業:裏切り者
・魔王が討伐される前に、勇者が全滅しなければ死ぬ。
・勇者を全滅させなければ、元の世界に帰還することは叶わない。
・成功した場合、望みがひとつ叶えられる。
―――――
千司が気付いたのは説明文の二つ目。
『・勇者を全滅させなければ、元の世界に帰還することは叶わない。』という文言は、『勇者を全滅させる』行為と『元の世界に帰還する』行為がイコールで繋がっていないのではないか、という物だ。
ライザの説明では、『魔王を倒すと帰れる魔法』で千司たちは召喚された。
このことを合わせて考え、気付いた。
つまり……
その場合、強力な勇者なくして戦わなければならない為、
だからこその新たな目標『強力な異世界人を味方に付ける』である。
頭の中でやることをまとめる。
まず内ゲバにむけて。
・手駒を捜す。
・クラス内で発言力を得る。
・自分を鍛える。
次にそれ以外の妨害工作として。
・異世界人の対立感情を煽る。
・その際、強力な異世界人に唾を付けておく。
(さて、そうと決まれば今日も一日頑張るとするか)
「着替え終わりました」
「ありがとう、そんじゃ早朝訓練に行ってくるよ」
感謝を述べて、千司は部屋を後にした。
§
リニュとの早朝訓練も終え、すっかりナンパタイムと化した日中訓練。
これまでは基本的に下級勇者のクラスメイト達と会話をして親交を深めていた千司であるが、雑魚ばかりを味方に引き込んでも意味がない。そこで本日は上級勇者にも声を掛けることにした。
相手はすでに決めている。
それは玉のような汗を額から流し、不安にゆがむ顔を必死に抑えている一人の少女。綺麗な茶髪を後ろで束ねた、学内でも一、二を争うと言われていたほどの美少女だ。
「よう天音……って、大丈夫か?」
「えっ、え!? うん、大丈夫だよ奈倉くん! どうかした?」
金級勇者である彼女の職業は――。
「天音は確か『祝福の巫女』だったよな。実は訓練中に肩を強く打ってな……スキルで治して貰えないかなって」
「そう言うことなら任せて!」
天音は空元気を見せながら千司の肩に手を向け、ぼそぼそと何かを唱える。すると暖かく、心地いい淡い緑光が肩を優しく包み込んだ。
天音文香――職業『祝福の巫女』。
勇者内で唯一の回復職である。
彼女の回復能力は、欠損した部位も再生できるほどで、まさに唯一無二のヒーラーだ。千司としてはなんとしても手元に抑えておきたい存在である。少なくとも敵には回したくない。敵に回すぐらいなら真っ先に殺す相手である。
「ど、どうかな?」
「……おぉ、これは凄いな。痛みが消えた、ありがとう」
元々肩を打ったというのは話しかける口実で、痛みなど最初からなかったのだが、腕を回して見ると最近悩まされていた肩こりがなくなっていた。ラッキー。
「……よ、よかった。治って」
ふと、ぼそりと小さな声で零す天音。
「スキルだから治るもんじゃないのか?」
「あー、えっとね。実はその『スキル』って言うのがいまいち分からなくて、回復魔法の成功率、まだ七割ぐらいしかないんだよね」
「魔法を使う系のスキルだとそう言うこともあるのか」
「それは……まぁ、私だけっぽいんだけども……。でも、不思議な力で傷が治るって、よく分かんなくない? 細菌は? 内出血で溜まってた血は? 欠損した部位も回復って、生えてくるってこと? とか。色々考えると失敗することが多くって」
「あー、なまじ医療知識があるから魔法に納得がいかない、みたいな感じか」
「そう! それそれ! 現代日本人には到底理解できない物があるんだよ〜」
千司としては
「じゃあ、誰かに相談してみれば?」
「私が仲良くしていて同じように『魔法系』のスキルを持っている女子は、みんな頭が悪いのです」
「じゃあ男子に聞けば?」
途端に天音が痛いところを突かれたとばかりに言葉に詰まり、僅かに頬を赤らめながら千司に答えた。
「あのですね。私は思春期の女の子なわけで……正直ほとんどしゃべったことのない男子と話すのは苦手だったりします」
「えー、今こうやって喋ってるじゃん」
「それは奈倉くんから話しかけてくれたからだよ。そうじゃなかったら自分からはちょっと……勇気を出すのに一日、話しかけるのに一日、そしてやる気をなくすのに一秒。私はヘタレだったりします」
彼女の語った事を千司は知っていた。というか、天音文香のことは日本に居た時に観察していたことがあるので、その精神面についてはある程度理解していた。
「だったら、あいつとかどう?」
そう言って千司が指さしたのは、今日も元気に燃え盛る『
「え~、あんまり関わったことないし……」
「でもたぶん優しいよ」
「それは確かに。……そう言えば、夕凪くんと雪代さんって付き合ってるの?」
声を潜めて唐突に恋バナを始める天音に、千司は少し意地悪な笑みを浮かべて「さぁ? どうかな」と答えを濁した。
「え~、それ知ってる顔じゃん! 教えてよ~!」
「本人に聞けば良いんじゃない?」
「おぉ……、それだと話しかけたくなるじゃん。なんという策士」
「だろ? もし、約束取り付けるのが恥ずかしいんだったら俺が声かけとくけど、どうする?」
「んー、やっぱ自分のことだし、これくらいは頑張るよ。ありがと、奈倉くん」
悩んだ末、それ位は勇気を出すことに決めたようだ。
「そうか。……あっ、でも仮に会話に不安を覚えるなら飯を食いながら相談すると良いぞ。ゆっくり話しても相手は飯を食ってるから聞いて貰いやすくなるんだ」
「……確かに。奈倉くんって変なこと知ってるんだね。ありがと。参考にするね」
華のような笑みを浮かべて感謝を述べた天音は、一見して心の中の悩みを全て晒したかのように思えるが、そうではないことを千司は見抜いていた。能力に関しての悩みは本当だっただろうが、しかしそれだけではない。
(……まぁ、今聞き出すのは無理だろうが)
兎にも角にも、天音文香の中に奈倉千司という生徒の存在を印象付けることには成功した。ならば今はこれでいい。
種は撒き終えたので後は育てるだけだ。
§
練習が終わった千司は一度海端の部屋に顔を出してから、夕食に赴く。彼女はすでに部屋で済ましたようで、ソロボッチでの行動だ。
相も変わらず報連相の出来ないへっぽこ教師に内心呆れを抱きつつ、食堂へ。
時間がずれたことで他の生徒は皆食べ終わっており、食堂には見慣れた女子生徒が一人、むくれっ面でスープを口に運んでいた。
「よっす、せつな」
「……あぁ、奈倉くんか。……はぁ」
「人の顔見て溜息とは酷いなぁ。どうかしたのか?」
せつなは「別に」とぼやきつつ、スプーンでスープをかき混ぜたり、パンをもさもさ口に運んだりと不満を露わにしていた。
千司は
「ほんとどうしたんだ? 飯が物足りないなら俺の肉いるか?」
「いら――っ、それ美味しい奴じゃん」
「料理作ってる人と仲良くなってな、たまに良いのくれるんだよ」
「異世界来てからほんと積極的に行動してるんだ……じゃあ、まぁ半分ちょうだい」
「ほい」
肉を切り分けて渡すと、早速頬張るせつな。普段のつり目がちな目尻をトロンと下げ、クールな表情を崩して肉に舌鼓を打つ姿は、年相応の女の子である。
「この料理おいし」
「あぁ、召喚された日の宴で振る舞われた奴と同じだな。……そう言えばあのとき、夕凪のために肉を確保してたよな。俺一瞬、一人でそんなに食うのか!? ってびっくりしたよ」
「だって、それはあいつが好きそうな味だったから――って、い、今はどうでもいいでしょ」
夕凪飛鷹の話題が出た瞬間、それまで楽しそうにしてたのが一転して、またもやむくれっ面に逆戻り。
「なるほどね、夕凪くんが原因か。何があったの?」
「……べ、別に。……ただ、ご飯一緒に食べようって待ってたら『俺もう食ったから』って言われただけ」
「夫婦喧嘩じゃん」
「違うから。……だいたい酷いと思わない? 先に食べるならそう言ってくれたら良いのに。みんながご飯食べてる中、鷹くんを一人座って待ってて、それでようやく来たかと思えばもう食べたから、って……いつも一緒に食べてるのに。そりゃさ、約束はしてないけど、でも、何かあるなら一言言ってくれたら良いと思わない?」
「ま、まぁ、夕凪も事情があったんだろう。そこまで責めなくても……」
「事情を聞いたら天音さんとご飯食べてたんだって。『同じ金級勇者として相談されたんだ』って照れながら言ってた。……悪かったわね、私は銅級で」
想定以上のせつなの愚痴を聞きながら千司は思う。
(まさか、ここまでうまくいくとは)
そう、この一件を仕組んだのは千司である。昼間の天音の悩みを受けて思いついたのだ。せつなが夕凪と一緒に食事を摂っていたのは知っていたし、夕凪が天音の誘いを断らないだろう事も知っていた。
故に千司は訓練の終わり際にリニュに声を掛け、下級勇者の訓練を軽く見て貰い、その分上級勇者を先に上がらせ、二人が食事を摂るように仕向けた。
天音の話が『相談』という体裁を持つ以上、夕凪は人目を避けるだろう事も考慮して。結果として、食堂にぽつねんと残されるせつなの完成というわけだった。
「……私的には別に鷹くんが誰と仲良くしても良いんだけど、でも待ってる間、クラスのみんなの視線がどれだけ痛かったか……って、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。まぁ、でも許してやりなよ。彼良い奴そうだし」
「全然、良い奴じゃないからっ!」
怒り心頭の彼女を煽るように適当に夕凪をヨイショすると、更にそれを否定するように夕凪を貶すせつな。言葉にして相手を否定させることで、心まで否定する気持ちで覆わせる。
(あんまりやり過ぎると俺が嫌われるからほどほどに、だが)
「でも、また今日みたいな事があれば声かけてくれよ。話し相手ぐらいにはなるから」
「……ん、ありがと。……って、ふと思ったけど、私奈倉くんのこと全然知らないから話とか出来ないんだけど」
「ん~? あぁ、確かにな。異世界系の話しかしてなかったなぁ……んじゃ、定番だが好きなアーティストとかいる?」
「それ異世界でする話~? ……songs.NoAとか好き」
幸いにして彼女が上げたのは千司も知っている有名女性アーティストの名前だった。
「へぇ、奇遇だな。俺も好きだ」
「ほんと? あの人の声ヤバいよね、人間じゃないよ」
「わかる」
そうしてしばらく談笑していると、おもむろにせつなが嘆く。
「あー、もう! NoAの話してたら曲聴きたくなってくるんだけど!」
「スマホに入れてないの?」
「私サブスク派だから。それにスマホの充電なんてとっくの前に切れてるし」
「なら俺ので聞くか? 結構買って落としてたから、大体揃ってるぞ」
「でも、充電は? 電源切ってても充電切れの子いっぱい居るって聞いたけど」
せつなの問いに、千司は周囲を見渡して誰も居ないのを確認すると、指で彼女の顔を寄せさせてからそっと耳打ちした。
「実は、辻本がソーラー式の充電器持ってたんだよ。大勢に知られると面倒臭いって言って、殆どの奴が知らないけど」
「辻本くんって、オタクの?」
「もうちょいオブラートに包んだ方がいいと思うけど……まぁ、そう」
異世界に召喚されて速攻で「ステータス」を連語していた彼である。彼は銀級の『下級勇者』で、訓練中に仲良くなり、充電器のことを教えてもらったのだ。
充電器の存在を知っているのは彼の友人二人と千司のみ。そこにせつなが追加された形である。
「って訳で俺のスマホは動くから、良かったら今から聞くか?」
「……いいの?」
久しぶりに日本の音楽が聞けると知ってか、普段のクールな無表情を保ちつつも、どこか期待のこもった熱い眼差しを向けてくるせつな。整った顔に真正面から見つめられ、照れにも似た高揚感を千司は抱く。
「俺から誘ったんだ。んじゃ、スマホ取りに部屋に行くか」
「う、うん……!」
緊張しつつも力強く頷くせつなを伴い、千司は食堂を後にした。
§
「さて、スマホも回収したし行くか」
「ぁ、え? へ、部屋で聞くんじゃないの?」
「連れ込んでもいいの?」
千司の言葉を受けて、自分が何を言っていたのかを理解したのか、顔を茹でダコのように赤くして「だ、ダメだね。うん……」とせつなは首肯した。
部屋を後にした二人は夜の王宮を並んで歩く。先導するのは千司。時刻は夜の九時過ぎといったところ。
吹きさらしの廊下に差し掛かると、心地よい夜風が二人の肌を撫でる。アシュート王国の気候は過ごしやすく、日本の六月ほどの気温だ。
日中は二十五度で、夜でも二十度前後。とても過ごしやすい。
廊下を抜けて屋内に入り、少し影になって見えにくい階段を登って進んだ先――大きな窓を開けた先が千司の目的地だった。
「ここ、バルコニー?」
「そ、リニュに聞いたんだ。ここからの景色は最高だって」
バルコニーに出た瞬間に視界いっぱいに広がったのは王都リースの街明かりと、満天の星空、そして蒼く煌めく異世界の月。
「凄い……こんな場所があったなんて」
「だろ? 俺も教えられなかったら絶対気付かなかった」
ちなみに教えてくれた理由は『寝れない時は夜空でも見ろ。ムラムラも吹き飛ぶから』というロマンチックの欠けらも無いものだったが、言わぬが仏である。
「ほんと凄い……綺麗……」
「……あー、『君の方が綺麗だよ』とか言った方がいい?」
「何言ってるの? 馬鹿なの?」
「今更気付いたのか?」
おどけて言うと、思わずといったようにせつなが吹き出した。
千司も連れて笑みを見せる。
異世界の夜に、クラスメイトと二人で笑い合う。
それを見ているのは空に輝く蒼い月だけ。
ひとしきり笑い合うと、千司スマホを取り出す。
「それじゃ、聞こうか」
「あー、だね。それが元々の目的だったっけ」
「忘れてたのか?」
「だってそれは
「悪い悪い、でも楽しんでくれたようで何よりだよ。
せつなの名前呼びに対して露骨に反応は見せず、しかし少し強調して名前を呼び返すと、彼女は僅かに照れた様子で頬を掻いた。
「と、ところで、そのまま聞くの?」
「いや、夜だしな。ちゃんとイヤホン持ってきた」
「用意いいね。って、今どき有線って珍しくない?」
「コードレスは慣れなくてな。ほい、右耳」
「ん、って。さすがにちょっと恥ずいね」
「気にすんな、誰も見てないから」
言って、千司は音楽アプリを開いて購入済みの『songs.NoA』の楽曲を再生する。選択したのは彼女の曲の中でも静かで落ち着いた雰囲気の曲。
左耳にはめたイヤホンから曲が流れ始めるのと同時――。
「だね。誰も……見てないから、ね」
と呟くようなせつなの声が聞こえ、トンっと肩が触れ合った。
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