第9話 裏切り

(……うぜぇ)


「へぇ、かっこいいなぁ~! いいなぁ~!」

「あぁ」

「これ、おいくらだったんですか!?」


 イルが千司の剣を見て目を輝かせる。


「だいたい200,000シルだ」

「に、にに、200,000!? すごいです! お金持ちなんですか!?」

「あぁ」

「へぇ~! ぼくの家貧乏で、武器もこんな安物しか……いいなぁ~。ぼくもこんな武器が欲しいなぁ~」


 千司は思った。


(こいつ、無自覚で言っているのか?)


 と。


 イルと名乗る少年を助けてから約三〇分。

 場所は二層から四層まで進んだところ。


 「一人じゃ帰れそうにないので同行させてください」と言うイルの頼みを聞き、行動を共にしていた千司だが、正直彼を助けたことを後悔していた。


 その理由が、彼の言動である。


 一言で言うのなら、ウザい。


(質問に次ぐ質問、それが終わったかと思えば不幸自慢に、分かりやすい乞食クレクレ。マジで見殺しにしておけば良かった)


 先ほどからイルは『ぼくの家は貧乏だ』『病気の妹が居る』『幼馴染みとダンジョンに来てはぐれた』『昔から不幸』『でも、家族のために頑張らないと』といった事を聞いてもないのにベラベラ喋り、挙げ句の果てには千司の剣を物欲しそうな目で見つめている。


 見つめる程度なら千司もここまでイライラしていなかったが、何より神経を逆撫でているのは、彼のクレクレ精神。


 剣はさすがに無理と思っているのだろうが、回復ポーションは持っているのか? とか、ぼくはお金ないけどお金持ちが羨ましいです! と言った発言が多い。


 昔から誰かに対し物欲しそうにしていればそれを貰えていたのだろうと言うことが容易に分かる言動に、千司の苛立ちは加速する。


「そう言えば、メアリーさんは使わなくなった剣とかどうしてます?」

「お前はどうするんだ?」


 相も変わらずクレクレ根性丸出しの質問に千司の苛立ちは募る。


「僕は中々捨てられなくって」

「そうか、俺はすぐ捨てて買い換えるな」

「へぇ、良いですね! ぼくも今度そうしてみようかな、なんて。……っ!」


 ふと、それまでアホ面を浮かべていたイルの表情が、不意にきゅっと引き締まる。

 彼は反射的に片手剣を抜いて、通路の奥を睨み付けた。


「何か、居ます」

「分かってる。下がってろ」


 イルを後ろに下げ、通路の奥から強烈なプレッシャーを放っている『何か』を千司も見つめた。しばらくして、薄暗い通路の奥から重い足音が響いてきて、ぎょろりとしたひとつの赤い瞳が、千司たちを捉えた。


「……っ、キュプロクス」


 震えた声でそのモンスター名前を呼ぶイル。


 キュプロクス。一つ目の巨人。右手には混紡を携え、一撃でもかすれば全身を砕かれるであろう程の膂力を有する。


 一層~一〇層の間に出現するモンスターの中では間違いなく最強格で、新人冒険者ニュービーが殺されることも、珍しくない。


 故に、ゴブリンやコボルトに苦戦していたイルが不安に思うのも無理はなかった。

 が、しかし、千司はそれを無視し、僅かに口元をゆがめて剣を抜く。


(やっとか)


 何しろ、元々千司がダンジョンに潜ったのは、このキュプロクスと戦う為だったのだから。

 

「め、メアリーさん!」

「黙って見てろ」


 キュプロクスと視線が一瞬交差した瞬間――、一つ目の巨人はその巨体に似合わぬ速度で駆けてくる。丸太のように太い腕を振り上げ、千司に向かって混紡をたたきつけた。


 千司はそれを見切り、回避。だが回避先に棍棒を持たない左腕が迫る。千司は剣先を巨人の拳に当てて支点を作り、棒高跳びのように巨腕を回避。空中で身体を翻して巨人の腕に着地すると、そのまま腕を踏み台にして、奴の特徴的な一つ目に剣を突き立てた。


『ギャブギャァァァアアアアアッ!!』


 キュプロクスの絶叫を軽く聞き流し、生まれた隙に千司は攻撃をたたき込む。


 しかし、ゴブリンやコボルトとはステータスが違うのか、全力で斬りかかっても中々死なない。結局、全身血まみれになるまで切り刻んだ後、顎の下から脳天を突き上げるように剣を差し込む事で、その巨体を地面に倒れ伏すことに成功した。


 死骸はすぐにダンジョンに吸収され、ゴブリンやコボルトより少し大きめの魔石だけがごろんとその場に残った。


(ノーダメだったが、さっきまでの奴らよりは強かったか)


 自身に怪我がないことだけ確認して魔石を拾う。


「す、すごい! すごかったですよ! メアリーさん!」

「ん? あぁ、下層程度のモンスターに遅れは取らん」


 一般的に一~十層までを下層、十~二十層までを中層、二十~三十層を上層と呼び、それ以上は人類未到達領域と呼ばれている。


 と言っても、大図書館には七十五層までの資料が残っていたので歴代勇者の中にはそこまで上り詰めた者も居るということ。


 また勇者でなくても例えばリニュのような強者や騎士団のような軍隊なら五十層付近まではたどり着けるだろう。


 閑話休題。


 魔石をしまい終えた千司にイルが駆け寄ってくる。


「か、かっこいい……っ! かっこよかったです!」

「あぁ、ありがとう」

「ち、因みに冒険者歴はどれくらいなんですか?」


 その質問に千司は逡巡したが、冒険者証明書を見られればすぐに判明することなので素直に話すことにした。


「一日だ。と言っても、ダンジョン以外で鍛えていたからな。戦闘は問題ない」

「一日!? す、すごいな~! でもやっぱりそうなんだ~! その前のところでお金を稼いでたんですか~?」

「……あぁ」

「いいなぁ~! でもやっぱり、武器が良いのもあるんですかね?」

「そうかもな」

「因みに前に使ってた武器も、良いやつだったんですか?」

「まぁ、それなりだな」

「ぼくも一度で良いから持ってみたいなぁ~」


 ヨイショしてくれるのは構わないが、このクレクレだけはどうにかならないものか、と千司は頭を悩ませる。もう面倒くさくなったので、千司は話題を変えることにした。


「そう言えば、幼馴染みと潜っていると言っていたが、そいつはどこなんだ?」

「さぁ? ダンジョンの中ではぐれて以降は……でも、彼女はぼくなんかよりずっと強いですからきっと大丈夫ですよ」

「そりゃそうだろうな。お前は弱すぎる」

「あ、あはは……」


 苦笑を浮かべて頭を掻くイルに、千司は『笑い事ではないんだがなぁ……』と思いつつ、しかしこいつが死のうがどうなろうがどうでも良いので忠告はしないことにした。


「まぁ、そいつも見つけたら一緒に連れて帰るか」

「お、お願いします!」


 元気な返事を貰ったところで、五層へと続く階段を見つけた。これを下れば更にモンスターは強くなる。同じキュプロクスでも、より強力な個体を見つけられるかも知れない。


 そうしてイルと共に五層に下り、十分ほど経ったところで二人は異質さに気付く。


「モンスターが居ないな。……おい、こんなことはよく起こるのか?」

「いえ……さ、最近は騎士団の影響で少ないとは聞いてますけど、ここまで全く見ないのはぼくも初めてです……な、何か変です! 戻りませんか? メアリーさん!」


 切羽詰まったようなイルの表情。千司も気にはなるが、一応の目的は達せられているので無理する必要はない。彼の言葉通り今日は帰るかと考えていると、奥から一匹のモンスターが接近してくるのに気が付いた。


 一見して人間のような姿形。皮膚は黒く、その瞳は白目が黒く、黒目が赤い。細身だが、恐ろしいまでに凝縮された筋肉は、おそらく先ほど戦ったキュプロクスよりも大きな破壊を生むだろう。その姿は大図書館で見たあるモンスターと一致していた。


「……オーガだ」

「オーガ!? 二十五層以上に生息するモンスターじゃないですか! な、なんで五層にっ!?」


 イルの言う通り、オーガは二十五層より上の上層にしか生息しない。が、別に移動しないわけではない。珍しいというだけで『ない』という話ではないのだ。


「イル、下がってろ。キュプロクスよりは苦戦するかも知れないが、ステータスだけで考えれば勝てない相手ではない」

「は、はい」


 イルを後ろに下げて剣を抜き、オーガを睨み付ける千司は――突如、奴の胸元を背後から一本の腕が貫いたのを目撃した。


「「……は?」」


 千司とイルの声が重なる。

 オーガの胸を貫いた真っ赤な腕にはモンスターの核となる魔石が握られていた。腕の主はそれを引き抜いて、自らの口に含むと――嚥下えんげ


 魔石を失ったオーガはその場に倒れ、ダンジョンが死骸を飲み込んだ。


 薄暗いダンジョンの通路の先――そこに立っていたのは、先ほどのオーガより一回り大きいオーガ・・・。全身が血走っているかのような真っ赤な個体。


 千司はそれ・・がなんなのか直感した。


「デッド・オーガ。……強化種か」

「き、強化種っ!?」


 悲鳴のような声を上げるイルを無視して、千司は大図書館で調べたステータスを思い出す。

 まず前提として現在の千司のステータスはこうだ。


―――――

奈倉千司

Lv.6

職業:裏切り者

攻撃:201

防御:176

魔力:0

知力:280

技術:234

―――――


 訓練とダンジョンでの実戦が合わさり、レベルが上がってステータスが幾分か上昇している。

 そしてその千司が苦戦すれど勝てると考えていた通常種のオーガの平均ステータスがこうだ。


―――――

攻撃:360

防御:230

魔力:0

知力:50

技術:100

―――――


 攻撃防御では劣るも知力、技術で十分対処可能と考えていた。


 対し、強化種は以下の通り。


―――――

攻撃:820

防御:930

魔力:270

知力:340

技術:660

―――――


 格が違う。


 白金級勇者や金級勇者、或いは複数の銀級勇者なら訓練中の今でもぎりぎり打倒できるだろうが、現状の千司ではどう策を労したところで勝てる相手ではない。


「よし、逃げるぞ」

「……え?」


 千司の判断は速かった。剣を鞘にしまい、回れ右して全力で駆け出す。

 それを受け、後方に下がっていたイルもオーガの強化種に背を向け走り出した。


「あ、アレには勝てないんですか!?」

「無理に決まってるだろ馬鹿! 強化種なんざ聞いてねぇよボケ!」

「えぇ!? そんな、頑張って倒してくださいよぉ! その剣で、さっきのキュプロクスみたいにぃ!」


 ちらっ、と背後を振り返れば、そこには文字通り鬼の形相を浮かべる真っ赤なオーガ。そのプレッシャーはキュプロクスよりも、通常種のオーガよりも濃く、凄まじい。


 最初見た時、千司はリニュと対峙したのかと錯覚したほどである。


 その強化種は千司とイルを見つめ、おもむろに姿勢を低くすると――殺意を剥き出しにして一気に駆けだした。


「無理無理無理無理っ!」

「そ、そんなっ! な、何か作戦はないんですか!?」

「作戦!? ……あっ、良いこと思いついたぞ!」

「そ、それは!?」


 喜色の笑みを浮かべて見つめてくるイル。


「こうするんだよ!」


 どこまで行っても他人任せで、自分では何も出来ない無能。クレクレ五月蠅いその少年の顔面を、千司は満面の笑みで・・・・・・蹴り飛ばした・・・・・・


「ぶぎゃっ!」


 突然の攻撃をイルが避けられるわけもなく、彼はすっ転び、まるで意味が分からないと言わんばかりの表情で千司を見上げる。


「作戦名は囮作戦! お前が食われている間に俺が逃げるっ! あばよ、クレクレクソ男っ! 来世は人に頼らず自力で生きて行けよ〜!!」


 そこまで言われて、ようやく自分が裏切られた・・・・・と理解したイルの表情が困惑から絶望に、そして絶望から激情に変化する。


 しかし、激情は言葉にすることも出来ず、背後から迫った恐ろしいまでの殺意に、震えた。


「い、いやだ、いやだいやだいやだ! た、たす、たすけてメアリーさん! た、たすけて――エリィ……あっ」


 イルが誰かの名前を口にしたのと同時、彼に追いついた赤鬼が、その少年の短き人生に幕を下ろす。


 振りかぶられた手刀は、目にも止まらぬ早さで彼の首を一線――イルの首がズレて、ダンジョンの地面にゴトリと落ちた。


 痛みを感じる暇もなかっただろう。


 デッド・オーガは少年の骸に興味を向けない。


 やがてダンジョンが少年の骸を取り込み、そこにはデッド・オーガがぽつねんと立ち尽くすのみであった。


 千司は離れた位置からそれを見届け、ふんっと鼻を鳴らしてから五層を後にする。


(ふぃ〜、危なかった〜。ありがとうイル・キャンドルくん、おかげで助かったよ! 次は騙されるなよ〜?)



  §



 もう帰るかとダンジョンを登っていると、三層に付いたところで一人の少女と出会った。


 青い短髪に青い三角帽子、青いローブを纏った青々とした魔女っ子である。手にはこれまた青い宝石の埋まった身の丈ほどの杖を握っている。


 彼女は誰かを捜すように青い瞳を不安に揺らしていた。


 ふと足音で千司に気付き、一瞬笑顔を見せたが、それが目的の人物でないと分かった途端、明らかに落胆した様子を見せた。


 しかし少女はテテテッと千司に近付くと、帽子を取って話しかける。


「エリィ・エヴァンソンです」

「お、おう。メアリー・スーだ」

「メアリー、男の子を見なかった?」


 いきなり呼び捨てとか距離感おかしくない? と思いつつ、千司は逡巡した後、暗い表情を作って・・・・・・・・から答えた。


「どんな、子だ?」

「元気な子。髪は黒くて、弱い。ちょっと鬱陶しいところもあるけど、私の大切な幼馴染み。名前は――イル・キャンドル」


(だろうな)


 半ば予想通りの問に、千司は暗い表情を保ったまま唇を噛み締め、答えた。


「あぁ、見たよ」

「どこで――」

「死んだよ」


 エリィが手にしていた杖が、地面に落ちた。

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